度々旅
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時間があることをいいことに、桜を堪能しています。金曜日は、母親と隅田川へ。そして、土曜日は同居人と近くの大きな公園へ。どちらも、素敵だった。隅田川沿いで宴会をしているのを見て、ちょっとうらやましくなった。ああ、結局やろうやろうと言いつつ、今年もやれなかったやと。桜満開のまさにその週末に、皆で予定を空けるというのは、なかなか難しい。
♪HPのトップページの写真を更新。殆ど更新してなくてお恥ずかしいかぎり。どなたか4444を踏んでくださったようで。
同居人が休みということで、午後花見を見に上野に行った。そう、花見が目的なのではなく、花見をする人、そしてそれに群がる人を見るのが目的。相変わらず、ひねくれた感じ。 昔私が祖父と桜の時期に動物園に行ったとき、上野の山には面白い人がたくさんいた。酔っ払いや、カラオケしているオッサン、戦争に行って片腕を無くしたと書いた紙の前に座って金をせびる、片腕隠しているオッサン等々。とにかく楽しい人がたくさんいたのだ。それをかねてから同居人に話していたので、是非見てみたいと言うお言葉。 なのにだ。今はカラオケは禁止だし、片腕のオッサンはいない。それどころか、こんなに混んでたか?平日だぞ。テレビで毎年やる花見の様子がただ繰り広げられているだけだった。つまらなーい。芸を疲労しているのは、日本人ではなく外人だったし。それも、バイオリン弾きや動くマネキンパフォーマンスだ。何か違う・・・。ちなみに、動くマネキンには人は群がるものの、誰もお金を袋に入れてあげないのでマネキンも動くにも動けない。かわいそうになって、同居人が100円あげたら少し動いた。 一通り花見見物を終え、上野動物園にも寄ってみた。すっごい久しぶり。新しい(といっても、既に日本に来て数年経っているけれど)象とご対面しようと思ったら、象のオリ変わってるし・・・。何もかも変わってしまうのねと寂しくなった。 上野動物園は私にとって特別な思いのある場所だ。祖父との思い出が詰まっている。それが、ちょっとずつ変わっていくのはやっぱり寂しい気持ちになる。仕方ないんだけれど。でも、そんな中モノレールは以前と同じように動き、動物園の外にある小さい遊園地もどきも昔ど同じく子供達が遊んでいた。あの二つが無くなったら、ショック大きいなぁと思いつつ、上野を楽しんだ。 それにしても、アメ横で昼間から飲んでるスーツのおじさん達。かなりイカしてます。花見の席取りしている新入社員君たちとは観勒が違います。
春だ。あたしは、春がいつも嫌でウツウツとしてしまうのだけれど、昨年の引き続き今年も大丈夫なようだ。この間まで住んでいたところは、そこかしこに桜があって、ああそろそろだなぁ、来週だなぁなんて思っていたのだけれど、この辺は桜を見に行こうと思わなければないのかも。 春が嫌だった私は、大学の桜に助けられていた気がする。大学内の桜の広場で1人ボケーっと座って、青い空と桜を眺めてた。時々山も見えて、いろんなことが小さく思えて、ぽかぽかした春の陽気の中、あまりにも気持ちが良くて、私って生きているだなぁーなんて心の底から満たされる感があった。 そういう感覚って何かのきっかけでふとした時に生まれてくる。案外そういうものに支えられて生きて、歩いているのかもしれない。 去年は、京都で桜を楽しみ、就職試験の会場で桜を楽しみ。その前は、 ちょうど春に嫌なことが重なって、学校の桜を1人で見て支えられ。その前は、バイト先のおじさま達と近くの会社の庭までお昼休みに出かけていって、お弁当食べながらお花見。そういや、この時って座るためのシートなんてないから、木の根本にある石に座って、全員木を囲んで外側向くしかなくて、変なお花見だなんて笑った。 不思議なもので、桜と一緒の記憶は鮮明だ。
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