度々旅
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面接に行ったところから、採用というお電話をいただいた。思わず、ありがとうございます!と声を張り上げる私。体中から力が抜けた。といっても、正社員ではなく、1年契約なのでその先どうなるのかはわからない。けれど、それはそれで私には合っているのかもしれない。旅に出る資金くらいは、貯めることができるだろうし。 あまりにも精神的にヤバイので、来週から授業に出ようと思っていた。先輩が、授業においでよと言ってくれた言葉にどれだけ救われたか。テキストを準備してくれると言った言葉で、ああ私にもいる場所があると思い、涙が出そうだった。 自分の中に二つの思いがあって、身分を確保しなければという自分と、別に好きなように、その日を過ごせばいいやという自分。けれど、後者の自分は特定の身分じゃなくても、何らかの自分の場が無いと、結構精神的に辛いものだと思った。まだまだ、私は精神的に弱い。突き抜けてない。何をしたら良いのか、何をしたかったのか忘れ、したかったことなど無いのではないかと思い、ヤバくなる。毎日行く場所が与えられて、これだけ嬉しいとは思わなかった。だって、毎日やることがあると憂鬱になる子だったから。でもそれは、やることが常にあるという前提が無ければその憂鬱さも生まれてこなかったのだなと。そして、その憂鬱さは幸せなことだったのだなと。 とは言っても、この間のことがあるので、正社員じゃないとしてもかなり不安。逃げ癖をここでつけてはいかんという感じ。 ちなみに、当分フルタイムで仕事が見つからないかもしれないから、バイト雑誌で載っていた古書店で週2、3回バイトしようかなぁとも思っていた矢先だった。店まで見に行っていた。それを母親に話したら、いいじゃない!古書店なら、そういう取引の勉強すれば役に立つわよ!と。なんて前向きな母親なんだ。どうやら、引き篭もりへの才能があり過ぎる私が、本当に引き篭もるのではないかと、かなり心配していたよう。だから、何でもとにかくやって、新しい所を見て目的を見つけて欲しいと思っていたようだ。 こんな歳になってまで親に心配掛けて申し訳ないなぁと思いつつ、なんてありがたいのだろうと思った。 それにしてもだ。事務職のバイトさえ書類で落ちることが続いていたので、やっぱり職歴無しのこの年齢ってかなりヤバイのかもしれんと思っていた。学歴を言われ、この学歴なのに?みたく言われるたびに、だからそう言うならば、雇えよと強く思った。でも、まだ学歴や年齢のせいにするのは、早すぎるのかもしれん。 ああ、皆さん私が逃げないように監視しておいてください。でも、ここ数ヶ月で本当にお金が無いことって本当に辛いと思った。残高三桁の状態にもなった。その上借金だ。これが、お金さえあれば旅に出てリフレッシュってことにもなるのだが、そういうわけにもいかん。なぁーんと、逃げるにもお金が必要で、働かなければならんわけで、世の中って甘くないわさ。
浮き沈みの激しい日々。お日様が無いと特に。履歴書を書きつつ、あああ、また間違えた!と1人騒ぐ。なんで、最後の方に間違えるのさ。1ヶ月前よりも、履歴書に書く文字が確実に3文字減った。「修了見込み」の「見込み」。今まで結構苦労していた。やけに長い名前だったので、たった3文字減っただけで、ラクになった。何してんだか。。。 そんな中、何tもあろうかと思われる重い腰を上げ、ハロワへ。登録以来行っていなかった。転職でハロワを利用した先輩からアドバイスをもらい、いろいろ探す。前行った時は雪の日だったので、人が少なかったが、今日は多くて待った。私と同様、新卒で決めることができなかったと思われる若い子も何人かいて心強かった。 一緒に修了した友人と電話で話し、互いの現状を報告。彼も苦労しているよう。そして、数日働いた仕事場での前任者からもメールが来たり。私が無事辞めることができたと聞いてホッとしましたとか。なんか、たった数日しか一緒にいなかったけれど、この方とはずっと関係を続けたいなと思った。そういう人と巡り会っただけでも、私は幸せだ。彼女のメールで、「新しい仕事が決まり、やっと自分を取り戻せました」の言葉で、私もすごく嬉しくなった。自分が納得して、安定した気分で過ごせるって素晴らしい。 そういや、父が帰ってきた日、仕事のことを話したら、ただ頷いて聞いてくれた後に、わかったと言ってくれた。父は、仕事が決まったときすごく喜んでくれただけに、すごく申し訳なかったのだけれど、私を責めるどころか、あせるなという言葉と共に小遣いをくれた。泣けた。父はいつもそうだった気がする。何かをするのに力は貸してくれない。アドバイスもない。相談しても、何も言わない。自分の考えで、自分の力で自分が納得するようにしろという感じだ。でも、いつでも戻って一度休む場所を与えてくれる。そして、私はまた歩ける。ありがたい。
父親がインドへの出張から帰って来たということで、実家へ。会った途端笑ってた。初めて行った場所があまりにも面白い場合、やっぱりその面白さがわかる人に話したくなる。父の笑いはそれだった。 行く前は、かなり不機嫌で憂鬱そうだった。インドに行くからというよりも、あと数年もすれば退職の日を迎えるのに、なんで今更新しい事業のために、長期海外出張なのか。下手したら、これから何度も行かなければならない。。。ああ、憂鬱だ。という感じだったようだ。 けれど、帰ってきた父は、仕事云々のことはよくわからないが、インド自体はお気に召したよう。 父のインドでの写真を見て、いろんな謎が解けた。あたしは、インドでテレビを見たときに、どこにこんな綺麗なところがあるんだよ!と思い、列車に乗っているビジネスマンを見たときに、いったいこの人たちはどんな所で働いているんだろうと疑問だった。働く人と旅行者では会う人、見るモノが違う。街を歩いているだけでは、あそこがIT大国だなんて、ちっともわかりやしない。けれど、父の写真に写る会議風景やら、いろんな機械、オフィス、そして高級?ホテルを見て、なるほどなぁー。やっぱり、そういう場所があるんだよなぁーと。で、そこにいる金持ち達は(本当に金持ちかは知らないが、あたしが旅先で戯れた人よりは金持ちだろう)どんなだったかを聞きまくった。でも、ビジネスマンも、ノープロブレムってすぐ言う?と父に聞いたら、言ってたなと笑い、時間守る?と聞いたら、守らないなというお答え。その辺はビジネスマンもその辺のインド人も同じらしい。 父は、若い頃仕事で行ったフィリピンや台湾を思い出したと言っていた。インドもあと20年もすれば、今のフィリピンとかみたくなってしまうのかもなと話し、けれどそれではインドの良さが無くなっちまうというのが二人の感想。そして、なんだかんだ言ってインドはインドだろうという結論。 父と私が興奮してインド話に華を咲かせている横で、母が仲間はずれ気分で悔しがっていた。父がいずれみんなで行こうと言っていたが、あれだけ嫌がっていたのに、なんだかんだ言ってこれからインドでの本格的に始まるかもしれない仕事にあんた関わる気だねと思った。確か、あたしがインドに初めて行ったとき、いつか父とは行きたいと言った気がする。父は気に入ると思うよ。でも、母は無理だと思うよ。ブチキレるよと。もしかしたら、いつかそれが実現するのかなぁと思ったら嬉しくなった。 そんな父は、あっちでパートナーの会社の人に、娘が2、300円くらいの宿に泊まってたのだが、そういう所を知っているか?と尋ねまくり、そんな所は知らない。いまどきそんな所があるのか?と言われたそうだ。。。。お前、いったいどんな所に泊まってたんだよ、よく泊まれるなと言われ、よくあの水を飲めたなと言われ、若いうちはいいなと言われた。どうやら、食事は殆どホテルでとり、果物も温水で洗って食べていたのにも関わらず、かなりの下痢に悩まされたようだ。
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