同窓会のバス旅行で山中湖に行く。 スケジュールすら頭に入っていなかったがいきなり目的地に着いたと思ったら三島由紀夫記念館の前に立っていた。 確かにかつてよく読んだ作家ではあるが、好きと言うわけでは決してない。むしろ嫌いといったほうがしっくりくるくらいの作家。 美意識が全く違うのだろう。 ただ、妙に心を捉えて離さないいくつかの表現がある。例えば「仮面の告白」の中の雪の朝のしめった黒い皮手袋。 私は確かに主人公の少年の胸の高鳴りに共感を覚えた。 「盗賊」のラストシーンには思わず胸が震えた。 題名のつけ方の素晴らしさに感動した。
ということで、売店で「絹と明察」を買う。 多分読んでいないはず。 徳富蘇峰記念館を5分でまわり、後はロビーのソファで読み始めた。 なかなか面白そうだ。最近手ごたえのある小説が読みたいと思っていたので良いきっかけができて嬉しい。
| 2003年03月11日(火) |
戦後史開封 社会・事件編 |
昨年買ったのだろうか。 産経新聞にずっと連載されていたものが文庫にまとめられた。他にも30年代編などがある。
CMを中心に当時流行ったキャッチフレーズ 青函トンネル、ダム、スーパーマーケット・コンビニの歴史を扱った流通革命。 相変わらず青函トンネルに涙し、築地駅にたどり着いたとき妙な感慨に打たれた。 若者は古いものを馬鹿にするが、どんなものにも歴史がある。新しくてスマートなものは始めからその姿でこの世に出現したわけではない。携帯電話一つにしても、ポケベルという前段階がある。 試作品は弁当箱ほどもあったという。すごいことだ。 私も いろいろな紆余曲折、試行錯誤を繰り返し今の私になれたのだと言えればよいのだが、どこかで失敗したかもしれないとしみじみと思う昨今。ただ、それは後悔の念とは程遠い。そう書けば建設的だが、どう考えてもこれは諦観だろう。
| 2003年03月04日(火) |
村上春樹「1973年のピンボール」 |
この薄っぺらな一冊に一体何日かかるのだろうとあきれるほど長い間バッグに入れて持ち歩いていた。しおり代わりにはさんであった紀伊国屋のレシートには2月4日と書いてある。 ということは偶然にもちょうど一ヶ月かかったということだろうか。
あまりストーリー性がなく、どこからでも読み始められるということもあり、思いつくままに適当なページを読んでいたように思う。 題名は大江健三郎の「万延元年のフットボール」のパクリだろうか。 (密かに考えていたら弟にもそういわれた)
ピンボールというゲームにはうといが、(せいぜい旅館のゲームコーナーでさわったことがあるくらい)主人公がのめりこんでいた3フリッパーのスペースシップなる台を主人公は「彼女」と呼ぶ。
以下はその一節だ。
あなたのせいじゃない、と彼女は言った。 そして何度も首を振った。 あなたは悪くないのよ、精一杯やったじゃない。
「違う」と僕は言う。 中略 違うんだ、僕は何一つできなかった。 指一本動かせなかった。 でもやろうと思えばできたんだ。
人にできることはとても限られたことなのよ、と彼女は言う。
私は思う。 誰かがそう言ってくれたらどんなによいだろう。 「あなたは悪くはないのよ、精一杯やったじゃない」
それでも私は主人公のように答えるだろう。 何一つできなかった、やろうと思えばできたのに。
人に出来ることはとても限られたこと....この勇気のなさ、怠惰さ これもそんな言葉で許されることだろうか。
私の情けない日々を、村上春樹なら許してくれるだろうか。
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