日々の泡

2012年02月25日(土) 佐伯啓思著「反・幸福論」をジュンク堂で購入

ジュンク堂と言っても、最近閉店となる新宿の方の店ではなく、吉祥寺の方である。本当に、ここに来ると生きていることが嬉しくなるような品ぞろえだ。でも、とりあえず社葬規程の参考になる本を探そうと企業の棚を見ている内に、店内の暑さもあり、すっかり疲れてしまって 結局は新聞の評論欄で読んだこの本一冊を買って買える。「無縁社会で何が悪い」という章では 近代以降、日本人は人と人のつながりを排除しようとやっきになってきたくせに、今更無縁死が紙面を騒がせているのはおかしいという内容。



2012年02月24日(金) カルロス バルマセーダ著「ブエノスアイレス食堂」読了

朝、読了。軽い嘔吐感を感じた。あくまで軽くであるが。原題を直訳すると「食人者の指南書」となるそうだ。知っていたら決して読まなかっただろう。昨年ノーベル文学賞をとった。芥川賞ならともかくノーベル文学賞をとった作品を読もうと思ったのは随分昔のことで、その時もラテン文学だったが全く相いれないものを感じ、それ以来興味がなかったのだが、今回は「食堂」という言葉に惹かれて図書館の予約を入れておいた。随分前の話だが、図書館からメールが来たのでこのタイミングで読むことになった。結果、やはりラテン文学だった。「百年の孤独」「蜘蛛女のキス」などなど。訳者は邦題について、内容の暗黒ぶりと対照的なのどかな調子が絶妙だし、食堂の年代記でのあるのだからふさわしいと書いているが、詐欺にあったような気がしないでもない。自分にとって害になる人間を殺害しては、死体を料理にして処理してしまうのは、よくある話だが、最後に自らを料理にしてネズミに饗してしまうところがすごい。



2012年02月20日(月) J・ リー・キャレル著「骨とともに葬られ」上巻読み始め

会社の後輩のOさんから上下巻を借りた。久しぶりに昼休みに遭遇したのだが、昨年暮れにご不幸があり、そのせいで、慰められるような?本ばかり読んでいたと言っていた。で、この本だが、本屋で手に取ったことがあるような気がするが、その時は疲れていたせいかシェイクスピアという名前に恐れをなしてやめたのだった。シェイクスピアを研究していたケイトは師の慰留も振り切り舞台の世界に飛び込む。いまや演出家として大きな舞台もまかされるようになった。その師ロザリンドとは喧嘩別れのような状態だったが久しぶりに訪ねてきたと思えば、すぐに殺されてしまう。ケイトにとんでもない約束を一方的に押し付けて。一体何を依頼されたかもわからないままに、気が付いたときには どうしようもない殺戮の世界に入り込んでいた。やがてロザリンドが残した謎がわかってくる。それはたった2回上演されただけで、歴史から忽然と姿を消した戯曲「カーディニオー」の手掛かりを追う事だった。文学的な価値もさることながら金額的な利益ももたらすという幻の戯曲を求めて 錯綜する追っ手。命の危険に晒されながら、ケイトは驚愕の事実にたどり着く。シェイクスピアとは現在しられている人間ではなく、別の人物だったというのだ。学問もなかった一介の市民にあの文学作品が書ける筈がないというのがその根拠だ。日本の写楽探しのようなものか。上巻を読み終えたところで下巻をどこかにしまいなくしたことに気づく。(しかたなく3月3日、図書館で借りてきた)



2012年02月10日(金) 川上弘美著「センセイの鞄」読了

著者は若い女性かと思っていたが、読んでいる内に、私と時代背景は同じような気がして、通勤前にPCで調べたら、なんと「蛇を踏む」の著者だった。96年に芥川賞をとった作品だ。先生の奥さんの奇矯な行動が面白かった。ワライダケを食べて一日笑い続けたり、死んだ犬の生まれ変わりと称して食事中泣き続けて、悲しんでいる息子の不興をかったり。部署の新年会で話が出て早速借りた一冊だ。



2012年02月05日(日) 図書館にて社葬関係の本を借りる。

数冊借りたが、どれも古いものばかりであまり役に立ちそうになかった。



2012年02月04日(土) レスリー・メイヤー「勇敢な七面鳥」読了

ついに農場がカジノになるという着工式の場面。なんと先住民の遺跡が出てきて工事は無期延期となるのだった。 



2012年02月01日(水) ジャニータ シェリダン著「翡翠の家」読了

部屋求む。ルームメイト応相談:ニューヨークに来たものの、住処を求めている新人作家ジャニスが出した個人広告。それをみて連絡をくれた中国系女性リリー・ウーと一緒に引っ越したのはワシントンスクエアの元事業家邸、今はアーティストたちが住むアパアートだ。コージーミステリ第一弾 家族を大切にする中国人を感じさせるほのぼのとするラストだった。


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