読了日記

2004年06月23日(水) 『まんがタイムスペシャル 8月号』

『まんがタイムスペシャル 8月号』


内容:4コマまんが雑誌。


大乃元某。いっっっっっっっっっっっっっっっっつも思うんですが、どうしてこの人は、「良い人」や「出来る人」を描く為に、対比として「悪い人」「醜い人」を描くのでしょう?そうしないとキャラの良さや美しさが描けないんでしょうか?
手法として本当にこーゆーの、嫌いでねー。4コマには単純だけど積み重なって心が豊かになるような笑いとか甘みとか上手さを求める私としては、こーゆー、心に暗い負荷のかかるネタは嫌です。
まだ「嫌な人」がレギュラーなら良いんですが、使い捨てキャラばかりでしょう。(今回はちょっとすぐ捨てるキャラでないかもしれませんが。)それがまた何かねー…。

色々な所で描いているということは人気が有るんでしょうが、もう少し連載減らないかなー。あるいは、私が読まない雑誌(きらら系とか)に行ってくれないかなー。
などと、強く思ってしまった号でございました。

…しかし私、看板作家で嫌いな人が多いなー。どっか感覚がずれているのだろうか…。



2004年06月22日(火) 「うつくしい子ども」

「うつくしい子ども」(石田衣良著,文藝春秋社)


内容:8歳の少女が森で絞殺死体で見つかった。犯人は13歳の男の子。犯人の兄であるジャガこと三村幹生少年は、弟が何を思って殺人に手を染めたか探ろうとする。小説。


Iサンより借り物。

上手く描けているなぁ、とは思う。

しかしこの手の現実に起こった事件を想起させる話で、いわゆる、「加害者側」視点のものは、どうしてもやり切れなさが残ってしまう。「じゃあ娘を殺された怒りは何処に持っていけば良いのだ」。この問いに明確な回答を示す作品はまだ見たことがない。まあ、回答なんて無いんでしょうけどね。

子供同士が協力し合い…でどうにかなるのかな、と思ったが、最後はやはり大人が出て来て解決。子供だけではどうにもならないと言うより、子供だけの世界と、大人が作った社会(法規も含め)を融合させるというか、結びつけるには大人が要るだろうということか。

良く構成されているだけに、最初の、ジャガに排泄物を食べさせようとした、いじめのシーンがいまいち理解不能。「子供世界」描写目的か?
関係ないが、自分の排泄物を食べさせようとするって、OLのツバ入り茶とかもそうだけど、嫌いな人間に自分の一部(それが不要なものとは言え)を取り込ませるって、イヤガラセになるのかな?自分のものが嫌いな人間の中に入るって、逆に嫌じゃない?それとも、支配欲の現れなのかな?私にはわからん。

解説で、著者の人称の使い分けとかが絶妙で読者に味わって欲しいもたいな事が書かれてましたが、そうかぁ?や、絶妙じゃないという話でなく(良くある手法ではあるけど)、読者側に手法を気付かせず、感性で意図する読ませ方をさせるのが書き手の醍醐味でないか?分析され乍ら読む分より、分析する暇もないくらいのめり込む文のが良い気がするけど。書ける書けないはこの際おいといても、そーゆーこと考え乍ら読むのは批評家だけで良いと思います。
つーか小説家ならそれくらい書けて当然だろーがよーとも思う。…最近プロのレベルが低いから、こんな事言う輩が出るのかな。



2004年06月17日(木) 「黒祠の島」


「黒祠の島」
(小野不由美著,祥伝社)



内容:「2,3日で帰る。」と言って部屋の鍵を預け、志保はその日を過ぎても帰って来なかった。「探しに来て欲しい」というメッセージと受け取った式部は、志保の故郷である夜叉島に渡る。そこは、余所者を嫌う黒祠の島だった。式部は、隠蔽された連続殺人の真相を追う。小説。


※以下激しくネタバレにつき、読む気がある人は読まない方が。内容自体は良く出来た話で読んで損はないと思います。


相変わらず小野さんの文章はそつがない。華美すぎず、読みやすい。比べる対象が悪いのかもしれませんが。巷に溢れるミステリーっちゃ、くどいっつーか勿体付けっつーかイライラするっつーか、謎を膨らませようと、事件を絡ませようと、文章までごちゃごちゃさせる。文章でごちゃつかせなくても十分謎は膨らむし事件は絡むし、絡み縺れつつも次第に解明されていく、膨らみつつも解かすことが出来る、という見本のようなお話で。

「死んだのは本当に志保か?」は、神の視点を持つ読者ならずーっと疑問に思っていたと思います。それを「やはり志保じゃないんじゃ…」「や、志保か?」「やっぱり…」と何度かの転換を起こさせたのはなかなか。
志保が麻里で麻里が志保の種明かしの時は「え?ちょ、ちょっと待て」と少しこんがらかりました。今まで種明かしを一気に追っていたのに冷静になれました。

徐々に協力者が増えて行ったり、謎が増えたり解けたりのバランスが読んでいて凄く面白かったです。

「黒祠」が未消化とする人も居ますが、そら、民俗学者等から見たら不十分かもしれませんが、これ以上やられるとマニアックになりすぎるからパンピーが読むには丁度良いんでは。

謎解きをやりたい人にはどうなのかな?探偵登場前に材料揃ってた?私としては反則は無かったとは思いますが、ハナからするつもりは無かったので…。泰田の正体とか浅緋の登場とかは遅い?私は遅くないとは思いますが。

全くと言って良いほど不満は無いのですが、あそこまで因習に囚われる神領さんが、杜栄の処置を、馬頭さん否定の方向で収めるかな?とは思いました。隠蔽に疲れたか、神領さんが馬頭さんを信じていなかったことの証とも取れますが、私は作者がそこまで整合性を持たせる筋が出来なかったのではないか、と真っ先に思いました。馬頭信仰崩壊序曲の暗示の意味が有ったのかなとは、今では思いますが。

読後感も悪くなかったですが、あの方が綺麗だとは思いますが、個人的な好みとしては、最後に志保の「声」が聞きたかったなー。ナマで話した事一回もなかったのは寂しい。

しかし「麻里」が生きていたと言うことは、相続問題は解決してないということですよね?まあ、何とかするんでしょうけど。

伊くんがなかなか面白そうなキャラ。シリーズものにしてくれないかしらん?…一作きりの方が綺麗だとは思いますが。

ところで、浅緋ちゃん、生まれたなりから性格異常の性質が分かるよーな外見的特徴って何だ?



2004年06月12日(土) 「のだめカンタービレ 9」

「のだめカンタービレ 9」(二宮知子著,講談社)


内容:2003年10月12日の日記参照。


発行ペース、早くない?や、嬉しいけど。

ステップアップ前のタメの巻かな?今回。
連載を追っかけているので「次はどうなるのかな」のワクワク感はない代わりに、「そうか、ここがあそこに繋がるか」と、落ち着いて読める。

のだめのかーちゃんは洋服作りが趣味?仕事?何にせ、ハマるのだめの血筋を見たと言うか。

ところで、二宮先生、これ、トーンはパソコンで貼ってるよね?手でこの処理を出しているなら凄い。




2004年06月10日(木) 「モンキー・パトロール 5」

「モンキー・パトロール 5」(有間 しのぶ著,祥伝社)


内容:2002年8月8日の日記参照。


ここいらへん、飛び飛びに連載追っていたので、こんなにじっくり描かれていたんだなーとちょっとびっくり。私はその後知ってますけど、ラスト、あそこで切られたら単行本しか知らない人は身もだえるんでは?1巻出るのに1年ほどかかってますし。雑誌連載時、1ヶ月待つものじれったかったのに…。

玄夜、うっわーー、ヤな男!花梨奈ちゃんとの最後の電話、あんな事言われたら一生引きずるではないですか!後悔するではないですか!今後どんなに良い男に出会っても、玄夜以上に思えないよ、あれじゃ。あーゆー振り方って有り?!
花梨奈ちゃんがこれ乗り越えるて玄夜を良い思い出とするかもっと良い男見つけられれば良いですが、現実はそう甘いものじゃないと思う。…まあ、玄夜みたいな男も現実にはそういないか。
そう言える玄夜も格好良いけど、玄夜が言うように、綺麗な格好して現れた花梨奈ちゃんも良い女よねー…って恋する女の基本か?
玄夜…、一生愛されるか、さもなければ半径5m以内には近付きたくない男です。

かすりさんの出番は何処?



2004年06月02日(水) 「ガヴァネス(女家庭教師) : ヴィクトリア時代の「余った」女たち」

「ガヴァネス(女家庭教師) : ヴィクトリア時代の「余った」女たち」(川本静子著,中央公論社)


内容:ガヴァネスについて書かれた研究書。


図書館より借り物。

資料にと借りたのですが、非常に読みやすく、ちょっとした「読み物」としてもイケます。
いくつもの資料に当たり、そこから導き出される推論を簡潔かつ論理的に纏めてあります。取り立てて難しい学者言葉や専門用語は使っていないので、素人にも読めます。
論文とはかくあるべきと思うがどうか。論文なんてのは人に己の意見を披露するものなのに読みにくいものが多すぎる。読者側に専門知識や読解力がない場合もあるが、殆どは書き手側の構成力不足だと思う。
久々に気持ち良い論文を読ませてもらいました。ありがたや。

一つ難点があるとしたら、所々で出てくる引用文献のタイトルが、多分一部、作者?が便宜的に翻訳したものと思われ、原典を当たろうにも専門外の人には難しいだろうなと思われる所。でも下手に原文でつらつらと引用文献を上げられるより翻訳されている方が専門外の人間には分かりやすいですが。
うーん、この著者の別の研究書も読みたくなったぞ、っと。

ちょっとした話の資料にはこれ1冊で良いくらい纏まってます。
いつか絶対活かしてやる。(笑)

ガヴァネスに地位を…と叫ぶ一部の運動には、同情し同意する点も多かったですが、「能力もないくせに専門職として認められようたぁ、フテェ神経だ」とも思いました。今の図書館界と同じ感じ。ある職の専門職化というのは、地位向上には繋がりますが、一部の低能力者の締め出しにも結び付くので、どの世界でも難しいものだなと。や、医者とか弁護士とか、どう素人が考えても低能力者の締め出しをしたい職務ならあっさり可能でしょうが、低能力者がはびこる、また、低能力者でも需要があり社会的に専門化の必要性が唱われてないものではなかなかと、ね。低能力者は能力を付けて有能になれば良いだけなのに、「今のままで自分も専門職に」って図々しい事考える人って多いよね。


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やまだ