度々旅
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2004年09月25日(土) あの頃

 サークルの時の先輩が、一年仕事で東京に来ていたのだが、山梨へ帰るというので送別会。少ないメンバーだったけれど、あたしにとっての黄金メンバーだったような気がする。訳あって、最後までサークルにいたわけではないので、公式な場には参加できないあたし。だからこそ、この面子で集えるってのはすごく嬉しかった。当時の相方だった友人Iが来れなかったのは、残念。今更、彼女とのコンビは絶妙だったと痛感する。
 呑んだ後、ラーメンを食べカラオケへ。懐かしい声でかつて一緒に聞き、歌った歌が、あちこちで。ちょっと泣けてきた。歳とったんだなぁーと。あたしだけ学生を続けているので、こういう時、自分の変化の無さに悲しくなる。成長したのだろうかと自分に何度も問いかけてしまった。
 帰りのタクシーで、友人Hが「もうあの頃は戻ってこないんだよ。悲しい」と言っていた。あの頃が戻ってくることはないけれど、あの頃は消えることなく、今に至り、そしてこの先もずっと続いているわけで、そういうものを大切にしたいと思った。そのためには、自分もあの頃の人たちが前に歩いているのと出来る限り同じ歩調で、歩いて行きたいものだなと。
 そんなことを思いつつ、久し振りに酔った。頭いてぇ。


2004年09月20日(月) 楽しいこと

 素人芸を楽しんできた。サークルの先輩たちの寄席である。久し振りに聞いたよ落語。かなりキツかったが、社会人になっても、ああやって会を開けて客を呼べるってすげぇなぁと素直に思った。上達しているのもスゴイ。同窓会みたいなもんで、こういうことができるって素敵だわさ。
 しかし、なんかちょっと羨ましかったよ。あたしは好きで落語をやっていたわけではないし、今も別に落語が好きなわけでない。だから、あの人たちが社会人になっても夢中でガンバレルのがちょっと羨ましかった。
 今日も授業。明日も授業。あたしの平坦な日々は続くわけで、そんな中一つでも楽しみを見つけて、頑張れるのは羨ましい。今のあたしには、そういうのがないなぁと思った。ちょっとそれが悲しくなった。
 指導教官が、朝起きたら死にたくなった。何も楽しいことがない。布団から出たくなかった。と言っていたのを思い出した。 
 しかしだ。よく考えたら、会えるだけで幸せになったり、嬉しくなる仲間がいるわけで、それだけで幸せといえば幸せなのかもしれん。


2004年09月18日(土) 秋刀魚祭

 実家へ友人を連れて帰った。ここ数年恒例になっている、サンマ祭開催である。母親の田舎の友人からサンマを送ってもらい、大量に食べた。
 庭において七厘でサンマを焼いてバクバク食べる。しかし、父と友人よ。あたしがいない間、炎がボーボーと上がっているのを横目で見つつ、ほったらかしで、真っ黒焦げにしていたよ。ヲイ。一通り焼いて食べた後は、刺身などなど。とにかく、たらふくサンマを食べた。その後、昼寝。犬と共にゴロゴロしているうちに寝てしまった。夕方起きたら、あっちの部屋では母がこっちの部屋では友人が、そっちの部屋では父が寝てた。なんか、結局いつもこうなるなぁー。

 それにしてもである。母の包丁さばきはさすがだ。そして、こういう食材を送ってくれる人がいることもありがたい。母の人脈をあたしも確保したいものだ。くちばし?が黄色いサンマ。スーパーじゃ見ないよ。
 帰りにピオーネをもらって帰って来た。これはあたしの浪人時代の友人の実家のもの。なんか、気付けば産地直送ばかり増えている。母は海の物担当。あたしは畑のもの担当って具合で、友人の輪が出来上がっているようだ。


こげんき |MAILBBS

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