度々旅
INDEXpastwill


2002年10月03日(木)

 昨日学校を休み、おそるおそる今日学校へ行く。私の担当箇所までまわってこなかったとのこと。ひとまず安心。が・・・・。昨日、レジュメを研究室へ送ったわけだが、そのアドレスは教授方数名へ転送されるものだったということが発覚。それも、中国の天文学についてのレジュメなので、専門分野から離れたもの。急に、わけのわからない漢字がたくさん並んだレジュメを送られてしまった教授は、何事か!と。あああ。やはり体を壊すとろくなことがない。

 学校へ行く道で、バッタを発見。バッタは、10年ぶり位なのでは?と思う程見てなかった。だから懐かしい気持ち。はやり外は良いなぁ。まだ台風の時に土が含んだ水が、川へと大量に流れている。なんとなく、全体が湿っぽい風景。その中に、秋がたくさん。コスモスもかわいく咲いていた。

 拉致家族の記者会見を見ながら、かの国のことを考える。マスコミでバイトしていた時に聞いた、かの国に関する話を思い出した。今まで情報として流れていないものが、かの国に関しては沢山ある。マスコミは権力を監視する立場でありながら、大きな権力であり、我々のもとに届く情報は加工されたものでしかない。情報は商品なのだから。それぞれの立場から思想操作をしているようにしか私には見えない。それによって、国民のかの国に関する認識にずれが生じていることを、今回感じた。

 しかし、真実は一つなのだ。それは、戦争に関しても、あらゆる歴史解釈に関してもいえること。しかし、真実を手に入れるための最も良い方法を、未だ見つけることができない。


2002年10月02日(水) 体を大切に

 昨日はなかなか寝付けず、やっと寝ても浅い眠り。そして、やっと寝れたと思ったら、朝頭痛に襲われ。。。。とほほ。授業休んでしまいました。もしかすると、自分の担当箇所がまわってくるかもしれぬ、という恐怖もありましたが、なんとも体の調子がおかしいのでしょうがない。とりあえず、作ったレジュメを研究室へメール。自分の場所まで、まわってきていないことを願うばかり。おお。明日学校行くのが恐ろしい。

 ということで、天気の良い本日は臨時休暇。窓から見る青空は気持ちがよくて、これが薬がわりになった模様。日が沈む頃にはだいぶ体もよくなり安心。

 小学生の頃などは、風邪をひいて学校を休むのが嬉しくてしょうがなかった。そうかぁ、お母さんはこの時間にお昼ご飯を食べているのね。このテレビを見ているのね。などと自分が普段いない時の家族の様子を観察れきる。そのうえ、人が授業を受けている時に、寝たりテレビを見たりできるのである。風邪の辛さなんて、痛くも痒くもない!

 そういや、小学生の頃風邪で休んだ次の日は、宿題をやってこなくて良いみたいな暗黙の了解があった。しかし、母はそれを許してくれなかった。休むというのは遅れるということなのだから、母は私を遅れさせないようにしていたわけだ。今思えば、当たり前のことだ。私が体を壊しているうちに、授業は勝手に進み、後から自分でやらなければならない。体を壊すということは、もうとんでもない障害なのである。
 
 まぁ、明日はしっかり学校へ行けそうなので、とりあえず安心。


2002年09月30日(月) 仲間

 夜、雨が上がったので、外へ。水分をたっぷりと吸い込んだ少し冷たい空気は気持ちが良い。雨は上がっているものの、水の壁が私を閉じ込めているような感覚。闇と雨。私が好きなものだ。

 青空の下で、心が広がるのも良いが、闇夜に自分の中へ心がすーと入り込むのはもっと良い。自分自身と対峙できる。

 朝方友人からの返信メールに気付いた。「俺にメールをよこすくらいだから、相当弱っていると思う。」そんな一言に、涙が出てきた。私は弱っていたのだ。それをずっと認めたくなかったのだ。

 弱っている、やる気がない、壁に当たっている。そんな言葉を吐くということは、逃げているという状態の時だと思う。だから、決してそういう言葉を吐くのはやめようと思っていた。しかし、確かに私は弱っているのだ。弱っている自分を、無視しようとしていた。弱っているのではなく、逃げているのだ。それは、自分としては認めたくない。そういう気持ちだった。

 そして、逃げているに過ぎない自分をコントロールすることに必死だった。しかし、逃げているのではなく、確実に弱っていたらしい。途方に暮れていたらしい。一歩一歩歩くことに疲れていたらしい。そんな疲れた状態で自分をコントロールできるはずがない。そんな私は自分でも思いもかけない相手にメールを送っていた。私の中の私が無意識に仲間の助けを必要としたのだろう。そして、その仲間は、確実に私を救い出してくれた。

 彼は、一歩一歩着実に歩き始めていた。去年、今の私のような状態だった彼は、しっかり再び立ち上がっていた。そして結果を出していた。近況と、愛想のない言葉が添えられた冷たくみえる彼の文章は、仲間としての温かさに溢れていた。こんな短い文によって長い間底に沈んでいた私が、立ち上がれそうな気持ちになったのは、彼が仲間だったからだ。

 別れの日に、「ここにいるやつは、みんな俺の家族だ」と言った人がいた。この言葉は、私の中に生きている。そして、仲間みんなの中に生きていた。そういう仲間と出会えたこと、そして短い言葉でも、互いをしっかりと支えあえるような仲間になる時間を過去に持てたことを嬉しく思う。そろそろ立ち上がれそうだ。


こげんき |MAILBBS

↑エンピツ投票ボタン
My追加