日々の泡

2011年09月26日(月) 竹内真著「カレーライフ」読み始め

昨日は恒例のピアノ教室の発表会に深川まで行く。場所は深川資料館。母は会場に入り、私は深川散策。ちょうど東京都現代美術館でフレデリック・バック展「木を植えた男」が開催されていたので入場する。なかなかくつろげるひと時だった。その後古本屋で書名に惹かれてこの本を200円で買った。他にスイーツコレクションなるものを100円で。 カレーライフを気のめいる月曜から通勤のお供にしたが、なかなかあたりだった。



2011年09月25日(日) パット・マガー著「四人の女」読了

9/27 京王線府中駅7時8分の各駅停車に乗るのが、震災以来の習慣となった。5,6月は結構会社の仕事関係の本を読んだが、今は思う存分本を読んでいる。読了後、訳者をみたら、私より10年先輩にあたる同窓生だった。パットマガーは大胆な手法を用いる米国ミステリー界ではあ異色の存在らしい。他に七人のおば
」などの著書があるとのこと。この書名は図書館で見たことがあるので早速借りたいと思う。1950年代の作品というから古典なのだ。訳者がいみじくもあとがきに書いている通り、人物描写が優れているので古さを感じさせないらしい。あとがきを読むまでは最新の作品だと思っていたが、考えてみるとどこか違和感を感じたこともあった。パソコンも出てこないし。 そうそう!思い出した。何かというとタイプライターを打っているので、そんな風に感じもしたのだ。ラリーの殺意にはうなづけるものがあった。やる気、情熱、夢が一瞬にして空虚なものになる瞬間ほど恐ろしいものはない。ラリーの第一子が偽物となることへの嫌悪は妻に語った自分の夢を思い出させる。殺害される筈だった最初の妻、シャロンは彼女だけが彼の本質を見抜き、また、唯一彼を心底愛していたことは皮肉であった。ドライサーに言及している場面があった。この作品は「アメリカの悲劇」の一つであろう。その意味でもこれは確かに1950年代の作品だったのだ。シャロンは彼の良心だった。彼女の存在がある限り、ラリーはもう生きて行けなかったのである。



2011年09月23日(金) 星野仁彦著「発達障害に気づかない大人たち(職場編)」読了

三連休の初日だというのに、BSが映らないことに頭がいっぱいになってしまい、何もしないうちに15:30に。散歩がてらに買い物に行き、勢いで小金井の教文堂書店に。思うところがあり、購入。夜、さらさらと読み終える。ある確信をもって。しかし、みんな何かしらの症候群があるものだと思った。



2011年09月22日(木) パット・マガー著「四人の女」読み始め

図書館から借りた一冊。場面はビルから人間が落下するところから始まる。有名人らしき男性が、友人からマンションを譲り受ける。手すりがぐらぐらしているから気を付けてという注意とともに。その瞬間、男の頭に殺人計画が生まれる。マンションでのパーティ。招かれたのは4人の女。元妻、現妻(しかし、既に別居中)愛人、婚約者。 早くも元妻は、ぐらぐら揺れる手すりから、元夫の殺人計画に気づく。殺されるのは誰か? 自分と婚約者は対象外だろうと見積もる。なかなか楽しみな展開だ。



2011年09月21日(水) ゾラ著「愛の一ページ」読了

月曜日から読み始めた。恋愛をしたことのない未亡人エレーヌと社交的な妻を持つ医師との恋愛が主軸ではあるが、真の主役はパリらしい。エレーヌの病弱な娘ジャンヌの存在も大きい。彼女の病を通してエレーヌは医師アンリと出会い、そして離れることになる。様々な心情が綴られながらもパリの町は不動である。と、実はあまりよくわからなかったこの書のテーマを知ったのは、あとがきにあったゾラ自身のこの作品に関するコメントである。全文引用する。序文の一部らしい。「若く貧しかったころ、私は場末の屋根裏部屋で暮らしていたことがあります。そこからはパリの全貌が見渡せました。その広大なるパリ、じっと動かず無関心なパリ。いつもそこ、私の窓枠の中にいたパリは、私の喜びと悲しみに黙って耳を傾けてくれる、悲劇の中の聞き役のような存在でした。・パリを前にして、私はおなかをすかせ、涙を流しました。そして、パリを前にして私は恋をし最も幸せな体験もしました。そうなのです。二十歳のころから私は。大海のように屋根また屋根が連なるパリが古代悲劇のような登場人物となる小説を書いてみたいと夢見てきたのです。私には人間の内面を描くドラマが必要でした。小さな部屋の中にいる3,4人の人物と、常にそこにいて、その人物たちが笑ったり泣いたりするのを石のような目で眺めている、地平線上に果てしなく広がる大都会とが必要でした。

愛の一ページで私が実現させたかったのは、この昔からのアイデアだったのです。」 実はこの本、まだまだ読了には時間がかかったはずが、台風15号で会社が15:00帰社となったため、15:50頃の京王線に乗車して2,3分後に全線ストップのアナウンスが入り、それから延々と20:40頃に府中駅になんとか到達するまでずっと立ちっぱなしで車両に閉じ込められたまま読了したのである。 もっと面白い本を持っていればよかったと思わないでもなかったが、大冊を読了できた満足感もある。



2011年09月17日(土) 板垣康子著「めんどうくさがり屋さんの収納術」読み始め

3連休、3出社、3連休という妙な9日間の初日は9時起床から始まる。10時過ぎまでのんびり食事をして、洗濯を干し、その後先週末に買っておいた高枝バサミを持って外に出る。12時過ぎまで 隣の家にかぶっている例の謎の木の枝を必死で伐採した。片づけは明日に持ち越しだが、結構まだ暑い中頑張った。日記を書く場ではなかったが、午後は母と美容院に行ったが、その時に持って行った一冊がこの本。まだ、事例の羅列を読んでいる段階だが、どれもわたしに限りなく症例が似ている。これをどう矯正してもらえるのか、お手並み拝見と言ったところか。 物の指定席は作らなくて良い、物をつい置いてしまうところに、箱や籠を置くという発想は私に似ている。



2011年09月16日(金) 山本一力著「損料屋喜八郎始末控え」途中

和田はつ子を放り出して、読みだした一冊。やはり手ごたえが全然違う。江戸時代のいろいろな職業が出てきて興味深い。損料屋は、今でいうレンタルショップかもしれない。今までも良く小説に出てきた札差屋という職業についてもようやくわかった気がした。



2011年09月13日(火) 和田はつ子著「悲桜餅」読了

料理人李蔵捕物控シリーズの2巻目らしい。今まで読んだものより前の話だ。やはり女性が書いたものらしく、情に流され過ぎなような気もする。李蔵が許嫁だった今は心を病んでいる瑠璃に対する想いが少々うっとうしい。もう読むのは止めようとおもったとたんに同窓であることを知る。



2011年09月09日(金) ドナ・アンドリュース著「恋するA.I.探偵」クライマックス!

一度もミステリーに登場したことのない職業ということで、書き始めたらしいこの一作。確かに目新しいが、2005年に邦訳が刊行されているわけだから原作が書かれてからそろそろ10年になるのではないだろうか。再選ったんのIT業界を描いているのだが、そこはかとなく古さを感じる。



2011年09月08日(木) エミール・ゾラ著「ジェルミナール」読了

時代が変わるということはこれほどまでに痛みを伴うものなのかとひしひしと感じた。



2011年09月04日(日) 歌川広重「東海道五拾三次」謎解き浮世絵叢書購入

学生時代の友人二人と町田の国際版画美術館に行く。売店で購入したこの一冊。最近よく江戸の小説を読むことがあり、江戸の市民生活に興味を持った。そういえば、まずは昼食をとったビルに入っていた「あおい書店」にてP.G.ウッドハウスの「ドローンズ・クラブの英傑伝」を買った。図書館でしか読んだことのない著者だが、町田に来た記念に何か本を買いたかったので、良い本が見つかって嬉しかった。


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