明日で母が亡くなって1週間。 告別式のあとに、初七日の法要、精進落としまで済ませましたので 今日は特にやることはないけど、実家に行ってお線香を あげてきました。
妹は、まだ母の物をあれこれ整理する気にはなれないようだし、 どこになにがあるのか、(例えばお客さん用スリッパとか) わからないようですが、あえてガサゴソ探さないでおきました。 そのうち、妹がちょっとずつ整理していって、自分のやりやすい ように変えていくでしょう。
もともと、父と合わない妹なので、父に対しても キツイ言い方をしている時があって、気にかかるんですが・・・ 父は反論しないので(母からも言われっぱなしだった(-_-;)) ちょっと可哀相。。。 救急車が通る音がしたら 「あの音を聞くと、嫌なカンジがする」と言っていました。 生命保険の書類を書いたり、銀行口座の名義変更だとか やることはあるんだけど、休みに入ってしまっているから 動けないですね。
明々後日に、又行って来る予定です。
終業式でした。 子供たちが帰ってくるのを、家で家事をしながら 待っていました。
病院に通っていた間、息子が帰って来ても 居ないという毎日だったので 私が居ることが嬉しそうです。 そんな生活を、母が入院している間は 送るんだと思っていましたが、それはかわいそうって 母も思ったのかな。
気管切開の話が出た翌日に、いきなり意識を戻し、 しきりに何か言いたがっていたけど、声が出せないから 私たちには伝わらなかった。 字を書きたいと言っていたけど、止められたので 書かせなかった。 もし書かせていたら、なんて書いたんだろう・・・ 妹は、こっそり書かせてやればよかったと後悔してました。 書かせても、字にならなかったかもしれないし 書いている内容がおかしかったかもしれないし、 それを目のあたりにしたら、ショックなわけで。 私は「呼吸器はずして」って言いたかったのかな・・・って。 植物人間は嫌だって言ってましたからね。 実家のとなりが、国立の神経センターで、もし気管切開して 新しい病院に移れといわれたら、そこでも入るのかなって 思っていました。 それが嫌だから、逝ってしまったのかしら・・・
でも、色々考えても仕方ないことですね。 まだやるべきことは残っているし、寂しくなってしまった 父や妹を、今後どうやって励ましていけばいいか 考えなくてはいけません。
12/24 午前3時4分逝去 12/26 通夜 12/27 告別式
この3日間はダンナが居てくれたので気が楽でした。 昨夜は私の帰宅が19時半になってしまったので、近所の焼肉屋さんで 夕飯を食べました。 今日は昼間の面会だけ行ってきます。
出かける前に書きました。
そして、面会した後の様子は、掲示板に 書いたんですけど・・
信じられなかった。 今日も、又、コミュニケーション取れると いいんだけど。
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で、面会してきました。
父と妹が、最初の面会をしてて ちょっと様子も聞いたのですが、私は 5時半からの面会へ。 父と妹も病院で時間つぶして待ってました。
ICUに入ると、縛られていた手足を取ってもらってて 体を横にして、手を上げたり下げたりしてました。 (自分で体操してたのか??) 最初に妹がそばに行たら、母が手でいろいろ説明 しようとしているんだけど、それが何を言いたいのか わからない。 「字を書いて説明したいの?」って聞くと、そうだと言う。 でも、看護婦さんに止められました。まだ疲れちゃうからって。
私は、息子の名前を言って「わかる?」って聞くと 「うんうん」とうなずきました。 ドラムの発表会を見てきたよと報告して、息子が図工の 時間に描いたカメの絵を見せました。 あんまり上手じゃないみたいだけどって言うと 呼吸器くわえた口でニヤって笑いました。
「この病院の場所、知ってた?」と聞くと、「知らない」 と顔をふる。地図を見せて、最寄り駅や、ここからバスだよ・・ 実家から近いから安心してってことを伝えたら、 「ふ〜ん」というような顔をしてました。 実家のあたりでは、あまり馴染みのない病院でしたので。 でも、とっても大きい病院だからって説明しました。
1週間、何も食べてないんだよね・・ 呼吸器がはずれて、ちゃんと自分で呼吸ができるんだったら ゴハンも食べられるようになるね。 主治医がこの2日お休みで、当直の医師しかいなかったので 呼吸器もはずせてないけど、明日は先生来るかしら。 病状のお話を、聞きたい。
何が起こるかわからないですね。
私が妹から母が倒れた時のことを聞いてから ずっと思っていたことがありました。 息ができなかったらしい(チアノーゼ状態)ので 担ぎ込まれて肺が真っ白だったってことは・・・脳は・・・
今日で1週間です。
昨日、主治医から話がありました。 呼吸器をはずすために、管を抜いてみたそうです。 しかし、すぐにチアノーゼになり、たんも出せない状態に。 仕方なく、また管を入れなおしたと。 でも、感染のこともあって、いつまでも喉に管を 入れるわけにはいかないんだそうです。
気管切開の承諾を欲しいということでした。 しかも、普通空ける位置にある甲状腺に腫瘍があり そこをはずしてあけるので、首の下の位置になると。 それも微妙のようですが・・
命を取り留めたことは、私たちからすればよかったのですが 本人にとってどうだったんだろうと。 前から「植物状態のまま生きていくことは、私だったら嫌」って 言っていたのを、父も妹も聞いていたわけですから。
でも、先生からこのままだったら、たんが詰まって 死にますって言われたら、なにか処置してやるしかないと 思います。
息が出来なくなった原因は、心臓の病気だった のでしょうけど、倒れて救急隊が車での間の酸素不足が 脳にダメージを与え、今、自発呼吸ができない状態である・・ ってことでしょう。
いつまでもICUには置いておけないそうなので この状態を見てもらえる病院に、年明けにでも 移ることになると思います。 まずは、気管切開が成功するかどうかです。
面会したとき、目はうっすら開けていました。 顔を動かしたりしていました。 看護婦さんによると、やっぱり娘さんたちの声の方が 反応いいわね、、ってことでした。
ずっと気を張ってきていた妹も、とうとうブチ切れまして 「何か悪いことした?」って泣いてました。 頭がよく、字も上手で、最近は日本画に力を入れていた母でした。
土曜にICUに入ってから毎日面会に来ていた父が 風邪をひいたというので、今日は家に残りました。
昨日、ちょっと調子悪かったんですが、主治医の話が あるというので、夕方の面会時間までの2時間を 妹と、病院内で過ごして待っていたというのもあり、、 主治医の話を聞いて、さらに不安になってしまったという こともあり。
今日は来ないで休んだら?とは言っておいたんです。
私は午前中に小児科に行き、息子の薬を貰い 一度家に帰ってから、少し早めに出かけました。 妹が、先生が書いてくれた紙を見せて説明したいと 言うので、いつもより30分早く待ち合わせ。
結局、約束の時間より30分早くついたので 丸井の中を見て回ったりしてました。
妹も、イライラしてきていて心配。 父が弱気になってて、嫌みたいです。 もともと合わない2人が、2人っきりで家に いるわけでから・・
私は、子どもとの会話もあるから、まぎれている っていうことがあります。
今日面会に行ったら、昨日までやっていた人工呼吸器と 違ってました。 新たに鼻からチューブが入れられて、酸素が送られていて 口からの管からは、シュウシュウと蒸気のようなものが出ていて それは自発呼吸のようでした。
呼吸がしにくい状態を早く解明してもらって 治療してもらいたいんですが。。。。 肺の病気って、あまり知らないので これから勉強していかなきゃ。
自分がものを食べる時、母はなにも食べてないんだって 考えてしまいます。 この前、うちで子供たちと留守番をしてくれた時に 買ってくれた調味料などが台所にいくつかあって。 「あれを使って白菜を煮込んでやったら、美味しいって 食べてたから、又作ってあげなさいね」 なんて言ってたなぁ。
声を聞きたいよ。
母がICUに入ってから、毎日2時過ぎに面会に 行っています。 JRの最寄り駅で父と妹と待ち合わせ そこからバスに乗って。
面会は10分程度と決められているので 看護婦さんが着替えさせてくれた浴衣を 持ち帰り、新しいのを置いてくることと 顔を少し見てきます。
麻酔を聞かせているので、目を開けることは無いけど ぐっすり寝ていない時は、胸がハアハアしていて 体もちょっと動かしていて、苦しそうで辛いです。
私が家に帰ってくるのは夕方5時くらい。 妹は5時半からの面会時間にも少し会ってから 病院の電話でうちに電話をかけてきて容態を教えて くれてから、実家に戻ります。
今日は夕方、主治医から話があるというので 父も残りました。
どうやら心筋梗塞ではないらしい・・ (心臓の動きが良くなったそうです) 呼吸ができないというのは、肺の病気か ウィルスが入ったのかもしれないとのこと。 人より肺が小さいそうです。
人工呼吸器が取れて、自発呼吸ができて 酸素マスクくらいで済むようになれば 意識も戻せるのかな・・と思いますが。
どうか、頑張って。
父も精神的に弱いほうなので、心配ですし 張り切っていろいろやってくれている妹も心配です。 今は2人とも仕事を休んでいるけど、そのうち 再開するんだろうし。
うちの子供たちも、留守番頑張ってくれ!
土曜は息子の誕生日。 朝、九州のお義母さんから「おめでとう」と電話が来た。 その後また電話が鳴り、子どもが取った。 「○○○ちゃん(妹の名前)、おねーちゃんおねーちゃんって言ってる」
電話を替ると実家の妹が 「ママが倒れたの!意識ないの!」取り乱していた。 今から救急車で病院に行くから、父の職場に連絡をとって ほしいと。
父に電話をして、とにかく行く病院が決まるのを 待つしかないと話した。 父は職場に行ったばかりで、夜勤の日だったので 替りの人に来てもらって引継ぎをしないと出られない。
私は出かける準備をして、パソコンを立ち上げ いつでも病院の場所を調べられる状態にした。
そのうち、妹から電話が入り、病院がわかったので そこへ向かった。
父も職場を出て、いったん家に戻って保険証を持ち 病院に向かった。私の方が少し遅れて着いた。
ICUそばの家族控え室で待っていた。 しばらく待って中に入れてもらえ、少し様子を見た。 人工呼吸器をして寝ていた。 妹が、顔色は倒れた時より良くなっている ホッとしていた。 医者から簡単な説明を受け、病状を理解した。
ICUなので、家族は付き添うこともできず、 1回10分の親族だけの面会。 私のダンナや子どもたちは会えない。
まだ危険な状態ではあるけど、1日たって 肺が真っ白(酸素が無くてむくんだ状態=心不全)だったのが ずいぶんむくみは取れてきていた。 落ち着いてきて人工呼吸器がはずせれば、心臓のカテーテル検査をし、 心筋梗塞の血管が詰まっている場所を見つける。 まず心不全を治して、それから心筋梗塞の治療なのだけど もたなくて緊急を要する場合は、心不全が治らないうちにも やることがあるそうだ。
今日も午後の面会時間に行ってきます。
息子の耳鼻科通いも、今日で終了! 毎朝いっぱい出る鼻は、アレルギーだからどうしようも ないらしく。上手く付き合っていかないといけないのね・・・
で、向かいにある皮膚科に。 口にヘルペスが出来たから。
ここの先生、1人で何もかもやっていて 午後しか診療はない。 前に娘も連れてきたことがある。
今日は、うちの保険証を見ながら 「おたくの会社は・・・」と話が始まった(笑) 別に私が勤めてるわけじゃないんですがー・・・・ 息子さん(K応医学部だって)の仲良しだった子が うちのダンナの会社に入ったそうで、その時の話。 でも、先生の息子さんだったら、うちのダンナより はるかに上でしょう。
帰るときに、息子に 「いいなぁ・・ボクも君ぐらいの時に戻りたいよ。 いったい何歳違いなんだろう・・」って電卓を叩く。
「70歳違うよ・・・いいなぁ・・」って。
先生、いつまでもお元気で頑張ってね。
*今日の先生、頭にネットをかぶっていた。頭に怪我をしたときに かぶるやつ。息子が家に帰ってから「ハゲを隠すためにかぶってた」 って言った。そんなふうに見えるんだね(笑)
前の前に好きだったバンドのギタリストさんの 誕生日。 生きていれば、38歳? 亡くなった時は33歳だったから、もう5年なのね。
彼の命日も誕生日も、イベントっぽいことを やってるけど、それにはどうもついていけない・・
息子は、偶然だけど明日が生まれてくる予定日だったの。 実際は、明後日になったんだけどね。
息子が幼稚園に通っている頃、彼が亡くなって。 お葬式には行けないから、TVで中継見てたな。 たくさん、たくさん泣いた。
みんな、健康でいてください。 いつまでも、ステージ上で姿を見たいです。
気が乗らなくて、今日はエアロビ休もうかなーと 思ったけど、えいや!っと出かけた。 行ってしまえば、1時間動いて汗ダラダラで、気持ちいい。
先週、土曜のエアロビ面白いよって言ってた人が 私のすぐ前にいて、くるっと振り向いて 「来なかったじゃない!!」って言われて (えぇー?行くなんて言ってないけどなぁ・・)と思いつつ 「週に1回コースにしてるんです」って言うと 今日みたいな踏み台体操じゃないから、面白いよって。 仕事してるんでしょ?(だから週1って思ったみたい)って 言われて、「えぇ、まぁ。あと土曜は用事あること多いし 子どものこともあるし・・」
・・なんでこんなこと説明しなきゃいかんのじゃ?(笑)
終わったあと、着替えながらゆっくり話しをしている わけじゃないんだから、、ある程度自己紹介的なことが 済んでからだったら、いいと思うけどねぇ。
昨夜帰ってきました。 天気が悪かったので、着陸前30分間ほど揺れてまして 飛行機苦手なので、滑走路に着くまでは歯をくいしばってました(爆)
今日は生協の会議があったので、9時半に家を 出ました。母も一緒に電車に乗り、そのまま家に帰って いきました。どうもありがとー。
お義父さんの様子は毎日聞いていたので 実際病室で目にしても、ショックはなかったですが いつ病院から帰れるかわからない状態でいるのは 辛いだろうと思いました。
抗ガン剤投与がひとまず終われば、しばらく経過を みるので、大部屋に戻るようですが、今は個室なので とにかく暇なんでしょう。 点滴の関係で、なるべく横になっているように言われ やることがないですから。 今は薬の副作用で、食べられなくなってることも お義父さん自身としては、ショックなようです。
お義母は転ばないで歩いてくれれば、病院に行くことも 毎日の運動になっていいかもしれません。
お義父さんが仕事で忙しくしていた頃、お義母さんには 不満もあったようですが、今になって思えば あの頃が幸せだったのかもしれないって。 健康を過信してはいけない。 疲れは残さないように、無理はしないようにって 言われました。
今夜からダンナは福岡へ。 明日の午前中に主治医に会って、話を聞くそうだ。
私は明日のお昼くらいにダンナの実家の最寄り駅に 着く予定。 朝早くに家を出るけど、母が午前中のうちに 来てくれることになっている。
私たちがいなくて、子供達がオバーチャンと 留守番するのは初めてのこと。 実家にも、子供達だけで泊まった事がないのだ。 今回がいい機会になるかな。
息子には、チェックリストを作成中。 口で言っただけでは、絶対忘れてやらないからね。 ちゃんとできたら、明太子をお土産に買ってきてあげる! と約束した(笑)
お義母さんが言ってた。 「病院の食事がまずいって、お父さんったら断っちゃったの。 だから、お弁当作って持って行くことにしたわ・・」
点滴で栄養が入ってるんだから、大丈夫だとか 言い出したらしく。 そんなわがまま言う人じゃなかったのに、 病気がさせるのかしらって。
お義母さんも、午前中は自分の歯医者に行ったり 脳神経外科に行ったりして、午後にお義父さんの病院に 行くわけだけど、お義母さんも健康体ではないからね。 杖をついて歩いているけど、もし転んだら、、って思うと。
無理させてお義母さんが倒れたら困るんだけど わがまま言わないで、ちゃんと食べろってお義父さんに 言えないし(-_-;) 足首に点滴が入ってるようで、ベッドで上体を起こすと 点滴が入りにくくなるから、なるべく寝てるように 言われてるらしい。 やることないものね。。。
姪っ子たちが冬休みになれば、義妹もずっと行っているから 安心なんだけど、それまでの間、頑張って欲しいよ。
こっちにはこっちの生活があるし、長期間 行ってあげることもできなくて、申し訳ない。 今度の土曜に一泊するけど、夜は親戚のお宅で 夕飯をごちそうしてくれるとのことで、伺うことになってる。 お義母さんの妹さん一家のお宅だけど、きっとダンナの従兄弟たちも 来るんだろう。 役に立たなくてごめんなさいって謝ってこなきゃなぁ・・・
学校から帰ってきた息子が、 新○岸2丁目にある工場を探すというので 付き合った。
工場の名前と、様子を書けばいいので 働く人に聞く必要はないそうだ。
でも、息子がメモしたりしてるのを 気が付いた人は「?」って見るからね。 思わず聞きたくなっちゃった(笑)
地図に工場のある場所に丸いシールを貼る。 最高で8つまででいい。
本当は自分の住んでいる丁目にある 工場を探すということだけど、うちのところは 団地しかないからね。 先生が、新○岸2丁目を割り振ったそうだ。 でも、一緒に行ってくれる友達はいないから 私が行くハメになるのだった。
金曜の夜から義妹が九州へ。
土曜の夜、姪っ子たちと夕飯を食べに 行くことになり、サイ○リアへ。
夜は初めて来たけど、ほとんど家族連れだね。 赤ちゃんをおんぶしたお母さんが、座ったまま ダンナさんとワインを飲んでいたよ(爆)
うちの隣に来た家族は、下の子(まだ赤ちゃん)が ぐずってて、テーブルの上のものをいたずらすると 親が片付けるので「ギャーーー!!!」
泣いてても、座らせたままなんだよなぁ・・・ 抱き上げて外に出て行けばいいのに。 他も家族連れだから、気にならないのかしら。
でも、まわりの家族もみんな困った顔して 見てました。
今日は、私が試験だったので ダンナと子ども達で過ごしてもらったけど 午前中に体操にいっただけで、午後は雨なので 家に居たらしい。
ダンナのバイク、乗ってきた日に調子悪くて 近所で修理してもらってたのが、今日戻ってきた。 子ども達は見たけど、私は帰りが遅かったので 駅の駐輪場に置きに行ってしまった後だった。 ・・・興味ないけどね。後ろにも乗りたくないし(爆)
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