度々旅
INDEXpastwill


2003年03月19日(水) 手紙

 最近手紙を書くことがほとんどなくなった。それに伴って、手紙がくることも殆どなくなった。数日前、ひさしぶりに出した手紙は、九州の自給自足御夫妻宛てだ。送ってから、1週間毎日ポストを覗くのが楽しみだった。ああ、返事はまだかなまだかなと。そして、やっとお返事が今日届いた。
 部屋に入って、すぐには封筒を開けず、持っていた荷物を片付け、コーヒーを入れ、ゆっくりと落ち着いてから封筒を開いた。なんだか、時間と距離をかけてやってきた手紙をすぐに開いてしまうのは、もったいないというかんじだったのだ。メールというのは、お、来てる、と思ったらすぐ開いてさらりと読んでしまう。手書きではないから、本当にさらりと読んでしまう。
 手紙というものが昔から好きだった。字の癖や、行間。そういうものが、いろいろなことを表してくる。電話よりも、ずっと相手を知ることができるなぁと思っている。
 御夫妻から届いたお手紙、特にダンナさんからの手紙は、ダンナさんそのものだった。シールが貼ってあったであろうツルツルの紙の裏側に書かれた文章。その時点で、さすが。。。と思ったのだけれど、文字の踊り具合や、文体から、ダンナさんの姿が思い出され、今を知れて。
 やっぱり、手紙って良いなぁと思った。


2003年03月18日(火)

 かれこれ1時間以上、外で車のエンジンが空回りする音が響いている。雨の中大変だ。けれど、エンジンがかかるまで、永遠に頑張るつもりなのでしょうか。そろそろ諦めて、救助を求めては?

 特にここ一年、戦争や国というものを考えてきたけれど、考えれば考えるほどわからなくなるわけで。人間の盾の人が死んだと聞けば、やっぱり戦争をとめる策ではなかったんだななんて思ったり、デモしている人たちをみて、この人たちは、どうして反テロってプラカードも一緒に持たないのかなと思ってみたり、ブッシュの演説は言い訳にしか聞こえなかったり、けれど、アメリカ一番、アメリカサイコー、アメリカ大好ってブッシュが言っているんだなと思って聞けば、それはそれで、国が沈没しそうなのに国内で争ってばっかりの日本より、もしかしたらいいんでないの?なんて思ったり。そうかと思えば、日和見主義な日本は、それが自国が生き残る術なのだと、前回の戦争で学んだ結果なのかもしれないから、これでいいのかも?と思ったり。もうどうしようもない。そうそう。どうしようもない。どれもこれも、考え方に基準があって、その基準によっては、全然下すべき判断が変わってくるわけで。なんだか、考えることに疲れてしまったかんじ。そうしたら、戦争ってわけで。
 昔誰かに言われたことは、全部守ることは無理で、やっぱりプライオリティーをはっきりさせないと何も守ることはできないってこと。私は、自分と自分を大切にしてくれる人が何よりも大切だ。けれど、それを守るために、争うということをしなければならないとき、大切なものを諦めて争いを回避するのか、争って大切な人を守るのかわからない。そんな小さなことがわからないのだから、国益のぶつかり合いなんてわかるはずないわけで。原因が明らかになったとしても、対処の方法は明確ではなく。当分は、何も考えずに理想と現実の差は大きいなぁと実感させられる日が続きそうだ。


2003年03月16日(日)

 予想外の出来事がおきて、少し心が不安定になっている。高校卒業間際のドロドロの余波がやってきたというかんじだ。そのドロドロは、私にとってはもうどうでも良いことで、まるでなかったかのようにすごしていた。ああ、もうそういう女同士の面倒くさいことや、友情という言葉を振りかざして、いろいろ介入されるのはごめんだと思っていた。
 けれど、その時私と問題を起こした当事者とその周囲は、どうやらあたしのことをずっと気にしていたようで。あたしさえ良ければ、また仲良くしたいと思っているらしい。ま、そんな過去を穿り返すというか、あのままの延長の感覚がこもっているメールがやってきた。
 メールの当事者は、私を知らないところでかばってくれていた人なのだけれど、ま、彼女の結婚式に私やその彼女たちを呼ぼうとしており、あたしが適当な理由をつけて行かないと返事することを彼女は予測しており。そんなあたしが、昔のことを気にしているか、していないか知らないけれど、あたしと問題起こした人たちは、あたしと仲良くしたがっている。気にしているよと、教えてくれた。
 かつては私も、問題を起こした人たちと、何かのきっかけがあればまた話したい、また一緒に笑いたいと思っていたとは思う。けれど、今もそういう気持ちがあるかは疑問だ。そして、彼女たちがあたしと会いたいならば、本人が連絡してくればよい。それを、他の友人から私を彼女たちが気遣っているよというのを聞かされると、こちらとしては、まるであたしが一人で悲しみにくれたり、怒ったりして、皆から遠ざかったようで、皆を遠ざけているようだ。あたしを腫れ物に触るように扱っているようだ。あたしは、もうあんな面倒なことは、たくさんだと思ったし、私には私が何も言わなくても私を守ってくれた友人がいたし、その友人たちは、自分が私のために何をしたかということを私に対して恩着せがましくまったく言ってこなかった。あたしは、守ってくれたということを、数年後にたまたま聞いたという形だった。けれど、私と絶縁状態にある人たちは、私と問題を起こした当事者の間に入って「友達なんだから」とかいうわけのわからない言葉で、何も理由を言わない私を攻め立てた。私としては、ああ、友達だ友情だとかいう言葉を使えば、なんでも済まされると思っているヤツって恐ろしいなとだけ思った。
 結婚式に招いてくれている友人は、私をとても大切に思ってくれている。そして、私も彼女と同じように彼女を大切に思うことができる。けれど、そこには何か決断がいるような気がする。その式での再会をきっかけに、私と絶縁状態の彼女たちが、何かの形で接することを望んでくれているようだけれど、私は、再びあの人たちと接することによって、自分が壊れてしまうのではないかという不安がある。再会したときに、自分が何を思うのか、どういう反応をしてしまうのか予測ができない。予測が出来ないということは、望んでいないんだろうな。それに、あたしさえ良ければ仲良くしたいの、仲良くってなんだ?という疑問が残る。それって、自己満足に付き合わされるだけのような気もする。
 そんなこんなで、非常に情緒不安定に。あの頃、唯一あたしが逃げ場になった、私がすべてを話した相手にまた逃げ込んだ。その人はあの頃と変わらず私の絶対的な逃げ場になってくれた。それによって、また少し安定してきたのだけれど。
 そして思ったことが、再会問題と式への出席は別問題で、あたしが祝いたいという気持ちがもっとふくらんだら、式に行けば良いという、なんとも簡単なことだ。そう、こういう簡単なことさえもう判断できないくらい、私は不安定で、どうしようもなくなっていたことを実感し、それを数行の言葉で安定させるお兄ちゃん。あなたがいてくれて、あたしは幸せだと思うのでした。


こげんき |MAILBBS

↑エンピツ投票ボタン
My追加