度々旅
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振り替え休日をもらったので学校へ行ってみた。思い出した。私は高校まで、そして今もその生活の基盤となる場へ行くことがすごく嫌いだった。けれど、大学だけは違かった。夏休みだって行っていた。そして、今日もわざわざ行ってしまった。指導教授は週の前半に授業なので会えなかったのは残念。研究室で、室員さんとだらだら話す。彼女にはいつも愚痴を聞いてもらっていた。そして今日も聞いてもらう。私達ダメ院生がなんとかやっていけたのは、彼女のおかげだなぁとつくづく思う。あまりにも研究室は居心地がよかった。学校へ行く電車は、故郷へ帰る気分だった。だから、私はここから脱してしまったんだなぁと思ったら、少し寂しくなった。 けれど、帰れる場所があって、いつでも両手を広げて待っていてくれる人がいるってなんて喜ばしいことなんだろう。学校から遠くなり、友達や先輩とも会えなくなったけれど、学校そばまで来た旨をメールしたりしたら、すぐに呑みの誘いやら、お茶の誘い。それぞれ時間を空けてくれた。うううう。 今日、室員さんは、私が午後に現れると思っていた。それが私は午前に現れた。というのも、通常通りに起きてしまったのだ。だから家を9時に出た。数ヶ月前では考えられないことだ。誰もが私と約束するとき、寝坊を考え午後2時過ぎにしていたのだから。そうやって、今までの生活とは違う生活をすることによって何かが変わっている。けれど、仲間と会ったとき私は私のままであることを知った。そのことが嬉しかった。まったく違う生活をして、違う格好をして、違う環境にいるけれど、私は、大好きな人達と、大好きな場所で、大好きなことをしていたときの自分と変わっていない。
また一つ歳をくった。なんか、今までは一つの区切りとして受け止めて、気持ち新たにって感じだったが、3月で学生に区切りをつけたためか、それ程気持ちがシャンとしない。 友達が「おめでとう」という言葉と共に、ネタをプレゼントとしてくれた。それも、1人じゃない。みんな、ネタ作りに励んでいた。オイ、なんか違うだろう。 夜遅く、院の先輩からのメール。パチンコで大当たりして、これから豪遊する予定。一晩遊ぼうってな内容。あぁ〜〜、行きたいっす。すごく行きたい。しかし、私は今週は日曜も仕事。遠慮します。つまらない人間になったなんて思わないでください。 気づけば働き始めて1ヶ月だ。早い。木曜の夜に、院生仲間が電話してきた。彼は、ドクターに行ったものの、就職への気持ちが固まり、院に籍を置きながら就職活動。その他に、週4回フルタイムバイト。なんか、あたしと状況が似ている。お互い、同じような愚痴を吐き出す。 働き始めて、今まで当たり前だったことが、どんなに素敵なことだったのかということを多く感じる。同じ思いを抱えた人が周りにいることが、なんて幸せだったのか。普通だと思っていた楽しみが、私にとってどれ程欠かせない楽しみだったのか。生活の主体を仕事にとられることによって、やっとそういうことに気づいた。働いてみるのも悪くない。我慢することを覚えるって、我慢せずに過ごせる時間やコトの素晴らしさを感じることだったのね。 とにかく、周りの人、モノに感謝。
仕事帰り、乗り換え駅で知らないおっさんに話かけられた。あたしは音楽を聴いていて、それでも話かけてくるので、あたしに道でも聞いているのかと思ったら、「世の中腐ってる」「いいやつは皆死ぬ。世の中わかっている奴は自殺する、三島だってそうだ」といきなり言われた。 ああ、まただよ。。。と思いつつ、適当に相槌を打っていたが、おっさんはヒートアップしていく。学と教養はあるらしく、かなり色々なことを知っていた。そんなおっさんは、中学時代は番長で高校では級長。ヤクザになりたかったが、公務員40年。退職金少ないと文句言ってた。公務員は気持ち悪い。猫かぶってて気持ち悪いと、自分の40年を振り返り、その後自分の親戚やら、息子の話へと話題は移る。 おっさんの息子の大学やら、おっさんの家のことやら一通り話され、親戚は優秀だが、息子がバカだ。でも、いいやつだということはわかった。おっさんには、孫がいることもわかった。唾を履きながら、どうよおねえちゃんと話しているおっさんに、公務員40年お疲れ様と言ったら、それまで世の中腐っていると怒っていたおっさんは、笑顔になった。 どこまで正気かわからないけれど、英語でいきなり話始めたり、驚いた。しかしだ、どうしてあたしはこういう感じで話しかけられることが多いんだろう。。。でもまぁ、楽しいからいいかと、「同感です!」「同意です!」と二人で夕日を見ながら、笑顔を交えた会話が成立してた。 おっさんは、これから母ちゃんの所に帰ると言ってた。あたしに、オヤジはいるのか?と言うから、いると答えたんだが、どうやら旦那いるのか?の意味だったらしい。
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