日々の泡

1998年08月13日(木) 藤沢周 ブエノスアイレス午前零時

純文学小説
作者:現代 日本
出版社・値段:文芸春秋

芥川賞受賞作品。 ジャンルとして純文学を選択しつつ、今年に入って1000回目くらいに純文学の定義について考え込む。 それにしても最近、主人公が少々一般社会からはみでている小説が多い。昔なら挫折と言った重い主題となるところを軽く流しているところに時代を感じる。 しかし、ここ10年〜20年の価値観の変わり様は眼を瞠るものがあり、目安となる普通の生き方なるものが、あやふやになってきている今、[社会からはみだした]という表現はまもなく死語になるのではないかと、これは少々嬉しい予感がある。 ただドロップアウトしている[主人公]が劇中劇を演じているかのように現実味がないことも確かである。 もっと読み応えのあるものが読みたいとやはり最後には思った。1998年8月13日深夜



1998年08月12日(水) 皆川博子 たまご猫

ミステリー小説
作者:現代 JAPAN
出版社・値段:

題名に惹かれてこの作家を初めて読んでみました。一見平凡な日常の背後に隠された人間の狂気や情念が浄瑠璃の世界を織り交ぜることにより表現されていて面白く読みました。 猫は可愛い反面、少々不気味で得体のしれない部分を持っていますが、人間の一番身近にいるだけに本当に不思議な存在で有るとも言えるように思います。そこが魅力ですが。 話は別ですが、浄瑠璃の山椒太夫が出てきましたが、ラストシーンの息子が親の刑に立ち会うだけでなく、そのクビを自ら鋸で挽くという残酷なシーンを久々に読みました。日本の物語でもっとも残虐な部類に入る話だと以前に思ったことを思い出したので書き添えます。1998/8/13



1998年08月10日(月) 車谷長吉 赤目四十八瀧心中未遂

恋愛小説
作者:現代 日本
出版社・値段: 文藝春秋

いっつも迷ってしまうこのジャンルという項目...まあ心中未遂だからここでいいのかな〜っと...。直木賞受賞作品。 この夏、暇に任せて芥川賞2作品、直木賞作品1作を読みましたが、不思議なことに3作品とも底辺にいきる人間を描いた物...。 これって流行なのでしょうか。 だったら私が次回、ホームレスの段ボール生活をしている女性の話を書いたら賞が貰えるのでしょうか...まさかと思いつつもそんなことを思わず考えてしまうほど、これまた底辺に生きる男の話。 それもお定まりのごとく、かつては広告代理店に勤めるサラリーマンだったらしい。 そんな人間がいかにも自分は今、身を持ち崩していて、これこそ自分らしい生き方なのだ、なんていう感じでそばにいられたら、それこそ、もともとそこにいた人間にとっては迷惑以外の何ものでもない。 そんなあれこれを描いた小説である。いまどきの小説家はここまで具体的に底辺を描かねば自分の存在の不安定さを受け入れることができないのだろうか。 このいまの不安定さを受けいるれためにはそこまで墜ちなければいけないのだろうか。 そこでしか人間は安らぎをえることができないのだろうか。思わずそんなことを考えざるを得ないほど、今夏の文学賞は揃って底辺に墜ちた人間を肯定をもって描いていた。しかし、果たして3作のいずれかが底辺を書き得たとはとても思えない。底にいる人間には文学など、到底書き得るものではないと思うからである。ものを書こうと思った瞬間、人間は自己顕示欲の塊になってしまう。そういうものではないだろうか。 とにかくこの心中未遂物、底辺にある女は描きやすいが、描かれた底辺にある男はどこか嘘臭い...とふと思った。 宴会帰りの頭で一所懸命書いてみましたが(ここに書くと女神様扱いしていただけるので)とにかく今夏3作品を読んでみてまたしても純文学と大衆文学の違いは一体どこにあるのだろうかと思った。 週末の産経新聞の書評には、人間に生き方についての真摯な思惑を描いた物が純文学ということになるようだが、それにはかなり異議のあるところである。尻切れトンボですが取り敢えず....



1998年08月04日(火) コーンウェル スズメバチの巣

ミステリー小説
作者:現代 米国
出版社・値段: 約千円(返せ〜)

本格警察小説とありましたが...。一応メインになる事件はあるのですが、なにやらいろいろなエピソードが入り交じって、そのどれもが妙に単純な勧善懲悪的なものがあり、(私には)残念ながらあまり面白くなかったです。解説には翻訳に妙に時間がかかったようなことがかかれていましたが、このつまらなさが原因ではないかとふと思いました。 でもそこが解説者のつらいところ、これはシリーズ化させるため一応登場人物の紹介をしているのだろう、と書いてありました。 なにが一番ひっかかるかというと、警察の高い地位にいる女性が二人出てくるのですが、書き分けがあまりできていないような....。 (この二人の仲は良好なのですが、他の部分で女性の敵は女性...という表現が目立ちました。 確かにそれは言えているかもしれませんが)でもこういった優れた女性の影で平凡な夫がつぶされていくというエピソードはなかなか考えさせられるものがありましたが、やはり滑稽さが強調されていてあまり気持ちがよくありませんでした。 考えて見ればコーンウェルは例の検死官の話を数冊読みましたが私の趣味ではないようです。(つい人気があると読んでしまう人) もうちょっとメインの犯罪が盛り上がりを見せて解決していればこれほどぶつぶつと読後感を述べることもないのですが。(朝からちょっと不機嫌な私でした。)1998/8/4 あっ 「氷の家」がそのままだった。 これは面白かったのでそのうちに感想を書きたいと....。



1998年08月01日(土) 尾崎諒馬 思案せり 我が暗号

ミステリー小説
作者:現代 JAPAN
出版社・値段:角川書店 1040円

五線譜に隠された暗号とは...一つの暗号が浮かび上がってきたかと思えばさらにちがった視点で解読を試みると、あらたな暗号が現れる...。現在の謎を解き明かしていくと、ちがった過去が現れる、 最後の最後まで読者にたいして謎をつきつけてくるサービス精神には敬服しますが、これは文学ではなく、まだ単なる筋書きをノートに書き付けただけのような気がします。 狙うところは良いのですが、まだまだ熟成させていないような感じです。なによりも気になるのは、この人はミステリーや青春小説だけを読んできたのでは無いかと思われること。  今、若い世代が、青春小説だけを読み、それを土台に青春小説を書いていくということ。 文学はどこへ行くのだろうかと少々肌寒い気がしないでもない。


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