かっしーのつぶやき
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2006年11月29日(水) 『坂の上の雲』を読み返す

先日の『坊っちゃん』に引き続き、松山ゆかりの文学再読シリーズ。
次は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』でござります。

ってこれは文庫本で8冊もあるからしばらくかかりますですが。

冒頭、秋山兄弟や正岡子規の少年時代のくだりなぞを読んでいると、明治初期の松山の空気、松山の光みたいなものが、見てもいないのにその場にいるごとくうわーーっと入って来る感じがします。
ほんの何度かしか行ったことがないのに図々しいことこのうえない言い様ですが、そんなふうについ我がことのように語ってしまいたくなる、そういう感覚がどうしてだか生まれてしまう街なのですね、松山ってところは。

幕末流れだったり野球つながりだったり国文萌えーだったり戦艦燃えーだったり、てなわけで私にとっては一作で何度も何度もおいしい『坂の上の雲』なのでした。司馬せんせいありがとう。 


2006年11月28日(火) 『坊っちゃん』を読み直す

松山キャンプ見学に行ってみて改めて松山って面白いとこだなあと思ったので、その勢いで夏目漱石の『坊っちゃん』を読んでみました(笑)。
あれだけ「坊っちゃんスタジアム」に入り浸ってきたんですから、まあ改めて読ませていただかないと、ということで。

前回ちゃんと通して読んだのは確か中学生の時だった…と思うので、いったい何十年ぶりやら。しかも、作品の内容は文章からよりも主に昔テレビでやったアニメの「坊っちゃん」(モンキー・パンチがキャラデザインだったなあ)の記憶のほうが鮮明だったりするんですがまあそれはそれ(本当に国文科卒なのか?)。

再読してみた感想。
たいへん面白かったです。
話の構成もいいんだけど、何より文章が小気味よいのですね。
小気味いい話を、小気味いい文章で、パラッと気取らず、でも端正に書ききってある。

あー、文豪だ。
日本の近代小説、というものの歴史のごくごく最初のうちに、こんなのがあるのか。
すごいなあ…


2006年11月23日(木) 青木が羽根しょってやってくる

なんでそんなアホなことを考えたかというと、今日の神宮球場はとってもとっても寒かったからです。

いや、心の中は熱かった、東京ヤクルトスワローズの一年一度のファン感謝デーを楽しみ尽くす気まんまんでゴウゴウ燃えさかってるくらいの気持ちではあったんですが何せとにかく今日は外気温が寒かったんですよ…

プロ野球のファン感に行くのは、実に十何年ぶり(遠い目)…って昔語りを始めるとまた長くかつ痛ましくなるので詳細は省きますねハハハ。というわけで、朝もはよから外気温10度前後の曇天の下、神宮球場の外周コンクリート地面に座り込んで2時間並んで、開場して席を確保してからさらに1時間ひたすら座って待って、という荒業の中では、どうしたってココロがエマージェンシーを察知してヘンな脳内麻薬出してくるわけですよ。

どこでどうしてそんな話になったかよく覚えてないんですが、とにかく

「東京ヤクルトスワローズで、ヅカのトップスターの羽根しょって大階段を降りてくるとしたら一番似合うのは誰か」

という、宇宙であたしら限定二名しか絶対着想しないであろう世にもバカバカしい脳内シュミレーションをしてみたら、それはやはり売れ筋筆頭・青木宣親選手だろうということにええあたしら限定二名の間でそうなりました(笑)

なんでそんなキテレツなことを考えたのかは本当によくわからない…
アオキノリチカ選手は、200本安打だ盗塁王だと色々ですが、実はよく見るととても可愛らしい花のかんばせをしてらっしゃいましてですね(ヒゲ生やしてますけど)。ただ美形なだけってんじゃなくて、ちょっとこう、なんともいえない愛嬌、というかこう老若男女問わず見る人おしなべてちょっとドキッとしてしまうような、なんともいえない華がある顔なんですよね。スターオーラ出てる、とかよく言いますけど、ほんとそんな感じでですね、よーく見てると、実際そのお花の咲かせようはプロ野球選手としてはけっこう異様なレベルなのではないだろうかと素で愕然としてしまう瞬間なんかがちょくちょくありましてですね。

だからだと思うんですがどうしてもヅカ系イリュージョンが止まりませんでしてね。

「フィナーレの最後に大階段を降りてくる背負い羽根のアオキノリチカ」
「銀橋の端でくるりと振り向き客席にウィンクをかますアオキノリチカ」
「タキシードを着くずしてこれ見よがしにボレロを踊るアオキノリチカ」

とかtimutaんといろいろ提案しあってたら笑いが止まらなくなりましたよ。

しまいには「青木には真矢みき系石田ショーor三木ショーあたりがもんのすげえ似合うに違いない」「アキラやってほしいアキラ」とまで口走り、こんなこと考えてるのはこの広い宇宙で絶対あたしら二人だけだよ!と自分で自分のアタマの腐れっぷりに呆れながら、それでも笑いが止まりませんでしたともええ。

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まあそんなアホな話をしつつも眼前では東京ヤクルトスワローズのファン感謝デーが進行していたわけですが。
磯山さやか@球団公認女子マネが今日を最後に女子マネ卒業、ということで涙声でスピーチをしたときには胸がきゅーっとしました。いそっち、君は顔もカラダも可愛かったけどなんてったって野球を愛するココロの美しい人だった。うちらだけの女子マネじゃなくなっちゃうのは残念だけど、これからはスポーツフリーク☆磯山さやかとして、広い世界でもっともっと大活躍して下さい。がんばれ!茨城県鉾田出身!

…というような純真モードは実はここ一点だけに限られていてですね。

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今日はもうなんたってアレでしょう。

ヨネノリでしょうヨネノリ!

壇上トークでは並んで座らされるしゲームでは同じ黄色組だし、もう時間内ほとんど彼らだけガン見していたと言っても過言ではない。(ごめんね宮出さん)
自慢じゃないけど私の双眼鏡は東郷平八郎も三笠艦橋から敵艦観察に使っていたというカール・ツァイスの8倍、どんな遠くの微細な動きも見逃しませんのことよ。

というわけで、本日のメイン議題(笑)、青木選手と米野選手のリップクリーム共用の件。
(timutaんの12/2付け日記も参照して下され)
あまりのことに彼女も不安になっておるようですが、私も同じ情景を見ましたので決して寒さが脳に回った挙句の外苑イリュージョンではなかったと思います、…たぶん。

ことの次第を申し上げますとですね。

ファン感謝デー開催中、グラウンド上でのイベントに出てない選手達が、自分たちの席でヒマを持て余してなにやら賑やかに談笑中のこと。薬用リップクリームのスティックを小道具に誰かの物まねをして笑いを取っていたと思しき青木選手が、ケラケラ笑いながら最後にそのリップクリームをくりくり繰り出しくるーんと自分で使い、またくりくりとフタをして向かいに座っていた米野選手に手渡したわけです。で、手渡された米野選手がどこかにしまうのかな、と思いきや、米野選手はそのリップのフタをまた取ってくりくり繰り出し、そのまんま同じようにくるーんと自分でも使ってから、くりくりフタして自分の左ポケットに。そして何事もなかったように選手達の談笑は続き。

…えー…
あたし個人の感覚としては、リップクリームの共用ってのは、相当仲のいい友達同士とじゃないと出来ないと思うんですが。
…えー…
それとも何でしょうか体育会系若年男子の間ではリップクリームの貸し借りなんてこたごくフツーのこと、いわゆる同じ釜のメシを食った仲の範疇ってことなんでしょうか。

ごめんねあたし男子じゃないからよくわかんないわあ(棒読み)
とにかく青木選手と米野選手が「相当仲がいい友達同士」だってことは、よーく判った。うん。

他にもいろんなイベントがあったと思うんですが、なんかそんなことがあったせいでその他細部の記憶はほとんど吹っ飛んでしまいましたハハハ。

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というわけで、そんな腐れた頭のままでファン感は終了。

その後、ファンサービス企画として神宮球場のグラウンドが開放されました。えんえん並んで行列は神宮の外周をぐるぐるとぐろ巻、本当にこの行列は球場にたどりつくのか?と不安になりつつぞろぞろ歩くこと数十分の後、果たして私たちも初めて神宮球場の人工芝の上に降り立つことができたのでした。

けっこう長くプロ野球ファンやってますが、いわゆる「野球場」の、スタンドではなくグラウンドに降り立ったのは、私にとっては正真正銘これが生まれて初めての経験でした。

あの人たちは、こんな遠いところから守るべきベースに向けてボールを投げてるのか。
あの人たちは、こんな近いところから投げられる百何十キロのボールを打ち返してるのか。

こんな当たり前のことも知らずに好き勝手言ってたんだ、今まで。

自然と頭が下がるような気がしました。野球に対しても、選手達に対しても。

そしてグラウンドから見上げる観客席は、近いようで遠いようで、とても不思議な距離感のところにありました。
知っている顔が見えればすぐわかりそうなところ、大きな声で名前を叫んだら案外届いてしまいそうなところ。
テレビ中継を見ている延長のような気持ちで観に行ってた今までが、とてももったいなく感じられました。
もっともっと、心も近いところから、応援してあげればよかった。そう思いました。

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というわけで、非常に腐れたところと非常にピュアなところをココロが行ったり来たりして、どちらにしてもかなり針が振り切れてたなって感じの、とても意義深いファン感謝デーでございました。

明日からはほんとの、ほんとうのオフシーズンです。

さみしーーーー。


2006年11月12日(日) 相変らず空の底が突き抜けたような天気だ

という標題は同じく夏目漱石の『坊っちゃん』の中の文章から。
東京から松山に来た新任教師の「坊っちゃん」が初めて迎えた、松山の朝の空の描写。

今日の日中は、本当にこの一文通りの松山の空でした。

●空の底が突き抜けたような

朝方こそ昨日の荒れた天気の名残の雲がまだ若干残っていましたが、日が高くなるにつれ空は高く高く晴れ上がりました。ただでさえ松山の空気はきれいなのに、昨夕の嵐によってさらに拭い去ったように澄んだ空気を通して坊っちゃんスタジアムに降り注ぐ陽射しは、まぶしいを通り越してまさに矢のように強く、痛いほど。11月の陽射しですらこれほどなら、真夏の日盛りの頃の陽射しにいたってはいったいどれほど強く降り注ぐことでしょう。この土地の人も風物も、みんなこの苛烈な自然の中で育まれてきたものなのだなあ、と改めて感慨深くなりつつ、もともと光線にとても弱い私は目を開けていることも苦しく、双眼鏡を覗いている時以外はずっとサングラスをかけ通しでした。


そんなヴィヴィッドな風と光の中、今日もやっぱり和気あいあいと、そしてしかるべき時はしびれるほど強く厳しく、トレーニングに励む東京ヤクルトスワローズの皆さんでありました。
練習開始してすぐくらいの捕球練習では、大きな声を出しながら明るい顔で走り回る選手のみんなが朝の光の中で本当にきらきらしていて、それをただ見ているだけでしみじみと幸せでした。

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…以下、練習の見学内容についてはtimutaんの日記がすんばらしく詳しいのでそちらをご参照下さい(おい)

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●ワンナウト一塁!

シートバッティングというものを、言葉は知っていましたが見るのは初めてでした。
シーズン中、公式戦でファンが見られる練習といえばせいぜいビジター球場でのバッティングと守備の練習くらいでしたから、実戦に近い形でのこの練習はとても興味深かったです。

選手の皆さんは本当に真剣でした。監督とのミーティング後にベンチに帰ってくる時の表情はとても引き締まった顔ばかり。こちらがスタンドに座ってのんびり見物してるのが申し訳なかった、というかもう、直視するのがちょっと怖いくらいに真剣な表情ばかりでした。プロなんだから当たり前なのだろうけど、それでもやっぱり、実際にごく間近にその姿を見ると、自然とこちらの気持ちも引き締まるような気がしました。

ベンチに入り際、ふとグラウンドを振り向いた米野選手の、その目が本当に鋭く据わっていて、驚きました。
普通にしていても眉根の深い険しい顔つきの彼のその目が更に切れ上がり、瞳はさながら研いだように澄んで見えて、ああ本当に野生の狼みたいだ、と素で思ってしまう、そんな目でした。

シーズン中、神宮球場での試合前の軽いアップ練習を見て素人目にわかることなんて、ほんのわずかのことでしかないんだとつくづく思いました。


●未来は僕等の手の中

午後の地元の子対象の少年野球教室は、ファンとしてもう至福の時間でした。

ちっちゃい身体でこけつまろびつ無我夢中で野球に向っている子供たちと、大きくなってもやっぱり野球が好きで好きで仕方がないお兄さんたちとが、青くて広い空の下、午後の金色の光の中、球場いっぱいに広がって、一つの球を追っています。
野球をやったこともない私が、それでも胸がいっぱいになるくらい、ああ野球っていいなあ、と思わずにいられないくらいの、それは何か、純粋なものだけが溢れている時間でした。


黄金の午後だ…


きっと月日は私が思うよりずっと早く過ぎ去っていくんだと思います。
今、グラウンドを走る彼らにとってはこの毎日がきっとそれぞれにかけがえのない記念日で、
今日この日も、またそのうちの大切な一日に違いないんだと思います。


● 

今回、秋季キャンプを見学して、選手の皆の本当に真摯な野球への姿勢に、とても素直に感銘を受けました。

誰もが、今日より明日、明日より明後日、日々成長するために、ただただ野球がうまくなりたくて、今日の自分を明日は超えたくて、そのことだけを考えてボールに向っているのです。
ただそれだけです。このキャンプの場には、それ以外の何もないのです。

当たり前なのだけど、そんな当たり前のことを改めてまっすぐに、見ている私の心にそのまま吹き込んでくれるような、そんな純粋なものがたくさん溢れていた秋季キャンプでした。

見に行って本当によかったと思います。

この二日間は私にとって、物理的な意味ではなく心象的な意味で選手をとても身近に感じられるようになった、そんなふうな、とても大切な時間になりました。


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【余談・松山旅行でおいしかったもの】

*行きがけに空港で買って球場で食べたみかんパン
*道後温泉から上がってキュッと飲んだ道後ビール
*道後温泉で食べた夜ごはん全て、中でも特に鰆のたたき
*ホテルの部屋でナイトキャップに食べた一六タルト
*帰りがけに空港で食べた念願の揚げたてじゃこ天

ピュアハートなふりして食べるべきものはキッチリ食べてきたのがバレバレです(笑)
あ、でも鯛めし&鯛そうめんを試せなかったのは心残りでした。<他にないのか心残り


2006年11月11日(土) 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている

という標題は夏目漱石の『坊っちゃん』の書き出しの文章。決してあたしのことじゃござんせん。あたしゃ生来無鉄砲とはとんと無縁な、石橋を叩いて叩いて罅を入らした挙句に結局渡らないという類のてんで意気地なしでござんして…
って私のヘタレな性格のことなんざどうでもいい。

さてその「坊っちゃん」の物語の舞台となった愛媛県松山市にある野球場は、その名も「坊っちゃんスタジアム」と申しまして、公式戦こそシーズンに何試合かしか行われませんが、オフには例年、東京ヤクルトスワローズが秋季キャンプを張って若手選手の鍛練の場となります。

というわけで、行ってまいりましたその松山に。
何しにって、その秋季キャンプの見物にです。ええ。

わりとかるーい気持ちで見物旅行を決めたんですが、百聞は一見に如かずというか、まあ本当にいろんな、いろーんなことがありました。


●あの人トモさんに似てたよね、ってマジ本人じゃないですか!!(驚愕)

まあ最初にまず聞いてくださいよ。
行きに乗った飛行機が、愛媛大学に講演に呼ばれて行く出張トモさんと同じ便だったですよ。

私はいつも、搭乗口を過ぎて飛行機に乗り込んで自分の席に辿り着くまでの間はあんまり人と目を合わせたくないので、基本的に目を伏せつつ進むですよ。で、一番前のあたりのスーパーシートプレミアム席のあたりを歩いていた時のこと。スーパーシート(=席代が高い、電車で言えばグリーン車みたいなもん)ですから、座席自体がソファみたいに広いんですね。で、ふと目に入ったシートに座っている女性らしき人の身体が、視界に入っただけで一瞬ギョッとするくらいに細かったんです。広いスーパーシートの座面上のスペースが余りに余りまくっているんですね。で、うっわあ、細い人だなあ、見れば手足も長いし指も細くて長いし、きっとモデルさんとか芸能人さんに違いない、と思ってちょっと興味を引かれてその顔を見てしまったんですよ。そしたら。

…と、トモさん?

そのほっそい身体の上にあるその顔、そのあたりを払う仏頂面、もといシャープなお顔は、吉原知子さん?

なんせ席の脇を通りすがりの一瞬の出来事でしたから振り返ってしげしげ見るわけにもいかず、確認のしようもなく自分の席につきました。


●しかも機内放送では宝塚特集、これぞまさにスカイステージ(笑)

トモさんに似てた人いたよねえ、いたいた!本人かなあ、まさかねえ、などとtimutaんと話しているうちに飛行機は離陸。
ヒマつぶしに音楽でも聴こうとヘッドフォンをかけると、こともあろうに宝塚特集のチャンネルが…(ガクリ)。

何だかこうも偶然の一致が続くとちょっと不思議な気がします。トモさん(たぶん)と同機でご一緒する空の旅のBGMが宝塚特集だなんて、ベルばらとかエリザを聴きながらだなんて、私にとってはもはや作為的なまでの出来すぎ感があるわけですが、でも本当に、本当にただ単なる偶然で起こった事なわけで…。
不思議なことが、ある時はあるもんです。


●着いた松山でまたもやトモさんに遭遇

到着した松山空港でお手洗いに寄ったらまたもやそこでトモさんに遭遇…
お手洗いの行列に並んで待っていたら、目の前の個室のドアを開けて出てきたのがトモさんご本人でした罠。

なんというかアレですな、あんまり思い入れのある人にあんまり突然遭遇してしまうと、もう何もできないというか完全に固まってしまって思考停止に陥りますな。って空港のお手洗いで声かけられてもトモさんも困るだろうからそれはそれでよかったんだけれども。
トモさんはやっぱりあたりを払うシャープな顔つきのままお手洗いを出ていかれました。


というわけで、東京ヤクルトスワローズの秋キャンプを見に来たはずなのにのっけからこんな別ラインのサプライズ盛り沢山状態で、いったい私らはこれからどんな心持ちで一日を過ごしたらええがじゃー、とややテンパりつつ、坊っちゃんスタジアムへと向いました。


●子供の心はいつも純真

天気はあいにくの雨。スワローズの本日の練習は基本的に室内練習場で行われるようでした。
室内練習場、窓ガラス越しに覗けることは覗ける(別に規制はされていない)んですが、窓ガラスに外光が反射してしまって普通に見たんでは何も見えません。手をかざしたりして影を作ると、その部分だけ透けてかろうじて中の様子が見えます。中からどんな風に見えるか考えるとけっこうはずかしい。ででででも、朝もはよから飛行機に乗って松山にまで来て、これが覗かずにいらりょうか!

不審者のように窓ガラスにはりついて中を覗いていると、隣に小学中学年くらいの男の子ふたりが来ました。
中の選手達はウォーミングアップのためのダッシュ中。
それを見ていた男の子達の会話が面白かったので再現します。
(元は地元の言葉でしたが再現できないので翻訳)

A君「青木、いないかなー、青木」
B君「あれ青木じゃないか?あの真ん中の列で走ってる、白い服の」
A君「えー?青木があんなに遅いわけないじゃん!!」


いえいえその真ん中の列で今走ってた白い服の人は確かに青木選手、セ界の盗塁王・アオキーノリチカー様です。
一瞬私の中で、子供の夢を壊してはいけないという考えと子供にこそ真実を見る目を養ってもらいたいという考えが対立しましたが、結局、後者の立場を選びました(笑)

私 「あの真ん中の列の白い服の人が青木だよ」
A君「えーっ!?あれ青木?」
B君「ホラ見ろ、だから言ったじゃないか、そうだよね!あれ青木だよね!」
私 「うん、あれが青木」
A君「そっかー…あれ青木なんだあ…」

…いやそのだから今はタイム計って全力疾走しているわけじゃなくて練習前のランニングみたいなことをやってるわけだからみんなそんなに速く走ってないのよ。

というような大人の事情はおかまいなしに、きっとそのA君の心の中で、ヤクルトの青木選手といえばいつだってその踵に羽が生えているが如く、さながら鬼神のように迅く地を駆ってゆくイメージとともに存在しているのでしょう。

子供の心はいつだってヒーローの一番かっこいい姿を追い求めてやまないものなのですな。言い換えれば、「自分が一番好きな人」はいつでもどこでも、一番抜きん出てかっこいい存在であってほしいのでしょうな。

「青木からサインもらうの難しいだろうな、人気あるからな…」と言い合いながら練習場の玄関へ向かう少年二人の後姿を見送りながら、何だかちょっとほのぼのしてしまった私でした。


●陽射しキラキラ思わずクラクラ

つかクラクラしたのは陽射しの眩しさ以上に選手のカッコ良さに目が眩んだからなんですが。

捕手陣が室内練習場脇のブルペンに移動したよー、と斥候のtimutaんから連絡が入り、急いで現場(笑)へ。
おお、これがブルペン…。一応金網で仕切られてはいるけど、もうお客さんがぶり寄り状態ですな。
しかも一番手前に構えているのはtimutaんご推奨の米野選手じゃないですか。
この子の、マスク越しの目というのがもう、とんでもなくカッコイイのなんのって…

などと思いつつ見物しているうちに、さっきまで雨模様だったの雲がにわかに切れたかと思うと、さあっと音を立てんばかりのけざやかさで、明るく澄んだ日光が差してきました。

いやー。
キラキラの光の中で間近に見る米野選手は、なんというかもうキラキラMAX・縁取りハイライト処理、みたいに見えて、なんだかもうお姉さんは素で昏倒しかけましたよ。

ああ、本当に松山まで来たかいがあった… 来てよかった…(感無量)


●はるかに見える背番号、#43が遠く浮かんでる

午前中は閉鎖されていた坊っちゃんスタジアムが開いたので、喜び勇んで入ったはいいものの、グラウンドは昨夜来の雨ですっかりぬかるみ状態。あちこちに出来ている大きな水溜りを、スタッフの方々がひとつひとつぞうきんで水吸い取り作業中でした。本当に人力。頭が下がります…

しばらくそのグラウンド整備の様子を眺めていましたが、一向に選手は現れず。
やがて様子を見に行ったtimutaんから緊急連絡が。
「マドンナだよー!ここから宮出さんの背番号が見えるー!」

…いくら隣同士の球場とは言え、マドンナスタジアムで練習してるのが坊っちゃんスタジアムの中からでも判別できる宮出選手の背番号の可読性(=背の高さ)って一体。


●未来は僕等の手の中

というわけで大急ぎでサブ球場であるマドンナスタジアムに移動。
はからずも、特守に臨む宮出選手を見ることができました。

投手から外野手にコンバート、そして来季はさらに内野にコンバートの予定らしい宮出選手は、ただいま不慣れな守備フォームに果敢にトライ中なのでした。
日本人野手最長身、190センチ超のその体躯、長い長いその脚を屈めて、コーチの投げる球を右に左に。
あの姿勢であの動き、見ているだけでこちらの足腰がみしみしいってきそうなキツさです。
まだまだ!という感じでコーチが投げ続ける球に、宮出さんも「うぉーーっ!」「あ”−−っ!」と奇声を(すみません)発しつつも負けじとくらいついていきます。

右に左に何十球、何百球、やがてその練習が終わるや、うひゃあ、というような顔で土のグラウンドに寝転がる宮出選手。
帽子も被っていない頭がそのまま湿った地面の土についちゃってましたが、もうそれに構う余力もない。きっと、後になって自分の頭からパラパラ土が落ちてくるのに気付いて初めて、ああそういえばさっき土に寝転がったな、なんて思い至ったりするんだろうな。
そんな彼の、なんの飾りもない仕草を見ていて、うまく言えないけど、とても胸を打たれました。

シーズンが終わって、秋になって、今また「何もない素な自分」に戻った状態で、こんな、極限まで筋肉をいじめて壊してその上にまた新しく作ろうとするような厳しいトレーニングに、こんなにも無心に打ち込んでる、彼だけじゃない、ここにいる選手は、みんな。

何のためだろ、って、本当にただただ、野球がもっと上手くなりたい、今の自分を超えたい、ってそれだけなんですよね。

他になんにもない、今この球場の中には、それ以外になんにもない。

シンプルで真っ直ぐで、そういう所に立って生きている人たちを、私は今こうして見ている。
ただそれだけで、何でこんなに感動するんだろう。

何だか不思議な感覚でした。

宮出選手がマドンナスタジアムを去った後も、投手陣の何人かがグラウンドの外を走っていました。タイムを計って、何度も走ります。黙々と、でも果敢に、何かに挑むような静かな表情で。
夕闇迫るマドンナスタジアムは、もう見物客もまばらです。ただただ、走る選手の足音と息だけが静かに響きつづけます。

走り終わった彼らに拍手をするのも何か変な気がして、結局何も言えずに、後姿をただ見送るしかできませんでした。


●にきたつに船乗りせむと月待てば

その後、突然の豪雨に襲われ寒風に晒され、吹きさらしのスタジアム袖で四国の自然の苛烈さをしみじみと思い知り、寒さに震えながらホテルへ帰着。なんせ一日ほとんど立っているか硬くて冷たいベンチに半座りしているかのどちらかだったので、ホテルの部屋に入りベッドに座ったらその暖かさと柔らかさに思わず「うへえええーーー」と声が出てしまいましたよハイ。
雨に打たれ風に吹かれで冷え切ったこの心身を温めるにはもう、とにかくこれは温泉に入れということだ!
というわけで向かったのは俄然当然、道後温泉本館。

最初はホテル近くの駅で路面電車を待っていたんですが、とにかくもう風が強くて寒くて寒くて、このまま吹き晒されていたのでは間違いなく二人とも風邪を引くと判断し、背に腹は変えられぬとお堀端でタクシーを拾いました。

さて、道後は二度目ですが、いわゆる道後温泉本館に入るのは初めてでした。
おおこれが夏目漱石先生も愛した道後の湯、…などと感興に浸っている余裕は実はまったくなくてもうとにかく風呂だ風呂だ風呂だ!ってなイキオイで人込みにもめげず湯気でけむる大きな湯船に、ざぶん!

ぅぁあああああっっっったかあぁぁぁーーーーーいいぃぃぃぃーーーーー(溶)

さすがは額田王も歌に詠んだ道後温泉、夏目漱石も松山でここだけは許す(ヒドイ)と書いた道後温泉、有無を言わさぬ勢いでお湯の気のようなものがじわじわじわじわ心に身体に沁みこんできて、万葉の時代から名湯と名高い道後温泉の底力をイヤというほど感じましたのでした。

温泉から出て飲んだ道後ビールの、そして食事の、ああ、なんとおいしかったことよ…


てなわけで、今日はなんだかもういろんなことがありすぎて、思い出すとふと素に返ってあんまり不思議で笑いがこみ上げてきてしまうような、長い一日でした。
なんて日だ、なんて一日だったんだ、などと呟きながら、夢路へついた私らなのでした。


2006年11月05日(日) 野球好きのDNA

祖父の七回忌。
昨日の雨も上がって、朝からいいお天気。田舎の菩提寺の境内はしっとりきらきら秋らしい気配。

とは言えうちの菩提寺の現在の住職はお経も梵字も檀家あしらいもヘタレな跡取り若造坊主なので、まあ本当にさっぱりと有り難さの微塵も感じられないままあっというまに読経終了。
「ははは、今回も本当にお経が短かったねえ」
と親戚一同呆れながら(いつものことなのでもう慣れている)、お寺を後にして会食へ。

持参した祖父の写真を上座に置いて、みんなで賑やかに何故か中華料理。
祖父が亡くなった時にはまだふやふや幼児だった甥っ子1号はもう9才、従弟と弟をしたがえていっぱしな口を利く男の子になりました。会食中、彼と従弟くんの男の子2人は何がそんなに楽しいのか終始ハイテンションでいやもううるさいうるさい、これに数年後には今はまだ赤ちゃんの甥っ子2号も加わって男の子合計三人が駆け回ることになるわけで、いやはやどんなことになるのやら。

どう思うよおじいちゃん、と祖父の遺影をしばらくぶりにしげしげ見ました。

祖父はその昔、今で言うなら実業団野球で内野手をやっていた人でしたが、実子が二人とも女の子だったためか、自らの係累に野球についての何かを伝えることは一切しなかった人でした。内孫&外孫に男の子は出たけれど、それぞれの婿への遠慮からかその子達に自分から野球を教えることもありませんでした。子供の頃は不思議にも思わなかったけれど、考えてみればうちの実家には、バットもグローブも縫い目のあるボールもまったく無かったと思います。
今思うと不思議です。
どうしておじいちゃんは、家では野球の話を全然しなかったんだろう。
本人の気質もあっただろうし、その真意は今となっては誰にもわかりません。

一度だけ、本当に一度だけ実家の狭い庭で、私も含む兄弟従弟で三角ベースの真似事のようなことをして遊んでいた時、近くで祖父が見ていたことがありました。
棒っきれとゴムボールの三角ベースに過ぎませんでしたが、でもその時、棒っきれにボールが素直に当たると素直に遠くまで飛んでいくその感覚が気持ちよくて、「打つ側」に回るのがとても楽しかったことを覚えています。
祖父は明治生まれの男でしたから、女の子が野球をやるなんて考えたこともなかったろうと思います。
あの時、女孫の私がぱかんぱかんと棒っきれを振り回しているのを彼はどんな目で見ていたんだろう。
そんなことを、ふと思うことがあります。

どう思うよおじいちゃん、こんどの代は男の子三人だよ。
野球教えてあげたいのかな。それとも、あたしたちにそうだったように、黙って選ぶ道を見ているのかな。

おじいちゃん、おじいちゃんの野球好きのDNAはちょっと曲がってあたしの中に伝わったみたいだよ。自分じゃ野球はしないけど、何を思ったか今は東京の球団なんかけっこう熱心に応援したりしてるよ。野球のルールにも詳しくなったよ。今度、日本に初めて野球を紹介した正岡子規って人の故郷にある野球場へ、あたしの応援してるチームの秋季キャンプを見に行ったりするんだよ。

せめて聴いておけばよかったね、おじいちゃんのごひいき球団が本当はどこだったのかくらい。

何も言わないで行っちゃったおじいちゃんも、ちょっとかっこいいと思うけど、さ。


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