あたろーの日記
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旧暦7月5日。 ここのところちょい忙しくて、ゆっくり日記を更新できず、すいません。 会社のほうが月末業務で残魚になっちゃって木曜は書けず、昨夜は会社の後、知人の手伝いに行き、徹夜しちゃいました(爆)。今朝8時に帰宅後、昼まで仮眠、で、今書いているのが13時半、これから銭湯行って夕方は両国に住んでいる同じ職場の人のお宅に同僚達と押しかけて、今夜の隅田川花火大会をそちらの屋上で宴会しつつ間近に堪能する、っつう、超極楽な夜でございます。しかし、メンバーを思うと、激しい呑み会になることが想像されます(先週の徹夜呑み会のメンバーが3人もいる・・・汗)。ともかく、ちょいと早めに行ってお手伝いしよっと。 明日は昼間小唄の姉弟子さん宅に行き、9月に行われるお師匠さん主催の小唄演奏会の準備。プログラムを手書きの手紙をつけて当日の参加者に発送するのだぁ。来週は月末月初業務で会社ちょっとどたばた残魚しそうなんですけど、やっぱりまた知人の手伝いが入っている日もあり、加えてその土日はいよいよ本年度のメインイベントのひとつである、リベンジ富士登山なので、準備&体調調整必至なんでありますです。が、ここんところジョギングする時間もなく、天気にも恵まれず、で、体力低下しているような気がする。。。(呑まなきゃ少しはいいのに)。あ、さほどのんびりご飯食べてないのと結構動いているせいか、体重は順調に減って、先日書いた登山までの目標4�垳困話�成しました。やった!と油断して、今朝帰宅前に松屋でブタ丼食べて来ちゃった。。。 富士登山、人数は最終的に13人か14人位になりそう。で、男性は一時たった1人というハーレム状態だったのですが、その後順調に増殖し、3〜4人位はいそうです。よかったですね、○○君。何故か、一番高山病のリスクが高い前科者の私が便宜上登山隊長に仕立て上げられておりますが、実行力&統率力のある2人のメンバーが動いてくれております。私はともかく頂上まで・・・うそ、うそ、ちゃんと働きますすいません。ああ、今年もふあんだなあ。。って、つぶやいてみる。 さっき、宅配便で、友達から、宮城県白石市の温麺(ううめん)詰め合わせが届いた。ううめん、って知りませんでした。ラーメン?そうめん?ひやむぎ?でもない、ううめん、調べたら、江戸時代に作られた、胃に優しい麺だそうです。すごく感激。ちょっと我が家の冷蔵庫に、他は今夜ののんべいの集まりに、きっとみんな知らないだろうなあ、ううめん。 なんだかじたばた気味の今週&来週ですが、気力とううめんで楽しく乗り切ろうと思いますです。 というわけで、日記更新、きっと後回しになっちゃいそうです。すいません。
旧暦7月2日。 帰宅して日記書くのが遅くなってしまったので、簡単に。でも、今夜はちゃんと記しておきたい。というのは、今日、グレゴリオ暦7月26日は、「13の月の暦」の元旦にあたるのです。「13の月の暦」というのは、今から十数年前に提唱された、マヤ暦の知識をベースに作られた28日×13ヶ月+1日、という、人間の生理にかなった暦です。詳しくはこよみ屋さんのページ「13の月の暦とは」?ウィキペディア「13の月の暦」をご覧下さい。 私は、こよみ屋さんの青い手帳をかれこれ6年ほど前から毎年購入していて、グレゴリオ暦用に作られた普段の手帳と合わせて使っているのですが、毎年最後までしっかり使ったことがないのです(笑)。グレゴリオ暦の手帳は、普通の予定を書き入れたり、気のついたこととか記録しておきたいことを書いたりしてますが、13の月の暦手帳のほうは、ひじょうにひじょうにメンタルなこと、自分自身と向き合って気がついたこと、知ったことなどを書き込んでいます。でも6年も使っていて、どうして今まで13の月の暦のことをこの日記に書かなかったのか、と言われると、まあ、ほんとは、おかしな人、と思われたくなかったからなんですよね。この暦いいな、というのは使っていての実感なのですが、グレゴリオ暦が絶対的になっている世の中では、この暦いいよー、なんて言っても、バカじゃないですか、で一笑されて終わり、だし(つまんない世の中だよなー)。でも、この暦って、今みんなが使っているグレゴリオ暦を廃止してとか覆してとかいうんじゃなくって、社会生活をグレゴリオ暦で営みながら、自分に身近なもう一つの暦として、遊びながら使って、それで自分の中の本来の自然なリズムを取り戻していく、っていう感じで使えるんですよね。そこが好きです。ルーンや易や月の満ち欠けなんかも関連づけながら、1日1日にそれぞれ意味が与えられていたり、すごく楽しいんですよー。私にとっては、旧暦を毎日意識するのと同じくらい、この13の月の暦も意識しています。 今年(13の月の暦で言えば、グレゴリオ暦7月26日〜来年の7月25日)は、この青い手帳にぎっしり書き込みをしたいです。1日1日に意味を持たせて、自分なりに大切な毎日になれば、楽しいし、嬉しいですよね。 今日は元旦、自分にとって大切な1日にすることができました。
| 2006年07月25日(火) |
行動、してみるかな。 |
旧暦7月1日。 昨日は、会社が入っているビルの持ち主である大手商社が主催するロビーコンサートがあった。 毎年恒例、今年も高原守指揮、ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル。司会竹下景子、特別ゲストに辰巳琢郎。曲目は、ベートーベンの交響曲第5番「運命」、バーバー「弦楽のためのアダージョ」他。ビルに勤務する人と、その家族や友人が対象で、無料で楽しめるというありがたい行事です。去年に引き続き、小唄の姉弟子さん招いて、一緒に楽しみ、コンサート終了後は会社近くの居酒屋。満足の放課後。 が、今朝起きて、身体が動かず。頭痛と身体が硬直したように重くなっているのとで、起きあがれない。昨日1日、なんとなくだるいのと、夜のコンサートと居酒屋で寒くて仕方なかった。風邪引いちゃったな、と、会社に電話して、その後布団に背中が貼り付いたようになって、爆睡。 ぐっすり寝たつもりが、またなんかいろいろ夢を見てしまう。で、昼に起きて、んー、と、考え込んで。 以前にもここに書いたのですが、ここ2〜3年、同じような夢を繰り返し見る。もう何年も前、30代になる直前に別れた彼の夢だ。本当に大好きだったのだけど、遠距離恋愛が続かなかった。彼のことを忘れるために、彼と付き合った以上の年月が必要だった。忘れる必要ないとみんなは言ってくれるけど、私の場合忘れないと何もかもトラウマになって、辛くて仕方ないんですよね。だから一生懸命忘れようと、仕事頑張ってみたり、本読みまくったり、その他いろいろ自分の精神的な成長助けること考えてやってみたりしました。なのに、ようやく忘れられそうだな、と思い始めた2〜3年前から、今度は彼の夢を頻繁に見るようになった。それまでは夢には滅多に出てこなかったのに。忘れようとしている相手が夢に出てきてしまう、これって結構辛いですよ。しかもこの1年ほどは、2〜3日に1回は出てくるようになった。最初は夢の風景の中で片隅に現れる程度だったのに、特にここ半年くらいは、夢の中で、面と向かってはっきりとメッセージを伝えてくる。夢を見るようになってしばらくは、目覚めたあとしんどくて、落ち込んでいたけれど、実を言うと、このところ、やはりこれは、見過ごしてはいけない大切な意味があるのではないか、と考えるようになってきました。。。 彼と別れてから、デートする相手はあっても、正直言うと、もう彼とのようにはつきあえないと思う自分がいつもいた。自分とあそこまで感覚が似ている人はなかなかみつからないし。でも、彼のことを忘れさせてくれるような恋愛がいつか自分にできる日が来るから、と、自分を励ましてはいる。だから、表面では昔の彼のことを忘れたつもりでも、潜在意識はちゃんと忘れてなくて、それが夢となって出てくるんだろうか、とも思ったけれど、あまりにもはっきりとしたメッセージ性を持った夢を頻繁に見る、ということは、もっと別の方面に捉えるべきかな、という気がする。 先日この夢のことを女友達に話したら、「もしかして、死んでるんじゃないの!?」と言われて、ぎょっとした。そうだとしたら相当しんどいけど、まったくあり得ないことでもない、と思った。去年、自宅最寄り駅近くの電車の中で、彼にそっくり、というか、本人としか思えない人と遭遇した。同じ駅で降りて、その背中を気づかれないように見送り、その時はまだ半信半疑だったけど、今思えば確かにあれは彼だった。・・・もし友達の言うことが当たっていたとしたら。・・・白状しちゃうと、私ときどきこの世の人ではない人を見てしまう。道端とか会社とか、実家や自宅とか。ただ、この世の存在ではない人、というのは、明らかに生きている人とは異なる周波数を発しているので、こちらがその周波数を感知するとある種のぞっとするような感覚に襲われるのでそれと分かる。でも、電車で会った彼は、まったくそういう感じではなかった。 今日また彼の夢を見て、考え込んでいた。今までは、「縁があるならきっとまた巡り会えるでしょ」程度に考えていたので、友達に「連絡とってみたら」と言われても行動する気にはなれなかったのだけど、今日突然、これは自分が行動すべきだ、という衝動に駆られ始めた。どういう結果になるか分からないけれど、今すぐ動かなければ、一生後悔するような気がし始めたわけです。 彼との思い出の品物は全部捨てちゃったし、今どこに住んでいるのかも分からないけれど、幸い、古いアドレス帳に、実家の住所が残っていた。方法としては、ここに近況を記した葉書を送るしかないかな、と思う。その後どうなるかは全く未知だ。リアクションが全くないことも考えられるし、あったとしても、相手が結婚していたり、恋人がいたりするかもしれない。私も、今の自分自身の気持ちを自問自答しているし、お互い昔とは異なっているわけだから、どうなるかはほんとうに分からない。 でも、行動しないまま、いつかそれが後悔になるよりは、今やるべき、という強い想いがあります。 世の中って、うまく説明つかないことのほうが多いのかもしれないですね。
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