度々旅
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頑張って早く起きて、お布団干して気持ちがよくて、結局そのふかふかになったお布団に転がって、昼寝をしてしまった。
最近食事を作るのが面倒。というより、何も食べたいものがない。食べるのも作るのも大好きな私にとっては、なんだか寂しい。ここ数週間いろいろ作っていたら、なんだか自分の味に飽きてしまったのかも。
私は、一人暮らしにしては調味料を持っているほうだと思う。基本的な調味料というより、2次的調味料の方を買ってしまう。貧乏な私は、お酢は一人暮らしを初めて3年目、みりんは4年目、ゴマ油は最近買った。けれど、ナンプラーや、豆板醤、コチジャン、ターメリックやクミンなどどいったスパイスは最初の頃からあった。
調味料というのは、冷蔵庫にたくさんならんでいると楽しい。でもかさばる。冷蔵庫を開けて、いろいろ入っているなぁと思って何かをつくろうとしたら、調味料だらけで、食材はほとんどないなんてことはよくある。
調味料が一番活躍するのは、カレーの時。最近はやらなくなってしまったが、昔は小麦粉を炒めてルーをつくるところからやっていた。いろいろスパイスを混ぜ、化学の実験のようだった。鳥ガラでダシをとって、一日かけてつくる。その時の気分で、コーヒーやヨーグルト、りんごを入れたり、焼肉のたれやソースなども入れてしまったりする。だから毎回味が違う。それも楽しみ。ココナッツミルクを入れて、タイ風のカレーをつくったりもした。いつの間にか、私はカレー名人と呼ばれ、カレーをつくるというと、友人が家に集まってくるようになっていた。
カレーってすごい食べ物だと思う。何を入れても良いし、鍋いっぱいのそれを見れば幸せになる。
自分の畑でたくさんの野菜をつくって、それをカレーにしてふるまう。そんなお店をやりたいなぁ。今度インドに行ったら、スパイスを買ってこよう。こげんきのカレー、どこでもお届けしますわ。
田植えのために先日かき混ぜられていた田んぼで、夕方手作業で田植えをしていた。いつも気がつけば植えられていて、気づけば育ち、穂を垂らし、刈られているというかんじだったので、今年は田植えから見ることが出来てうれしい。最近は、学校へ行く道が楽しく、そして、帰り道も楽しい。 もともと大好きだった道だけれど、じっくり感じながら歩くと、毎日毎日違う表情を見ることができる。一日の中で、一番落ち着く時間になっているようだ。
夕方かみなりがなり、雨が降る。だんだん夏の気配がやってくる。
私はこの季節が一番好きだ。連休があけて、学校は空いてくる。ある程度その年度の生活にも慣れてきて、春に決心してやりはじめたことが、だんだんこの辺りで、淘汰されてきて自分に丁度良い程度に落ち着く。一番時間がゆったりと流れている時のような気がする。緑は青々と鮮やかに色づき、花も咲く。風も冷たくも温くもなく、心地よく吹く。
意識しなければ、一番印象が薄い時期なのかもしれない。暑くもなく、寒くもなく、紅葉もなく、特別なイベントもないこの季節。梅雨までの隙間みたいな季節。
私は隙間や、真ん中が好きだ。階段は踊り場が好きだし、建物と建物の隙間もわくわくする。決まった位置に自分から立つよりも、何かと何かの隙間みたいなところに入りこみたくなる。
真ん中や隙間は通路のようなものだ。通路は何かを結ぶ。何かを結ぶということは、前と後ろ、右と左というように二つ以上の対象がある。私には、過去と未来がある。いつでも自分は通路に立ち尽くしている。前と後ろをつなげるために、必死でここに立っている。先の道を開拓しようと、通路に立っている。
昨日とは違って、すっきりとした気分。どうして日によってこんなに違うのかしら。ほんの少しのことによって、心の状態が変化する。喉の状態も良い。ちょっと安心する。
予定より早く学校から帰ってくることができた。こういう急に空いた時間というのは、本当に嬉しい。部屋に帰ってドアと窓を開け、部屋に風を通す。風の通り道に座りながら、友人が買ってくれたケーキを食べる。とても優しい気持ちになる。
予定がつまっていることに疲れていたのかもしれない。予定といっても、むしろ自分に課した課題と言ったほうが良い。自分でやらなければ、読まなければという本がどんどん増えていく。一つ一つゆっくりと腰を落ち着けて読まなければ意味がない。しかし、授業でテキストを並行して5本読んでいる身としては、なかなか自分の研究のために時間をさけない。時間というよりも、自分のものに集中することが出来ない。結局、自分の研究のための本は、山積みになり、またあせる。その繰り替えし。
なかなか勉強というのは、脳が疲れるようだ。寝ていても、夢の中はその続きみたいな状態が続く。だから、ますます脳の疲れはとれない。時々起こる興奮状態の時は、言葉一つ一つに対し敏感になり、ふつふつと新たな思考を展開していく。が、それがきれるとどっと疲れがくる。
でも、以前はやる気がないという言葉をよく使っていた気がする。そして、どうしてやる気がないんだろうと悩んだ。それに、体を壊さないかなぁ、そうすれば休めるのにとも思った。それも今では体を壊すことが一番恐ろしくてしょうがない。去年、崖っぷちに立っていた私は、まったく悩まなかった。よく体を壊していたのに、去年は一度も壊さなかった。ただただ、やる気など関係なくがむしゃらに知識を食べていた。がむしゃらすぎて、ちゃんと消化され身についてなかったのか、あんなに頭の中にあった知識はどこに行ってしまったのかしら・・・ということが最近多くて、少し悲しくなるが。
その時、悩んでいるうちはまだ余裕があるなと思った。そして、緊張感がないから体も壊していたのだなと思った。最近は、落ち込みはするものの、それでやめてしまおうとか、どうしようということはなくなった。私がどんな状況であろうが、時は過ぎていく。私が研究できる期間はそう長くはないかもしれない。今与えられている素晴らしい時を、大切に使うためには、悩んでいる場合じゃないのだ。
が、緊張状態が続き、そのおかげで体調がおかしくなるという新たな症状が出てきたようだ。今度は、うまく疲れをとったり、心を解きほぐしたりする方法を身につけなければならないことに。
人間の体と心は本当につながっていると思う。心がだらけている時は、体もだらけ、心が疲れている時は、体が反応して休むような状態をつくる。自分では気づかないことに、体はいつも反応し教えてくれる。
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