度々旅
INDEX|past|will
母とディズニーランドに行ってきた。母は、大興奮だった。あたしよりずっと、TDLの遊び方を熟知していた。まずは、ショーのための座席の抽選を朝一でして、その後ファストパスをとって、その待ち時間にパレード見てなどなと、次々と案が出て、あっちやこっち歩き回った。 コーヒーカップなんか、あたしよりガンガン回してギャハハハハと笑ってた。スプラッシュマウンテンでは、最後の落ちるところで、しっかり手を上げて写真に写ってた。初めて、あの写真を買った。なんだか、母、すごいよ!若いよ!
そんな母は、最近吹き矢を習い始めた。弓道か、長刀か、吹き矢どれにしようか悩んだって、あなた・・・。そういう姿を見ると、あたしの母だなぁとしみじみ思う。
同じ研究室のと某教授の最終講義。いつも通り手伝いに借り出される。目立たないように過ごしていたつもりが、こういう時にはいつも借り出されるようになっていた。そして、その度に「当日民族衣装は禁止です」だとか、「フォーマルな民族衣装、着物、スーツ等でお願いします」だとか、あたしだけ先輩に注文をつけられる。むぅー。
講義の後の、パーティーにて、同学年の一人が論文提出直前で院をやめたことを知らされる。彼は、一番本気でやっている人だっただけに、ショック。本気だっただけに、書けなくなってしまったのだろうなぁと。院に入るときも、合格したのに、自分には力が足りないと言って、その年には入らず浪人してた。そういう本気さが、彼の首を絞めたのではないかと悲しくなった。うちの研究室は、そういう人が多すぎだ。
パーティーには、私の指導教授も来ていて、久しぶりに会った。結局、パーティー中ずっと話していたよ。この人の良いところは、授業以外では殆ど学問の話をしないこと。するとしても、普段とは違った角度からなのでかなり面白い。うちの指導教授は、特殊分野だけに今まであまり学生を持ったことがない。同じ学年に2人も自分の担当学生がいたことは、あたし達が初めてらしい。そんなわけで、「来年寂しくなるから二人の論文を落とした方がいい」などと、先輩がわざわざうちの教授に言っていた。やめてくれー。 その後、教授と私ともう一人の担当学生K氏と呑み屋へ。そこで思い出したかのように、「落とせって言ってたけど、落とさない方がいいんだよね。」なんて確認をされた。先生、そういう言葉は真に受けないでください。
論文、提出致しました。けれど、いまいちスッキリしない!最後の最後までミス発見で、印刷後にも発覚。あぁー。急遽差し替え。紙の色が違うっす。卒論のときと違って、爽快!って感じじゃないんだよなぁー。理由を考えてみると、卒論のときは途中でだいぶ先生に原稿を見せた。見せたといっても、教授は出来上がったものを見てモノ申す人なので、特別何か言われたわけではないけれど、なんとなく見せている安心感があった。今回は夏に見せた以降、何も見せてない。こういう構成ですくらいしか言ってない。あとは、ちょっとバランスが悪い。後半をだいぶ削った。いらないなぁーと思って削ってたら、なんとなく尻つぼみになっていった。そこが悲しい。 けれど、最終的には言いたいこと言ったので良いのかなぁー。でも、ちょっと考察が浅いような気がしないでもない。 そんな感じで、かなり不安。まぁ、卒論は爽快!だったけれど、後から見たらヒドイもんだったし、誤字脱字だらけだったしな。今見ると、無知って恐い以外の言葉もない。ということで、少しは進歩したから提出した後も心配なのかもしれない。と自分を納得させてみたり。 あと残すは、年明けの最終試験としての面接。教授達からの集団リンチ。恐い恐い。 しかし、提出のために学校に行く道程は、結構感慨深かった。今日は雲一つない青空で、あーあたしはこの坂を7年も歩いていたんだなぁと。そういや、教授に怒られショボンとしながら帰ったり、授業の発表がうまく行かなくてやっぱり落ち込んで帰ったり。考えているうちに、知らない間に学校ついたり家についたり。そういうのを一つ一つ思い出していたら、ちょっとジーンと来て、提出の時はドキドキしてしまった。
|