読了日記

2004年12月31日(金) 年末に読んだ本

感想書いている暇がない。
だけど書きたいものばかりなので後で補完するつもり。

ローマ人の物語8−13
団長の事件簿
笑いの文化人講座
夢見る宝石
ヘルシング8
ガセネッタ・シモネッタ
旅行者の朝食

まだあったはずだけど…。



2004年12月22日(水) 「あかんべぇ」


「あかんべぇ」
(宮部みゆき著,PHP研究所)



内容:深川で開業したばかりの料亭「ふね屋」には何人ものお化け(亡者)がついていた。初めてのお客の祝いの席で、そのうちの一人が抜き身の刀を振り回し大騒ぎになるという災難に見舞われた。「ふね屋」の一人娘おりんは、大病を患った折りに三途の川の川縁まで行き、そこの水たまりを舐めた事から亡者の姿が見えるようになってしまった。亡者たちは何故「ふね屋」に憑いているのか。真相を解明しようとおりんが健気に奔走する。時代小説。


Sさんより借り物。
「ブレイブストーリィ」でも思いましたが前振り長ぇ!
私の体力がなくなった所為もありましょうが、もっとさくっとやって欲しいです。さくっと。
冗長というより、土台をしっかり作りすぎているんでしょう。石垣を作るのに、一つ一つ布で磨いているという感じかな。「そこは良いから!」と言いたくなる。
私的には必要最低限を、少しの装飾を以て飾り、だが一つも漏らすことなく…が好みですのでちょっとね。「遊び」は必要だと思います。料理の描写なんかそんな感じで良いと思う。でも、幼児が幼稚園に行くまでにあらゆる場所で寄り道するような、そんな沢山の「遊び」は要らない。私は。

レベルは安定しているのでこのジャンルがOKの人は読んでみると良いでしょう。

ラストは、宮部さんらしく語りきらず。
味だとは思いますが、あのあと「ふね屋」がどうなったかは、作者がもう少し方向性だけでも書いてくれれば良かったのにと思う。「火車」の時もそんな感じだったなー。



2004年12月13日(月) 「骨音 : 池袋ウエストゲートパーク 3」


「骨音 : 池袋ウエストゲートパーク 3」
(石田衣良著,文藝春秋)



内容:2003年5/9の日記参照。の、第三弾。


Iサンより借り物。

安定しています。そして以前より真新しさを感じなかったのは、悪い意味でなく、「池袋」という実際の街に私が慣れたからでないかと。

やっぱ女性キャラが「役割分」されている気がする。「こういう女性はこう」と、位置関係が同じ女性の「描き方」が一緒。と、漢字変換はきっと一生言いそうな気がする(笑)。ということは個性か。



2004年12月12日(日) 「オトコのいる部屋 4」,「ポチの群れ」


「オトコのいる部屋 4」
(たかの宗美著,宙出版)



内容:2002年の12/9の日記参照。


回を追う毎に話に厚みが出てきてます。
4コマ毎にオチをつけ、それでいて単発でなくエピソードが繋がっていく。こーゆーのこそ「ストーリィ4コマ」というんだと思う。ストーリィまんがを1p8つに割ったコマに順に押し込んで行っている最近のエセストーリィ4コマは見習えって。
ストーリィものに比べて展開は安直ではあるが、4コマとして許容範囲内というか、小池田マヤ系の描かれ過ぎていてしつこいのは私が4コマに求める「お手軽」から外れているので、4コマとしては安直でよし。安直と言っても薄いわけでなく、「しつこく書き込んでない」というだけで、骨子はちゃんとあるし、想像で補える範囲。

色々な意味で「上手いっ」ってわけではありませんが、お上手だと思います。



「ポチの群れ」
(たかの宗美著,宙出版)



内容:京都弁の犬(喋るわけではありません)の目を通して「群れ」(自分&飼われている一家(嫁,夫,姑))を描いた4コマまんが。


結構シビアな嫁,姑戦争や憎愛を描いてあるのに、コミカル。
ぼへらとした犬の目を通したおかげもあるだろうし、人間同士の、「憎」が先立つとは言え「愛」があり、それが端々でまろみのエッセンスを垂らしているからだろうなと。
憎キャラは本当に醜くしか描けない作家連中には見習って欲しいです。

あまり繰り返して読みたいというインパクトはないが、立ち読みしている月刊雑誌に載っていたら、結構楽しみに毎月見ているだろうなという感じ。(でもそうしたらきっと単行本は買ってない。(笑))



2004年12月11日(土) 「ブレイブ・ストーリー 上,下」


「ブレイブ・ストーリー 上,
下」(宮部みゆき著,角川書店)



内容:ワタルはどこにでも居る普通のゲーム好きの小学5年生だった。理屈家で生真面目な父と、優しい教育熱心な母と、どこにでもあるような平凡な生活をしていたが、ある日、父親が他の女性を選び家を出た事により生活は急変してしまう。この辛い現実を変えようと、「何でも1つ願いを聞いてくれる」女神の居る運命の塔を目指し、人々の想像が作り上げた世界…幻界に旅立つ。小説。


Kちゃんより借り物。

ロープレのシナリオ。
似非ファンタジー。や、定義と合致するという意味ではファンタジーなのですが、凄くゲームシナリオ臭い。

他の作家が書いたならゲームに慣れきったガキ共に支持されるようコビ売ってこーゆー書き方してるんじゃないだろうなと疑うんですが、ゲーマーの宮部みゆきなので、多分本気でこーゆーのが書きたかったんだろうなと。

ゲームシナリオなんですが、シナリオにしては小説的に上手すぎというか、拙さをパワーで読ませていないというか、技術がありすぎと言うか。
まあ、現代の子供には良いカモね。



2004年12月03日(金) 「上京ものがたり」


「上京ものがたり」
(西原理恵子著,小学館)



内容:漫画家になる夢を胸に、地方から上京した「私」の物語。漫画。


りえちゃんの自伝的要素のある話。

一応サクセスストーリィと言えなくもないのだが、それが焦点の話ではない。

薄汚い、野暮ったい田舎娘が、混沌の町に翻弄されつつも飲み込まれる事なく歳月を食む。生活は変わる。環境も変わる。立場も変わっていく。でも彼女は彼女のまま。東京にどれだけ慣れようが、本質は染まる事はない。彼女の心はきっといつも、上京を誓ったあの故郷の地にあるのだろう。

りえちゃんの作品で「ぼくんち」が大衆的にも評価が高いのは、ニンゲンとしての心の底に、個人の、というより種族の?古里として在る記憶を擽る言葉にならない想いや情景を上手く漫画にしたからだと思う。この「上京ものがたり」はそこまで層は広くないが、夢を追いかけ底辺から成り上がろうとした者であれば、もしくは、そういう者を想像した者であれば誰でも持つ情景を上手く漫画にしたと思う。
だから、これはりえちゃんでもあるけどりえちゃんなだけではない。
結局、漫画なり小説なりは作者の中で完結しただけでは「作品」ではないのだ。読者がいて、その、第三者に触れて、その心に震える事が出来て初めて意味があるのだろう。そう思わせたお話でした。

ねぇ、りえちゃん。なーんだ、まだあなた、こんなお話描けるんじゃん。
ちょっと安心した作品でもありました。


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やまだ