読了日記

2002年10月28日(月) 「書斎曼荼羅:本と闘う人々 全2」

「書斎曼荼羅:本と闘う人々 全2」(磯田和一絵と文,東京創元社)

内容:作家や脚本家等、主にモノ書き著名人で、本に埋もれて(本と闘って)生活している方々(例外約1)の自宅や仕事場を絵とレポートで綴る。


Mクンより借り物。

私の部屋も本が多くて頭抱えているけどまだまだだね!うちはずーーーっとマシ(?)。
まあ、作家連中と比べるのはどうかと言う気はしますが。

大宅壮一の家とか見てみたかったなー。(故人です。)こんな感じだったのかなー。



2002年10月27日(日) 「冷たい密室と博士たち」

「冷たい密室と博士たち」(森博嗣著,講談社)

内容:完全に閉じられた実験室の中で二人の大学院生の男女が殺された。犀川創平,西之園萌絵シリーズ第二弾。


相変わらず文章は読みやすい。
んで、相変わらず登場人物の過去がウザくなりそうな予感がある。まだ平気。

んー。「密室殺人」って飽きたなー。謎解きが結局「密室じゃないことの証明」がメインになるから。トリックは謎解きが始まるまで考えない質なので、過程がいつも同じ(「密室じゃない証明をする」と言う意味で)なのは飽きるー。

人死にが嫌いな私がシリーズものミステリィを読み続けるポイントは「レギュラー人物」に有ります。御手洗シリーズの石岡さん、有栖川シリーズのアリス、京極堂は関口さん、に、まつわる人々。そういう意味でこのシリーズは主要人物がまるで琴線に触れず、なのに3作目も読もうかなと言う気になっていると言うことは、その他の部分で私の性に合っているのでしょう。

この作品群で、一番分からないと言うか引っかかるのは作品でなく周りの評価。
「理系ミステリィ」と言われているけどどこが「理系」なのか分からない。パソや研究所がばんばん出ているのが理系?文系でも出るよね?推理が論理的な所?(と、誰かが言った。)論理思考も理系独特でなく、学際全般のものよね?最近は論理思考を無視した、「それが無視されていても気にならない、許せる、凄いと思う文学的表現」を拡大解釈した、文学的なものは(時として)論旨が破綻していても構わないと言う間違った逆説の蔓延する論理思考のない小説が多いから、そういうものを書くのが「文系」で論理的だと「理系」だと勘違いしている?それとも私の理系の定義が違う?
私の「理系」の基本定義は「変換能力が数式に対してある人」です。
「変換能力」と言うのは文系の例を取ると、例えば「英語に対して変換能力がある人」は、「What your name?」と言われてその言葉をそのまま受け入れて「My name is ○○」と答えられる人。「変換能力がない人」は、「What your name?」と言われて「えーと、あなたのお名前はと聞かれたから、私の名前は○○ですと英語で言うと」と考えて初めて答えが出る人。変換能力が無い人はその思考時間は慣れで短くする事は出来ても、無くなる事はない。
「理系」と言うのはその変換能力が数学?数式?に対してある人。極端には、「1+1は?」と言われて「足す」の定義を思い出す事からしなくて良い人。
でもどうもそういう理系的思考で書かれているような話には見えない。周りはどういう定義でこの小説を「理系」と言っているのか教えて欲しいなぁ…。…私の読解力が不足しているだけと言う話もありますが…。
作者も理系の人間らしいけど、小説書いている時点で既に「文系的理系」「文系要素を持った理系」の気がするし。
前書いたSFとファンタジーの差でないけど、「妄想(仮想)をパラレル世界に広げる」のが文系で、「妄想(仮想)を現実の延長(未来)に広げる」のが理系かなとか思ってみたり。
まあこれは作品に対する評価ではないです。

萌絵がやっぱりひっかかった。
「頭が良い」と言う設定なのに、良く見えない。一瞬にして桁のでかい掛け算をするのはその他の利口描写がなければ、頭が良いと言うより、ある種の精神病患者の病的な集中力の結果(ほら、床に散らばったマッチ棒を一瞬で何本か言い当てるような)の気がちょっとした。
あとおっさん!報告書を姪に見せるとはどーゆーコトよ!見せない理由も「ちょっと待て!」。社会人として…、人の上に立つものとして責任とか自覚とか無さ過ぎない?見せてもらいたがる姪も、評価はこれで奈落の底。
図書館のおねーさんはやっぱりこの手の描写なのね…。ふーん、そう…。「陰気で年より老けてみえる、どこかおどおどした図書館の人」って最近の実際では少数派だと思うんだけど…。たまたまそういうのに当たらないだけかな…。

まあでも3作目は読んでみるつもり。

余談。どうもこの作品に入り込めないと言った友人の言。「私は大学にも行ってないので「助教授」と言う人種が分からないからダメだった」と。…なるほど、私が読みやすいのはそのおかげもあるかも。私の職場周りには「助教授」が掃いて捨てるほど居りますわ。



2002年10月25日(金) 「すべてがFになる」

「すべてがFになる」(森博嗣著,講談社)

内容:俗世から隔離された孤島の研究施設で、14年間隔離されて生活していた天才工学博士・真賀田四季が両手足を切断され、何者かに殺された。偶然島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵はこの事件の謎の解明に挑む。


今頃読んでるし。
えー、所謂、ミステリィ。
人死にが大嫌いなんですが、ふと、ミステリィが読みたくなります。ミステリィは気楽に読める所が良いです。単純だし。…何か誤解受けそうな書き方だな。
えーと、ミステリィと言うのはエンターテイメント部分が非常に分かりやすいと言うか、筋がお約束通りに進むでないですか。導入→殺人→どたばた→謎解き、てな感じで。ストーリィの先が読めないという、ある意味わくわくする、でも時として期待外れや心の余裕の無さからストレスになる部分がない。「トリックを解くこと」はどうせ私は考えないのでどうでも良いんです。大体私よりよっぽど頭の良い、もしくはそればっか考えている専門の人が他人を騙そうと思って作り上げたトリックが分かるわきゃないんですから。
で、必ずメインの主題の「謎解き」があるものだから、読了しての釈然とし無さは少ない。
そういう意味で、殺人事件のミステリィと言うのは「本は読みたいけど頭は使いたくない」と言う時に丁度良い読み物なんですわ、私にとって。

ただ、人死に嫌いなんですよね〜。特にリアリティある人間が死ぬのが。殺された人がハナから死体として出て来てくれればそれは人でなく「死体という物体」として扱えるから良いんですが、ある程度感情移入した人が死んだり、どうでも良い人でも死ぬ側の実況中継有りの殺人は本当にイヤ。死体が「物体」で現れるか「元・人間」で現れるかは読んでみるまで分からない賭けですが、今回は私の勝ち。後から死んだ人も感情移入していなかったから平気。

文章が読みやすかったです。ストーリィも、まあ、好みの方。探偵とワトソンがそんなに好きなタイプではなかったからキャラ燃えはしていませんが、嫌いなタイプでもなかったし。ただ今後どうなるのかなぁ。全10冊と言うことだけど、登場人物のウザい過去が出て来てそれに絡めた話にならない事を祈る。某建築探偵シリーズはそれがウザくて読み止めた…と言うか、アレはトリックの欠片も無い人情もので、キャラにハマれなければ全く面白くない筋でしたけどね。

しかし男の作家が書く女の子は「おしい」と思う事が多い。なんてーの?「その設定にするにはもう一味足りない」そんな感じ。今回の萌絵がそう感じた。描写が下手とかでなく、もう一色加われば完璧なのにと残念な感じ。男の人は女の作家が書く男に対してもそう思うのかしらん?

作者の経歴は知らない方が良かったカモ。犀川助教授の弁が時々「森助教授」の弁なんだろうなと思えてしまった。小説で作者に作品の中で素を出されると興醒めなんですが、作者の経歴さえ知らなければ「そう」とは取れなかった部分を深読みしてしまった自分がちょっとイヤ。



2002年10月21日(月) 「COMA GOMA 3」

「COMA GOMA 3」(森下裕美著,集英社)

内容:明るく元気な小学生、アシベと、ひょんなことからアシベに飼われる事になったゴマフアザラシの子供、ゴマちゃんを中心としたほのぼの4コマ「少年アシベ」の続編の第3巻。


…どう褒めようか、凄く迷う所。
もー、森下さんは凄い。本当に凄い。ある意味、4コマにおいては日本の頂点だと思う。←唯一トップと言う意味ではありません。別の角度から見ればいしいひさいちがトップだと思うし。
絵のデフォルメと言うか、キャラの表情付けと言うか、何か、比類ない。濃すぎず薄すぎず、バランスが取れている。絶妙。
これと、毎日新聞の夕刊で連載している「うちの場合は」が何てーのか、ありきたりなのにどこか有り得なくて、何てことなさそうでいて、でも凄く面白い。…上手く言えない…と言うか言って評価を固定したくないと言うか。
うーん、まあ、最も私的に凄いと思う4コマ漫画家、と言っておこうか。

とは言えストーリィ(ショートギャグ)漫画はそんなに面白くないけどね。あと、「スーパーまるでん」系は読む人を選びそう。

毎日新聞のインタビューに答えた一文に頷いた。ネームに関してだったと思いますが、「活字になって一番伝わりやすい言葉を選びます。」ですって。当然のことなんでしょうけど、難しい言葉を使いたがる輩が多い中、何か、分かっているなぁ、と思ったわけで。

1,2巻は新キャラばかりが出ていて、旧キャラ好きな人には物足りない感じでしたが、3巻は学校の旧キャラが結構出ていて楽しさ倍増です。ゆうまのママが好きなのよ〜。相変わらずだ〜。
ゆうまが髪型を変えたのはまことちゃんと被っているからかな?
どんどん面白くなる。凄いなぁ。早く続きが見たいなぁ。

最後に。…「まるでん」で買い物するのは不味かろう…?



2002年10月20日(日) 「梅若六郎能の新世紀:能楽入門3」

「梅若六郎能の新世紀:能楽入門3」(氷川まりこ文 ;梅若六郎監修,小学館)

内容:分かりやすい能楽入門書の第3弾。シテ方観世流能楽師・梅若六郎と、彼が積極的に手掛ける新作能の話を中心に多くのカラー写真を交え紹介する。


何時の間に第3弾出てたんだ…あ、4月ね。1巻と2巻は丁度去年の今頃買って、去年の11月にして能楽鑑賞の助けにしました。…本読んだから舞台がより面白かったと言うことはなかったけどね。

梅若六郎をはじめ、各人のトークに結構感じ入る所が多かった。下手すると説教臭く思えるトークがすんなり心に響いたのは語り手が上手いからか私がそういう世界を好むものだからか。

写真が奇麗〜。小物も舞台も見るだけでうっとり。…しかし能面というのはそう大きくないものだから、舞台では気付かないけどこうして写真に撮るとシテの弛んだ顎の肉が鮮明に写っていてちょっと興ざめ。やはり静止画って言うのは限界がありますな。
淀君の面が新鮮でどきっとしました。一番見たい新作能はこれかなぁ。

今まで読んだ入門書の中では一番盛りだくさんで分かりやすく、楽しかった気がします。これから何か読もうと言う方にはこのシリーズがお勧め。

今までにナマで能を観たのは5回程度かなぁ。5番までやったものについて言えばたった1回きりです。(笑)大した数ではありませんが、舞台芸能の中では能が一番好き。在り様が好き。
能の好きな所は変わらない所と体中の隅々まで神経が行っている所。
流派によって違いはあるけど、基本的に同じ題目であれば演者が誰であれ同じように舞う(←悪い意味でのアドリブがない、と言う意味)。逆説的に、だから、演者の個性が際立つのだと思う。
ちょっとずれるけど、子供に学校の制服を強要するのは「生徒の没個性化に繋がる」とか言う人が居ますが、バカだね。経済力も無いガキが誰の力に因るか知らない私服で本当の個性が出るか。その中に個性は無いとは言わないけど、表層を飾る事で出る個性は所詮表層のものに過ぎないでしょう。他人と同じ服を着せられてかつ現れるのがその子の内面の個性で、人が一般的に尊重したがる「個性」ってのはそこじゃないんですかね。
と、言う意見を持つ私には「どの演者も同じ舞いをする、その上でその演者の個性が出る」というシチュエーションがたまらなく好きなのでした。
&能は動きが少ないので、手とか声とかの表情で表現しないといけない。だから本当の末端まで神経をやらないといけない。その緻密さが美しいと思う。

去年、「エリザベート」を東宝ミュージカルと宝塚で観劇しまして。
東宝は、ダンスが私が望むよりは不揃いで、指先,爪先まで神経が行っていないと感じた所が「美しくない」と思いました。宝塚はダンスは流石にバレエのレッスンが効いているからか非常に美しいと思いましたが、低い男声を無理矢理出そうとして適っていない所と、トップ二人のデュエットで声量が合っていない所が「美しくない」と感じました。「細かな妥協を許す」と言うのかな?少し欠けている所が有っても、例えば月は本当はクレーターでぼこぼこだけれど遠くで見れば丸いんだよ、じゃあ「丸として完成している」と見て良いじゃん、そういう感じ?
全体的にはどちらも楽しかったし、私が望む所は舞台で問題にされる(すべき)所ではないのだろうと思いつつ、「私は」引っかかった、そんな「私が」満足するのは能楽なんだな、と…って思ったらもっと観に行きゃいいんでしょうけどね。何か、「いつでも観れる」(←職場からチャリだと5分の所に能楽堂が有る)と思ったらつい、ね…。(笑)ああでももう少し深く入ってみるかな、能。そう思ってしまった一冊でした。



2002年10月19日(土) 「自由人HERO 全12」,「忍ペンまん丸 全11」(再読)

以下2点、「読まない本は押し入れに片付けようキャンペーン」で選ばれた本です。押し入れにナイナイする前に1回読んでおくか、と。

「自由人HERO 全12」(柴田亜美著,集英社)

内容:パス。(おいっ。)…なんか、最終的には天界と冥界の闘いだったよーな?主人公ヒーロが数々の仲間を得て成長していく話?


2巻くらいまでは完全なギャグ調だったんだけどねぇー。どんどん洒落にならないシリアスに。…まあ、シリアスになっても柴田さんはギャグばんばん入れますが。シリアスの方は、なんつーか、ピュアな少年向けって感じでおばちゃん恥ずかしいよ。柴田さんのマンガはギャグのが好き。

懐かしい名前と外観の人がいっぱい出て来ます。スターシステム(8/4の日記参照)かとも思うのですが、柴田さんのは「こういう役割の人はこういう名前」と言うか…、スターシステムとはちょっと違う感じ。

親子が恥ずかしいほどラブラブで、こう、真っ直ぐに自分の身内を愛する話を書ける人と言うのは、そういう意味で裕福な家庭に育ったんだろうなーとか思ってしまいます。

まあ、1回どこかで読んでいれば買うまでの本ではない気がしますが、単行本出る度に買っていたので捨てられない本。


「忍ペンまん丸 全11」(いがらし みきお著,エニックス)

内容:念雅流の忍ペン(ペンギンの忍)まん丸は世界を支配することのできる(だっけ?)「天容の笛」を取り戻すべく、先輩忍者(?)のタヌ太郎とツネ次郎と共に旅に出る。←って説明じゃ、半分も伝えられません。長いマンガの内容説明するのは難しいんじゃーー!!


「ぼのぼの」描いた人の作品、と言ったら分かる?擬人化した動物が殆どなんですが、ちゃんと人間が出てきます。ほぼギャグで、コアにシリアスなストーリィが有りますが、登場人物が1から100までギャグ、と言う感じですので、ドツボな感じはしません。
シリアスとギャグの混在、と言う意味では前述の「自由人〜」と似ているかな。混合のバランスが違いますが。

嫌いではないけど特別面白いと言うわけではない。これはアニメの方が楽しいかもしれません。
…何で買ったかと言う「ぼのぼの」が好きだったからその流れで…。ちゃんと連載を追っかけていた記憶があります。昔の私はマメだったぁねぇ。

オタク的に無理矢理カップリングを考えると、紫狼沙×ネンガ?<考えんでよろし。
まん丸の天然な言動がすきー。かわいー。

動物擬人化物は、例えばロッキーチャックとかハッチとか、大嫌いなんですが、「ぼのぼの」もまん丸もオッケーなのは何でかなーと考えてみる。
ロッキーチャックやハッチは動物の性質や特質を無視した、「人間の負の性質」や「人間の悩み」を持っている所が嫌い。あれは人間のエゴな気がする。
でもじゃあ「バケツでごはん」は?と考える。あれは「動物が人間的」なんじゃなくて、そもそも動物が人間と同じもの…異種族的に描かれているから良いのよ!と結論…まあ、結局作者の力量と私の好み?


ところでこの23冊押し入れに入れた所で、床に散らばる一部の本が片付いただけでしたとさ。



2002年10月14日(月) 「飛ぶ教室」

「飛ぶ教室」(エーリッヒ・ケストナー 著 ; 山口 四郎 訳,講談社)

内容:ドイツの寄宿学校でのクリスマス頃の話。


Iさんより借り物。

所謂、名作ですね。書かれてから70年?ほど経っているのに色褪せていない。
ただ大人となった今だから、「優秀な小説とは」の定義が心の中で出来ている今だから「名作」と言いますけど、子供の頃読んでいたら琴線に触れなかっただろうなー。いえ、子供が読んで面白くないと言うわけでなく、この作品の良さはストーリィよりむしろ、人の描写と端々に見えるケストナーのメッセージにあると思うのですが、それは分かっても面白いと思う子供ではなかったので。そういう意味では今読んで良かった作品でした。
結構ね、子供向け名作って私の好きなタイプの話でないのが多かったんですよ。物事(ストーリィ)が単純すぎて重厚さが無かった辺りが。子供の頃はどっしりとした話が好きだったのですが、今ではあまり重いのは読んでて疲れるなーと。(笑)年かな。

親が子供に読ませたい話だなと思う。
これを読んで感じ入った子は、一般の親世代が愛するような子なんだろうな。
私も子供に読ませたいなと思う。自分の子でなくとも(いないもん…)友人の子とか、そこら辺の子とか。でも半分以上の子には、少なくとも読んだ当初には「たくさんの中の1冊」にすぎないだろうなと思うのだけどそんなことないのかな。

禁煙さんと正義さんとか、「怪しい感じの関係」の男の人出てますけど、読んでいて思ったのは「ホモセクシュアル」でなく「ユニセクシュアル」の世界だなと。
以前大学で留学生担当の先生がおっしゃっていたのですが、イスラムとか女が社会に出て来ない世界は性が男しかない、ユニ(単一の)セックス社会なのだと。当然女の人は存在はしますし、男と女は愛し合っても社会的に混在していることは決してない。商業も経済もなにもかも男だけの社会なのだと。「仲が良い相手」も、「命懸けで信頼する人」も「殺してやりたいほど憎んでいるヤツ」も、全て男。女という性は存在しない社会のお話。そういう感じでした。
良い悪いではなく、独特だなと思うわけです、はい。

一応読書が趣味な私ですが、こんな名作を読んだことがなかったのは、道徳の時間に読んだ「最後の授業」…クオレだっけ?(←今調べたら全然違いました。ドーテですって。)あれと勘違いしていて、「戦争の話は嫌だ」と思っていたからでした。はははのは。
ついでに、「世界大戦後の地球に教室ごと飛ばされる話だっけ?」「そりゃ、楳図かずおの「漂流教室」じゃぁっ!!」と言うやり取りが有った事も付け加えておきます。(笑)



2002年10月13日(日) 「銀河帝国興亡史1〜3」 


「ファウンデーション:銀河帝国興亡史1」
「ファウンデーション対帝国:銀河帝国興亡史2」
「第二ファウンデーション:銀河帝国興亡史3」  
     (アイザック・アシモフ著;岡部宏之訳,早川書房)


内容:全銀河を支配する銀河帝国は繁栄の絶頂期に有った。だが心理歴史学者であるハリ・セルダンは帝国の崩壊とその後3万年に及ぶ無政府状態を予測し、その混沌期を少しでも短くくるための組織「ファウンデーション」を設立し、超長期的再建計画を発動する。


「銀河帝国興亡史シリーズ」は本当は7巻11冊出ております。完結した続き物は全部読んでから感想書くつもりだったのですが(おかげでラスト1巻読んでない為に感想書けない小説が幾つか…。←読めや!!)3巻までで1段落しているそうなので一回区切ります。3巻出た後4巻出るまでに27年?かかったらしいしね。

最初の話が書かれたのが1942年。…60年前ですよ、オクサマ!
SFって未来科学世界じゃん?大概昔のSFって文学的にはともかく、「サイエンス」としては古臭くなっているものじゃないですか。それが全然。全く遜色ございません。悪かった、アシモフ!アンタを見くびっていた!
この話は今も名作だと思いますが、50年たっても名作だと思います。…まったく、本当の天才ってヤツは1世紀経とうが2世紀経とうが輝いているんだな、と、まさかSF作家で思うとは思いませんでしたよ。
ハードなSF知識が無くても読める、科学技術に関する知識が無くても読める…そういう構成だから古くならなかったのかもしれません。

これと比べたら「銀河英雄伝説」なんて凄くスケールが小さく思えます。まあ、あれは「銀河」を書いたというより銀河を舞台に「人」を書いた話ですから比べるのは正しくないんでしょうが。あ、別に銀英伝を小馬鹿にしているわけでないです。好きよ。あれも。同人誌も出したこと有るし。
世代が交代して行くので人を追っ掛けるのが好きな人には合わないかも…。あ、セルダン追っかければ良いか。
後、各話のクライマックス近くまで書いて終息は現在進行形的に表現するのではなくて、「結局○○になった」の事後報告的表現手法を多くしてあります。私は好きなので良いんですが、嫌いな人は大嫌いな手法でしょうね。

で、ストーリィ上でちょっと疑問。
何で第一ファウンデーションは第二ファウンデーションを敵視したのでしょう?両方のファウンデーションが有って成り立つセルダン・プランなのでないですか?第二ファウンデーションがミュールの敵だったのは分かる。でも第一ファウンデーションが第二ファウンデーションを敵視する理由は?「第二ファウンデーションは第一ファウンデーションにその存在を知られてはならないのが基本であるから、第二ファウンデーションは滅びなければ(表面上は)ならないと言う第二ファウンデーションの大前提から、第一ファウンデーションに第二ファウンデーションは敵であると意図的に思い込ませた」?でも操作されていない人も第二ファウンデーションを滅ぼそうとしたよね?何で?第二ファウンデーションが有ってこそのセルダン・プランだと第一ファウンデーションの人は思わなかったの?

もっと根本的に、セルダン・プランが正しく発動される必要はどこにあるの?いえ、初期段階では3万年の無政府状態を1千年に縮める意味は有ったでしょうが、どの段階でセルダン・プランが失敗してもこの数字?読んでいて段々、何故そこまでセルダン・プランに拘るのかが分からなくなっちゃいました。3万年の無政府状態のどこがいかんの?広大な大銀河を1つにすることに固執せずに、今の、多政府世界のどこがいかんの?…いや、そういう根本を言ってしまうとどうしようもないとは思っているのですが、セルダン・プランが唯一絶対のものであるという緊迫感があまり感じられなくて…え?読み込み不足?ほっとけ。
まあ、4巻以降で少しは疑問が払拭出来ればなと思ってます。
↑以上の疑問は「小説(家)に対して」でなく「ファウンデーションの連中に対して」なんですが、そういう所でもこの小説は凄いなと思ってみたり。

「ミュールの正体」と「第二ファウンデーションの位置」は「小説としてこうあるべきなのだろうな」と言う観点から考え、謎として提示された初期に既に分かってしまいました。(後者は一辺「違ったか」と騙されたけどね!)逆なんでしょうね。「小説としてのビックリ手法(お約束)」をこれら偉大な先人達が作り上げ、エセ(もしくは優秀な)後進たちが真似をし、技法が確立した、と。それ考えると「そういうお約束だ」と頭がスレていないうちにこの本を読んだらすっっごく興奮してアシモフ信奉者にもなっていたかもしれないなと思うとちょっと残念です。

私はSF者ではないんですが、「面白かった!」と思う本はSFが多いです。「冷たい方程式」「火星年代記」「人類保管計画シリーズ」「戦闘妖精・雪風」等。これは「面白いと思うこと」の要因となるのは「エンターテイメント性が高い」が大きいからではないかと。で、SFと言うのは性質上舞台設定が派手な事が多く、それだけで1つクリアしているようなものなのに、+αが出来る。SFに恋愛入れたり戦争入れたり人情入れたりミステリ入れたり、さらに派手派手しく出来る、と。そうするとどうしてもエンターテイメント性は上がる。(勿論書き手が上手い事が根底条件ですが。)だから上質のSFは他のジャンルより、より面白いんでないかと。
「他のジャンル要素を加味出来る舞台設定が派手な」と言う意味で、それに近しいジャンルにファンタジーが有ると思うのですが、それとSFと違うのは「現実社会との接点」と言うことではないかと。
ファンタジーも現実社会と接点が有るのが大前提(※7/26の日記参照)ですが、SFとファンタジーの違いはその接点が横に有るか立てに有るかかなと思うわけでして。
ファンタジーと現実は横で繋がっている。所謂、平衡宇宙。パラレルワールド。神話世界なんかだとあれを「世界の実際の過去」と見れないとは言いませんがやっぱりどこか横に軸がずれているんじゃないかなと思うわけで。
一方SFは現実社会と立てで繋がっている。SFは未来の私たちの社会だ、と。だからSFはファンタジーより間口が広いのかなーとちょっと思いました。いえ、ほら、年とるとあまりに非現実的な社会が舞台だと読んでて萎えてくるじゃん。だからさ。

…偉い文が長くなったけど、入るんかい、これ。



2002年10月12日(土) 「チョコレート工場の秘密」

「チョコレート工場の秘密」(ロアルド・ダール作 ; 田村隆一訳,評論社)

内容:世界一のチョコレート、「ワンカ」のチョコレート工場は10年前から誰一人中に入ったことがない不思議な場所だ。ある年、工場の経営者、ウィリー・ワンカは5人の子供を特別にこの工場見学に招待すると発表する。チョコレート工場の近くに住む貧乏な家の子チャーリーはその切符を幸運にも手に入れ、不思議で面白い工場見学に向かう。


くそ甘そう。
滝のように流れ落ちる美味なチョコレートを前にしてもそんな感想しか出て来ない私って…。
あ、でもわくわくしたし、チョコレート食べたくなったよ、うん。(←そんなあーた、付け足しのように…。)

チャーリーが拾ったお金でチョコを買い、その幸運を引き当てた所を誰も指摘しないのかなとはらはらしました。「拾ったお金はその人の幸運」と言う文化潮流でもあるんでしょうか?



2002年10月09日(水) 「笑いのツボ:風来のシレン4コマまんが集」

「笑いのツボ:風来のシレン4コマまんが集」(チュンソフト編)

内容:SFC版とGB版ゲーム「風来のシレン」を題材にした4コマ漫画。漫画家によるものと優秀投稿作品で構成されてます。


一番笑ったのが「風魔の盾+56だった大きなおにぎり」。笑ったと言うか、遠い目をしたと言うか。私も、「元、「白紙」「巨大なおにぎり」「復活草」「大部屋」等入った保存の壷のおにぎり」を食べた事がありますよ…。

漫画家の描いた4コマがほぼつまらない。パロ向けに出来てないのか、手ェ抜いているのか。
以前プロが描いたエヴァ4コマ集みたいのが出てまして買ったのですが、それも面白くなかった。パロとオリジナルとでは描き方が違うのかなぁ。それとも、この人たち、オリジナルも…(以下略)。
ま、昔のあずまきよひこの4コマ見れたのはちょっとだけ収穫か。

投稿にひろせみほが!!アマ時代なのか?えーと、発行97年?…もうプロだった気が…。結構好きなのに最近一般4コマ誌では見ないなー。

「シレンおにぎりラムネ」って当時売られていたのね…。いいなー。欲しいなー。誰か頂戴ーー。



2002年10月08日(火) 「お母さんは「赤毛のアン」が大好き」

「お母さんは「赤毛のアン」が大好き:吉野朔実劇場」(吉野朔実著,本の雑誌社)

内容:吉野朔実の読書エッセイ漫画。


前回読んだ「弟の家には本棚がない」(9/21の日記参照)に比べると本の粗筋に触れてあるものが多く、多少面白かった。「お父さんは時代小説が好き」(吉野朔実の読書エッセイ漫画第一弾。大分前に読了)が一番粗筋に触れてあって、今回の本が第二弾だから段々粗筋減って行っているのかも。…や、もしかしたら減ってないのかなぁ。知っている本が多かったかどうか?今回結構読んだ本が含まれていたのでその部分が楽しかったのかも。

「薔薇の名前」。一番好きな小説は?と聞かれたらまっ先に上げるだろうくらい好きな小説。…誰かに貸したっけ?見つからないんだけど〜。この本がほんの一言載っていた所為で買い直しかねない勢いです。どうしてくれるんだ!今月お金ないんだぞ!!



2002年10月06日(日) 「振袖いちま 3」

「振袖いちま 3」(須藤真澄著,エンターブレイン)

内容:7/27の日記参照。最終巻。


いちまちゃん、かーーわーーいーーーっ。
こういう友達欲し…くないや、付き合うの大変そう。(笑)
須藤センセ、「いちまみたいな人形が欲しいって人がいない」(あとがきヨリ)のは「怖いから」じゃなくて、「大変そうだから」よきっと…。私不器用だし、ゆきちゃんみたいにいろいろ作れないもん。あんだけ色々次から次へと注文付けられたら心労で倒れてしまいますよ。

終わり方もとても奇麗。
…所で、7/27の日記で「3巻は秋発売」って書いて、「随分先の事だなぁ」と思っていたのにあっと言う間でしたよ…。最近年月流れるの早くていけねぇや…。

お素敵なトーンワークを一部自分の原稿で真似させていただいたのですが、全然可愛くなりませんでした。失敗。私が悪いのか、センセの技術が高いのか…。…いーけど、別に。



2002年10月05日(土) 「エン女医あきら先生 5」,「むきたまごビューティー 1」

「エン女医あきら先生 5」(水城 まさひと著,芳文社)

内容:ちょっとドジな外科医、あきらを主人公にした病院日常4コマギャグまんが。


昔ほど面白いと思わない…。そろそろコミック買うの止そうかなと思いつつ惰性で。
一番ネックは絵かな〜。パソで仕上げるようになってから、クドくなった。上手いんだけどね、ディズニーアニメに感じるのと同じ感じ。「手ェ入れすぎ」。何か、いろいろ大袈裟な感じだし。←ネタがでなく、絵そのものが。
ネタはシンプルなんだから絵もシンプルな方が良いと思うけど、まぁ、好みの問題でしょう。



「むきたまごビューティー 1」(ふじのはるか著,芳文社)

内容:OLを辞めておしかけエステシャン見習いになった梅宮,しゃべれるパンダで梅宮の先輩エステシャン見習いバーバラ,敏腕エステシャン美園さんを中心としたエステシャン4コマギャグまんが。


ふじのさんの漫画は独特の温かさがある。読んでいてほんわかする。
とは言えバーバラ初出時マンガ(巻末近くに掲載)を連載当時読んだ時はバーバラ嫌いだったけどね。ああいう思い込み激しい強引系って苦手。

脱ぐと凄い妹さん、新聞屋のおかみさん、梅宮、皆表情が良い。同じ「温かさ」を出していても夫々にする表情が違うんだ。ちゃんと描き分け出来ているなー…ってプロなら当たり前ですか?でもプロでも出来てない人結構いるよねぇ?



2002年10月04日(金) 「HUNTER×HUNTER 12」,「ヒカルの碁 19」

「HUNTER×HUNTER 12」(冨樫 義博著,集英社)

内容:パス。…や、説明しにくいし。純粋に少年漫画として面白いよ、と。


単行本になる度に書き直すのは面倒でしょうに…。ハナからちゃんと描けば良いのに、ってのは「どうしてあと10分早く起きられないの!」と言われ続ける遅刻魔と同じ感じか。

しかし魅せるのが上手いよね〜。好きなキャラいないからそういうハマり方しないけど。



「ヒカルの碁 19」(ほった ゆみ原作/小畑 健絵,集英社)

内容:平安時代の囲碁指南役、佐為の幽霊にとりつかれ、望まれるまま、初めはいやいや、そのうち自発的にヒカルは囲碁を打つようになる。本著はその佐為が居なくなり、ヒカルがプロとして独りで歩み出す第2部の最初の巻。


アキラトヒカルのじゃれ合いが楽しい〜。良かったね、アキラくん、ヒカルが居て。そんな感じ。

しかしキャラに本当に良い味がある。あの御器曽プロ(漢字合ってる?)もあれ!最後にヒカルに見せた寂しそうな、悔しそうなえもいわれぬ表情と、あの台詞とで、「ああ、この人も希望に燃えていた若い時代が有ったんだ。前途にでっかい夢を見て、プロになって、トップを目指して、でも段々と自分の力に限界を感じ、悩み、遊み、やがて諦めやけばちの達観をするまで至ったんだ。ヒカルを見てかつて希望に胸を膨らませた若かった頃を思い出し、今の自分は何なんだと自問しているに違いない。しかも、自問した所でやはりあの頃の自分には戻れず、また、決してヒカルたちのように上に上に行く棋士ではないと自嘲気味に自覚し、苦みを口全体に感じ乍らもどうすることも出来ないのだ、きっと。」と、思えた。棋士は目指さずなんとなくでなれるものではないと分かっているから余計。全く、上手いわ。



2002年10月02日(水) 「クリスタル・ドラゴン 20」

「クリスタル・ドラゴン 20」(あしべゆうほ著,秋田書店)

内容:邪眼のバラーに一族を滅ぼされた魔法使い見習いのアリアンロッドは一族の敵を討つべく旅に出る。ファンタジー漫画。竜,魔法,真の名,精霊、それらの言葉に引かれた人は読んでみると良いでしょう。キャラクターも、美形もマッチョも美人も老人もヒネクレ者もコワモテも揃っております。刊行頻度が遅いのが珠にキズ。


初めて読んだのが2巻出た当時だから…うわっ、20年前だ!!
当時この世界観が好きでねー、小説より何より、ここからファンタジー世界に入ったのでした。

まとめて読み返してみると、バラーとアリアンの関係がなんつーの?運命の同じ環に二人乗っている、とでも言うの?そういう感じで。原作ではそういう風にならないだろうから、同人誌で誰かこの二人のハードな(H描写が、ではない)恋愛モノ書いてくれないかなーと思ったものです。

グリフィスが可愛いわ。アリアンと絡むと三枚目とまではいかないけど、自分の調子を狂わされる感じがありありと出ていて楽しい。

先はまだ長そうですが、最後までちゃんと描いてよねー。私にとって、長い連載ものの中で、ちゃんとENDマークが付くのを切望しているお話の筆頭なのでした。


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