あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will
旧暦8月24日。 会社で寒いなあと思っていたら風邪を引いたみたいで。自転車で出勤して汗をかいたままにしてしまったのがいけなかったかな。 尾瀬日記続きです。 見晴新道のブナ林をようやく抜け出ると、山小屋の集まる下田代十字路に出た。眼前に広がる尾瀬ヶ原。1時半を過ぎていて、昼食をとっている人はほとんどいないけど、原の小屋でカレーライス800円を食べる。ごく普通のカレーライスなんだけど、美味しかった。ほっとした。水が美味しかった。氷が浮いていて、コップの下にコースターが敷いてある。ちょっとした心遣いが嬉しかった。   お腹を満たして気持ちも落ち着いたらいよいよ湿原へ足を踏み入れる。 木道を一歩一歩進み、でも一気に進みすぎるのが勿体なくて、時々立ち止まってはぐるりと見回して感慨にふける。あーやっと着いたー、と、じんわり涙が出る。木道に三脚を立てて撮影しているカメラマンが所々に。でも、思ったほど人はいない。静か。草紅葉が始まっている湿原の、のどかな午後の空気、どこかひんやりとして、だけど柔らかくて、やっとこの場所に抱かれに来た、という感じがしてくる。 時々立ち止まったり、深呼吸したりしながら、木道をゆっくり進む。湿原のあちこちにすっくと伸びる白樺。尾瀬に来たんだなあという実感が湧く。吾亦紅(われもこう)のちょっと疲れたような赤が可愛い。蝦夷りんどうの青紫が、はっとするほど美しい。まだほとんどが蕾だけれど。黄色い可憐な水菊。白いレースのようなゴマナ。真っ赤に色づいたナナカマド。写真を撮りながら、この景色を目にもしっかり焼き付けたくて、ゆっくり眺める。 来た道を振り返ると、下田代十字路の山小屋群のバックに、燧ヶ岳がでんとそびえている。あの山の向こうを今朝出発して、頂上まで行って来たのかと思うと、ちょっと信じられない。結構歩いたんだな、と、自分を少し褒めてあげた。富士山は挫折しちゃったからなあ。その時ふと気づいた。8月に、富士山の9合目前にしてダウンして登頂できなかったことで、この夏なんとなく消化不良のままの何かが自分の中にあったみたいで、それが、たとえ富士山より標高は低いけど、燧ヶ岳を自分の力で最後まで登り切れたことによって、うまく整理できたようだと。富士山は富士山で来年また挑戦したいけど、標高にかかわらず、頂上まで行ったという達成感は、自分に確実に自信をもたらしてくれる。これは山登りに限らず、日常の些細なことでもきっと同じで、大きなことでも中途半端に終わっているものばかり抱え込んでいるのと、たとえ小さなことでも自分の力でやり遂げたことを積み重ねていくのとでは、自分自身に対する自分の評価が全然違う。私が自分のことをあまり好きになれないのは、たぶん、これまでの人生で(大袈裟かもしれないけど)、なんだって中途半端なままで来ているからだ。だから、たとえ標高2400mに満たない山でも、この時機に登り切ったことは、私にとって大きな意味があるような気がする。少なくとも、自分で自分を認めてあげられたことで。子供の頃、両親に連れられて登った山、20代の頃仲間と登った山、低いの高いのいろいろあったけど、今思うと、頂上の景色を求めながら、自分の中に生まれる何かも求めていたのかも知れないなあ。。。 と、へ理屈はここまでにして・・・m(_ _)m  尾瀬ヶ原の中央寄りに位置する龍宮十字路まで辿り着き、龍宮小屋に入る。15時半。電話予約して先に振り込んでおいた予約金2000円を差し引いて、1泊2食+明日のお昼のお弁当代9300円のうちの7300円を払う。当然シャンプーや石けんは使えないけど、ここはお風呂がある。4時からで、小さいので一度に2〜3人ずつしか入れないというので、部屋に荷物を置いて、4時になったらすぐにお風呂場へ行った。一番乗りかな、と思ったら、脱衣所に40代とおぼしき女性がいて、一緒に入る。湯船に浸かって話していたら、ご夫婦で尾瀬に来ているのだけど、なんと、新潟の、私の実家の隣の市のお住まいと分かり、お互い一気に親近感が湧く。続いて福島にお住まいの、やはりご夫婦で来ている女性も加わり、3人でお風呂で盛り上がる。もっと話していたかったけど、次に入る人のために、早めに引き上げ、ぽかぽかの身体で再びカメラをぶら下げて、夕食まで小屋の周辺を散策。龍宮小屋は場所が場所なので、カメラマンが多く泊まる山小屋として有名。宿泊客はほとんどが三脚、カメラを手にしている。同好会の団体さんも。夕暮れが近づいて来ると、みんな目の色が変わる。三脚を地塘のそばに立てて、ずらりと並んで、太陽が小屋の正面遠方にそびえる至仏山(尾瀬を代表する山のひとつで、燧ヶ岳とともに深田久弥の日本百名山にも挙げられている)に沈むのを待ちかまえている。「今日は雲があるから灼けるよ」「空が赤く染まってきっと綺麗だよ」と教えてくれる。こういう時に三脚があるとないのとではだいぶ違う。望遠レンズも置いてきた。この2つがあったら体力のない私は山にも登れないので仕方ないけど、やっぱり、尾瀬で写真を撮るなら三脚と望遠は必要だよなあ、とちょっと残念に思う。いつか、体力と力のある人と来ることになったら、持ってもらおう(おいおい!)。 カメラマンのおじさん達がずらりと三脚を並べている端っこに、ちょこんと座ってカメラを抱えて真似をして夕焼けを待つ。太陽が山の向こうに沈んでいこうとする時間、こんなに長く感じたのは初めて(笑)。しーんと漂う緊張感。どんな光景が待っているんだろ。・・・が、あれ、山に太陽が掛かったと思ったら、一気に沈んで、思ったような赤灼けは生まれない。少し拍子抜けする。その時、「ちょっと後ろ走るよっ!」と、慣れた感じのおじさんがカメラ取り付けた三脚を持ってみんなの後ろをダッシュして50mほど先に行き、今まで見ていた方向とは別に位置する白樺に向けて三脚を立て直す。なるほど、夕陽が当たってちょっと輝いている白樺を狙っているんだ。刻一刻と変化する木肌の色。沈みゆこうとする太陽の光線は、湿原のあちこちに色んな変化をもたらしてくれる。カメラマンの眼はそこを逃すまいと一瞬一瞬を緊張する。ちょっと勉強になった。私は割とのほほんと座っていた。でも、地塘に浮くひつじ草の、夕暮れの変化は楽しかった。美しいなあと見とれた。 さて、陽が沈んでしまうといよいよ夕食。時間は5時半から。この時点でもうお腹空いちゃって(カレー食べたの遅かったんだけど)、わくわくしながら山小屋へ戻った。 ・・・今日は2日目まで書くつもりだったのに、気がついたらどんどん書いてしまって、こりゃ書きすぎですね。ごめんなさい。 まだ続く尾瀬日記、明日またm(_ _)m
旧暦8月23日。 昨日の続きです。 熊沢田代を去りがたく、何度も振り向きながら再び木道を歩き始める、と、しばらく行くとまた樹林や熊笹が続く。所々木々が途切れて展望がひらけ、辿ってきたコースを振り返ると遠く湿原地帯が見えたりする。ちょっと懐かしい思い。戻りたいけどもう戻れない。足元は相変わらず大きな岩がゴロゴロ、その間はぬかるみ。岩や周りの幹に手を掛けて、滑らないように登っていく。間違って沢に入り込まないように、登山道に沿った木に目印のリボンがぶら下がっているので、それを確認しながらルートを外れないように進む。燧ヶ岳でも登山ルートを外れて遭難する人がいるらしく、注意書きの看板もある。リンドウが沢山咲いていて、ちょっと心がなごむ。やがて大大大嫌いなガレ場に出る。小さいのから人間の頭大のもの、もっと大きいものと、岩礫がえんえん続く。足元をしっかり踏みしめながら、泣き泣き登る。来るんじゃなかった、こんなところ嫌だー、と心の中で叫びながら、それでもガレ場を見下ろすように咲いているアザミの紫色に見とれたりする。この辺りで登山口付近で私を追い越していったツアーの団体からぽろぽろこぼれてマイペースで登っている人達と一緒になる。みんなも相当へばり始めているので、私だけじゃないんだと思うとちょっとだけ元気が出た。途中、ゼーハーゼーハー言いながら必死に登っていると、前にいたおっさんが振り向いて「お姉ちゃん、自分のペース掴むんだよ。自分のペースだよ」とアドバイスくれた。が、自分のペースが私の場合ゼーハーゼーハーなんであるからして、はっきり言って自分でもよく分からない。と、おっさん、「それにしても今日の天気は儲けもんだよなあ!」と空を見上げている。ほんとだ。こんなに晴れるとは予想せなんだ。日頃の行いだなこりゃ。 燧ヶ岳のツアー登山に参加した人達は、なんと、早朝御池から登山を開始して、登頂後再びもとの登山道を御池に降り、そこから帰るとのこと。ひゃー、なんともタフです。ついていけーん。と思ったのもいっとき。後で思い返すと、自分もその後相当タフ、というか、無謀バカな行程になってしまったのだけど。。。 再び大きな岩がゴロゴロ現れる。今度は今までより大きい岩。よじのぼる。とにかくよじのぼる。これでもかの岩攻撃。頂上はまだなのか、木々に遮られてよく分からない。と、休憩中に会話したツアー参加のご夫婦が、前方でこちらに叫んでいる。「ついたぞー!頂上だぞーっ!」「頂上だそうですよ〜っ!!!」・・・ひゃ〜っと、全身に力がみなぎり、最後の岩場を這い上がると、にゃんと、岩だらけの頂上が登場、祠があって、みんなその周囲にごろごろしたり座ったりして、東北一の眺望を満喫中だった。ちなみに、燧ヶ岳は東北地方の最高峰(標高2356m)。これまでの疲れがいっぺんに吹き飛んで、私も祠近くの岩に座って、360度大パノラマを見渡して、大泣きした・・・かったけど、恥ずかしいので汗を拭く振りをしてそっと涙をぬぐった。この時点で10時。6時に登山開始して4時間でようやく。    燧ヶ岳の山頂部は5つのピークから成る。御池から登って辿り着くのは俎�堯覆泙覆い燭阿蕁法c�が写った写真はここ。標高2346mで実は燧ヶ岳の最高地点ではない。でも、ここからは眼下に尾瀬沼、遠くに日光連山、そして他方には尾瀬ヶ原を見渡すことができ、眺めは最高。しばし何もかも忘れて山頂の穏やかな風に身を任せ、尾瀬沼の美しさに見とれる。 実は以前燧ヶ岳に登ったときは、この俎�瑤泙罵茲董△修里泙淅�瀬沼に降りたので、最高地点である柴安嵒(しばやすぐら)へは、行っていない。が、今回は、沼ではなくまず尾瀬ヶ原のほうへ降りたいので、柴安嵒まで登り、そこから尾瀬ヶ原への下山道を行かなければならない。もとい、せっかく来たのだから最高地点にも立ちたいので、最後の(この時点ではそのつもりだった・・・・)力を振り絞って、俎�瑤隆箴譴�らそろりそろりと降りて、2つのピークの間に広がる鞍部を下り、再び登りに向かう。柴安嵒もガレ場が結構怖い。大きな岩が眼前に立ちはだかって、「いったいどうやって登ればいいんだ〜っ!」と思わず叫ぶ。だってほんとに叫びたくなるほど岩が怖かったので。それでもなんとかしがみついて登っていると、さっきのおっさんが前から降りてきて、すれ違う時に「お、お姉ちゃん、自分のペースが掴めたかい?」と笑う。「はあ、なんとか、でももう限界です」ほんとに限界だった。元気な女子学生達も降りてきた。思わず、「え、もう登ってきたの?」と聞くと、「はい!」とやっぱり元気。「若いねえ・・・」と言うと大笑いされる。その若さ、体力、ちと分けてください。。。 ともかく、ここまで来てやっぱり引き下がるわけにはいかないので、なんとかなんとか柴安嵒を登り切る。これでほんとの最高地点。俎�瑤曚俵垢�なく、みんな散らばってごはんを食べていた。 こっちは祠じゃなくて石碑。 柴安嵒に来れば尾瀬ヶ原はさらに近く眼下に見えるはずだったのに、いつの間にかガスが出始めて、視界を遮るようになった。時間も11時。遅くとも11時前には下山を開始して、昼食は尾瀬ヶ原でカレーライスかお蕎麦を食べるつもりだったので、見晴新道から下山開始する。ところがこれが・・・ やっぱり泣きたくなるほどの岩だらけ。写真は下山ルートの岩ゴロ。登りも嫌いだけど、下りも嫌いな私。しかも岩だらけは一番嫌い。嫌いなくせに懲りないのだけど、今回ばかりは懲りた。うっそうと続く樹林帯の中を、所々沢の水が染み込んで滑りやすくなっている岩をひたすら、転ばないように、滑らないように注意しながらひたすら下る。2時間半、ずっとゴロゴロの岩が続いて、また涙がちょちょ切れる。眺望なし。この道を使って下山する人は少なく、また登る人もほとんどいない。双方合わせて10人ちょっとしか出合わなかった。こういう時は、1人だとさすがに心細い。特に燧のこちら側を下った麓ではツキノワグマの目撃もあるそうなので、周囲の物音にも敏感になる。リュックにぶら下げた熊よけのチタンカップをわざと強く揺らしてカラカラ音をさせながら進む。後ろからおじさん2人組が追いついた。「こんにちは」と追い越しざまに互いに挨拶をすると、「お、また会ったね」と言われる。たしか、広沢田代で撮影していたおじさん達。東京から深夜車で走って来たそうだ。「へえ、尾瀬夜行なんてあるの、それいいねえ」と、しばし立ち止まって休憩がてら会話。「ゆっくりでいいから、慌てないで自分のペースで降りるんだよ。怪我しないようにね。それから熊には気をつけてね」とアドバイスをもらう。そして2人、あっという間に前方の視界から消えて行った。・・・なんであんなにすたすた下れるわけ!?まるで天狗のよう。っつうか、私が遅いのか・・・。 と思っていたら、後ろで荒い息が聞こえる。この人にも追い抜かれるかな、じゃあ先に行ってもらおう、と立ち止まるも、どうも相手も私と同じペース。追い抜いてもらってはすぐ追い越し、結局私が彼女の20メートルくらい前を歩き、2人会話はせねど(そんな余裕ないから)、呼吸が一致しているような感じでしばらく間隔を保って歩く。途中、巨木の根元に美しい苔がみっしり貼り付いて、なんだか森の神様の住み処のようなところがあったので、素通りすることが出来ずにとうとうカメラをリュックから出していた時、前後が逆転。2人で顔を見合わせてほとんど泣き笑いの笑顔で、この歩きづらい岩場がえんえん続く悪路の感想を言い合い、「あとどれくらいなんでしょうねえ」と半ば絶望と諦めの会話。それでも、私より少し上くらいのこの女性が、自分と同じペースで同じように参ってしまっていることに勇気づけられる。 写真を撮り終えて再び歩き始める。まだまだ続く岩道。脇の細い幹や枝につかまって、時々ターザンのまねごとをしながら(そうしないと足が届かなかったり)、心の中で泣き続ける。いつまで続くんだろこの道。2回ほど足を滑らせてこけた。尻餅ついた。前につんのめって膝を打った。歩くの下手だなー、自分でも呆れる。と、後ろから韋駄天のように私を追い越していったお兄ちゃんが、前方でさっきの女性に何か聞かれている。しばらくすると彼女が私を振り向いて、「あと4分の1だそうですよ!」と。あ、あと4分の1ですかっ。そんなにあるんですかっ!また泣く。大声でお礼を言うが、ほんとは辛くて泣いた。ふえ〜ん。。。お腹空いたよー。カレーライスが食べたいよー。つか、この道、「○○まであと○キロ」とかそういう標識が全然ない。2本くらい途中に立てて欲しい。なにか目安があれば心強いのだけど。。。 ようやく岩場が終わり(嬉しくて叫んだ)、今度は林の中を急ぎ足で歩く。傾斜もなくなって、とにかく急ぐ。お腹空いたし、前も後ろも誰もいない。熊が怖い熊が。相手も私が怖いかもしれないけど、熊と人間が出合ってしまうような不幸は避けたいので、カラカラ音をさせながらひたすら尾瀬ヶ原を目指す。そしてようやく、木道が始まって、嬉しくて涙をまき散らしながらカレーライスの幻影を追い求める。湿原はまだ現れない。 木道の途中、やっと尾瀬ヶ原の入り口を示す立て札のところに、さきほどの女性が座って休憩していた。この人も単独なのかなあと聞いてみたら、下山途中で他の友達がゆっくりになったので、先に降りてきたから、友達を待っているのだそう。そうだったんだ。ということは、まだ後ろに人がいたんだ。そう思ったら、またほっとした。ただなんとなく、自分の後ろに熊じゃなくて人がいたんだと。 そして私は再び歩き出した。頭の中に充満しているのは今や尾瀬ヶ原ではなくて、黄色いカレールーであった。とにかくカレーライスが食べたくて、ぶっ倒れそうだった。 (再び明日へ続く)
旧暦8月22日。 燧ヶ岳と尾瀬ヶ原行記録です。 自分の為の記録でもあるのでちょっと細かくなりますが、1日で書ききれないので明後日分の日記までたぶん続きます。写真は携帯電話のカメラとデジカメで撮影したものを載せてあります。 22日(木)の夜、リュック背負って会社を出て、地下鉄駅ひとつ隣の銭湯で一風呂浴びてから浅草駅に向かう。23時少し前。埼玉方面へ帰路を急ぐビジネスマン達も解放感に満ちた雰囲気の東武線浅草駅周辺に、リュックを担いだ人達もちらほら。行き先はたぶんみんな同じ。駅近くのコンビニでカロリーメイトとおにぎり2個を買った。23時55分浅草駅発の尾瀬夜行(休前日のみ運転)。最後尾が女性専用車両になっていて、ここを予約した。実は10数年前に尾瀬に行ったときもこの尾瀬夜行を利用したのだけど、当時は女性専用車両はなかったと思う。でも、シートがリクライニングじゃなくて、ボックスだけど眠れないほど狭いのは変わっていない・・・(^^;)。 初めガラガラだった車両も、北千住、新越谷、春日部と停車するうちにグループが増えて女性専用車両は半分位席が埋まった。春日部を出てしばらくしたら車内の明かりが消えてお休みモードに。私の隣はあいているので狭いシートの上でなんとか眠ろうと横になって身体を無理に折り曲げたり、座り直して窓にもたれたりいろいろ形を工夫するも、なかなか寝つけない。 おまけに、車両中央部から大いびきが。。。女性専用だからといっていびきがないとは限らないのである。。。どうやら車両のあちこちで寝つけずに無理な寝返りを打ったり溜息ついたりする音がする。このまま眠れないと明日きついなー、と少し焦る。途中東武線から野岩鉄道に替わって(車両はそのまま)、終点の会津高原駅に着いたのは3:18。それからバスが駅に到着するまで電車は静かに停車したまま。4時少し前に車内放送でバスが到着した旨を伝えられ、電灯がつく。ぐったり起きあがって、電車を降り、駅舎前のバスに乗り込む。尾瀬夜行のチケットは会津高原駅までの電車とそこから尾瀬入山口までのバス代がセットになっている。 バスに乗り、今度は尾瀬の入山口まで約1時間半。電車では1時間位しか寝ていなかったので、ここで少しでも寝ないと、と再び焦るけど焦れば焦るほど眠れない。だからiPodで音楽を聴いて諦めの境地。そうしたら、いつの間にか寝てしまった。40分位。少しホッとした。 尾瀬の入山口のひとつである御池で私は下車。同じく御池を下車したのは5組ほど。ほとんどの人達はその先の沼山峠まで行って降りるみたい。次回尾瀬に来るときは私もたぶん沼山峠にするかな。 御池でバスを降りたのが5時半。トイレに行ったりウィダーインゼリーを食べたり準備運動したりして、6時に燧ヶ岳登山を始めた。期待と不安が入り混じって、不思議と眠気はすっとんだ。FM2にモノクロフィルムがまだ20コマ位残っているので、登りながら木を撮ることにする。初めはそういう余裕もちょっとはあった。立ち枯れた木を撮ったり、林の向こうの空を見上げたり。・・・傍らの低木でガサガサッと音がして、どきりとした。尾瀬もツキノワグマが出没、特に朝方はえさを求めて活動するので遭遇率が高いそうなので、まさか、と思ったら、目の前の登山道に飛び出してきたのはリスだった。わっと思ってカメラを構えたけど時すでに遅し。リス君は再び低木の中に潜り込んでしまった。 後ろからどんどん登山者が来る。私はとにかく登るのが遅い。どうも心肺機能が弱いのか呼吸法がなってないのか、はたまた老化が始まっているのか、すぐゼーゼーと立ち止まってしまう。おまけに、フォトジェニックな風景を見つけてはカメラを構え、絞りやらシャッタースピードやらをメモ帳に書き込むので、のろいったらありゃしない。なので、後から来る皆さんにはどんどん追い越してもらう。ツアー登山の団体が早いピッチで追い抜いていった。大変だなー。私にはツアー登山無理だ。ついていくのも精一杯で迷惑掛けてしまう。 カメラを構える余裕も次第になくなる。首や肩からぶら下げて登るのも限界になり、リュックにしまい、両手を自由にする。大きな岩や大木の根が張り巡らす登山道を、えっこらえっこらよじ登る。夜雨が降ったのか、ぬかるんだり滑りやすかったり。だんだん泣きたくなってくる。なんで私こんなところに来ちまったんだー(T_T)自分で自分に悪態をつく。・・・前回、あれは確かまだ20代前半か半ばだった、あの時も御池から燧ヶ岳に登ったのだけど、結構ラクに登れる山だという記憶しかなかった。この先にまるで天上世界かと思わせるような小湿原地帯があるのだけど、そのイメージのほうが頭に焼き付いてしまっていたらしい。しかし、あれから10年以上経ち、都会暮らしで贅肉もついて体力不足の30代半ばには、燧ヶ岳はきつい山なのであった。。。  と、かなりくじけそうになった頃、登山道が木道になり、目の前を覆っていた樹木が低くなり、視界が急に開け、小湿原の広沢田代が現れた。胸がジーンとなり、ちょっと涙がちょちょ切れた。モノクロフィルムが終わったので嬉々としてカラーリバーサルをカメラに充填する。前を行くおじさん達は木道に三脚を立てて、地塘を撮影している。しばしここでボーッとしていたいけれど、10時位には登頂したいので、もたつくわけにも行かず、惜しみながら広沢田代を後にする。まだ先が長いので。・・・再び樹林。所々木の階段があるが、相変わらず大岩や木の根も多い。山を登っているのか、岩をよじ登っているのか分からなくなる。ここまで来るとさすがにペースダウンする人も多く、何人かの人達を追い越した。と思ったら、後ろから学生とおぼしき女性グループがきゃっきゃっとはしゃぎながら登ってきたのでびびる。驚異的な元気だ。羨ましい。。。若者には先を行ってもらおう。でも何故か結局この先のペースが一緒になって、頂上まで追いつ抜かれつだった。こちらはへとへと、あちらは最後まで笑い合っていた。。。恐るべし。 再び樹林が切れて、今度は熊沢田代。燧ヶ岳の途中、燧の山頂を臨むように山腹が鞍のようになだらかになっており、真ん中に2つの大きな池が、木道を挟む形で配されている。これまでの疲れを忘れて、思わず感嘆の声を上げる。汗と一緒に再び涙が吹き出す。前日の天気予報では雨だったはずなのに、来てみれば尾瀬は朝から快晴。青い空と広がる緑。池の水に空の青が映っている。遠く見渡せば越後や日光などの山々が連なっている大パノラマ。ここにたどり着いただけでも来た甲斐があった。木道の何ヶ所かにベンチがあり、みんなここでしばし休憩している。私もベンチに腰掛け、昨夜浅草で買ったおにぎりを食べて朝食とする。燧ヶ岳に登るなら、やはり御池からだと思う。他のルートにはないこの景観。しんどい思いをして登ってきて、突然現れる別世界。自然が用意してくれたご褒美のような気がする。ここに住みたいなー(笑)と思いながらおにぎりをパクつく。コンビニのおにぎりがやけに美味しく感じた。すみません、熊沢田代の写真、携帯電話で撮るのを忘れましたm(_ _)m (明日に続きます・・・)
|