度々旅
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2002年05月22日(水) 言葉に頼る

授業で自分のつくったレジュメの誤字や、日本語の悪さに本当に情けなくなる。それも指導教授の時間。英語を日本語にする時、どうしてあんなにわけのわからない日本語をつくってしまうのだろう。自分の表現力の無さを恥じ入るばかり。

去年も今頃の時期に、言葉を発することが非常に面倒というか、嫌になった。それと同時にテレビから流れてくる日本語も、ただの音としか聞こえず、人との会話も疲れた。脳が言葉を拒否しだすのだ。今もそんな状態。こうして日記を書きながら、自分の言葉を取り戻そうとしている。

授業後、急に喉の左側に異物感を感じる。2週間くらい前から出てきた症状。いろいろ調べてみたものの、ストレスによってそういうことがあるということしかわからない。ストレスなんて、そんなたいそうなものを私が感じるはずがないと思い、まぁそのうちなんとかなるでしょうとほおっておいた。ここ数日その症状は消えていたので、治ったなぁと思っていたら、また今日再び。それも、ぼろぼろになった授業後・・・。もしかして本当にストレスってやつ?と、今度は自分の弱さに悲しくなる。

でも、今は立ち止まることは出来ない。もう歩き出してしまったのだし、歩き出したばかりだ。

学校の帰り道、疲れきった私は風によって癒される。ふと道の脇を見ると温室の中でバラが咲いている。これが温室ということさえ今まで気づいていなかった。プラスチックの壁は薄汚れ、中に何があるのかもわからない状態だった。今日は窓が開いていて、そこからピンクのバラが見える。歩きながら道のまわりを見回してみると、学校までの道程は、この季節たくさんの野花が咲いていることに気づく。アスファルトの隙間からは、たくさんの雑草が伸び、花を咲かせている。
田んぼの中には、小さなビニールの小屋の中に今年植えられる稲の苗が、青々と元気に育っていた。おじいさんは、それを植える準備のために田んぼの土をかきまぜ、その周りにスズメたちがチュンチュン鳴きながらはねている。

ゆっくりと空を見上げる。風が気持ちよい。もう数百回この道を歩いたはずなのに、私は何を見てここを歩いていたんだろう。

私はたくさんのことを見て、考えて生きていると思ってきたが、何ひとつちゃんと気づかずに生きてきてしまったのではないかという不安にかられる。
それが、今日のどうしよもないレジュメにあらわれた。

言葉にするとどうしても、こぼれてしまう。それを理由に、私はあいまいな言葉を操り、絵などの他の手段で自分の中を表そうとしてきたし、記録しようとしてきた。でも、言葉にしなければ残らないこともある。言葉にすることによって、脳に残る、そういうことってあると思う。そういう作業を私は少しおろそかにしてきてしまったような気がする。もう少し、言葉に頼ることが必要だ。言葉という伝える手段があるのだから。そして、記録する手段があるのだから。

無人販売で買ったすっぱいイチゴをかみ締めながら、自分の発する言葉、人の発する言葉を、こういうふうに一つ一つかみ締めなければと思う。


2002年05月21日(火) 感謝の日

布団を干し、洗濯物を干していると外から大きな声が聞こえた。覗いて見ると、先生に引率されて小学生が歩いている。遠足かしら。
やっと晴れた今日は、私のアパート中で、布団や洗濯物が一斉に干されている。なんだか嬉しい。みんな晴れを待っていたのね。

誕生日ということで、予想だにしないメッセージがいくつか届いていて、素直に嬉しいなぁと思う。もう歳などとらん!と言っていたけれど、こうやって人におめでとうと言ってもらえるとは、幸せ者な私です。
歳を重ねるごとに、忘れていたような人からもメッセージが届くようになり、誕生日ってのは素敵だなと思う。今年も、たくさん素敵な人と出会い、大切な人が増えていくと良いな。

私は私が大好きです。そして、私の周りにいる人、もう会わなくなってしまった人も含め、大切で大好きな人がたくさんいます。彼、彼女たちは、今の私をつくってくれたともいえます。そんな人たちのかけらをたくさん食べて育った私を、私自身が嫌いになるということは、彼、彼女達を否定してしまうことです。だから、いつでも、私は私を大好きだと思っています。

今日という日を、自分に満足して迎えられたことを嬉しく思います。自分に満足というと少し違うかな。自分の足で、今の状態に自力で立っていることが嬉しいというかんじ。

私を長く長く今まで育ててくれた方々、たくさん素敵な影響を与えてくださった方々、全てに感謝です。そうか、誕生日って感謝する日なのかもしれないなぁ。


2002年05月20日(月) 旅立ち

今日はアルバイト最終日。そして、今の年齢ともお別れの日。

思えば今のアルバイトを始めた時、私は就職するか、留年するか、大学院に行くか、他の勉強をするために、大学を受験しなおすか、旅人になるか、ぷーになるか悩んでいる時だった。就職活動の波にのることができなかった私は、とりあえず卒論だけは精一杯書いて、それから考えようと思った。
そして、もし就職するとしたら、つきたいなと考えていた職業の会社でアルバイトを始めた。

アルバイトをしながら、社会を覗き、自分のその職業への適性をはかっていた。そして、卒論を書き終わり、このまま今やっている領域で勉強を続けようと決心。しかし、勉強をしたのは、卒論のみだったので、そのまま院試を受験できるような頭ではなかった。
留年するか、卒業して受験勉強するか悩んだ。バイト先は、学生しか働けないと人事に言われた。そして、結局留年の道を選び、学費は自分の貯金で出して一年修行の身となり、この春なんとか院に入るこたが出来た。

ちょうど、人生の分かれ道での選択の時を、このバイト先で過ごした。常に、みなさんに心配されていた。就職と勉強、フリーターを迷っている私に、いつも素敵な言葉を下さった。きっと、私みたいな娘を持たないで良かったと思っていたことだろうけど。

大学生活、いろいろやってはみたいものの、特にこれといって絞ることが出来ず、熱くなることもできなかった。しかし、時間はどんどん進む。やっと、私がなんとかなるさぁという気持ちから、なんとか決断は自分でしなければと思いたち、目標ができ、それに向かい、とりあえず、そのスタートラインに立つことが出来た。そういう期間の私を温かく見守って下さった、みなさんに感謝。そして、私のような一生モラトリアムを求めるかもしれぬ人間を、社会の第一線で働いている方々が応援して、その存在を理解してくださったことにも感謝。

そして、迷いの年齢にお別れ。


こげんき |MAILBBS

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