| 2008年02月26日(火) |
「アグネス・グレイ」読了 |
なかなか充実した一冊だった。父が投機に失敗し、家が貧しくなったときに、家庭教師になろうと決心したこの小説のヒロイン、アグネス・グレイ。本当に地に足のついた賢明な女性である。徹底したリアリズムとはあるが、やっぱり彼女をひたすら愛する男性があらわれるところは、夢がかなり入っている。人生にはそんな幸運なんてそれほどあるものではない。 一人家族を離れて旅立つ日の描写は感動的だ。「しかし、朝は新たな希望と勇気を呼び起こした。私は早朝に出発することになっていた。中略 私たちは谷を越え、反対側の丘を登り始めた。 私は再び後ろを振り返ってみた。村の教会の尖塔が見え、その向こうに今はなつかしい、灰色の牧師館がまだ昇りきらない陽の光を浴びていた。弱弱しい光ではあったが村と周りの丘は暗く影の中に沈んでいたので、私はそのたゆとうような陽光を、我家に対する吉兆として祝った。両手を握り締めて私は熱心に牧師館の住人たちに祝福をお祈りし、急いでまた前方に向きを買えた。というのも陽光の射す位置がそれはじめたのだ。牧師館が他のすべての風景と同様に、陰鬱な影の中に被われるのを見ないように、私は注意して、再び振り返ってみようとはしなかった」アグネス・グレイは2つの家で家庭教師をする。二番目は妙齢の令嬢がいる家だったが、やがて村に赴任してきた副牧師と出会う。両親の結婚の模様(母は良い家に生まれたが、牧師である父と結婚するにいたり、家を追われる。)父の財政上の破綻、アグネスの家庭教師としての出発などなど)父の死後、家庭教師を辞めたアグネスであるが、気丈な母と共同の学校経営、副牧師であったウェストンとの再会と結婚 なかなか筋は面白い。あとがきによれば、19世紀に数多く書かれた家庭教師文学(ガバネス)の中でジェインエアと並んでもっともすぐれた作品であるらしい。(中公新書にガヴァネス(女家庭教師)というのがあるらしい。今度読んでみたい。
| 2008年02月23日(土) |
アン・ブロンテ著「アグネス・グレイ」を借りる |
春一番が吹き荒れた土曜、いろいろと頼まれ事の合間に図書館に駆け込む。期限切れになっていた、分類方法の本をまずは返却。昨夜零時頃にインターネットで予約していたブロンテ全集の「シャーリー」を借り出すべく予約室に行くが、まだ貸し出しの中に入っていなかった。しかし棚にもなかったのでカウンターで問い合わせる。あまり納得できるような回答は得られなかったが、とりあえず今日は借りられなさそうだとあきらめる。(というか、その前に書架でシャーロットブロンテの分厚い伝記と「アグネス・グレイ」を借りたのでこれ以上荷物が増えては困るという事情もあった。 で、吉祥寺に向かう中央線で「アグネス・グレイ」の味見をする。面白そうだ。
| 2008年02月21日(木) |
シャーロット・ブロンテ著「ヴィレット」下巻読了 |
朝の大江戸線で読了。最後はHAPPY ENDかと思っていたがやはりリアリズムたっぷりに悲劇を示唆しての終わりだった。なんでもシャーロットの父親がハッピーエンドを強く望んだため曖昧さを残したそうだが、はっきりと語り手の口から不幸があったことが語られている。だが、ずっと孤独だったヒロインのルーシーがエマニュエル教授の愛を得たことは、例えその後、航海中に彼が死のうとその後の人生をほのかに照らす明かりになったのではないかと思う。この小説では、幸せな人々はあくまで幸せで美しい人生を送り、そうではない者は、暗く、不幸な人生がことがあるのだと、決して小説的な奇跡は起こらないのだと再三語られる。そんな中、エマニュエル教授の愛はやはり奇跡であったように思われる。アニタブルックナーの「嘘」にも孤独な女性が出てきたが、この「ヴィレット」を読むとはるかに孤独の色合いが濃い。二人の女流小説家の背景を比べるのは安易ではあろうが、やはりブルックナーには家族がいたことを思わずにはいられない。シャーロットブロンテは、生活のために一家総出で小説を書いたと言われているが、今回略歴を読んで兄弟が3人も次々に死んでしまったことを知り、ショックだった。当時は珍しくないことだったらしいが、後は老いた父親だけというその孤独は計り知れない。「ヴィレット」を読んでいると気分が悪くなるほど、孤独に引き込まれていきそうだ。ところで、このヴィレットというのはブリュッセルのことらしい。シャーロットは寄宿学校の経営者夫妻と親しくなるが、その夫のほうに惹かれていたらしい。一時は叔母の死去のため、家に戻るが2回目に寄宿学校に戻ったときは夫妻二人から冷たく扱われてかなり悲惨な生活を送ったそうだ。 37歳くらいで父親である牧師のサブを勤める男性と結婚したそうだが1年たたずに亡くなった。小説よりもはるかに小説のような人生だったようだ。このブロンテ全集は一冊5,6千円もするので残念ながら買えないが、図書館で読めるのがうれしい。
| 2008年02月17日(日) |
シャーロット・ブロンテ著「ヴィレット」上巻あと少し |
一体この小説がどこへ行きつくのか、ヒロイン兼語り手の運命はどうなるのか。終末がわかっていて書いていることは、所々にヒントが散りばめられていて、それは決して明るいものではなさそうだ。地味で決して美人ではないらしいヒロインは今現在は23歳だ。少女時代は過去形として描かれている。リアリスティックではあるが、かなり偶然の産物である出会いもある。 前略「幸せが治療法なんだ−快活な気分が予防法だよ。その両方を養いたまえ」この世のいかなる嘲りも、私にとって、幸せを養えといわれたこの嘲りほど、白々しく聞こえはしない。そんな助言になんの意味があろうか? 幸せとはじゃがいもではない。土に植え、肥料をやって畑で栽培するわけにはいかない。幸せとは天からはるか下界の私たちの頭上に照り輝く栄光なのだ。幸せとは、ある夏の朝に、魂が、天国のしぼまない花と黄金の果実から降り注ぐのを感じ取る神聖な露なのである。後略 (上巻P.394) ルーシーの心の中での反論である。しかし、実際にドクター・ジョンに向かって発せられることはない。孤独のあまりに肉体的な病に倒れてしまう女性。その後も精神的に病的な行動に陥りつつある。そんな感じで上巻は終わった。
| 2008年02月11日(月) |
「ブロンテ全集 5 ヴィレット 上下」図書館にて |
シャーロット・ブロンテ 原書もあわせて借りる。と、言うよりはまず原書を借り、その後和訳本を見つけて借りたという順だ。原書は返したかったが、当日の返却は確か不可能だったはず。それにしてもリニューアルした図書館では自動貸出機があり、カードを入れて借りる本を台の上に置くとレシートのようなものが出てきて借りることが出来る。借りにくいものも借りられそうだと思いつつ、残念ながら今のところそんな本も思いあたらない。2,3ページ程読んでみた。他人の家に預けられた幼い少女の話らしい。結構馴染みのある雰囲気だ。明日からの通勤に読む本が出来てうれしい。
午後から雪になりそうだというので三連休分の食料を買出しに行く勢いで外出したが、あまりの寒さに買い物にすら身が入らない。それでもあちらこちらで咲き始めているであろう梅にも気もそぞろ。その割には大国魂神社の紅梅を激写して満足することにする。昼食後一時昼寝をし、目が覚めたのが3時過ぎ。四分の一ほど残っていた篤姫を読む。江戸城受け渡しの場面。どのように篤姫が采配を振るったのか楽しみだったが、3日間の内に明け渡せといわれたのを三日間だけ明け渡せという言葉に巧妙に摩り替え、篤姫は騙されて江戸城を出る。イメージと違う。史実なのだろうか。利発な女性だったとかかれる割には女性特有のいろいろな感情が結局は行動をゆがませ、何もしなかったに等しいイメージが残る。和宮との間のしこりも、もっと大きく構えればプライドを傷つけられたとか、そんなマイナスの感情も残さずに済んだように思える。大きな歴史の動きの中で、些細なことが語られたような気がしないでもない。久しぶりの時代小説だったが少しがっかりした。しかし、他のこの時代の小説を読む意欲を掻き立てられたことは確か。
| 2008年02月01日(金) |
宮尾登美子著「天璋院篤姫」上下巻購入 |
2008年のNHKの歴史大河ドラマの原作である。とりあえず毎年一回目だけは見ているのだが、1回目でやめてしまった昨年の「風林火山」に比べ、妙に親しみやすく(ヒロインはほとんど子役といってよいくらいな小娘だ。ずっと通して演じるらしいので驚いた)先週の日曜日で3回目まで続けてみて、月曜日くらいから、原作を読んでみようと思い立った。と、行ってもなかなか書店に行けず、朝、中央線で出勤した折に新宿駅構内の書店で購入。こういった今、まさに旬の文庫にはここ以上に求めやすい店もないだろう。 で、上巻を読みつつあるが、やはりTVとは全く異なる筋が展開しているが、登場人物はTVの配役になっているので、非常に入り込みやすい。 今年は年末からの女流文学マイブームで、昨日も「ダロウェイ夫人」を読み始めたところだったのだが、あっさりと久しぶりの時代小説にはまってしまった。 まあ、元気にはなれそうな本だ。
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