度々旅
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2004年12月16日(木)

 ふぇ。どうしてこう、見直す度に毎度毎度新しい誤字脱字が発見されるのだろう。今度こそ大丈夫だ!と思い、印刷しては、あああ、抜けてるよ!この文変だよ!ってのが見つかる。疲れた。そういや、卒論もそうだった。提出後に、人に見せてたくさん誤字脱字を指摘され怒られた。今回はそんなことないぞと、先に人にチェックしてもらったが、スペルミスとかは自分で見つけなければしょうがない。ワードはわけわかんないところに文句つけるし。
 とまぁ、こんなグチグチ言っていながら、もう印刷たのんでしまったから完成であります。あとは、提出用の表紙をつくるのみ。疲れました。これが限界です。
 そんなわけで、今日はずっと気になっていた体のことで病院へ。検査の結果とりあえず以上なし。半年後に一応もう一度行かなければならないけれど、一安心。ちなみに今日行った病院。ネットで調べて初めて行ったのだけれど、お城みたいだった。世の中にはあんな病院もあるんだなぁー。


2004年12月14日(火) 論文

 とりあえず、完成直前。まだ誤字脱字と展開が不安なので、相方T氏に校正をたのむ。ありがたい。あとは、目次をつくって、表紙などなどをつくって。ああ、注釈も間違っていないかチェックしなければ。まだまだやるこをたくさんだな。
 最後の最後に、そういうことだったのか!とわかり、最終章を書き直し。だが、まだまだやればやる程、こういうことだったのか!ということが出てきそうだし、熟しきれていないところもありそうで、もう自分の書いたものを読みたくない。書くことは書いた。今のあたしでは、これが限度だ。そんな気持ち。ボロクソに言われても、受け止めるしかない。


2004年12月13日(月)

 以前のバイト先でお世話になった方が亡くなられたとのこと。昨年末体調を崩し、実家の方へ変えられて闘病生活を送っていたとのこと。そして今月9日に亡くなれた。まだ43歳という若さ。
 闘病中ということもまったく知らなかった。バイト先の社員さんからのメールで知らされ、名前の文字を見たとき、一瞬誰?と思い、知らない人だと思った後、名前を音にしてみたら、すぐにわかった。けれど、あたしが覚えているその方に死という言葉はまったくそぐわなくて、へーというくらいにしか受け取れなかった。
 その方は途中から私達の部署に来られて、バイトであるあたしの新たなボスになった。とても優しい方だった。学生時代に留年したり、インドに行ったことがあるとかで、私に対する理解がとってもある方だった。バイトを辞めてから遊びに行ったときも、声をかけてくださり、インド話などをした。まだ若すぎる。
 その人を思い出すことが供養になるという。だから、私はその方を今思い出している。けれど、思い出せば出す程、その方の死が嘘のように思えてしまう。だって、あんなに元気だったし、若かった。もしかしたら、死を死として受け取る必要はないのかもしれない。だって私の中では、やっぱりその方は生きているのだもの。悲しむことよりも、私の中で生きてもらえば良いのかもしれない。
 けれど、ヒトコトやっぱり言っておこう。M谷さま、ご冥福お祈りいたします。ありがとうございました。
 


こげんき |MAILBBS

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