かっしーのつぶやき
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2005年09月24日(土) 旅人のうた

トモさんの新聞記事(9月22日付東京新聞夕刊コラムby吉井妙子氏)の内容を教えてもらった。
なんてことだろう、なんて人だろう、吉原知子って人は。
そう思って痺れたようになっていたら、突然、心がこの歌を思い出した。泣きそうになった。


  あの愛は消えてもまだ夢は消えない
  君よ歌ってくれ僕に歌ってくれ
  忘れない忘れないものも ここにあるよと

                      (Song by 中島みゆき「旅人のうた」)


2005年09月20日(火) 兄弟船

ザンキ&トドロキで♪銀河銀河烈風〜、烈!なのらー!<ヤケ

止まらないぜハニハニ!
風を裂いてぶっちぎる、俺たちゃ〜雷電激震〜♪<もうふらふら


…とメールの一節に書き付けてあったあたり、いかに今の自分が文字通り仕事に忙殺されているかが窺えるような気がする今日この頃…

だって山形ユキオの歌声はなんとなくザンキさんに似通うような気がするのよ!
銀河烈風バクシンガーのOPイントロ部分のナレーション、あれをザンキさんの声で聞いてみたいわけよ!
あの
「今も世の中荒れ放題、ボヤボヤしてると後ろからバッサリだ…! どっちも、どっちも … どっちもどっちも!」
ってヤツをですよ、わーん!

ところで、
「ねーねー、バクシンガーのオープニングって、ザンキ&トドロキだよね!エレキギターだしね!」
とtimutaんに主張したら、
「どっちも基本的に “ 兄弟船 ” みたいなところがね」
と返されて思わず絶句してしまったです。

きょ、兄弟船…。 俺とアニキのよぉ〜、夢のゆりかごさぁ〜、…って、でも、確かに…(遠い目)


2005年09月19日(月) 僕たちには、ヒーローがいる。

目下最大のミッションであった、『魔法戦隊マジレンジャー THE MOVIE インフェルシアの花嫁』&『劇場版 仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼』、を観て来ました。

『魔法戦隊マジレンジャー THE MOVIE インフェルシアの花嫁』は、もう、まっすぐに楽しかったです。
基本的に子供向けで上映時間が正味40分足らずということから考えれば、素晴らしく良く出来たまっとうな娯楽映画だったと思います。
とてもタイトに良く出来た構成の映画なので全編これ名場面ってイキオイなんですが、特に前半、5人が天空聖界マジトピアに登っていってそれぞれのエレメントの天空聖者様たちと逢う場面が、もー、もんのすごい感動的でした。なにがすごいって、その場面でバックにかかる曲「Song For Magitopia」がすごい。なんたってこれ、「水木一郎・串田アキラ・影山ヒロノブ揃い踏み歌唱」による荘厳なまでの「ヒーロー賛歌」、なんですよ!その曲に乗せて、美しいCGとともに伝説の天空聖者との邂逅の場面が描かれるわけで…も、もう既にそのあたりで心の中のピュアな部分にぎゅいぎゅいキてしまい号泣モードだったです私。あー、子供のころ好きだったあのヒーローもあのヒロインも、きっと今はこのマジトピアのどこかにいるんだろうなー、みたいに思って。
それからそれから。
曽我町子様キターーー!!つか、へドリアン女王様キターーー!!!
ああ、「電子戦隊デンジマン」&「太陽戦隊サンバルカン」での名悪役、美しき地獄の毒花・へドリアン女王様は、あれから四半世紀経った今、天空大聖者・マジエル様となってマジトピアを統べておいででしたか…(感涙)。魔女ベルバラ@「5年3組魔法組」も大好きでしたよう、曽我さん!もう、魔女を演らせれば当代随一の「魔女役者」、当然と言えば当然、出来上がって見ればもはや必然通り過ぎて絶対的なまでのキャスティングと申せましょう。なんというか、喩えて言うなら「久しぶりに故郷の母校を訪ねてみたら、小学校の頃のおっかない担任の先生だった女先生が、今では出世して女校長先生になっていて鷹揚に笑顔で迎えてくれた」みたいな衝撃(笑)。あっぱれマジレンジャー、このキャスティングをしたことだけでも既に素晴らしすぎる功績だ!<ヒカル先生風に

エンディングもほのぼの&賑やかで楽しかったし、もう、DVDは即買いでしょう!
思い返せばこの「戦隊シリーズ」もかのゴレンジャーから数えて30年、連綿と続いてきた、もはや日本が世界に誇る一ジャンルとなったのだな、と感無量な往年の特撮ファンの私でした。

『劇場版 仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼』は、んー、…
私的にはやりたいことは解るしその心意気は大いに買う、んだけども対世間様的にはそのままじゃダメなところが多いんだろうなー(遠い目)。
この映画は実はとってもクロサワの『七人の侍』へのリスペクトに溢れていてカメラワークとかもなかなか凝ってるんだよね、って小学生の子に説明しても解ってもらえないだろうし、というかそんな説明しなきゃ解らんように作ってしまったんではエンタテイメントとしてはダメ姿勢だと思うし…。
ただ、「そもそも仮面ライダーで時代劇ってのがムチャだったんじゃないの?」って声に対しては、私はそうは思わないです。そもそも今言う「特撮」そのものが、チャンバラ時代劇の血を濃く受けて生まれたジャンルなのだし。私は「変身忍者・嵐」も「快傑ライオン丸」も「白獅子仮面」も、もっと言うなら「魔人ハンターミツルギ」だって好きだったので、こういう世界観は大いに「アリ」だと思います。だから、『響鬼』はある意味、とても惜しい。もうちょっといろんな面で作りこむ余裕があれば、かなり面白くなった素材だろうと私は思うので。
そういや、『鬼桃太郎』(尾崎紅葉著・明治24年)の存在をヒビキのスタッフは果たして知っていたんだろうか…

『響鬼』の映画については、語り出すと長くなりそうなのでいつかまたそのうちに(笑)。
映画が終わってから、私の語る「日本のトクサツ≒石ノ森章太郎ワールドにおける、ヒーローの“内なる鬼”の精神性の系譜について」みたいなインチキサブカル論文調与太話を小一時間ガマン強く聞いてくれたtimutaんはほんとうにやさしいひとだと思います(笑)。


2005年09月18日(日) 泣きたい時はコートで泣けと

中学校の時は、女子バレー部だったけどバレーボールが大嫌いでした。
親に無理矢理やらされてたっていうこともあるけど、所属してたバレー部内の雰囲気がかなり険悪で。「こんな雰囲気悪かったら試合に勝てるわけない」、と思ってたし実際弱かったし、思ったほど身長が伸びなかったのをかえって幸いに高校からはスッパリとバレーボールと縁を切ってしまいました。

それなのに、なぜでしょうね。
あれほどバレーボールなんか大嫌い、と思ってたのに、今になってまたこんなにバレーボールにハマってますよ(笑)。

私は、バレーボールってつくづくゲーム性が高いスポーツだなあ、と思います。
サーブが来て、レシーブしてトス上げて、攻撃。誰かがボールをホールドして一気にカタをつけることができない、スタンドプレーが不可能、ある意味でチームプレイの極み。
誰か一人の力だけで押し切ることが不可能だから、つむじ風みたいな不思議なパワーバランスがあちこち浮かんでは消えて、データの計算だけではどうにも読めない勝敗の分け目が突然生じたりする。
その側面、その「どうしようもなくチームプレイである」というところが、うんとイヤに思える時もあれば、そこが面白くて面白くてたまらないと思う時もある。
いつかトモさんも言っていたように、まことバレーボールとは、「奥が深い」スポーツだと思います。

…というわけで、ネット際の攻防になるといきなり我を忘れてマジ入ってしまう私でした。
そうだ、喜びも悲しみもコートの中に捨てて来い!ネットの上の空にお前を遮るものは何もない筈だ!!<なんですかいきなり


付記。
サーブ打つときに「顔が怖い」と言われました(笑)<吉原ファンにはある意味それは賛辞かと


2005年09月17日(土) 誰か故郷を想わざる

帰省して甥っ子様の小学校の運動会を見物に行きました。
彼の家は親の仕事の都合上、両親うち揃って運動会参観とはいかないので、私のよーな者でもそれなりに賑やかしにはなります。

彼はいま私の母校である小学校に通っているので、見物に行けばそこにあるのは我が懐かしの学び舎、懐かしのグラウンド。
校舎の中のお手洗いに入ったら、手洗い所の鏡の位置がびっくりするほど低くて笑ってしまいました。
タイルの色も、蛇口に掛かったレモン石鹸の匂いも全然変わってないのに、私だけがおっきくなってる。当り前だけど不思議。

さて、数々の種目の中に「PTAのお父さんお母さんによる綱引き大会」てのがありました。
しかし運動場のフィールド内に進み出たお父さんお母さん、とは、実は私と同世代の皆々様。
ふと思い立って、双眼鏡でそのPTAの皆さんの顔を覗いてみると、おお、見たことがあるような顔がちらほら。
あのひねたジャガイモみたいな眉の薄い顔は確かT君、その後ろにいるシマウマみたいな風情の顔は確かI君…
聞けば今のPTA活動やら地域の少年団の指導やらに、かつての私の同級生が「親の世代」になって立派に活躍中とのこと。あの頃、勉強嫌い・イタズラ好きのほこりだらけの悪たれ連みたいだった子たちが、大人になってこうしてちゃんと地元に根付いて次の世代を育ててるんだなあと思うと、その健やかさに目も眩む思いでした。

幼馴染のあの友この友、と唄うほどの仲良しではなかったけれど、それでも、嗚呼、誰か故郷を想わざる。


2005年09月16日(金) 船を出すのなら9月

心を亡くすと書いて忙しいと読むのよ〜♪

仕事忙しいです。なんだかんだ言って9月ったら9月です。
いらんことに思いをいたす暇もないような有様なのでかえってサバサバと日々を切り抜けております。

いざって時に頑張りがきかなくてあちこち破綻するよりは、と思っていろんなことを小分けにしてこなしている今日この頃。
だからか、「今日はコレをした、アレを済ませた」って実感が希薄〜。結果、日付の感覚がオボロゲに(苦笑)。


2005年09月03日(土) ブレイブ・ハート

昼下がり、ザンキさん@松田賢二氏が出演するからという理由だけで「土曜ワイド劇場 おとり捜査官 北見志穂スペシャル」たらいうサスペンスドラマの再放送をいっしょうけんめい見てザンキさんが出てくるたびにゲラゲラ笑っていたら、timutaんから電話が。

「TVに中田久美様が出てるから見るように!以上!!」


芸能人が家族と一緒に温泉へ行ってしみじみ語り合う…というような温泉番組だったですが、確かにそれに中田久美様が出てらっしゃいました。
上品かつ胆の据わった感じのお母様と伊豆へ二人旅、ってな内容で、川べりであんみつ食べたり、ピザの体験工房ではしゃいだり。
ああ世界の中田久美様も、こういう時はなんだかくだけてらして親しみが湧くわ〜、とか気軽に見ていた私だったんでした。

さて番組もたけなわ、温泉浸かって夕御飯。中田様が、自分の現役時代のこと、恩義ある山田監督のことなどをしみじみと語ってました。
その中で、私的にものすごく驚いた言葉があったですよ。

中田様は言いました。

「辞めます(引退します)、って言ったら、監督に「クミ、ご苦労さんだったな」って言われて、その瞬間、体中の緊張がフゥーッと解けたもんね」

それを聞いた瞬間、私は「ああ、中田様といえど現役のバレーボール選手生活ってやっぱり緊張の連続で疲れるんだろうなあ」と単純に思いました。
でも、それは違いました。私の早とちりでした。
中田久美様はそれに続けて、こう言ったのです。

「ああ、これでやっと私も認めてもらえた、って。私はこれでよかったんだ、私のプレイを、認めてもらえたんだ、って思って」

…認めて、もらった、?
だってそんな!
世界の中田久美ですよ?日本が世界に誇る天才セッター・中田久美様ですよ!?
その、中田久美様が。世界が恐れた中田久美が。引退しますって監督に言って、ご苦労さんって労ってもらえた、その瞬間に、“初めて”、「認めてもらえた」、って!!

うわー。これだよー。
この緊張感、この責任感だよー!
世界に伍していける一流のアスリートに必要な精神性って、きっとこういうものなんだよーー!!

やがてその話をしていた中田久美様の目には光るものが。
きっと言葉にできないたくさんのたくさんの気持ちがあって心の中でまだ熱いんだろうなあ、と思ったら私も思わずウルウル貰い泣き。
温泉上がりでお肌ツルツル、ほわんと赤いほっぺで、涙がちにも照れくさそうに己が歴史を語るクミさんは、なんかすごく綺麗でオットコ前で、かっこよかったです。


というわけで、「ザンキさん(はぁと)」ってTVを見ていた筈が、消す頃にはすっかり「クミさん(はぁと)」になってしまっていた私でしたとさ。


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