日々の泡

2002年12月15日(日) 村上春樹「回転木馬のデッドヒート」

短編集である。
なぜ小説を書くのか 前書きにしては長い「はじめに」の中で興味深い一説があった。 長くなるが引用する。
「自己表現が精神の開放に寄与するという考えは迷信であり、好意的に言うとしても神話である。少なくとも文章による自己表現は誰の精神主開放しない。もしそのような目的のために自己表現を志している方がおられるとしたら、それはやめたほうがいい。 自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。 もし何かに到達したような気分になったとすればそれは錯覚である。 人は書かずにいられないから書くのだ。書くこと自体には効用はないし、それに付随する救いもない。」

まさにそのとおりであろう。

「レーダーホーゼン」「タクシーに乗った男」を読む。
レーダーホーゼン いわゆる半ズボンをドイツ土産に夫からたのまれた妻の話。 夫に対するいきなりの嫌悪感に私は非常に共感を覚えた。 文中にあるように女性だから私はわかるのだろうと思ったが、考えてみたら村上春樹氏は男性である。 これこそ小説と言うものだろう。

昨日、一冊ずつ買い揃えていた「ねじまき鳥クロニクル」の第一巻を買う。2巻まで単行本で読んだのだが、すでに数年が過ぎていて第3巻から入るのは無理がある。 先日書庫を探し回ったが2冊とも出てこない。 しかたなく文庫本で再読することにする。


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