2002年05月16日(木)  パワーランチ

夜の予定がなかなか立たないので、ランチタイムを人に会う時間にあてるようになった。どんなに忙しくても、ランチはなるべく外で食べるようにしている。太陽を浴びて、おいしいものを食べて、ついでに刺激とパワーをくれる会話があれば最高。

月曜日は留学時代の友人たちと表参道に集合。会うと元気が出るので、定期的に「パワーランチ」を合言葉に集まる。妻だったり、母だったり、会社員だったり、フリーだったり、それぞれの立場で抱えている悩みや痛みを分かち合い、時には笑い飛ばす。現実はドラマの世界よりもずっとドラマチックで、登場人物も魅力的だったりする。あまりにありふれているせいで、ほうっておくと忘れてしまいそうな「いいシーン」や「いい台詞」を形にとどめたくて、シナリオを書くのかなと思う。

水曜日は応援団の先輩、Nさんの職場近くに行く用があったので、茅場町で会う。大学は違うが、飲み会で「お前ならもっと飲めるぞー」とかわいがってくれた人だ。三年ほど会っていなかったが、パコダテ人トークイベントの案内を出したら、大きな花束を持って駆けつけてくれた。そのお礼を言うと、「どんな映画だったか、わかんないんだよ。はじまってすぐ爆睡してさー、三十分ぐらい寝て、仕事戻っちゃったから」。「それはないでしょう!金曜までやってるんだからもう一回観てよ」と言うと、「今井の話が映画になったってだけで、俺はうれしいんだよ」。喜んでくれる気持ちはうれしいけれど、応援団は選手を応援するだけじゃなくて試合をちゃんと見届けないと。

今日はテレビ局のプロデューサーをしている同級生のY君と会う。電通の就職試験の帰りに新幹線の中で知り合って以来のおつきあい。彼がプロデュースした番組をわたしが書く可能性も、なきにしもあらず。人生何が起こるかわからない。


2002年05月15日(水)  パコの不一致

■ダンナがサッカー中継に見入っているので「パコダテ人とどっちが面白い?」と聞いたら、「サッカーに決まってるだろ!」と言われた。関係者試写で観たときは感動していたくせに、「ストーリーが荒唐無稽すぎる」「大人にはついていけない」と今頃になってあら探しを始めた。『海の上のピアニスト』を一緒に観たときも、「船に何ヶ月も閉じこもっていたピアニストが、こぎれいなカッコしてて、髪も伸びてないのはおかしい」と難癖をつけ、作品を全否定した人なので、ファンタジーを受けつけないのかもしれない。(ちなみにわたしは、あのピアニストの時間が止まっているのは、訪ねて行った友人の見た幻だからだと思っている。そうでなきゃ、ピアニストの乗った船が大破されるのは残酷すぎる)。人の作品で意見が分かれるのは許せるが、自分の記念すべきデビュー作をそんな風に思われていたとは。つじつまとか理屈とかすっ飛ばしているところがパコダテ人の面白さなのだが、それを欠点だと指摘する意見もある。でも、世界中を敵に回したって、自分の家族にはわかってほしいのだ。しっぽごとひかるを受け入れてくれた日野家のように。「あの作品はわたしそのものって言ってくれる人もいるのに、それを否定することは、わたしを否定することだ!」と暴れていると、サッカーから片時も目を離さないダンナは、「いや、君そのものは見てて面白いよ」。そんなこと言われてうれしいもんか。あーあ、パコの不一致、とスネた。■後日、友人E君に話すと、「サッカー観てるときに、そんな野暮なこと聞くのは、飼い犬がご飯食べてるときに手を出すようなもの」と言われた。つまりはタイミングが悪かったということ。「今度、目の前にごちそうがないときに聞いてみたら」とアドバイスされたので、あらためて同じ質問をしてみよう。


2002年05月14日(火)  戯曲

■ラジオ、テレビ、映画に続いて、はじめて舞台の脚本を書くことになった。「戯曲を書きませんか」という人が現れ、企画を提案したら、具体的に書かせてもらえることになった。『パコダテ人』と『風の絨毯』の縁で知り合った方から舞い込んだ話。仕事が仕事を呼んで、わらしべ長者みたいだ。決してお金持ちになっていってるわけではないが、豊かな経験を手に入れていると思う。


2002年05月13日(月)  ディレクター

■今週はラジオCM録りが二つ。ラジオの現場では、コピーライターがディレクターになる。台詞の言い方をディレクションするのは難しいけれど、うまく意図が伝わると面白い。音だけで表現するラジオは、コピーもシナリオも、映像がない分、より「言葉勝負」になる。会社の仕事で5分ぐらいの長尺CMをドラマ仕立ててやれたら、しかも自分でディレクションできたら、というのが会社員コピーライターとしてのささやかな夢。地道に提案し続けるとしよう。■今日のパワー源は、表参道のケーキ屋「キルフェボン(フランス語で、なんていいお天気!)」の苺のタルト。ここのケーキはダントツの幸せ度。一年ぶりぐらいに食べたけれど、とろけた。最高。


2002年05月09日(木)  奇跡の詩人

■昨日の夕刊に「奇跡の詩人についてNHKが説明」の記事を見つける。脳障害を負いながら、文字盤を指差すことで言葉を紡ぐ日木流奈(ひき・るな)君を追ったNHKスペシャル
(4月28日放送)に対して、「信じられない」の声が殺到したため、急きょ11日のスタジオパークで時間を取り、説明を行うことになったらしい。番組内容を告知するだけの小さな囲み記事の中に、「奇跡はニセモノではないかという疑惑に答える」というニュアンスが感じられた。放送を見て、震えるほど感動したわたしは、奇跡をまるごと信じていたのだが、奇跡に疑問を抱いた人がいたこと、しかもどうやら相当の人数だったことに驚いた。■帰宅したダンナに聞いてみると、「週刊誌にも載っていたよ。賛否両論で話題になっているみたいだね」とのこと。「お母さんが読み上げる言葉は、本当に流奈君が指差しているのか」という根本的な訝りの他に、ドーマン法の有効性への疑問や、意思表示ができるようになった科学的根拠の欠落などが視聴者だけでなく医療関係者からも指摘されているという。だけど、あの番組はドキュメンタリーであって科学番組ではない。奇跡を実証するのが目的ではなく、奇跡が生まれたという事実がドラマだったはずなのだ。他にも様々な憶測や噂が飛び交っているようで、「流奈君のお父さんお母さんは、この騒ぎをどう受け止めているんだろう」「傷ついているんじゃないかな」と考えていたら、眠れなくなった。■ネットで調べてみると、今回の視聴者の反応について、すでに流奈君の家族に取材が行っていて、「真実であるとしかいいようがなく、どう言っても、分かってくれる方は分かるし、分からない方は分からない」とお父さんのコメントがあった。奇跡は、希望であり光であると思う。奇跡が傷つけられたときには、希望は絶望に変わるのではないかと心配だ。11日の番組でどのような説明がされるのか見る前にあれこれ言うべきではないかもしれないが、わたしは、奇跡を信じたい。


2002年05月06日(月)  古くても新聞

>■ゴールデンウィーク最終日。午前中はワープロを打ち、午後からはたまりにたまった新聞を整理する。朝刊はダンナが持って行ってしまうので、夕刊と土日版だけだが、1か月も経つと、ずいぶんな量になる。それを一気に読んで、資料になりそうな記事をチョキチョキ切っていくのだ。新聞を読むたび感心するけど、あれだけの紙面を毎日毎日埋め尽くすって、すごい労力だと思う。しかも、地域から全国から世界中から、よくぞまあ面白い話題を集めてくるものだ。■たとえば朝日新聞から、フランス大統領選の「主な弱小候補者の訴え」。「すべての人に快楽を」と訴え、「コンドームを1個0.1ユーロで配布」し、「失恋者を救う救急車を」と主張する快楽党のシンディー・リー候補は、ホームページでヌードを披露。ピーターパンと名乗る候補のポスターは、シザーハンズがガリバーになったようなイラストだ。「私の政策を知るには、私の小説を読んで」と訴えていた候補者は、支持者より愛読者を釣ろうという考えなのか。23歳以上でフランス国籍と公民権を持つ者なら誰でも大統領に立候補できるらしいが、「ソーセージ(犬)」なる候補者も名を連ねている。目が離せない国だ。■これも朝日で、デパ地下用語の「兄と弟」は「売れ残りを再利用するときの業界用語」と知る。兄は昨日出したもので、弟は今日のもの。太郎はゴキブリで、次郎はねネズミなんだとか。■フカヒレは「サメのヒレ」で(フカという魚のヒレだとばかり思っていた)、「捕獲されたサメはヒレを切り取られたあと海に捨てられ、死んでしまう」こと、「出ますよ」とご案内をいただいていた永井一郎さんの本がとっくに出ていたこと、「サントリー緑水のCMについて教えてください」という読者からの投書に「女の子は女優の宮崎あおいさんです。(中略)現在、主演第二作目のパコダテ人が公開中です」という答えがパコダテ人東京公開初日の読売夕刊に載っていたこと、パコ広告も東京公開一週間前に掲載されていたこと、なども知る。古くても、新聞には驚くことだらけ。


2002年05月04日(土)  フランスのパコダテ人、函館のアメリ。

■ついに『アメリ』を見る。去年公開したときから、見た人たちから「絶対好きだと思うよ」と言われ続けてきたのだけど、ずっと機会を逃してきた。先日『パコダテ人』を観た人が「函館の『アメリ』だ」と言ってくれたので、さすがに観ないわけにはいかなくなった。超ロングランだし、いい加減すいている頃じゃないかと思ったら、シネマライズに30分前に着くと、すでに長蛇の列。反対側のパルコ前には『ハッシュ』の行列。この人たちの半分でもパコに流れてくれないかなあ。■想像していたのは、メアリーポピンズみたいなドタバタした話だったけど、アメリは背伸びしたおとぎ話のような作品。全体を流れる空気が、おしゃまというかオッシャレーなのだ。ブラウスやアクセサリーや家具がひとつひとつ可愛くて、いちいち欲しくなるし、ちりばめられているエピソードもほどよくエスプリが効いている。三分間写真の箱の中にミステリーが詰まっているとか、公衆電話で人をつかまえられるとか、横取りしたいアイデアも続々出てくる。そもそも「いつか使いたい小ネタ」を一本にした映画じゃなかったっけ。それにしてもフランス語ってずるい。あのボジョボジョした響きだけで、お洒落で小粋な雰囲気になるんだから。アメリが日本人で日本語をしゃべっていたら、鼻につく女の子の迷惑エピソード集になっていたんじゃないだろか。おフランスだから、幸せの魔法は成功している気がする。アメリを「フランスのパコダテ人」、アメリ・ブーランを「フランスのひのひかる」と呼ぶには無理があることがわかったけれど、あえて二つの作品の共通点を探すとしたら、「自分をたのしむことが、幸せになるきっかけ」ってことなのかな。


2002年05月03日(金)  スペクタクル・ガーデン「レジェンド・オブ・ポリゴン・ハーツ」

スペクタクル・ガーデン(通称スペガー)の旗揚げ公演「レジェンド・オブ・ポリゴン・ハーツ」を観てきた。チア仲間で女優の宮村陽子が出演しているからだ。先日解散した劇団MOTHERにいた頃から彼女の出ている芝居はよく観ているが、スペガーはMOTHERの若手メンバーが中心になって立ち上げた新ユニットなので、出演者のほとんどは「観たことある顔」そして、「安心して観られる実力派ぞろい」だ。「混んでるから覚悟してやー」と脅されていたが、30分前に着くと、すでに席はほとんど埋まり、いちばん前の体育座り席に通された。かぶりつきでよく見えたが、おしりが痛くて、途中何度か失神しかけた。それでも気を失うのを忘れるほど面白く、二時間たっぷり笑わせてもらった。どんな話なのかまったく前知識なしに行ったのだが、「ゲームソフト会社のリストラ対象者のふきだまり部署がとんでもなくい面白いゲームを作ってしまう話」で、スクリーンに映し出されるゲーム画面(オリジナルで作ったらしい)との連動でストーリーが展開していく。「開発者が愛を注がなければ、どんなゲームもクソゲーになる」など、モノづくりの姿勢を問いかける台詞がちりばめられていて、メーセージもビシバシ伝わってくる。やはり脚本のますもとたくやさんは天才だとあらためて思う。この人は役者としても注目していたのだが、以前手がけられたMOTHERの若手公演の脚本にも唸らされた。わたしも戯曲を書くならこれぐらい観客を楽しませられるものを書きたい!と、いい刺激をもらった。おしりの痛みも余韻もしばらく続きそう。


2002年05月02日(木)  永六輔さんと「しあわせのシッポ」な遭遇

またまたシンクロニシティに遭遇。昨日の日記に書いたタロウ君より、今朝メールが届いた。

ザ・ピーナッツの歌に「しあわせのシッポ」というのがありますが、永六輔が作詞をしています。サイン会で本人にパコダテ人の映画の話を伝えてみました。「なんでぼくの歌をテーマソングに使ってくれなかったの?」と冗談を言った後、「今やってる同じタイトルのドラマがあるのも知ってる。この年まで生きていると、いくつかのメッセージにはローテーションがあるのが、ぼんやり判ってきた。新しいように見えるものばかりだけど、作家本人無意識でも過去の繰り返しは多いと思う。誰か好きな作家(出来れば永六輔)を見つけて凌駕し、自分なりに味付けし直してみてほしい。世の中上質になっていく」。以上、今井雅子さんに伝えてください。とのことでした。加えて「伝統建築が美しいのはそれを繰り返しているから」だそうです。

とあり、入手したての永六輔のサイン画像が添付されていた。このメールを読んだ数時間後、赤坂で宮崎あおいちゃんのマネージャーの小山理子さんとお茶していると、店を出ようとしている紳士の後ろ姿を見て、「永六輔さんです」と小山さんが囁いた。同じ日に別々の人から彼の名を聞いたのも初めてが、間接的にメッセージをくれた本人に直後会ってしまうなんて、なんという偶然!

興奮していると、「追いかけて伝えたら、どうですか?」と小山さん。「でも……(ご迷惑では? はあ、とか言われちゃったら?)」と迷っていると、「こんな機会、もうありませんよ」。その一言で飛び出し、お会計を済ませた永さんを呼び止めることができた。「あの……はじめてお目にかかりますが、今井と申します。先日サイン会されましたよね? そこでわたしの友人が『しあわせのシッポ』と『パコダテ人』の話をしたと思うんですが」と一気に話すと、「ああ」と何となく思い出された様子。「わたし、そのパコダテ人を書いた者です。で、いま、しあわせのシッポに出てる女優さんのマネージャーさんと一緒にいて、こんなところでお目にかかれてびっくりです」と支離滅裂になっているわたしに、永さんこそびっくりされたはずだが、「あの歌は三十年前につくったんですよ」とにこやかに微笑み、去って行かれた。

雲の上の人との距離感が一瞬ふっと縮まったような、「しあわせのシッポ」な出来事だった。


2002年05月01日(水)  きもち

■幼なじみのタロウ君から電話。「パコダテ人の大阪公開の前売り券ってもう出てんの?京都の井上君が買いたいって」。京都の井上君は、わたしの高校・大学の同級生。偶然タロウ君と同じ会社に就職し、現在タロウ君は東京、井上君は京都で仕事をしている。「大阪の前売りはまだ見てないけど」と返事すると、「じゃあ、手に入ったら二枚よろしく」と太郎君。「でも、東京から送らなくても、大阪のチケット屋さんで買えるよ」と答えると、「そういうこととちゃうねん。井上君は、今井雅子を直接応援したいって言うてくれてるんや」。そう言われて、ハッとなる。「そうか、気もちやね」「そうや、気もちや」。電話を受けたときは義父母の家にいた。「今こんなやりとりがあってね」と二人に伝えると、「ありがたいことだね」と言ってくれた。そう、気もち、気もち。

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