度々旅
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いや、本当に英語スランプ。今まで、最高のスランプ。はまればはまる程抜け出せません。次第には、助動詞まで調べ出す始末。泣きたくなるなぁ。
言葉って、不安になると、とことん不安になるもので、一度立ち止まってしまうと、そこからもう、何も発せなくなる。全てが不確かであいまい。日本語だって、同じ。寧ろ、慣れている言語の方が、迷路にはまりこみやすいかも。嫌いなドイツ語の方が、ましなくらいになっている。あああ、どうしよう。怒涛の発表ラッシュが6月末に予想され、今から憂鬱であります。
今日はヨガの日。最近、家でやっていなかったので、体がだいぶ固まっていた。体が、疲れていること、がしがしになっていることを実感。ゆっくりと伸ばしてあげる。精神以上に、体は私のストレスを引き受けてくれているのだろう。
シャバーサナーという、屍のポーズは心地良い。今日も寝てしまいそうになる。家で布団の上で寝るよりも、本当に心地良い状態。それは、シャバーに入る前の動きが、いかに体をほぐし、精神的にも安心をもたらしているのかがわかる。骨の一本一本まで、意識を向ける。目を閉じると、関節や骨の動きがさらにわかる。人間の体は本当に良く出来ているなと思う。
子供を見る時、本当に同じ構造なのかしら?という程、彼らの体は柔らかく、その上、疲れというものを知らないように見える。年齢を重ね、様々な所に支障が出くることによって、自分の体とは、一つの物体ではなく、複雑なつくりをしているということを実感する。その支障一つ一つを、しっかりと直していってあげなければ、体はやがて、悲鳴をあげてくずれてしまうだろう。
体が、年々衰えているのを実感する。恐ろしい。脳も同じく衰えているのではないかしら?これまた恐ろしい。
とりあえず、脳と体の運動を毎日続けませう。さもなければ、とりかえしがつかないことになりそうだ。
久し振りに夜遅く、学校から帰ってきたら、田んぼで蛙が大合唱。げこげこ。
自分の日記を振り返ると、貧乏といいながら、かなり贅沢に買い物しております。が、デジカメはおじいちゃんからのお小遣い、プリンターは必要経費ということで、親に頼みました。ああ、こんな年齢になっても、親に頼っております。感謝。
一応、学生の私は、本代に使うお金が、優先されます。が、本というのは、値がはる物で、なかなか困ります。最近では、ネットで本を買うことが多く、その場合はカード支払いなので、親に請求がいきます。本当にごめんよ、父、母。私は、本に線を引かなければ、なかなか理解ができないので、図書館で本を借りるのは苦手です。そして、調べたい時にすぐあることが一番望ましいので、やはり、ある程度の書物を家に置いておきたい。あああ、勉強って、実はお金がかかるのねぇ。
勉強することが、実は非常に贅沢なことだということを、やっと理解してきた次第。いやいや、私は幸せ者でございます。趣味みたいな勉強なので、就職に結びつくこともなく、教授たちは、院に行きたい旨を話すと、第一にお金の心配をします。だんだん、そういう理由がわかってきた最近。
でも、貧乏だと、自分にとって、一つ一つの選択が重要になります。その選択の時に、本当に自分にとって必要なものか、良く吟味する必要があります。そのことによって、常に自分と対峙するようになります。貧しくなって、ここ最近、どうも私にとって、重要なのは、自分一人の心地良さらしいことがわかってきました。友人と騒ぐのも良いけれど、そういう所にお金を使うより、好きな音楽や、本、映画、美術鑑賞、旅などにお金を使いたいらしい。そんな私は、学校で食事に誘われるのを、いつもどうやって断るか悩んでしまいます。日々学食で食べるのは、積もり積もると、すごい金額になってしまう。それと、家でゆっくり、解放されて食べたいのです。
そんな私は、最近おにぎりを学校に持参でございます。
週末の生活が乱れております。 土曜日、頑張って昼ごろ起きるのだけれど、洗濯して、本を読んでそして、昼寝。気づけば、太陽がいなくなっています。とほほ。
そして、土曜の夜も早く寝て日曜こそは、一日満たされた気分で過ごそうと思うのだけれど、結局ビデオを観たりして頭が興奮状態になり。太陽が出てくるまで寝れません。実家に今日も帰れなそうだ。
深夜に、急に料理がしたくなることがある。おなかが減っているわけではない。ただ、台所にたって、何かをしたくなる。ケーキを作り出すこともあれば、本格的に料理をつくることもある。 が、だいたい、つくり終わると、それで満足してしまい、食べる気力は残っていない。それを必死に食べてみたりする。 深夜の食事とは、少し悪いことをしているような気分。こそこそと食べているかんじだ。 今夜も、急に何か新しいものを作りたくなった。 夜の料理は、集中できる。時間を気にせずにできる。今夜は、イタリア風餃子を題して、チーズなどを織り交ぜてやってみた。
最近、本当にお金がなくて、食を出来る限りけちっているのだけれど、夜中は非現実のようで、贅沢になってしまう。別に、必要な食事というわけではないのだけれど。
結局それを食べて、すぐ寝るのもなんなので、ビデオを観て、今もうすぐ午前5時。
深夜は、非現実的で素敵だ。夜はおもしろい。全てが許されているかんじがする。起きていること自体が、悪いことをしている気分にもなる。
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