8月の中ごろからTSUTAYAのレジのところに村上春樹の新作9月発売決定!とビラが貼ってあり、楽しみにしていた。 会社の帰りに買って帰ろうと思っていた矢先、なんと家の居間のエアコンが壊れたとのこと。 異様な暑さの続くこの夏、エアコンは我が家の命綱のような存在。 青くなって新宿の家電店を回るが、さくらや、ビックカメラで一週間はかかると言われ、動揺して新宿の地下を走る。 ふとこんなにあせってもしかたがない、本でも買って落ち着こうと書店に寄って「海辺のカフカ」購入。 上下があったがとりあえず上巻だけ買うのが最近の私の方法。この厚さで1600円?と思わないことも無いが圧迫感がなくていい。装丁も気に入った。 もしかしたら癒してくれるかもしれないという期待を胸に今度はヨドバシカメラへ。 不本意なメーカーのものではあったが、16日の月曜には取り付けてくれるというのでようやく一安心した。
結局この日は一ページも開くことなく終わる。
読む本が無かったので 出勤前に本箱から取り出す。 短編の「きりぎりす」「千代女」「恥」を読む。 つい最近も読み返したばかりだがやっぱり面白い。 孤高の画家と信じて結婚したところがとんだ俗物であった夫への離縁状のような「きりぎりす」。「恥」は多分高校時代に読んだ気がするが、清貧の風変わりな小説家だと思い、高みにたってファンとなった女性が、自分の思い違いから恥を書いてしまう話。 小説家などはうそつきなものなのである。
| 2002年09月10日(火) |
戦後史開封(昭和30年代編) |
通勤のお供としてあわただしく本棚からチョイスしたのがこれ。 表紙はバッドを持ってポーズをとる長島選手と王選手(当時) 即席ラーメン、安保、ON時代などなど面白そうな題名が目次に並んでいたが、第一章は55年体制の幕開けの話。 それでも面白く読んでいたが、結局あとで思えば読んだのはこの日の朝だけ。
また次回日の目を見る機会を待とう。
| 2002年09月09日(月) |
池田清彦著「新しい生物学の教科書」 |
ふと書棚にあるのが目に付いたので今朝通勤のお供としてピックアップ。いつ買ったのだろう。発刊は昨年の今頃だが、多分今年の初めに買ったのではないだろうか。こういう本を買うのは相当元気なときだろう。 今朝は第一章の個体発生と系統発生を読む。 高校の教科書の比較検討が面白い。 本当にその言葉自体の説明がない教科書があるにはびっくりした。
| 2002年09月08日(日) |
フォーレ 「夢のあとに」 |
昨日、おとといと「北の国」を母と見る。なんでもシリーズ最終との事で盛り上がっているが私は見るのは初めて。 BGMで気になる曲あり。 よく聴く曲なのだが題名が思い出せないので今朝インターネットで検索し、フォーレらしいということが判明。早速CDがあったので聴いてみたらあたりだった。 いつ買ったのかも記憶に無いチェロのソロ名曲集の中に入っていた。
これに先立ち母が何枚か癒し系のCDをかけていたが、パッヘルベルのカノンは昔からよく聴いてきた曲だが、本当に心が和むのを感じた。また、私が昔から好んで聴いてきたマイナーな曲よりもモーツァルトの明るいメロディーに惹かれる自分に気づき驚いた。 明るいモーツァルトはもっとも好まない曲だったからだ。 年齢と共に好みは変わるのかもしれないし、今のこの日々にその明るさは救いになるのかもしれない。
そんな発見をした今朝。
と、美しいことを綴ってみたが、夕刻近くの大型書店を一時間ほどうろつき、なにか一時でも私に現実を忘れさせてくれるような小説がないか探し回ったが結局見つからず、パソコンのネットワークのマニュアルと、漫画本の棚でなんと細川知栄子の「あこがれ」2巻を買う。これは昔私が少女時代に雑誌で読んでいたものだ。 何点かの服はその頃凝っていた紙のきせかえ人形の服のデザインの参考にした記憶がある。とにかく現実離れしたユメユメしい少女漫画の王道とでも言おうか。 夕食を作りながら結構楽しく読めた。 3巻の発売が楽しみだ。
| 2002年09月02日(月) |
「孟夏の太陽」by 宮城谷昌光 |
帰り道、なにも読むものがなかったので会社に積んであった本を持ち帰る。宮城谷昌光の小説は、結構盛り上がって読むのだが、どうも後半の盛り上がりに欠ける様な気がする。 この春先に読んだ「楽毅」も夏に読んでいた「太公望」も、始めのころの緻密さが嘘のように最後ははしょられている。
連載していて疲れたのだろうかとふと思ったりする。 (つまらなかったと文句を言う割にまた手を出す私もどうかと思うが、やはり出だしの面白さには魅力がある) で、「孟夏の太陽」の主人公は趙盾。 ごく普通の人間だというところがポイントだろうか。
昨日買ったオール読物に掲載されている直木賞受賞作「生きる」を眠れないのでまた起き出して真夜中に読む。 亡き主君のために追い腹を切るか否か。揺れ動く又右衛門の心を描く。 どうしても同じテーマを扱った森鴎外の「阿部一族」を思い出す。 「生きる」は現代人の心に置き換えて語られているところが、少々甘く感じる理由だろうか。
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