あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will


2005年11月26日(土) ウガンダの少年兵。

 旧暦10月25日。
 昨日買った『暮しの手帖』を読む。
 巻末のほうにある「平和への願い ウガンダの子ども兵」と題された、フリーカメラマン山田しんさんのルポルタージュ。
 反政府軍が無差別に村を攻撃し、子供達を連れ去り、自分たちの勢力の兵士にする。長く続いた紛争で兵力としての大人が足りないからだ。ナタで母親の腕を切断しろと強要され、母親の手首を切り落とした少年は、次にその母親を殺すよう命じられる。母親の元に二度と戻れないという罪の意識を植え付けられ、兵士として生きるしかないと切羽詰まった状況に置かれる。少年兵達は、戦闘の恐怖を克服するために麻薬を常用させられる。少女達は反政府軍の幹部と強制的に結婚させられ、子供を産ませられる。
 彼らを反政府軍の側から救い出し、保護し、自立への道を手助けするグループもいる。政府軍と、外国の支援を受けたNGOだ。けれども、肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けた少年少女達を立ち直らせることは当然容易ではない。
 
 日々の暮らしの中で、ああでもないこうでもないと、不平不満愚痴文句ばかり呟いている自分が、いかに恵まれた人生を送っているかを思い知らされて、頭をがつんと殴られたよう。同じ時代に、同じ地球に生きていて、どうしてこうも境遇が違うのか。・・・そう考えると、私の悩みって、なんてちっぽけなんだろう、私ってなんて贅沢な人間なんだろう、って思う。
 以前、ホワイトバンドについて批判を書いたけれど、じゃあ私ができることって、一体何だ?となると、すぐに頭に浮かぶことはとても少ない。コンビニなどで募金をすることとか。あと、『暮しの手帖』にも書かれていたけれど、フェアトレード商品を購入することも。私が利用している大地宅配を初めとする自然食品などの宅配や、街の自然食品店、雑貨店などでも、フェアトレードの商品を扱うところがぐんと増えてきた。途上国の人々の労働力を公正な賃金として反映されるような仕組みで行われる対等な取引。チョコレートやコーヒーなどは、私もよく利用するようになった。
 
 それにしても。。。。
 いつの時代でも、戦争を始めるのは大人達で、まず犠牲になるのは子供達だ。

 
 美容院へ行き、ちょっと伸びた髪を切ってもらう。と、男の子みたいになった。でも、やっぱ、短い髪の毛って気持ちがいいですね。今の季節、マフラー巻くときも邪魔にならないし。
 その後、図書館に落語のCDを返却に行き、そのまますぐに別のを10枚借りた。文京区の図書館はいちどに10枚まで借りることができるのです。返却コーナーで私の前に並んだおじいさんが、やっぱり落語のCDを10枚返却した。で、その人もやっぱり落語のCDの棚に突進して、新たに借りる10枚を選んでいる。私も後に続く。似たような人がいるんだな〜(笑)ちょいと嬉しくなった。


2005年11月25日(金) 『暮しの手帖』

 旧暦10月24日。
 朝から偏頭痛で、1時間遅れて出社。で、1時間早く退社。ズキンズキン、ツキーン、と、頭の片側に刺すような痛み。会社で友達が、首と肩を揉んでくれた。これが玄人はだし。ああ、1日中、こうして肩揉みして貰いたい。。。昨年、やはり偏頭痛で病院に行ったとき、先生に、パソコンなどで眼を酷使し、結果、首や肩の血行が悪くなり、それが偏頭痛を引き起こす、と言われた。私は人より眼が弱いので、ほんと、気をつけねば。だけど、今の世の中、会社でデスクワークといったら、どうしてもパソコンを使わざるを得ない。皆さんは大丈夫なんでしょうか。
 ちょっと話は替わるのですが、最近気がついたこと。携帯電話をジーンズやスカートの後ろポケットに入れていると、私の場合、腰痛が酷くなる。これはつい2、3日前にようやく分かったのですが。。。ためしに、携帯電話を右の後ろポケットから、左に移してみたら、入れて30分後くらいには、左側の腰が痛くなりました。特に女性は、腰の辺りに大事な器官が集まっているので、携帯電話はなるべくそこから遠い位置に持った方がよいのかもしれないです。男性も同じく?
 会社を早退しつつも、途中本屋に寄って、『暮しの手帖』を買って帰る。今日が最新号の発売日だったので。ここ数年〜10年ほどは、女性誌をほとんど買わなくなった。『anan』『Hanako』も、『クレア』『モア』(英字で書くの面倒になった)も。買ってもせいぜい年に1,2冊。たまに、『クロワッサン』を買うのだけど、最近では、『クロワッサン』も面白くなくなってきた(私的には)。で、好きな雑誌はというと、『クウネル』か、『暮しの手帖』。あとは『本の雑誌』『東京かわら版』、たまに、『ソトコト』(最近マンネリで面白くないよ〜なんとかして!)、それから2号に1回の割合で特集にとびつくのが『ターザン』。たまについ買っちゃうのが『週刊文春』(オヤジだ・・・)。『ダカーポ』は、会社の上司が読み終えたのをたまにどっさとくれるのでそれを時機遅れで読む。
 で、『暮しの手帖』ですが。
 これは、母が、ずっと昔から愛読していたので、私が物心着く頃から我が家にはありました。母は、結婚前は、保母をやっていたので、子供を産んでからは、保育園でやっていたのと同じように、自分の子供に読み聞かせをしてくれた。私と妹は毎晩眠りにつく前に、母にお話を読んで貰えるようせがんで、母に、「じゃあ読んで欲しい本を選んできなさい」と言われて本棚に駆け寄って、よく、自分ではまだ読めない『暮しの手帖』に掲載されている藤城清治の影絵つきの物語のページを確かめると、それを抱きかかえて布団に潜り込み、母がやってくるのをわくわくしながら待っていた。だから、私にとって(たぶん妹にとっても)、『暮しの手帖』といえば、藤城清治の影絵なのです。・・・小学高学年くらいになってから、ようやく『暮しの手帖』の文章の一部が理解できるようになり、高校生くらいになると、この雑誌の面白さが分かるようになった。毎回、おそうざいのページや、旅のエッセイ、それから真面目な商品テストが面白かったし好きだった。
 東京で1人暮らしするようになってからは、20代では、『暮しの手帖』どころか、もっと流行に近いような雑誌を買って、『暮しの手帖』は、帰省した折りに母が買ったものを読んでいた。
 でも、最近、どの女性誌もあんまり面白くないな、というか、私が、服だとか化粧品だとか髪型だとか、あと、流行りのお店やレストランといったものについていけない、むしろ、拒否反応を示すようになってしまった。そういった一過性のものに執着して追いかけていくより、毎日の自分の暮らしをマイペースに、かつ大切に紡いでいきたいな、と考えるようになった(と書くと格好いいけど、実際は、今思ってみてそういう風に表現するのがもっとも適切かと考えただけです)。そうなると、子供の頃から読んでいたあの雑誌と、私もじっくりお付き合いしたいな、という気持ちになって、それから、そういえば、今の私くらいの時には母はもうこの雑誌をじっくり読んでいたなあ、ということに気がついて。だから、『暮しの手帖』を自分が自分のためだけに買うようになった時に、私もかつての母と同じ年代になったんだなあ、と、当たり前のことに感慨深く思いました。
 ただ、この雑誌自体は、昔に比べて、編集方針が変わったらしく、この雑誌の十八番である商品テストもほとんどなく、ちょっと今の若い人達を意識しているかな、という感じになっています。それでも、味わい深い写真のおそうざいページや、エッセイは健在。日々の暮らしを楽しむための特集だって面白い。私には十分楽しみな発売日です。
 しかし、実家の母に言わせると、最近の号は、面白くないのだそうです。なんだか、若い世代に迎合している部分が、どうも、昔からの、40年近い筋金入りの読者からすると、なんだか物足りない最近の『暮しの手帖』だそうです。でも、私は十分楽しい雑誌だと思います。ただ、他の女性誌と一線を画す、我が道路線はずっと守り続けて欲しいです。流行の服とか、化粧品とか、レストランとか、そういうファッション誌的なのは『暮しの手帖』には必要ないし。そういうのを求めている人はそもそもこの雑誌を買わないので、この雑誌ならではの視点で、『暮しの手帖』ワールドを作っていって欲しいな、と思うんですよね。


2005年11月24日(木) しばらくぶりに走った。

 旧暦10月23日。
 約1週間ぶり??に仕事帰りに皇居ジョギングしました。日ごと寒くなっていくこの時季、1日2日さぼると、だんだん走るのが億劫になっていく。今日もいっかあ、って思っちゃう。そうすると、お身体のほうは次第に重くなって・・・。これはやばい、と、今日は走りました。退化したかなあ、と不安だったのですが、思いのほか身体が軽く、楽しく走れました。最初の1�劼�きついのですが、その後次第にランナーズハイみたいな状態になってきて、自分の身体と楽しく会話しながら走る感覚です。

 広島の小学生の女の子が殺害された事件、もう、なんて言ったらいいのか、女の子やご両親の無念を考えると、犯人が早く捕まって極刑になって欲しい。こういう犯罪が繰り返されるのなら、もっと刑を厳しくすべきだ、とも思ってしまう。死刑にすればすべて解決するとは思わないけれど、人間なればこそ、こういうむごたらしい事件に腹を立て、やるせなさを感じ、犯人も被害者と同じ体験をさせるべきだ、と、感情的になってしまう。
 死刑の是非は、たぶん、考えても考えても、結論を出すのは難しい、と思う。
 それにしても、日本の刑は軽すぎるんじゃないか。無期懲役だって実際はいずれは出所してしまうんだし。歳の行った人の命が軽いというわけではないので誤解しないでください、ただ、無抵抗の幼児や子供の命を奪った場合は、日本人の平均寿命引く被害者の年齢分、70年とかになると思うけど、そのくらいの年月服役させるくらいに厳しくしてほしい。


あたろー |HomePage