| 2012年04月19日(木) |
そろそろダウンしそう。。。 |
先週の日曜日は、市議会議員の公示日で、朝から兄と氏子神社を回って、出陣式の前に、当選祈願祭の祝詞をあげてきました。
もう分刻みのスケジュールで、6件の予定が入っていて、後のほうは時間がかなりおしてしまって、冷や汗どっぷり。
でも、今回は定員ジャストで無投票だったようで、当選祈願の祝詞をあげた手前、こちらもほっと胸をなでおろしたってな感じ。
どの候補者も応援したかったから、無投票で決まってよかったです。
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火曜日は、山奥の水力発電所の100周年記念式典がありました。
初めて大きな式典に同行しました。 私はただ、雅楽のCDをならすだけの役割。
でも細々としたことに神経を使わないといけないし、来賓は全員が氏子崇敬者なので、挨拶も。。。
少しずつ村人の名前を覚えつつ。←同じ村の人はみんな同じ名字だからファーストネームで覚えないといけない。
いろいろ気を張っていたせいか、帰宅してダウン。 耳が痛いから、リンパにばい菌が入ったかも。
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週明けに、献穀田の播種祭があります。
献穀田とは、この秋、天皇陛下に捧げるお米を作る田んぼのこと。 今年はうちの氏子の村に当ったんだよね。 そこの村のおじいちゃんたち、誰もが純朴で、ちょこっと滑稽で、出向くのがすごく楽しい。JAの担当者も若いからノリが軽くていい。
今回は種をまく儀式。 祝詞は兄が上げて、私はパシリなんだけど、私も少し勉強して祝詞の解釈を調べてみました。
昔父が書いたものを調べてみたんだけど、祝詞から霊気みたいなものが湧き上がってくるのがわかるほど恭しい祝詞でした。
父は国文学専攻だったし、歴史にも造詣が深かったし、父の言葉で綴られた祝詞は神主のプロフェッショナルでした。
私にとって父は絶対に越えられない壁だな。 もうちょっといろんなことを学んでおくべきだった。
でもさ、あのお方、家にいるときは、たいてい酔っ払ってて、まともな返答をしてくれない人だったんだよね。
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ところで。 私さ、オフってないんだよね。
今日はお祭事はないけど、実家で電話番。 だらだらとネットしてるけど。
5月4日は、村のゴルフコンペの日。 誘ってもらって、スケジュールの確認もしないで即エントリー。
GW中だけど、このゴルフコンペは最優先なのだ。うきゃきゃ。
先日から、お誕生日のお祝いメッセージやスリランカのゴルフの会のみなさんからメールを頂いてたんだけど、返信する余裕がありませんでした。
この場でまとめてお礼とお詫びをさせてください。個人的に返信できなくてごめんなさい。それから皆さんのそれぞれの近況報告もありがとうございました。心がほぐれてすごくうれしかったですよ。
さて。先週の土曜日に父の50日祭(仏式では49日)を終えました。 神道では、穢れ(ケガレ)の期間は50日とされ、忌という意味合いではなく、生体から魂が抜け「気が枯れる」という風に解釈します。そして50日祭を迎えると、御霊は社家の守護神となります。
先日、一日で20社以上の神社を見回りを兼ねてお参りにいってきました。魚津の奥地までも足を運びました。計画的に出向いたんじゃなくて、思い付きだけで。
もしかしたら、それって父の遺志なのかもしれないな。 氏子神社の一社一社を大切にするようにとの。
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東京では、スリランカ時代のゴルフの会・DD会の日本支部での集まりがあったんだけど、富山在住の身は気軽には参加できないので、こちらはこちらで魚津支部会をしました。私たち夫婦と藤井さん。←実は私たちはドイツ社での古き良き時代の駐在仲間だったのよん。
延々5時間飲み続けました。ビールにワインに日本酒。一升瓶、後残りわずかだったよ。。。おぅ、11時もすっかりまわっちゃったよ、今からかみさんに迎えに来てもらおう。って、奥さんも駐在時代にお世話になったので、上がってもらって、ちょいと懐かしい話を。。。って、解散は何時だったんだろう。。。
案の定、二日酔い。。。 今日はゆっくりさせてもらおうっと。
また近いうちに魚津支部会を開催しようっと。
こちらの忙しい時期も一段落したので、皆さん遠慮なく訪ねてきてくださいね。連絡お待ちしています。
実家の私が仕事をしている社務室。
サッシの枠が歪んでいて、窓がしっかり締まらない。 下のほうはまっすぐ締まっているんだけど、いつも上のほうが3cmほど空いている。鍵もお互いかみ合わない。
冬の間は毎日隙間風びゅーびゅー。外気温と変わらず。 で、今日あたりはこの強風で、サッシが自然に5cmくらいに開いてしまうんだよね。なんとかしなくっちゃ。。。
というわけで、縁の下から棒っ切れを2本探し出してきて、試行錯誤でつっかい棒をしてみた。ら、指に木端のとげがいっぱい刺さって、泣きたいくらいに痛かった。って、家のことより自分に指のことが大事なのかい?!
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最近、会話を交わす人たちの平均年齢←70歳。男女を問わず。 今日、午前中、天気も穏やかだったので、いろんな人が車で移動していて、挨拶をかわす人、圧倒的に軽トラが多い。みんな農家だから、畑仕事に出るんだろうな。みんないい人なんだよねー。オッチャンだけでなく、そこのおばちゃんも。
たまに立ち話をすると、だれもが、「困ったことあったら、何でも言っておいでね……」ということを、バリバリの富山弁で言ってくれる。ありがたいことだ。
で、私もちゃっかりなんだかんだといろんな人に頼みまくっているんだよね。
背戸の門扉を直してもらったり、物を運ぶのを手伝ってもらったり。昨日も池の水がはいらなくなったから水路を見てきてもらったり。
村のおじちゃんたちは本当に親身になってくれてありがたい。
あ、そういえば、窓のつっかい棒のことも近所のオッチャンに頼めばよかったんだ。喜んで飛んできてくれただろうに。
田舎に帰った頃は、この土地で暮らしていくの、息詰まりだなー、なんて思っていたけど、そのころはこの地でお客さん感覚でいた時のこと。今は実家で仕事をしているし、地元の人とコミュニケーションをとるのも私の仕事だし、どーんとこちらの人の懐に入り込んでみたら、思いのほか暖かくて、すっごく居心地がいい。私の幼少期を知っている人たちだからかもしれないけど、みんなが親戚のおじちゃんおばちゃんみたいな感じ。田舎の共同体特有の感覚なのかもしれないけど、頼れば頼るほど、相手は喜んでくれる。誰を頼ってもありがたくてホント、しんみりくる。みんなに助けられて、今の私がいる。私だけじゃなくて父亡き後の兄妹っていうか。先祖代々から続く神社の跡取り兄弟だからかもしれないけど。この村のあためにご奉仕しなくっちゃ。。。って心から思う。
今日もよその村のおじちゃんに励まされたんだった。。。 頑張らなっくっちゃ。。。
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