人の声に乗って発せられる言葉は、癒しにも、毒にもなる。
喜ばせる事もできれば、傷つける事も、簡単にできる。
言葉にはそういうチカラがある。
意味もない話で、誰かが傷ついてることを、なぜわからないのだろう?
無神経な一言で、涙を流す人がいることが、なぜわからないの?
私にも感情はあるから、時には暴力的な言葉を言ったり、相手を否定する事も言う。
でもそれは、相手の言葉を受けた上でのこと。
それなりの相手には、それなりに対応するよ。
笑顔の裏のドス黒いモンが見え隠れしてるからね。
本気で心配してくれる人には、こっちも本気で応えるし自分を隠さない。
心からのあったかい言葉ひとつで気持ちがやわらぐ。
自分の事でまわりの人を巻き込んでしまい、悩ませてしまった。
『ターゲットは私でしょう? 言いたい事あるならはっきり言いなよ!』
そして、私を、その攻撃から守ろうとしてくれる人達がいる。
この人達から発せられる言葉は、なによりも心強く、安心する。
かけがえのない友人達に、私はどんな言葉を言えるのだろう。
飾らない、ありのままの気持ちを、いつも伝えたい。
人を傷つけることなく生きていくのは、なんて難しいんだろう。
「敵」 と判断しても、「相手を思いやりたい」 と思う私は馬鹿なんだろうか?
闘いたくはないんだよ、本当は。
わかりあえなくても、相手を尊重することはできる。
人の見解はさまざまだから、意見の対立は当たり前でしょ。
でもなあ、感情的になっちゃうんだよなあ。
まだまだダメだなあ。
・ 天気予報がかなりの確立でハズしてくれるので、傘を何本も買うハメになって困る
・ 仙台の回転寿司屋のラーメンが110円で、お寿司よりラーメンの注文が多かった。 時間があれば食べたかったなあ。 マグロはおいしかったなあ。 また行きたいなあ。
・ 友人との会話で気づいた幸福 『じゅんちゃん、いくつになったの?』 「41歳だよ。 来年の1月で42歳になるよ」 『娘は?』 「20歳と18歳になったよ」 『じゃあ、孫も、もうすぐだね。 ひ孫も見れるし、やしゃご(ひいひい孫)も見れるよ』 「そうか! みんなが早く子供産めば私が80歳の時には、やしゃごがいるのか。」 『そうだよ。 それって、すごく幸せなことだよね』 「そうだねぇ、幸せなんだなあ」
・ 帯広駅ののおそば屋の豚丼がおいしかった! サンクス、コンちゃん! ランチョ・エル・パソのチャパティも食べたいし、お店のオッちゃんにも会いたいわ。
・ 人との出会いが自分の人生の大きな変化になるのを実感。 大感謝!
・ 人が敷いたレールを進むのはイヤだなあ。 どんなに傷を負っても自分で道を創るよ。 たとえゴールがなくても、味方がいなくても、一人でも闘うよ。 いつでも覚悟はできてるさ。
・ 人の悪口はちゃんと自分に跳ね返ってきます。 言わないほうが賢いのよ。
・ ミルクたっぷりのクリームシチューがたべたいから今度作るよ、みんなおいで。
・ 納豆が食べたくて買ってくるけど、冷蔵庫に入れとくと誰かに食べられていて、 いまだに私は納豆ゴハンが食べられずにいる。 悲しい。
・ 輸入版の ナチョチーズとチートス は、なぜあんなにおいしいんだろう?
| 2003年09月28日(日) |
KRAPSホールと Vinnie’s BAR |
日曜日の今日、じゅんこさんの行動予定では恒例のダブルブッキングライブ観戦。
まずは、パワースレイブスタジオ3周年記念ライブの為、朝9時にクラップスホール入り。
機材搬入の間はロビーで待ち、ジョナサンに呼ばれてホールに入ると・・・・ 奴の企みどおり、マーシャル3段積みがデーンデーンデーーンと並んどった!
「うわっはっはっは! これ15年前じゃん! すげぇ〜 マーシャルフェアかよ!」
と大爆笑しちまった。 (思わず写真撮っちゃったよ。 ショウもデジカメで撮ってた)
バブル時代を彷彿させるそのセットは、うちらの年代には懐かしくもあり、恥ずかしくもある。
当時の外タレのライブなんて、「どんだけマーシャル積んでんだ? 鳴ってるのはどれだ?」 ってなぐらい、マーシャル・マーシャル・マーシャルなステージだったのだ。 ま、ほとんどがハリボテだったんだけどね。
そんな、素晴らしいステージを再現したジョナサンには、お馬鹿の称号を与えよう。 (ホントにやるとは・・・・・)
そんで、リハを全部チェックして、本番を少々見て、18時半には次の会場、ヴィニーズ・バーへバスで移動。
タカシのライブがあったのだ。
クラップスではショウと一緒にいた。 ショウは珍しく風邪ひいてた。 熱があるのかないのか手で測ってみたけど、私の手のほうが熱いらしく、ショウのオデコや首は冷たかった。 3to1のコージの手は熱かった。 ショウの負け!
そーいえば、ショウやタカシに会うのは久しぶりだったわ。 10日間くらい会ってない気がするね。 二人共、体が壊れ気味で、ちょっと心配。 タカシも疲労でダウン寸前だった。 というかダウンしてたらしい。 頑張って歌ってたわ。
10月はね、ジェームス・ブラウンのお仕事もあるし、体力つけとこうね。
さてと、ショウが自分のHPを立ち上げたし、なにやら動き出しそうね。
ショウはね、HPもおもしろいけど、やっぱ実物が一番おもしろいなあ。 「ひとりごと」 を呼んでると、なんとなく表情がわかるから笑っちゃう! 笑いジワを増やしてくれてありがとう、ショウ!
そして、ママ、ビデオありがとう! じっくり見る! 大事にする! ほんとうに、いつもありがとう! 早く見たいんだけど、もう朝になりそうなので、明日、出勤前に見るね。 また感動して泣くかも〜。
やっぱり、ショウと私たちは必然の出会いだったんだね、きっと。 お互いの存在をいつも心強く感じてる。 ショウは、また新しい1歩を踏み出したよ。 最高の環境だと、私は思ってる。
自分の意志で行動をおこした時、得るものは大きいだろう。
いつでも自分からアクションおこしていこう! じっとなんかしてらんないや。 楽しくやろうね!
| 2003年09月26日(金) |
また HAPPY BIRYTHDAY |
今月はめでたいなあ。
本日は、我が家の長女が 20歳 になりましたーーー!
子供の成長は親の楽しみでもあるけど、毎日を意欲的に生きてる娘達の姿には教えられる事がたくさんある。
大人だから、親だからと、上からの目線だけで接してたら見えないんじゃないかな。
小さい頃から娘達には、いろんな遊びをさせてきた。 女の子だからやっちゃいけないモノって、ないと思うんだ。
スケートボード スノーボード 木登り サッカー ・・・ パパのふっちゃんは、ずっと波乗りをしてたけど、サーフィンだけ娘はやってないかも? 当時、子供用のボードやウェットスーツは特注なので高かったんだよなあ。
いろんな遊びを通して、応急処置の方法や危険に対処する心構えを教えてきたつもり。 そして、海や山の 「自然」 というフィールドで人間が遊ぶなら、知っておかなくちゃいけない事、やらなくちゃいけない事があるのも教えてきた。 自然環境を壊しちゃいけないもんね。
親子であっても、ある意味、ライバルのような意識はあったと思う。 私たち夫婦の遊びをそのまま仕込んできたから。
今、どれだけ覚えててくれてるかはわからないけど、彼女のライフスタイルを見てたらわかる。 現在、女子のサッカー選手として自分のスタイルを確立し、自由に、活発に、そしてすべて前向きに考える姿は、親馬鹿といわれようが賞賛している。
今夜、うちには 「家族」 と呼べるスペシャルなメンバー達が集まってくれた。
大量のお菓子とお酒を持って!
みんなと過ごせる時間が、とても大事なんだよね。
さりげなく来てくれる友人達、大切なのは気持ちがつながってる事。
ひさしぶりに大人数が集まって、ママからのプレゼントの R2D2(スターウォーズ)のゲームで大騒ぎしながら夜は更けていくのであった。
夜中にはマコがきた。
みんな何時まで起きてたんだろう?
ママは早々とダウンしちゃったわ。
最高のプレゼントは、みんなの笑顔 だったね。
さて、再来年は次女が20歳を迎えるんだわ。
女の子も、男の子も、これからがまた楽しみになるわねえ。
せんじつ20歳になったタカシと、うちの長女は、中学校からの同級生なのだ。
みんな、「我が家の子供」 として扱われてる。
他にも 「我が家の子供」 が何人かいる。
ダーリンふっちゃんは、単身赴任先から帰ってくるたびに 「うちの子」 が増えてるので 戸惑いながらも喜んでいるようだ。
ふっちゃん、わりい! また増えるわ。 女の子だらけになりそうよ!
| 2003年09月24日(水) |
いよっ、みんな元気だった? |
いやいや、ずーっとコメント書けずに申し訳ないのう。
なんで書けなかったかって?
手元にパソコンなかったんだよ。 貸し出し中。
タカシが新しい活動を始めたんだけど、彼はパソコン持ってなくて、自分のグループのHPを携帯で見てるのね。 とーぜん、携帯代が高くなるから私のノートパソコン(ちんこ)を貸してあげてるのだ。 うむ、優しい、いい大人だなあ。 誰も言ってくれないから自分で誉めておこう。
そんでね、ヨドバシや、ビックカメラのPCから、「コメント」を書きこもうとしたんだけどさ、ここにログインする為の自分のパスワードを忘れちゃったのさ!
アホだよねぇ、自分。
去年の手帳にパスワード書いといたのを思い出して、調べてやっと書きこめるようになったわよ。
まあ、そんな理由もあり、すんげえ目の回るようなスケジュールで爆死寸前だった事もあり、コメントが書けなかった訳だ。
でもねえ、ネタには困らないほど充実した日々を送ってたわよ。
では、今までの活動報告してみよう。
12日(金) タカシの所属するグループのストリートライブで、深夜に大通公園。
13日(土) ラリー北海道のイベントで、札幌から LIVE A LIVE ・ 3to1 がライブ出演の為、帯広入り。 じゅんこさんは3to1にくっついて、早朝から深夜まで帯広。 車中ほとんど爆睡してたので、ぶさいくな寝顔を3to1メンバーに初披露。 ライブは、台風接近の雨の中、なんと野外! ある意味楽しんだよ。
15日(月) 16日(火) STARSのライブ観戦と営業をかねて、タカシを連れて仙台に1泊2日。 STARSメンバーや関係者の方々にお世話になり、メンバー「ケンケン」の お世話もしつつ、ライブを堪能。 早く一緒に仕事したいね。 タクちゃん(T−FUNK)に 「これ、あげる」 とピックもらった。 11月5日のメジャーデビューが楽しみだわ。 雑誌「CUTEi」に彼らのページがあるので、興味ある人はチェック!
19日(金) 北海道出身のシンガー 向井成一郎くん が、北海道ツアーの為に札幌入り。 実は約15年ほど前に、AST−M(アストエム)というバンドで活動してた彼。 そんな昔話もしつつ、ライブを見てた。 あいかわらず、いい男だねえ。 15年前、感じた直感はホンモノだったね。 音楽に対して純粋な気持ちで歌う姿に出会えてよかった。 この業界に長くいると、真摯な気持ちで音楽に向き合う人たちとの再会が多い。 お互いに嬉しい瞬間。
21日(日) その成一郎くんが、玉光堂パルス21(CD屋)でインストアライブ。 ファンや友人やお客さんが集まる中、面白いトークといい声を響かせてくれた。 今回は、アコギ抱えて一人でツアーしたんだよね。 北海道最後の夜に、打ち上げ行けなくてごめんなあ。 次回に楽しみをとっておこう。 あ、彼ね、昨年、映画でたり米倉利紀さんのツアーで歌ってたらしいから みんな知ってるかもね。
22日(月) 古くからの友人であり、昨年のライジングサンロックフェスにも出演した、 7thGATE のライブでキング・ムーへ。 テクノ満載のイベントで、友人「おりりん」の出番は夜中12時。 出演者待機用のVIPルームで待つ事約2時間。 VJもかっこいいけど、やっぱ「おりりん」かっこいー。 今夜のスペシャルゲストだもんなあ。 普段の奴からは、まったく想像できん・・・・・。 すげえ奴だ。
と、こーんな日々を過ごしてました。
書いてない日はバイト三昧なのですよ。 私にオフはないのね。
ふうう、こんな長いの、読んでくれてありがと。
あ、そうだ、タカシの活動ね、近いうちに本人から報告させます。
今、彼はアイドル並みのスケジュールをこなすのに精いっぱいで、 なかなか時間がとれないんだよね。
バースディメッセージのお礼のお返事も遅れていてごめんなさいね。
もう少々お待ちくださいませ。
最近よく見かけたり、偶然出会う人。 または、そのような人。
★ 安田 顕 (TV・水曜どうでしょう とかのヤスケン)
★ ひいらぎ の Vo. (真ん中の子)
★ 某ホールの人
★ サイコルシェム (某CD屋のイベント終了後に)
★ 某ビジュアルバンドの皆さん
★ 「次の問題」 (あだ名)
★ ビジュアルアーツの、かっこいい生徒
★ ミタニマリコちゃん
某地区の横断歩道近辺にて遭遇。 (サイコルシェムは店内)
| 2003年09月09日(火) |
ショウがDAICEを脱退 |
ここのコメントでもお馴染みの DAICE のDr.ショウ が、正式にバンドを脱退した。
何日か前に、DAICEのHPで、リーダーのスケから発表があった。
リーダーのスケのコメント通り、急な話ではなく、メンバー同志は以前から話し合っていた事だった。
ショウが、ずっと悩んでいるのも知っていた。
私がDAICEを知ったのは、ほんの偶然だった。 2002年1月17日(木)PM6:30頃、私はベッシーホール1Fでコーヒーを飲んでた。
その日は、あんまだに出てくれた JADE の無料ソロライブがあったのだ。 スタート時間まで、ベッシーの1階でカウンター越しにスタッフと語り合いながらコーヒーを飲んでると、綺麗な少年が2名、入ってきた。 タカアキとヒロだった。
その2人は、ベッシースタッフに挨拶し、24日に行う札幌初ライブの話をしていた。 ベッシースタッフが彼らに私を紹介してくれて、「機会があったら一緒にやりましょうね」 と、少しだけ話してその日は終わった。 (彼らは車を路駐してたらしく、「レッカーされそうだ! ヤバイ!」 と帰ったのだ。)
彼らが帰った後、「函館から札幌に拠点を移して頑張るらしいよ」 とベッシースタッフが教えてくれた。
さっそく、24日、DAICE札幌初ライブを見に行った。 「あ、これならいける。 イジリがいのあるバンドだ」 と、ピンときた。
それから何日かたったある日、いつものパワースレイブスタジオに行くと、DAICE が練習していた。
私 「あーっ! 札幌来たばっかりの時、ベッシーで挨拶したの覚えてる?」
タカアキ 「覚えてますよ〜。 あれ、なんでここにいるんだろうって思ってたんですよ」
私 「このスタジオ、私の音楽仲間がやってるんだ。 いい所みつけたね」
ジョナサンがやってるスタジオで練習してるなら、私が出る幕じゃない。 サウンド面はもちろん、バンド活動の悩み相談、ライブの企画、バンド以外でも、人としての礼儀・行動など、ジョナサンが彼らをみてくれるだろう。 (私はジョナに絶対的な信頼をもってる。 彼の存在が近いバンドは安心)
そして DAICE は、札幌での活動を活発にしていった。
でもね、いつからか、メンバーそれぞれが悩んでるのに気づいてしまった。
話をするわけでもないので、悩みの内容はわからない。 メンバーもそんなそぶりは見せない。 いつも元気でにぎやかで、うるさい奴らだ。
私がライブで感じるのは、メンタル的なこと。 ステージでは、技術よりも心の動きを感じる。 訴えてくる音に意識を集中する。 DAICE の変化も、やっぱり気づいた。 そして、それから発表してきた新曲などで理解できた。
2003年5月5日、DAICE at 函館フライデーナイトクラブ
私とタカシは、どうしても行かなくちゃならなかった。 ショウを感じる為に。 彼のドラムをはじめて聞いた時、 「こいつとは長い付き合いになりそうだわ」 と感じた。 タカシもそう感じていたらしい。
DAICEスタッフとしてお手伝いしながら、舞台ソデでショウのドラムを叩く姿と音を聴いていて、涙が流れた。 隣りを見ると、タカシも涙を流していた。 感じてる事が一緒だった。
そして、2003年8月25日(月) at メッセホール
ショウが札幌で DAICE としての最後を終えた。
私はライブ中、涙が止まらなかった。 メンバーの気持ちがステージから押し寄せてきていた。 そして、ショウは、私が最後に命令したことを、しっかりとやってのけた。 伝わったよ、ちゃんと。 あの会場にいた人達は、何かを感じたと思う。 音楽はそういうもんだよ。
ショウは、コンサートプロスタッフの仕事もしながら、自分のやりたい事に向けて動いていくでしょう。
DAICE は、現実に流される事なく、『意志』 のまま、上へ突き進んでほしい。 強くなってほしいと願ってる。 ジョナや私や、札幌の最高の仲間達が、いつでもいることを、忘れないで。
そしてなによりも、キミたちには、ずっと見ていてくれてるファンがいるではないか! 大事に、大切にしてほしい。 人の心って、あったかいんだよ。
歌や、音楽に関わってるキミ達なら、これから何をするべきか、わかるよね?
つまずいた時は、信頼ある大人に頼りなさい。 それは、恥ずかしい事でも、かっこ悪いことでもないんだよ。 自分をさらけだせば、助けてくれる手もでてくるよ。 その差し出される手は、DAICE や ショウ の味方になってくれる手だ。
今のままでは息ができないんだろ?
ちっぽけなプライドは捨てて、本物のプライドで、人生を勝負しようぜ。
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