日本人学校でのもちつき大会。 ワルシャワとコロンボで毎年参加してきたから、今年で10回目になる。
先生もお母さんも入れ替わってしまったので、準備段階でうまくいくか心配したりしたけど、始まってしまえば何とかなるもの。
今年は、餅がしっかりつけていて、柔らかくておいしかった。 体躯のいいお父さんが、仕切ってやってくださった。
最後のほうは、夫婦もちつき大会。 周りでめいめい好き勝手な茶々を入れるから可笑しかった。
私は今年も大根汁班。 みんながおいしいって言ってくれて嬉しかった。
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夕方、ちょっとしたパーティーに顔を出して、その後、ゴルフの会の送別会@韓国館。
学校で餅をたらふく食べた後、家でラーメンを食べて、パーティでお寿司を食べて、仕上げに焼肉。←胃腸が悲鳴を上げています。
・・・・・ 韓国館の経営者夫妻は、ときどきゴルフ場で見かける。
今夜は私の送別会で、二週間後に帰国します、と伝えたら、心底残念そうな顔をしてくれた。
帰り際、韓国美人がいっぱい載っているカレンダーをくれた。
韓国人のそういう義理人情深さが胸に染み入ったりする。
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今日から、胃腸の疲れを取る。 いくらなんでも暴飲暴食しすぎでした。
毎晩の夕飯時にあわてないよう、常備菜をいっぱい作らなきゃ。
礼儀知らずといわれるかもしれないけど、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」という決まり文句な新年の挨拶が大嫌いである。でも大人だから、一応、新しい年の1月に入って出会う人には頭を下げて挨拶をする。
長々とした言い回しで、舌をかみそうになるけど、言わないといけない。 でも、心の中では、その挨拶の意味なんて微塵も消化していない。 大体にして、年が明けるとおめでたい、という概念が、まったく無いのだから仕方が無い。
I wish you 'a happy new year' というのなら挨拶として、カードや年初めに出会った人に、違和感無く言える。目の前の相手に本当にそう願うから。
でも年が明けたからといって、おめでたいなどとは一切思わない。 誰が何がどうおめでたいのだ? 海外生活が長すぎるからそう思うのか。。。
特にスリランカでは、年末年始は、勤め人はカレンダーどおりに出勤する。大晦日然り。1日ぐらいは休みだけど、例年なら2日から出社。 たまたま今年は新年と普通の週末が重なっただけ。
働き者のパパなんか、大晦日の棚卸に時間がかかって、帰宅できず。 お友達の家の年越しパーティにジョインできたのは、カウントダウンが終わってからでした。
元旦はヒルトンホテルでお餅を頂いて、夕食は家で残り物を消化して、日曜日はいつもどおりのゴルフ。
週があけてもいつもどおり。ただの理人がいるから賑やかなだけ。
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今日は、家の紙類を片っ端から処分する。 原稿、学校配布プリント、テスト用紙。 不用意に捨てると、ローカルが持っていって、メモ用紙代わりに使うから、きっちり焼却処分する。
こまごました、化粧品とかサンプルとか空容器とかも大量のごみになる予定。マンション内で捨てると、掃除婦たちに物乞いのようにフロアで見張られてしまうので、ドライバーさんに外で処分してもらう。
大晦日はお友達の家で紅白を観ながら年越しパーティ。 今回は、ゲストとしてご招待頂いた。←よそのお宅にご招待されることは滅多に無いので本当に嬉しい。
手土産に打ち上げ花火も持っていくことにした。 でかいのを3発購入。ロケット花火を100発。 大晦日のカウントダウンと同時に、ドッカーンと花火を打ち上げる。
明日、でかいのをもうちょっと買い足そう。
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ドイツ・ポーランドにいたときは、毎年のように花火を用意して打ち上げていた。欧州の大晦日だから、真冬。氷点下になることもあるから、帽子手袋マフラーの防寒具の完全防備で。
やっぱり花火を上げないと年を越せない。
日本を離れて20数年になるけど、現代のニッポンは年越しに花火を上げたりするのだろうか?
ニッポンの花火は夏だけか。。。
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今年の日記はこれでオシマイ。
皆さん、どうぞよいお年を。 新しい光で輝く年がやってきますように。
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