度々旅
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あああ、またやってしまった。 朝早く起きたにもかかわらず、アルバイトを休んでしまった。 どうしても、こういう日がある。 やっぱり、予定というのは駄目だなあ。 アルバイト先のみなさんごめんなさい。 短期バイトとはいえ、逃げるつもりはないのです。 どうしても、春ってやつは気持ちよくて、おうちから出れない。
そんなことを思いつつ、再び眠りに入ったら午後だった。 とほほ。
休み中に部屋を掃除しなければ、この先この部屋はどうにもらなんと 思い、冬から夏への準備。 今だに、私の部屋は冬対応。
私は、物が捨てられない。だから、着ないとわかっている洋服も 捨てられない。 新しい物を買う時も、使わなくなることを考えると買えない。 物を買う時は、衝動的にしか買えないのだ。 まあ、単に貧乏というのもあるけれど。勢いが重要。
先日拾ってきたばかりの本棚は、もう埋まってしまっている。 これからのことを考えると恐ろしい。 いつかは、この部屋から出ることを考えると、大きなものを 買う気にならない。だから、春は、ずっと本棚を拾うべく、徘徊。
物を捨てるという行為は、とても難しい。 昨日まで私の生活で生きていたのに・・・。 じゃあ、今日も生きていてもらってても良いではないのと思う。 それと同じで、買う時も、昨日までなくてもすんでいたのだから、 今日からもなくて良いではないの・・・。
ゴミ置き場に欲しい物がある時。 あとから拾いに行くと、なくなっていることがある。 誰か他の人が、そのゴミの寿命を延ばしたと思うと、 なんだかとっても嬉しい。ちょっと、悔しいけれど。
さて、この部屋の大量の物をどうしたら良いのだろう。 父に、物を保持し続けるのは贅沢なことだ、捨てろと言われたことがある。 しかしですよ、お父さん。 私は、自分のことが大好きなので、自分の周りの環境も大好きなのです。 一度でも、私の環境作りに貢献した物を捨てるのは、 今生の別れと思うと捨てられないのです。 お父さんが、駄目な私を捨てられないのと同じよ。 だから、出来るだけ、物を買うことを控えている。 ああ、貧乏で良かったなあと思うな。こう考えると。
そんな私は生ゴミも、土にしようと試みるが失敗。 食品のトレーをスーパーに回収してもらうというシステムが、 非常に嬉しい最近。
ゴミはこうやって減っていくのだなあ。 ゴミの島を夢の島を名付けた人の心意気に、感心の日々。
予定を立てて実行するということは、とっても苦手だ。 何かをしなければならない、ということが決まっているというのは、 このうえない苦痛。
予定というのは、自分との約束と同じ。 約束というのは、結んだ途端に義務に変わってしまうことが 多いようだ。
人間の行為と思考の間には、ちょっとした隙間がある。 ソクラテスの問い、how one should live,
“〜べし”というのは、義務である。 そして、私の場合は“〜べしだが、私はそれをしない” という場合が多い。 “私はタバコをやめるべきだが、やめない” どのような行為を行うべきかを考えている時には、 欲求は極力無視される。 しかし、実際その行為を行う時は、欲求によって支配される。
ソクラテスの問において、それが問われるのは、 何らかの目的があるからだ。 目的は、欲求でもある。 欲求によって、出された問いは、義務によって答えを 出さなければ答えが出ないのだろうか。
でも、義務によって出した答えを実行するのは、 至難の業だ。 だから、目的における欲求と、そのための行為が 直接的に結びつくことが一番のぞましい。 そのためには、思考と行為の間に義務が入る込む 余地を与えてはいけない。
だから、私は予定を立てることが嫌いであり、 立てることができないのかもしれない。
ゴールデンウィークは、貧乏学生らしくバイトなどをしようと 数日前に決心。今日が初日。
バイト先は、直線的には家から近いが バスは周り道をする。 帰りは、歩いて帰ろうと決心。 歩いて帰るその道は、いままでずっと反対側から見ていた長い一本道。 先はどうなっているのだろう?といつも思っていた。
始まりと終わりだけは知っている道の真ん中をうめるということは、 非常に楽しい。 これは、なんにでも言える。 始まりを終わりを知っていると、全部を理解している気持ちになるが、 ほんとは、真ん中が一番素敵。 真ん中論。
たらたらと、道を下ってゆく。 いつもは、バスで回り道をする小さな山を下る。 予想以上の緑に、はっとする。ここは、私の家の近所なのだろうか。 なんだか、不思議な異世界へ来た気分。 急に、山中に畑が見える。ぽつんと建っている一つの家。 横には、農園の文字。 小さな、小さな畑が耕されている。その周りには、鬱蒼と茂る緑。 そこに住んでいるのは、山姥か、樵のおじいさんか。
再び道を下っていくと、牛の糞の匂いが広がる。 道端には、牧場の看板。 暗い牛舎には、牛がもぞもぞと蠢いている。 この牛たちには、運動する場所があるのかしら? 少し不安になりながら、牛の糞の匂いの渦に巻き込まれる。 そして、ここの牛は大丈夫だ、と訳のわからないことを思う。
ここを過ぎると、自分の知っている風景がだんだん見えてきた。 なんだか、少し酔っ払ったような感覚。
緑に酔っ払ったのか、自分の中に沸く、非現実世界に酔っ払ったのか。
私の中に、大好きな道がまた増えた。
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