度々旅
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時々、自分の意見を言うのが怖くなる。自分が学んでいることを考えると、いやぁ、こんな学問やっているのに、それはいけないことなのだけれどと思い。けれども、こんな学問やっているがために、反論もたくさんあるわけで、ますます自分の意見とやらを言うのが怖くなる。
けれども教えられたことを、そのまま鵜呑みにしてしまうような年でもないわけで、時々ガンコに相手に反論をしたくなることもあり。しかし、影響されやすい私は、反論すると同時にオルグられることも多々あり。いかんね。
自分が意見を言うときは、常に攻撃されることを想定するわけで、しかし攻撃に耐えうるような主張をつくるってのは、本当に難しいことだなとひしひしと感じる最近。けれど、反論に値もしないと足蹴にされるよりは、論駁してやるぞという気持ちを起こさせることができるのならば、それはある程度の形にはなっているのだろうなと思ってみたり。
いろいろな話をするたびに、軽々しく意見を言うことができる年齢ではなくなったんだなぁと思わされる。何かにコミットして、自分の力で考え自分で学び、それからしか何も言ってはいけないんだなぁとも思ったりして。それにしても、軽々しく「あれは駄目だよ」と言ってしまう人の多さにも、驚いたりして。
多くのことは、簡単には答えは出ないはずで、だからこそ答えというか意見は分かれてしまうわけで。まぁ、あんまり多くの問題に対して手を出すわけにはいかないので、自分の身の回りの問題、自分の専門分野だけでも、せめて堂々と自分の主張を言えるようにならねばと思うしだい。
昨日は腹痛のため、一日中布団の世界へ。腹痛。。。よく、起きるのです。まるで小学生のようだ。何でも食べるのに、急に腹痛になる。それにしても、昨日のはすごかった。インドで水を飲んでも、あんな風になったことなかったのに。。。
というわけで、今回の連休はなんだか寝ているうちに終わってしまい、どうやら毎日暖かかったようで、それなのに洗濯をすることができず、布団も干せず。とほほほ
挽回すべく、徹夜して、朝ベランダの氷が溶けてもいないうちから、洗濯物を干し、ついでに布団も干した。東向きの私の部屋のベランダが日が当たる時間は、午前中の前半のみ。気温が暖かくなったころには、お日様の光はどこかへいってしまった。よって、今度は西側のアパートのローカ?に布団を移動。
お昼ごろには、布団はふかふかになり。そして、お日様のにおいとあたたかさを含んだ布団へと、再びもぐりこんだのでした。
土曜日に実家へ帰り、少しいざこざがあった。いつものことだけれど、こういうことは、やはりこたえる。
金曜日の夜に、大学時代の仲間の一人から1年ぶりくらいに連絡があった。そして、土曜の夜には、他の一人から電話へ留守電があった。
まるで、彼らは私が落ち込むことを知っていたかのように、うまいタイミングで私を思い出し、別にどうでも良い話をするために、連絡をよこしていた。しかし、その電話によって、私には彼らがいるという安心感をもたらしてくれた。特別何かを話すわけではないけれど、互いの存在確認のみによって、ただ安心させられたり、支えられたりする。このような仲間がいて良かった。
未だ一緒に大学に残っている友人は、今年論文が書けずじまいで、途方に暮れていた。いつもの通り、基本的に私はほおっておいた。一ヶ月の間数回メールを送ったが、彼女からの返信はなかった。そして、やっと数日前に返信があり、生き返ったらしいので、会った。
彼女が言うには、私からのメールのタイミングのよさに驚いたという。短いメールなのに、彼女が思っていることとぴったり合っていて、それはもう、私が彼女が何を今考えているのかがわかっているかのようだったというのだ。そして、「あんた、すごいよ。助けられたよ。」と言ってくれた。
私が何の気なしに送ったメールは、彼女を助けていた。それも、別に彼女のことを思って書いた内容でもない。そして、今回仲間からの私への電話も、別段私のためにかけてきた電話でもない。
でも、根っこでつながっていた仲間というのは、こういうものなのかもしれないと思った。そして、こういうものだから、やっぱりこの人たちは、大切な仲間なのかもしれないとも思った。
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