度々旅
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授業は、週の後半にかたまっております。だから、今日はへとへと。体育講義の単位をとるのに、3年間かかっていた私が、今では、学校へ行く3日のうち2日が一限からです。まだ、一度も遅刻していない自分に驚き。
最近、なぜか6時半に一瞬目が覚める。4時頃寝たとしても、「やばい!」と思って目が覚める。ううん。この緊張感が、もっと早くからあれば・・・。
友人のバイト最終日ということで、内緒でバイト先のビル付近で終わるのを待っていた。私として、珍しい行動で、一時間もかかる所に、わざわざ行くなんて、私は、この友人のことが本当に大好きなんだなぁ、と実感。興味が合うわけでもないのに、不思議。一緒に働いている間、ずっと互いを尊重していられた。価値観が似ていたのだろう。気を使わずに、互いにずけずけ言える素敵な関係を築けた。
私の最終日に、彼女はミニヒマワリをプレゼントしてくれた。私も何かをプレゼントしたくて、探そうと思ったが時間がない。入ったお店で急いで見つけたのは、タイに山の民族の人形。なんでも、夜に悩みをその子に話して、その子を枕の下に置いて寝ると、次の日は解決しているという小さな人形。就職活動中の彼女にプレゼント。予想だにしない私の出現に、素直に喜んでくれる彼女。このお人形が、彼女の就職活動での精神の疲れを癒してくれると良いなぁ。
帰りに、他の友人と約束してプリンターを買うのを付き合ってもらう。ついでに家まで運んでもらい、セットアップまでたのんでしまった。・・が、 インクの入れ方を間違えて、なんだか壊れたくさい。むむむ。うまくいかないなぁー。自分でやらなかった、私が悪いのだけれどね。
でも、今日は、切符をなくしたのに駅員さんが見逃してくれたし、バイト先のおじさまたちからメールはくるし、良いことも多かったので、よしとしましょう。
夕方しとしとと、雨が降る。私は雨の匂いが好きだ。暖かい晴れの日の日中、途中から振り出す雨は、特に匂いがする。この匂いをどう表現すれば良いのだろう。 湿った土の匂いに似ているが、埃も混じったようなかんじ。その匂いは、温度の匂いのようでもある。寒い日と、暖かい日では、異なるからだ。
雨が降り出し、この匂いがすると、とても安心する。落ち着いた気分になるのだ。そんな匂いが充満すると、不思議と街のざわめきもおさまるように感じる。そして、遠くの音が響いて聞こえてくる。それは、まるで過去から聞こえてくるような音だ。長い道のりを経て、私の耳にまで何かを伝えるために届くような、そんな音。
昔、雨が降ると、傘を持っていてもささずにいた。そして、水溜りへじゃぶじゃぶ入っていた。濡れることは、気持ちが悪いことではなく、楽しかったし、傘をささなければならない理由もわからなかた。周りにいる友人たちは、困った顔をしてそんな私を見ていたのを覚えている。
最近は、水溜りに入ることはなくなってきたが、傘をささずに歩くことは相変わらず好きだ。しかし、持っている傘をさしていないということは、外から見ると奇異に見えるらしいので、出来るだけ傘を持たずに出かけるようにしている。でも、そういう時は、親切な方が入れてくれようとするわけで、なかなか雨に濡れて楽しく歩くということが困難になってきた。
雨に濡れて歩いていると、悲しげに見えることが多いが、本当はみんな楽しんで歩いているのかもしれない。
以前より多い睡眠時間をとっているにも関わらず眠い。これも年齢のせいだろうか。
近所の田んぼは、全て田植えが終わっていた。小さな頼りない苗たちが、数ヵ月後には黄金色になるのが楽しみ。帰りに、その農家の無人販売でイチゴと玉ねぎを買う。無人といいながらも、すぐそばの畑でおじさんが作業をしていて、「ありがとう」と言ってもらえた。作った人の顔を見ながら買えるというのは、嬉しい。
無人販売所にある野菜は、「食べてください」と言いながら座っているように見える。野菜を買う私たちは、はっきり言ってしまえばお金を払わずにすむことも可能である。が、どうしてもそれは出来ない。野菜自身も、その作り手も、なんだか「食べてくれたら幸い」と言っているような気になるからだ。だから、こちらも「いえいえ、こちらこそありがとう」という気持ちで、お金を入れる。
だから、無人販売でも買い物は、スーパーでも買い物とは違う。お金を介した買い物という感じがしないのだ。
しかし、お金を入れる缶に、時々5円玉や、1円玉が入っていることがある。お金を入れずに持って帰ることは可能なのに、お金を入れていく。ただで持って帰るのは申し訳ない。でも、100円は出したくない。もしくは、100円玉がないので、あるだけの小銭で、というような気持ちで、誰かが入れていったのかもしれない。だから、そこには、買う側の感謝の気持ちが含まれているといえるだろう。
無人販売では、お金を声で要求されない。だからこそ、いろいろ考える。だから、作ってくれた人、育ってくれた食べ物に対する感謝をふと思い出すことができる。
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