日々の泡

2002年11月27日(水) 村上春樹「風の歌を聴け」読了

読了といってもほんの154ページ。それでも昨日、今日と二日かかってなんとなく読み終えた。 1979年の作品。 多分デビュー作。
いまから何年前の作品化と考えると少々めまいがする。

友人の「鼠」とジェイズバーがでてきた。
「羊をめぐる冒険」に出てきたのをなつかしく思い出す。まだ読んで一ヶ月もたっていない筈だがずいぶんたったような気がする。

内の中に星のある羊を取り込んでしまったがために自殺に至るしかなかった「鼠」。 



2002年11月22日(金) 村上春樹「蛍・納屋を焼く・その他の短編」

昭和59年の作品。 短編集。「踊る小人」という短編が一番印象的だった。 と、書いておいてもすぐに忘れてしまいそうな一冊。

ようやく今日の帰りに「ねじまき鳥のクロニクル」3巻目を読み出す。 1,2巻を読んだのははるか昔。 それでも私は 上下巻の小説を下巻から読める特技をもつ。 ということで、今度も3巻から読み出す。 たしかこの主人公の男性は妻に去られたのではなかっただろうか。



2002年11月19日(火) 「国境の南、太陽の西」読了

本当の生き方というのはなんなのだろう。 これは自分ではない、本当の自分ではないと思いながら人間は死んでいくのだろう。



2002年11月14日(木) 村上春樹「国境の南、太陽の西」

ダンスダンスダンス」1巻は昨日読了し、朝から「国境の南、太陽の西」を読み始めた。 1992年発刊とのことで10年前の作品。 暗い。 これまで読んできた小説と少々異なり、主人公に軽妙さがない。 と、思ったら他の作品の主人公は30歳半ば。この小説は小学生のころから始まる。なるほど、こんな学生時代、20台を過ごして現在のあのなじみのあるタイプに成長?するのだろうか、と古いアルバムをのぞいたような気がした。 
まだ半分なのでなんともいえない。 この主人公が今後どう変身するかはわからないが、今のところ女の子二人の父親として妻ともうまくいっているし、ジャズバーを3店も経営している。 やや過去の出来事が影を射してきたが。

小学校のときに別れた女友達との再会をきっかけにこの小説がどんな方向に進んでいくのかが楽しみだ。そして最後に私はなじみのある少し人生に諦めを感じつつも日常生活を楽しんでいる男に会えるのだろうか。



2002年11月11日(月) ダンスダンスダンス(上巻)途中

朝7:14国分寺発の特別快速の中央線
月曜日は特に満員。 そのぎゅうぎゅう詰めの列車の中、ダンスダンスダンスの上巻を読む。 滂沱の涙。 どこを読んでもわが身のことのように思われて泣けてくる。

下巻を先に読んでしまっただけに、筋を追うことなく内容を味わうゆとりがあるからかもしれない。

設備の整った現代的なドルフィンホテルから、ふとした拍子に「いるかホテル」に移動し、主人公は あの「羊男」に再会する。
その羊男の台詞を長いが引用する。

「あんたはこれまでにいろんな物を失ってきた。 いろんな大事なものを失ってきた。それが誰のせいかというのは問題じゃない。問題はあんたがそれにくっつけたものにある。 あんたは何かを失うたびにそれに別の何かをくっつけて置いてきてしまったんだ。まるでしるしみたいにね。 あんたはそんなことをするべきじゃなかったんだ。 あんんたは自分のためにとっておくべきものまでそこにおいてきてしまったんだな。 そうすることによってあんた自身も少しずつ磨り減ってきたんだ」

ここの箇所を読んで私は、今までに失ってきたものを思い出した。そして私がそれにくっつけてなくしてしまったものを想った。

愛情や希望や信頼という大事なものを。

例えば、今年になって逝ってしまった14年間一緒に暮らした2匹の猫。
私がなくしてしまったのは、猫という存在だけではない。 小さな生き物を大切にしたい、守りたい、幸せにしたい、慈しみたい、そして懐かれることによって得られていた信頼されるという心地よさと責任感。
そんな面倒な言葉でなくたっていい。 生き物を可愛がるという気持ち。
そしてそんな小さな存在から大きな慰めをもらっていた。
そんなものを根こそぎ奪われてしまった。
私は今、失うことへの恐怖から、もう生き物を飼うことができない。
硬直している私を日々感じる。

もう一度幸せになりたかったら勇気を出して、また猫を飼うしかないのだろうけれど、いまはその勇気がでない。

そんな個人的な事情は別として、村上春樹は、不思議にどの小説においても私のウィークポイントを的確についてくる。 それは、加藤諦三のように、これでもかというように私の弱さをひきずりだしていくとのは違い、硬直してしまったものを、あたかも「みんなそうなんだよ」と優しく解きほぐしてくれるような感じだ。 私は暖かい涙を流し続ける。

この涙 一滴一滴が、いつか私のこわばりを溶かしてくれるだろうか。




2002年11月06日(水) 村上春樹「ダンスダンスダンス」読了...

朝の通勤列車の中で、確かに読了した...この本からも私は得るものがあったと満足しつつ、最終ページを読み終え本を閉じた。
そして帰りの電車の中、読む本がなかったため、ふとバッグの中からダンス×3を取り出して何気なくパラパラめくり、またしまおうとしたその刹那...私は見たのだ。 書名の下に「下」という文字を。 えっ???これは一冊だった筈。 あわてて一ページをめくってみれば、そこには確かに章をあらわす数字があり、それは第1章ではなかった.....。

ついにここまで私も壊れてしまったか...というのが一番最初に浮かんできた言葉。
なんの違和感もなく下巻から小説を読んでしまった私の精神構造はいったいどうなっているのだろう。 もちろん多少疑問に思う箇所もあった。 最初の数行から私は、人間関係がわからなくて何度か読み返し、結局は作者の筆の誤りだという結論に達していた。 もともとこの作家の小説はわけのわからないのが常だ。 

と、考えていてもしかたない。とにかく帰りに上巻を買う。 バスの中で冒頭を読む。 非常にわかりやすい文に驚く。 あたりまえだ。種明かしされている小説を読むのだから。

自分への疑問がいつしか作者への疑問に変わる。 果たしてこの小説に上巻は必要なのだろうか???


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府中の啓文堂にて購入
 ダンス×3 上巻
 風の歌を聴け
 国境の南、太陽の西
 回転木馬のデッドヒート

もちろんすべて村上春樹
 ふわふわ という短編を立ち読みする。
 猫で一番すきなのは年老いた雌猫だと書いてあった。

 猫の趣味もちょっと違うかもしれない。


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