今日は、1年前に好きになってライブへ行っている インディーズのMバンドの「新年会」でした。 といっても、ライブなんですが(笑)
彼らがいつも使っているスタジオで お客さんと同じ目線で・・・ 一緒にお酒を飲みながら、リクエストに答えて 演奏したり、いつもと演奏するパートを変えて やったり、、という企画でした。
普段、ドラムはステージの奥にあるので よく見えないのだけど、昨日はスタジオの真ん中が ドラムで、後ろから見ることが出来ました。
最後の曲は、みんなに参加して欲しいって 言われて、ドラムのスティックを持って シンバルを叩かせてもらいました。 ドラムの演奏の邪魔にならないように、 緊張しました(笑)
前に好きだったバンドのファンの人たちで 今も交流のある人を、このバンドのライブに誘って 数人はファンになってくれました。 昨日も、その人たちとも一緒でした。 お茶をしたり、終わったとに夕飯を食べたり。
昔からの友達は、私が主婦で子供が居ることは 知っていますが、このMバンドのファンの人たちは お互いにプライベートは話さないので 私に家庭があることは知らないのです。 最初から独身と思われているようで、 まぁ、それはそれで気を使わなくていいというか。
普段の生活では、主婦でお母さんということから 離れられないけど、ライブの場所では「私自身」で いられるのが、居心地が良いです。
彼らは、普段仕事をしているので ライブも週末が多かったけど、 今年はもっと増やしていきたいということで 平日にやったり、地方に行ったりも。 全部のライブには行けなくなってしまうから 寂しくは感じるけど、思いっきりやって欲しいとも 思うので、我慢します。
手術後、初めて外来で診察してもらいました。 本当は先週の予約だったけれど、先生のご都合が悪くなり 今週に延ばしました。
私は、く○んの仕事の日なので、 午前中の仕事が一段楽したところで抜け、 学校に息子を迎えに行き、そのまま病院へ 向かいました。
時間的に予約時間ギリギリになったので、 病院の売店でパンを買って、待合室の椅子で 急いで食べました。 「今日の給食はカレーだったのに・・」と 残念そうな息子でした(・・*)ゞ
今日の診察では、先生がエコーで腎臓の様子を 見てくれました。特に腫れてる様子も無く 手術をした尿管の付け根部分も、スムーズに 腎臓からの尿が通っていることが わかりました。 (逆流を止める手術だったので、逆に腎臓からの 尿が通りにくくなることはないのか?と私も 疑問があったものの、先生には聞けないでいたけど、 さすが専門家、そのチェックはぬかりないのですね・・)
逆流が収まったかどうかは、カテーテルを入れての レントゲン造影をしないといけないので、これは 春休みにやることになり、予約を入れました。 痛くて、本人には恐怖の検査。。
パソコンで検査の予約入れていた先生、 「じゃあ、楽しい春休みをね!・・と言っても ちっちゃい子は気づかないんだけど、さすがにわかるよね」 と苦笑していた。
痛い検査をしても、やっぱり逆流していたら 息子もガッカリするだろうなぁ。
病院の後は、また急いで地元に帰って く○んの仕事に戻りました。 病院へ行くには、バスに乗らなきゃいけないので どうしても余計に時間がかかってしまうのが 難点です。
去年は雪が積もって 雪だるまを作ったのに、今年はまだだと 言っていた子供たち。
今日は、朝、起きたら雪が降っていて 内心ウキウキしていたらしい。
息子のドラム教室があったので 巣鴨まで送り迎え。 娘も一緒についてきた。
帰りに、高島平で降りて買い物をしている間 息子はスーパーの外で、雪いじりをして待っていた。
そして、帰宅。 家の周りは、綺麗な雪がたくさん積もっていた。
さっそく、娘と息子は雪だるま作りを開始。

戌年なので、犬の雪だるま。 ねずみっぽいけど(笑)
雪国で、雪の被害でたいへんな人たちも多いので 楽しんでいるのは申し訳ないけど・・・ 満足な二人でした。

明日もまだ、積もっていそうだなぁ。 私は夕方からライブに行くんだけど(ノ_-;)ハア…
嵐の前のなんとやら?
バイトしているコーヒーショップ、 1月で辞める子が、4人。
2月には組織が変わるようで、 もしかしたら、店長も変わるのか・・も。 人が足りなくなるのは、明らかなんだけども 今月は、まだシフト希望も重なったりしているらしく 希望を出した日に、仕事が入って無かったりした。
今日は、まさしくその日。 ぽっかり休日。子供たちの帰りは16時頃。
さて、どーしようかと考えていたけど 出かけるとなると、買い物になってしまって 無駄遣いしそう。外も寒い。 家でウダウダしていたら、時間が過ぎていった。
結局、一駅歩いて(10分もかからない) ケンタッキーでお昼。
その後は、安売りの靴屋さんへ行って スニーカーを物色。気に入ったのがあったので (高かったけど)購入。
いつものスーパーに行って、衣料品を見たり。 特に欲しいものも無かったので、夕飯の材料を買い物して 帰ってきた。
もったいなかったかなぁ。
また、マッサージっていうのも考えたけど やっぱりお金使うしねぇ。
家にいて、息子が帰ってくる時間には 玄関のカギを開けておいた。
「おかえり」って出迎えてあげると やっぱり嬉しそうだな。
私には、4歳下(学年では5学年違う)に妹が居る。
希望していた大学に受からなくて 高校を卒業して、急にアメリカに留学すると言い出し 実行に移してしまった。 それから6年間アメリカ暮らし。 帰ってきてからは、また実家に住んで仕事をしていた。
母が3年前に亡くなって、父と2人で暮らすことになった。 仕事をしているので、家に帰ってから父の夕食作り。 父は、ほとんど何もやらないのだ。 目の前にスーパーがあるので、買い物に行って夕飯でも 作ってくれれば妹の負担も減るのだけど、 仕事も引退して家でゴロゴロ。万年床らしい。 妹は、母の代わりでも家政婦でもない。 最近、特にうまくいってない事は感じていた。
妹が珍しく電話をしてきたら、様子がおかしかったので 急だったけど会うことにした。 二人でいろんな話をした。
妹には彼が居るけど、結婚は出来そうにない。 そして、 その彼が自分の夢をかなえるために、大阪へ行ってしまうらしい。
妹は、自分にはなにも残らないという。 真面目に10年事務の仕事をしてきたけど、その仕事が好きなわけでもなく 本当は営業などでバリバリやりたい。 幹部にならないかと会社から言われたときもあったそうだが やっぱり、父のこともあるし、断ったみたい。
そして、妹は母が大好きだったので 母が居なくなった時点で、自分は「ひとり」であると感じたって。 父へは母への気持ちのようなものはないと。 私は家族がいるし、自分だけが一人で歳をとっていくと感じていた。
何かを変えたい。自分でやりたいってことがなかなか 見つからないが、おそらく接待することなどは得意なので お酒を扱うような店が出来たら、楽しいかなぁと言う。 自分で店を持つなんて、本当にたいへんなことなんだけど 今の妹には、夢を持つことが必要なので、あえて否定せず。 私も協力してあげたいと思っている。
妹はネットをしないので、情報量が少ない。 人との出会いも少ないので、それはかわいそうだと思う。
私は、ダンナは所詮他人で、今後どうなるかわからないけど 子供は大切だし、居てくれてよかったと思うので 一人で寂しいという妹の気持ちを、「わかるよ」とは言えない。 想像すれば、本当に寂しい気持ちになるのはわかるんだけど 当事者ではないからね。
今回、相談をしてくれて、色々話せたことは とてもよかったと思う。 彼氏のコトだって、私には、話しづらいと思っていたようだ。
今年は何かを変えていかなきゃ。 まずは、引越しでも考えてみる?と提案。 こっちの近くに来てくれれば、父のことも 私が少しは手伝える。
つか、父をもうちょっと教育したいなぁ・・・・ 妹が 「もし私が結婚したら一緒に住めないんだから」って 言ったら 「それは困るなぁ」と言ったというし、 妹が飲み会などで遅いと、ストーカーのように何回も 留守電が入っていて 「心配してます。どこにいるのかな。今日のご飯はどうする?」って。 まずは、自分のご飯の心配なんだよって怒っていた。
もし、私が妹の立場だったら、ほんとにウンザリだー! 父がこんな人だなんて思わなかったよ。
長野にある無人の母の実家のこともあるし、 一つづつ、解決していかなきゃ。
大晦日から正月2日まで、私も体調を崩していたけど 入院は無事に終わって、新学期も始まった。
息子の体調が戻らなかった時に困るので 念のため、コーヒーショップの仕事は 金曜からにしていたので、けっこうノンビリ。 学習塾のアシスタントの仕事は、木曜からあるが 休み中に生徒たちにタンマリ宿題が出ているので、 採点の山・山・・で持ち帰りになるだろうなぁ。
今回の息子の手術は、開腹しないで内視鏡という 手段を選んだので、体へのダメージは軽いけど 不具合部分が治るという確率は、6割だそうだ。 再発(腎臓への尿の逆流)は4割いるとのことで、 春ごろに検査をして、やはり逆流が見られたら 夏休みや冬休みに、またやるってことになりそう。
この尿の逆流にも度合いがあって、息子は軽い方らしいが おしっこをするたびに、尿管への圧力と腎臓への尿の逆流が あるとすれば、腎臓へのリスクもあるわけで。 しかも、検査の結果、尿管逆流がある左側の腎臓は 右に比べて1/3くらいの大きさしかないということなので、 大事にしないといけないしね。
普段、痛くもないし、なにも感じてない息子は 元気なのに、なぜわざわざ手術をしなけらばならないのか、 納得できない様子だった。 また、入院することになったら、何と言うかな。 一度経験したから、次回は大丈夫かな。
入院した個室は、とっても眺めが良くて 私は外の景色をみることで、少し気持ちが癒された。 真正面に、新宿の高層ビル群が見えて、左にはサンシャイン60。 その間の遠くに、東京タワー。
暮れていく空の色のグラデーション。 夜景なんか、ほんとずっと見ていても飽きなかった。 ビルの上部に、点滅しているあの赤いライトが、 見渡す限り、たくさん見えた。
そして、日が昇ってくるにつれ、ビルのライトがすぅーっと 消えていく。(実際にはついているけど、明るくて見えなくなる?)

こんな景色を見るのも、貴重な経験だなぁと 思っていた。
いつも外来で診て貰っている先生は 手術前日に病室に説明へ来たときにしか 私は会っていなかった。
手術後に、最初にダンナが話した先生が その先生だったようだが、2回目の説明のときは もう一人の先生だったから。 たぶん、外来のある日だったから、手術後に すぐ行ってしまったのだろう。
その2人の先生が実際に手術をしてくれて、 病棟に回診にくる先生は、また違う人だった。 若い先生を数人ひきつれて、病室に入ってきて その若い先生たちが、息子になんだかんだと話しかけたり。 息子は、知らない人とはあまり話をしないので 無反応だったかも(笑)
退院の日も、朝、病棟の先生が回診に来たが、 息子の体を診るわけでもなく、 「かわりない?今日、退院だね」っていうカンジだった。 退院後の外来は、いつ行けばいいのか聞いてなかったので その先生に言ったら、担当の先生の診察の日に予約を 入れてくれたので、それで解決。
入院費の支払いは、昨日のうちに済ませたので 何時に退院しても良いとのこと。 息子も、早く帰りたいというので10時前には ナースステーションにいる看護師さんに挨拶をして エレベーターに乗った。
病院からバスに乗って、電車の駅まで行き そこから電車に乗って帰宅。 2泊3日の病院生活が終わった。
私の帰宅とバトンタッチで、ダンナが大阪へ出張。 日帰りするつもりだったようだが、 結局、泊まりになってしまった。 快気祝いのお寿司は、3人で美味しく食べました。
手術当日。
朝から、手術のためにすることがあった。
飲食は禁止なので、食事はナシ。 朝7時頃に、熱、血圧、脈をはかる。
7時半頃、弾力性(医療用圧迫)ストッキングを はく。片足ずつで太ももまで長さのあるもの。 手術中に血栓が出来るのを防止するために、履くのだそうだ。 (足がむくんだ時にこれを履くとイイって看護師さんが 言っていたので、今度私も使ってみよう)
そして、浴衣に着替え、T字帯をつける。
8時にナースセンターのところに置かれた ストレッチャーに横になり、麻酔を効きやすくするための 薬を飲む。そして安静にして様子をみる。 看護師さんが、血圧をはかる。
8時20分、担当の看護師さんにストレッチャーを 押してもらいながら、搬送用エレベーターに乗り込み 手術室へ向かう。家族には、8時半には手術室に入ると 伝えてあり、直接、手術室前に来るように言ったが、来てなかった。
病棟の看護師さんから、手術室の看護師さんにバトンタッチ。 入り口付近で、麻酔科の先生も息子に話しかけているのが見えた。 家族控え室へ行こうとしたら、ダンナと娘が到着。 息子とは話せなかったけど、手術室のドアが開いたときに まだストレッチャーがいたので、ダンナも息子の姿は確認した。
予定では、麻酔をかけたり容態をみたりで30分、 その後、9時15分に手術開始、予定時間は1時間ということで 待合室に、他の患者さんの家族もいたので、ダンナに居てもらって 私と娘は、他の場所へ。付き添いベッドの代金を払うために リネン室へ行ったり、スタバで飲み物を買って、休憩。 娘に、家の様子を聞いたりして過ごす。
控え室に戻ったのが、9時半くらい。 そうしたら、手術が終わったといわれて、ビックリ! 放送があって、ダンナが手術室横の面会室に行ったら、 担当医が「順調に終わりました。今、麻酔を醒ましにかかってます」 と言っていたそうだ。あとでもう一度、説明があると。
早い!びっくり! すぐに麻酔かかって、手術を始めたんだろうなぁ。
娘には先に病室に行って待っていてもらった。 もう一度放送で呼ばれ、私とダンナが面会室で、 もう一人の担当医から、内視鏡で撮った膀胱内の写真を見せられた。 とっても綺麗に撮影されてて、ビックリした。 毛細血管みたいなのが、クッキリ。膀胱の内壁は肌色だった。 尿管の入り口にコラーゲンを注入したということで、 その作業はブスっと針さして入れるだけですぐ終わりだけど 麻酔をかけたり、醒ましたりの方が、時間かかるって いうことだった。全身麻酔も、事故が起きる場合があるし 私も、そっちの方が気になっていた。
話が終わって、手術室の扉の前で待っていると 病棟の看護師さんが走ってきて中に入っていった。 すぐそこにストレッチャーが見える。頭を少し上げて、看護師さんが 来るのを見ていた息子。私たちにも気づいたようだった。 ほどなく出てきて、最初の言葉は 「管、ついてないんだって」 尿道に管を入れたままじゃなかったのが、嬉しかったらしい。 元気そうでほっとした。
病室に着くと、3人の看護師さんが、ストレッチャーからベッドに 移してくれて、血圧、脈、酸素の量などをチェック。 20分おきに、チェックしに来た。
安定しているのを見て、ダンナと娘には帰ってもらった。 まだ、本来の面会の時間ではないし、病室に居ても やることもないだろうし(笑)
息子は、安静に横になってるけど、眠気は全然ないらしく、 持ってきたiPodシャッフルで音楽を聴いていた。 頭が痛いと言っていたときもあったけど、だんだん良くなってきていた。
ベッド上で、一度おしっこをすると言ったので 横向きになって、尿瓶で私がとってやった。
昼過ぎになって、水も少しずつ飲み始めてOK。 起きてトイレに行ってもよいということで 看護師さんがトイレ内で尿をとる方法(機械があって、そこに入れると 自分の尿の量が計測される)を教えてくれた。 息子は一人でやっていたらしいが、出てくるのを待っていたら 点滴を下げている棒をガラガラ押しながら出てきたけど 「気持ちが悪い」と冷や汗をかいている。 看護師さんがすぐ来てくれて、病室で様子を見ていたが 貧血をおこしたようだった。血圧は大丈夫だったので、 またしばらく安静に。
午後2時頃先生が回診に来て、貧血を起こしたんだったら すこしベッドで大人しくしてようか、と。 夕飯は食べてOK。
夕方になるにつれて、元気を取り戻し 何度かトイレにも歩いて行ったが、大丈夫だった。 おしっこをする時の痛みも、だんだん軽くなって きたとのこと。 夕飯も、キライなおかずを除いて全部食べた。 キライなのはタケノコだったので、消化にもよくない 気がしたので、まぁ、残してもよいということにした。 私は、売店で買っておいたおにぎりと、サンドイッチを 夕飯にした。 夕飯後から、処方された飲み薬(ケフラール)を飲む。 これは一週間飲む。
点滴が、夜中に終わるので、その時に看護師さんが 針をはずしにくるという。それが気になって、 私は寝付けなかった。 息子は、消灯して10時くらいには眠った。
付き添いベッドで、横になってじーっとしていたが やっぱり寝られない私。
点滴が終わりそうになったのは、夜中の2時頃で、 看護師さんは部屋の電気はつけず、廊下の明るさで そっと手の甲に刺さっていた点滴をはずしてくれた。 抜く瞬間、息子がパっと目を開いて、手を動かしたため プシュっと血が飛んだようだけど、すぐに脱脂綿でとめてくれて 息子はまた、すぐに眠った。 看護師さんにお礼を言って、私もやっと寝ることが出来た。
ハっと目が覚めたら、6時だった。 ナースセンターから、看護師さんたちの声がする。 泌尿器科で老人が多いので、朝からトイレに行く人も多く 点滴をガラガラ押していく音がする。
さぁ、退院だ。
前日に、病院の入院担当の方から連絡があり 小児科病棟で水疱瘡が発生したと言われた。
うちは、付き添いを希望していたため、付き添いOKな 小児科病棟を第一希望にしていたのだけど、 息子は、水疱瘡は実際にはやってなくて、 予防注射をしてたので、免疫が残っているかどうか わからなかった。 お金はかかるけど、一般病棟の個室ということになった。
朝10時過ぎに、入院手続きの係りへ。 手続きは7人待ち。呼ばれて書類に記入などをして すこし待っていると、病棟の看護師さんが迎えに来てくれた。
個室は、ナースステーションのまん前! 声はかけやすいけど、きっとうるさいんだろうな、、と そこで覚悟した。
血圧や脈拍、熱などを測って、あとは お昼になった。病室まで、持ってきてくれる。 そのかわり、片付けるときは自分で持っていく。
和食メニューだったけど、息子は美味しいって 食べていた。ふりかけは持参した。
娘が、荷物持ちで一緒に来てくれていたので 売店に、私たちが食べるものを買いに行ってもらった。 地下にスターバックスがあるので、 スコーンやクッキーも買ってきていた。 娘は13時頃に帰宅。
入院前に、何も聞いてなかったのだけど 浴衣とT字帯が必要だと看護師さんに言われ、 売店に買いに行った。お風呂も入るそうなので ボディーソープとシャンプーの小さいのと、バスタオルも 買った。あらかじめわかっていれば、用意していったのになぁ。
15時頃、息子は入浴。全身サッパリ。
その後、手術室の看護師さん♂、手術を担当するお医者さん2人、 麻酔科のお医者さんが、それぞれ手術の説明に来た。 流れを話してくれて、質問に答えてくれたり。 麻酔科の先生が、人工呼吸器をつけるとか、管をはずすときは 苦しいかもしれないけど、麻酔でボーっとしているから あとから聞くと、覚えていない人がほとんどだとか言うので 私もちょっと不安になった・・・。 (結果的には、人工呼吸器はつけなかったそうだ)
息子は、手術の後はしばらく安静に寝ていることを 聞いて、尿道に管を入れたままで、しばらく過ごすのかと思い 抜くときが痛いので、それがイヤだと言っていたけど、 それも、実際にはつけなくてよかった。 手術室に入ることの恐怖心というより、手術後は おしっこをするとき、痛みがあるとか、そういう他の痛み のことが、イヤで仕方なかったらしい。
18時に夕食。これも美味しくて完食。 私は買っておいたサンドイッチを食べた。
本を読んだり、TVを見たり、絵を描いたりして過ごし、 21時に消灯。部屋が暑くて、寝苦しいこともあって 22時半くらいに、やっと眠りについた。 手術のために夜中0時以降は、水、飲食は禁止。 特に下剤を飲んだり、浣腸などは、しなくてOKだった。
ナースステーションからの声や音、歩いている音などで 私もなかなか寝付けず。 ただ、付き添い用の小さなベッドで、横になって過ごしていた。 0時過ぎにやっと寝付いたのだが、なにかと音がするたびに 2時間おきくらいに目が覚めた。 朝は6時に起きて、ベッドを片付けたりしていると、 6時半くらいに息子も起きた。 7時から、手術のために準備することがあったので ちょうどいい時間だった。
寝て過ごしました(涙)
30日まで、仕事があったのですが お客さんに対応しながら、店の大掃除も同時進行 ということでした。
店長は、棚卸もしなければならず・・ 思った以上にお客さんも来るので、掃除も思ったように 進まなかったため、次第に不機嫌に。
要領が悪いというようなことを、 私ともう一人の子に対して、聞こえよがしに 他の子に言っているのです。 直接、こうしてほしいと言えばいいのに、 その嫌な性格はなんなのだろう?
店は4時くらいに閉めて、その後残った掃除。 最初は5時に終わりと聞いていたのに、なかなか 帰っていいと言わない。自分は店内の事務所で パソコンに向かっている。 やることもなくなったバイトたちも、さぁ、どうしたもんかと。 結局、休憩も貰えずに5時間半働きました。 この日、出張から帰ってくるというダンナの方が 私より先に帰ってきていました。
翌日の大晦日。 起きたら、肩と首がとっても痛くて硬い・・。 でも、ダンナは自分のバイクの掃除しかしない。 (家のことは、私がやって当たり前なのか??) 買い物に行ったり、夕飯を作ったりして、夜はゆっくり TVを見ようと思ったら、体に異変が。 ブルブルと寒気がきて、熱が出てきました。 すぐに寝たのだけど、夜中に39度。
結局、元旦も1日寝ていて、お呼ばれしていた義妹宅には 3人で行ってもらいました。 2日は熱は下がってきたけど、まだ起き上がれなくて 夜になって、やっとどうにか。 ただ、胃も痛いし、食べると下痢をするし、、で 内蔵が疲れているかんじがするので、ヨーグルトくらいしか 食べられませんでした。 3日は、胃腸はまだダメですが、近所へは 外出できました。
たくさん睡眠は取れたけど、体は辛かった このお正月です。
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