デイドリーム ビリーバー
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2001年11月23日(金) 日曜日のこと

日曜日のこと
2泊3日の仕事から、最終に近い便で帰ってきた羽田に
彼が、車で迎えにきていた。


あいかわらず、何の脈絡もない冗談ばっかりいいあいながら
彼女のことなんて一つも話題に出さずに
まるでここ一週間のことが、何もなかったみたい。

晩ご飯を食べている席で
私がボーリングをしたことがない、っていうのに、彼が驚いて

明日も仕事だし、1ゲームだけって
ボーリングに行った。

何回か投げて、コツも掴んできて

レーンに立ったとき、よしって思った。

(これがストライクだったら、はっきりしろって言ってやる)

心に決めた一投は
あっけなく、ガーター。

彼がゲラゲラ笑う。

「また足まがってたで。リキ入れすぎー」

…リキ入れすぎで悪かったな。


じゃあ、と思い直して、2投目。

(これが入ったら、気持ちを貫き通す。
好きだと思う限り、好きでいてやる。)

と念じた一投は、生まれて始めてのストライク。
なんか力が抜けました。



帰りの車、私の家が近づくにつれ、沈黙が多くなっていって。

彼が「ちょっと」といって、くるまを止めて、外に呼ばれた。

深夜。
街灯の光が弱々しく照らす、遊歩道みたいな石畳を少し歩いて
彼がきりだした。

「実は、このたび彼女と別れました」

さっきの冗談の続きみたいな、軽い口調だった。
「それで…」
って急にまじめな顔になって。

「いつでもいいから、俺とつきあってくれませんか」



嬉しいとかいうより、違和感を感じた。
だって彼は、彼女をとっても好きだった。

「大丈夫?」
思わずきいたら
「大丈夫と思う。あいつ、ほんまに優しくていいやつやし
すぐにいい人が現われると思う」
「そうじゃなくて、N君は、大丈夫なの?」
「いや俺は…。だって、俺より彼女の方が、多分辛いんやし」
「でも、N君もつらいんでしょ?」

彼は黙り込んだ。

「せっかくかっこよく決めようと思ったのに…」
「そんなの、無理だって」
そう言ったら、彼が突然、近くのベンチに座って、両手で顔を覆った。

声はきこえなかったけど、多分泣いてた。

抱きしめようかとも思ったけど
それは、今するべきじゃないと思って、
でも何かしたかったから、しばらく考えて
よしよしって、頭をなでた。


「彼女はなんて?」
「うん…最終的には、彼女から、別れようかって。俺、それきいて
 ほっとしたんや。ずるいよな」
「うん、ずるいね」

ほんと私ってなんで、こんな時でもこんなことを言ってしまうんだろうか。
でも私、この時は彼に、優しい言葉より、正直な言葉を言いたかった。


しばらくそのまま、ぽつりぽつりと会話してたんだけど
寒いし、車、戻ろうかってことになって。
助手席のドアを開けて、乗り込もうとした時

「あ」
て、彼が小さく叫んだ。
「流れ星!」
「え?」

つられて私も顔をあげると、また、シュンッと何かが流れた。
こんな連続で
はっと同時に気が付いて、車の屋根ごしに、二人の目が合った。

「しし座流星群!?」

そういえばニュースで言っていたけど、最近それどころじゃなかったので
すっかり忘れていたんだ。

車の両側から、車の屋根にそれぞれ頭をのせて
二人とも寒さを忘れて、しばらく無言で見ていた。



家に帰ってから、やっと気付いたんだけど。
私、つきあってくださいの返事してない…。


2001年11月21日(水) 木曜日と金曜日のこと

木曜日。
仕事から帰って、家で一息ついていたら、携帯にメールがきた。
彼からだった。

「とりあえず、明日は、いつもの場所でいい?」


明日は私、仕事だよ。羽田出発の2泊3日。
「いつもの場所」なんてのも、私達にはないよ。

彼女へのメール、間違って送っちゃったんだ。


なんて返そうか躊躇していたら、彼からすぐ電話がかかってきた。
とっさのことで出られずに見送ったら、次のメールがきた。

「ごめん。仕事中?今話せる?」
答えられず、しばらく携帯を眺めていたら

「少しでいいから話をさせてください。
それとももう、聞きたくないかな…」


ああもう逃げられないんだなって

携帯をカチカチ
「聞かせてもらいましょう」
三秒迷って送信した。

といっても、電話、何を話したわけでもないんだけど。
彼だって、今の時点で何が言えるわけでもないんだし。

ただ最後に
「宙ちゃん、俺のこときらいにならんとって…」って言ってきたので
「さあねー」って言ってしまった。

そりゃないでしょ、私。



翌日は羽田出発。
お客さん達が早く集合してくれたので、受け付けもスムーズに終わった。
お客さん達は搭乗口集合で
あとは、私も、搭乗口に行くだけってとき。

彼から電話がなった。
「宙ちゃん!今どこ!?」
「どこって羽田だよ」
「そうじゃなくて!もう乗った?」

妙に慌てた声だった。
乗ってたら、電源切ってるっつうの。

「まだだけど…」
「っていうか、今日○便やんな!?あーっ!」

突然通話が切れたと思ったら
目の前。信じられないけど。
彼が全速力で走ってきていた。

汗だくだくで。呼吸がちゃんとできてない。

「…もう搭乗口行かなきゃなんだけど」
びっくりした私が、こんな冷静なことしか言えないでいると

「うん、だから、手荷物検査まで送る」って
私の大きな鞄、かしてっていうように、手を差し出した。
鞄には、ツアー用の、結構な額の現金とか
30人分のチケットや、ホテルクーポンや、バスのクーポンや
とにかく、重要なものがたくさん入っているので
いくら信用できる相手でも、軽々しくは渡せない。
自分で持ってないと落ち着かないから、って言う私は
ちょっと冷たいかもしれなかった。

彼は、少し残念そうにしていたけど、
白い広々としたフロア、手荷物検査場まで、並んで歩いた。

「…なにやってんの」って、やっと言ったら

「なにやってんやろーな」
そう言って、彼は笑った。

本当は、「暇やったし」なんて言いながら
ついでみたいに見送ろうと思っていたらしい。
だけど、直前の仕事が長引いて、間に合わないかもって焦って
あんな全速力で走ってきたら、その言い訳もきかなくなってしまったって。

「こんなことも言うつもりなかったのに〜」
って、いつになく慌てている彼が
おかしかった。おかしくて、笑った。

彼と笑顔で別れた私は、搭乗口に向かった。
とりあえず仕事頑張ろうって、それ以外は考えないようにして。


ああ、でも。
走り出してしまったような気がする。

そう思った。


お互い、意思表示をした以上は、答えが出てしまうんだろう。

彼が、送り先間違えたメールについて、流さず、言い訳してきた以上は。
私も流さず、「聞かせてもらいましょう」って、送信してしまった以上は。
彼が「嫌いにならんとって」って、慌てて会いにきてしまった以上は。

きちんとつきあうのか、きちんとさよならするのか
曖昧な関係になってしまうのか。

浮気とか、二股とか、ちゃちな言葉が頭をかすめた。
そういうのだったら、やめなきゃなって
そういう人だったら、やめなきゃなって

やめるなんて、簡単にできないってことは、ギシギシと軋むみたいに痛む胸から
もうとっくにわかっていたけど

今までだって必死で生きてきたから
諦めたことも、くじけたことも、投げやりになってみっともないこともしたけど
それでも、なんとか、生きる事だけは諦めずに、頑張ってきた私だから
きっとまた乗り越える。

頑張って、泣いて泣いて
終わらせなくちゃならない時が
すぐ近くまできているのかもしれない。

少なくともこれで彼が
彼女とやっていく、とか、結婚する、とか言い出したら
「ちぇ」では済ませられないんだな…。


そう思ったのが、金曜日の朝のこと。


2001年11月14日(水) キスしてしまった

以前にも書いた、少々マニアックな、共通の趣味。
それを何度か、二人で見に行っている。
「誰もこの良さ、わかってくれないんだよなあ」なんて
私のこと誘う彼の言葉は、相変わらず、少し言い訳じみていて。
だけど私は、気付かない振りをしている。

その日は、二人とも、はじめからすごくテンション高くて
車を何時間も走らせながら
雰囲気を打ち消すみたいに、くだらない冗談ばかりを言い合っていた。

ファミレス何時間もねばって
でもさすがに、
学生の頃のように朝まで粘ることができないぐらいに、私達は大人で

店を出たはいいけど、どちらも帰ると言い出さないまま

ていうか、ずっとゲラゲラ笑いっぱなしで
そんなこと考える余裕もなかったんだけど、

目的もなく走る夜の道、
車のラジオから、なつかしいメロディが流れ出した。

「あ!この曲知ってる!なんだっけ!」
「俺も知ってる!なんやったっけ!?」
って、やっぱりハイテンション。

「あ!久保田や!」
「そうだ、久保田利伸だ!」
「何て曲やったっけ」

“言葉にできるなら 少しはマシさ”
“互いの胸の中は 手に取れるほどなのに”


「Missing」だ。
突然
学生時代の友人の、ケイの、泣いてる顔がうかんだ。

あのころケイは、奥さんのいる人を好きで。


一人暮らしのアパートに、突然ケイが来たとき
何を言ったわけでもないけど
でも何となく、わかったから

とりあえず飲み物出して、並んで座って
ずっと黙ってテレビを見てた。

無言の私達には不釣合いな、お笑い系歌番組で
ゲストの久保田利伸が
当時人気だった新ドラマの主題化と、そして、そのあともう一曲歌った。

聞きながら、私の隣でケイが静かに泣いてた。


“出会いがもっと早ければと”

それはくしくも、数日前に会ったとき、彼がつぶやいて
私が聞こえないふりをしたセリフと、ほぼ同じで。



“I love you 叶わないものならば いっそ忘れたいのに
忘れられない すべてが”

“I miss you 許されることならば 抱きしめていたいのさ”

「出よう!」

突然彼が、言って
引き摺り下ろされるみたいにして、車からおりた。

公園の中、走り回ってはしゃぎまわって
大笑いしながら

ジャングルジムに登った。
錆びた鉄の、鈍い感触。ずっと握ったままだと痛くなりそうなほど冷えていて
それを後ろ手に、ヒールのままふざけて飛び降りたら
ぐらついてもいないのに
彼が危ないって手を差し出して

ほんの少しだけ、指先が触れた。


笑いすぎて、少しお腹がいたいままで、
帰ってきた車の中は思ったより冷えていて、彼が暖房をつけた。

「はー疲れた」
「くたくたー」
なんて言いながら、シートにどっかりと座ったら
なんだかもう、言うことがなかった。
「あー、笑ったー。おなか痛いー」
「ふうー」
とか、それぐらいで。
しばらく沈黙で。



「キスしよっか」

突然彼が言って。

「なにいってんの」って言ったら
「ごめん」って
彼が、笑うみたいに言った。

でも目が合ったら、とめられないって、わかった。


とても、熱くて長いキス。
背中に回された手が、痛かった。
私も、彼の背に手を回したけど、その手に力をこめることは
最後までできなかった。



次の日は休みだったので
一人、部屋のソファで
あの日、ケイが来た時みたいに、膝をたてて、一日中座っていた。
胸がぎしぎしと痛かった。

夕方になって、ようやく涙が少し出た。


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