| 2002年09月30日(月) |
「ハッピー・バースディ」 |
「ハッピー・バースディ」(新井素子著,角川書店)
内容:後藤明は大好きなきーちゃんと結婚をし、初めて書いた小説が賞を取りベストセラーとなる幸せの絶頂期にあった。が、ある日「いい気になるなよ」と言う差出人不明の手紙が届き、同じ内容の嫌がらせ電話がかかって来ることから歯車が狂い出す。
先に読んだ友人が「読後感爽やかなサイコ・ホラー」と称したので、ホラー大嫌い(怖いの嫌い)な私はびくびくし乍ら読みましたが、ホラーちゃうやん!!どこがホラーやねん!おらっ!
ストーリィとしては「一人の小説家が出来るまで」。全ての災い、全ての至福が彼女を一小説家として完成させる為の布石。そんな話。 しかし使い勝手の良い手ではありますが、人死にが、しかも一番大切な人の死が人の成長の切っ掛けになるという話は辛いなぁ。 私の特性の問題でしょうが、残される者にでなく、逝く人間に感情移入してしまう。小説家となったあきらの作品を、きーちゃんが読めないのは辛いなぁ、悲しいなぁ、きーちゃんこそ読みたかっただろうに…、読みたかったのにな…。そう思ってしまって辛い。
エンターテイメント性は低いと思う。「どう?」と聞かれても勧めない。今回は「素子節」はそんなに鼻につかなかったけど、読めない人は読めない文でしょう。でもこの小説を読んで私は何個所も思う所が有った。自分の考えを再確認出来る文が多かった。いつもなら小説読んで思うところが有ったらここに書く所なんですが、多すぎて書ききれないので断念するくらい。 個人サイトを持つ皆さんに読んでもらいたいなと思う文があったのですが、果たしてそこを読んだ所で私が言いたい事が伝わるとは思えないなと最近ようやく気付いた。←詳しく書こうとすると長くなるんだ、これが。
どーてーも良いけど素子さん、書きかけの続き物の続き、出して下さいよぅ。
| 2002年09月29日(日) |
「西洋骨董洋菓子店 4」 |
「西洋骨董洋菓子店 4」(よしながふみ著,新書館)
内容:西洋洋菓子店(所謂、ケーキ屋)で働く4人の男達のまんが。最終巻。4人の内訳(?)は、子供の頃誘拐された経験の有る財閥の家の出のオーナー、マジホモのパティシェ、オーナーのお付き的存在(でもいろいろ役立たず)のホール係、元ボクサーのパティシェ見習い。
マジホモ表現を嫌悪している人でなければ一辺読んでみ、と言う感じ。エンターテイメント性の質は色々な意味でかなり高いと思う。 いろいろ食いつける要素が多いのにこれで最終巻なのは惜しい気がしますがとても奇麗な終わり方をしていて納得出来る。以前描いた脇キャラも後々まで活きていて読んでいて楽しい。ギャグと言うかネームが冴えていて所々笑ってしまった。うん、エンターテイメント性高いよ。
洋菓子がとても美味しそうに表現されてますが、いまいち食指が動かない所を見ると私はやはり和菓子党ねと再確認。洋菓子でもフランス的凝りまくり菓子はそう好きでないのですが、もしかしたら本当に美味しい洋菓子を食べた事がないのなかと思わないでもない。友人等の勧める菓子はほぼ食べているんですけど琴線に触れるものってあまりないなー。でも洋菓子の見目は結構好きですので、これで美味しいものに当たれれば良いなと願うこの頃です。
| 2002年09月28日(土) |
[じゃりン子チエ DVD BOX3](DVD) |
[じゃりン子チエ DVD BOX3](バンダイビジュアル)
内容:7/5の内容参照。DVD。
安心して見れます。絵や動きもだけど、声も音楽も「ん?」と思わせる所がない。原作の世界観にマッチしている。 ちょっと前に「チエちゃん奮戦記」(「じゃりン子チエ」テレビ版の約10年後に作られた続編で、当時は関西方面でのみ放送)を見たのですが、そちらは演出がちょっと現代っぽくなっていると言うか、どこか納得出来ないものがあったのでそれと比べて余計にそう思いました。マサルとミツルの声は前のの方が良いよ〜。
ヨシエさんのリレーの話とヒラメちゃんの絵画コンクールの話が特に好き。
「沖縄やぎ地獄」(さとなお著,角川書店)
内容:沖縄の食に魅せられた作者が、何度も沖縄へ足を運び食べ歩いた体験を元に書いたエッセイ。
沖縄行きたくなります。 青い海も伝統文化にもさして興味のない私ですが、食となると俄然興味が出ます。行って食べたい〜。 飛行機嫌いでなかったら行ってます。
さとなおさんの食エッセイは先に讃岐うどんについて書いた「うまひゃひゃさぬきうどん」を読んでいるのですが、その時は文章が上手くないなぁと言う印象でした。だから今回も買うのはちょっと躊躇ったのですが、読んでびっくり。格段に上手くなってますね。「上手くなったと感じた」かな?もしかしたらそんなに変わっていないのかもしれませんが。 さぬきうどんの時はどうしてもさぬきうどんエッセイ(レポート?)の先駆書であり教典的存在(笑)の「恐るべきさぬきうどん」と比べてしまって、あの絶妙なテンポとノリに追従するものはなく、それで「下手だ」と感じたのかもしれない。 後は食レポート以外のエッセイ部分が中々良かったのもある。この人は感動をがーーん、と前面に押し出すより少し冷静に一歩引いて書く方が上手いのかもしれません。
しかし私が飛行機嫌いなのは神様が与えてくれた足かせかも。(笑) 飛行機乗れたら今ごろトルコとドイツとイギリスと北海道と香川と沖縄は1度ならず行って、今より更に貧乏になっていることでしょう。…旅行ジャンルもやってたりしてね。
自文化に対する自尊心については思うところありますが、またいずれ別の機会に。←備忘録として。
| 2002年09月26日(木) |
「カルバニア物語 7」 |
「カルバニア物語 7」(TONO著,徳間書店)
内容:中世的架空世界の一王国カルバニアが舞台。中心人物は男勝りの伯爵令嬢、エキュー・タンタロット,国初の女王タニア等。まんが。
ファンタジー色してますが、現代社会と変わらないんですよ。や、良い意味で。王国だし女王だし伯爵だしドレス着てるし美形はいるし、でも、登場人物の方々の思惑とか悩みとか行動とか、とても親近感がある。女性の社会問題進出、それに伴う軋轢等、現代社会に対する皮肉っぽく見える所があるかもしれませんが、なんつーの、説教くさいとか問題提起的とかそんなの全然なくて、カルバニアと言う国がしっかり在る上で「あー、あるあるこういう事」みたいな。
面白いのになー、何で本屋にあまり置いてないんだろう。マイナー出版ってこれだから。 昔からエキューは好きでしたが、最近は、悲しい強さを持ち乍らそれを悲しいとは思っていない強さを持つタニアがかなりツボ。
後書き読んでいて、感心。描くのが辛い話だって。こんなに面白いのに苦労しているんだ。苦労してやっとやっと描いても面白いんだ。ここら辺がプロだなと思う。アマチュアは辛がって描いた話って面白くないよね。と言うか、最近は描くのが辛ければ描かない、と言うのがアマの主流らしい。趣味でやっているんだから描きたくなければ描かないで正しい、と言う意見はもっともだと思うけど、勘違いしている人が多いように思えます。 どうも「描けない」=「ネタが下りて来ない」「神様が降りて来ない」と思っているフシがある。考えても考えても思い付かないが「描けない」ではないんですかね?いえ、別に前者を「描けない」と言っても一向に構わないんですが、その状態をいっちょ前に「スランプ」と称す輩が居るのは流石に気に食わないわけです。「描けない状態でも描いて来た者が描けなくなる」状態こそスランプだと思うわけで、それと一緒にするのは毎週30時間の残業をする者の隣で30分残業してしんどいとぬかすの以上に失礼な感じがするのですが。私としては。
| 2002年09月23日(月) |
「ラーゼフォン:時間調律師」,「ピンポン 全5」,「PAPUWA 1」 |
「ラーゼフォン:時間調律師」(神林長平著,徳間書店)
内容:村瀬明は何百回目かの16歳の朝を迎えていた。死ぬ毎にこの時間に戻され、再び人生をやり直しているのだ。その時間軸の捻じれ(無限ループ)を修正すべく、”ラーゼフォン”を起動させようと動き出す。 同名アニメのノベライズと言うわけではないようです。アニメ見てないので良く分かりませんが。同じ世界観を使用しているのかな?それともアイテムだけ同じなのかな?…ま、とにかくアニメとは別物らしいです。
ハードSFをベースにエジプト神話(?)で味付けしてあるのでどちらにも疎い人間には意味不明度増大。 何となくいつもの神林さんとは違う気がするのは先入観から来る気のせいか。とは言え、しっかり神林イズムの現れている作品だと思いますのでファンは買い…かな。
アニメ見た人はどう思うなんだろ?読んで面白い?アニメとは違うらしいですが、「これアニメだったらわけ分からんだろうなー」と随所で思いました。 エジプト神話も知っていたら面白いのかなー。ハードSFも、エジプト神話も、アニメもアウトな私ですが、「神林」と言うだけで楽しかったですよ。…面白かったかと言われれば「人には勧めないけどね」と返事しておきます。(笑)
「ピンポン 全5」(松本大洋著,小学館)
内容:卓球にかける高校生達の青春。
面白ぇっ!粗筋とか言っても伝わらないと思うから、読んでみて、とだけ言うか。 夫々の心情とか生き方とかなんつーか、良いです。
これ、6年ほど前の作品なんですよね…。Iさんに大プッシュされて買いましたが、言われなければ手ぇ出さなかったと思いますよ。 つくづく思うのは、日本には空けられていない宝箱のなんと多いことか、と言うこと。私きっと、そこら中で宝箱無視して今まで生きて来たんだろうなー。や、クズアイテムとか多いと思いますが、レアモノ、私にとってだけのレアアイテムをいっぱい取りこぼして来ている気がします。 ヒカ碁のように「知らなかったら一生損をする」ようなものはどこかで運命が働いてゲット出来る気がしますが、「出会えて嬉しかった」ものはかなり取りこぼしているでしょう。一生かかってもきっと無理だよ。 文化が大事ってこういう事かなとふと思う。自分家の庭が裕福で充実しているなら余所の国行って戦争しようだなんて積極的には思わないんじゃないかなと思う。平和ボケ者の戯言かもしれませんが。
「PAPUWA 1」(柴田亜美著,エニッス)
内容:「南国少年パプワくん」の続編。4年間眠り続けていたコタローはある日何者かに呼ばれて目覚め、第2のパプワ島に向かう。
前作読んでないと分かりません。
柴田亜美さんの、ドシリアスの中にいきなり、それでいて違和感無く織り交ぜられるギャグのテンポが凄く好き。 展開的には最近ちょっとマンネリズム(※)が見えるので「好きーーーっっ!!」とは言えませんが。私にとって、本が出て買って後悔はしない作家さんです。
※作家個々が持つお約束のうち、読み手が気に入らないものが「マンネリ」気に入っているものは「個性」と受け手の感性によって決まるんでないかと思います。
| 2002年09月22日(日) |
「インドまで行ってきた」,「Dr.モローのリッチな生活 しょのに」 |
「インドまで行ってきた!:Asian Deep Walking」(堀田あきお&かよ著,小学館)
内容:アジアを旅する杉田純一のインド旅行。フィクション漫画。著者のインド旅行レポートが数ページ付き。
えーこちゃんが購入したものを彼女が読む前に横取り読み。(代わりに「ピンポン」先読んでもらったもーーん。)所謂「ディープ・アジア」モノ。 日本人が文化の違いから海外旅行で酷い目に遭うと言う話は嫌いなんですけど、今回はその手の話が薄かったようで、キツくはなかったです。 でもやっぱこれ読んでインド行きたいとは思わないわ。もともと旅行嫌いだしねー。
「Dr.モローのリッチな生活 しょのに 1994〜1996」(Dr.モロー著,フォックス出版)
内容:7/18の日記参照。第2巻。
感想も7/18の日記前半参照。
…しまった、この巻の頭から丁度同人誌持ってるわ…。…てことで3巻も出てたのですがそれは未購入。 同じものは2冊もいらないなりよ〜と思いつつ、後書き書き下ろしが面白かったので、ま、いーかと。…しかしと言うことは3巻にも書き下ろしが数ページ有る?困るよー、そういう商売。買おうかどうしようか迷うじゃん。
| 2002年09月21日(土) |
「まろ・ん?:大掴源氏物語」,「弟の家には本棚がない:吉野朔実劇場」 |
「まろ・ん?:大掴源氏物語」(小泉吉宏著,幻冬社)
内容:源氏物語を1帳2pの漫画で表した「漫画で読む源氏物語」。
タイトルの「掴」は本当は旧字体。作者の「吉」は本当は下が長い方。
光源氏の顔が「栗」のギャグ調。やんごとなき方々の一人称「まろ」とかけたか? 思う所有って、平安の分かりやすい貴族社会を書いたものを探していてゲット。案外役に立ちました。
「源氏物語を読む」と言う目的ではこれくらいのものが私には丁度良いです。 名作だとは言われておりますが、まあ、構成やら物語性やら分析しますと良く出来ているなとは思うのですが、如何せん私、光源氏のような男、嫌い。「あさきゆめみし」読んでも思ったのですが、見てていらいらするし時々ぶん殴りたくなります。ので、これで源氏物語を読んだ気になるには良い長さです。
「弟の家には本棚がない:吉野朔実劇場」(吉野朔実著,本の雑誌社)
内容:吉野朔実の読書エッセイ漫画。
読んだ本についてあれこれ触れてあるが、内容紹介が殆どない。エッセイでその本に興味を持っても買う参考にはならない。読んだ読者向け&ネタバレ回避の意味があるのかもしれませんが、やはりこの手のものは内容に触れてもらわないと物足りない〜。 吉野朔実ファン向けってとこかな。
| 2002年09月20日(金) |
「チョコレート戦争」 |
「チョコレート戦争」(大石真著,理論社)
内容:明と光一は町で一番高価で美味しい金泉堂のチョコを盗んだと濡れ衣を着せられてしまう。汚名を雪ぐべく二人の夫々の戦いが始まった。
昨日の「素子の〜」の中で興味持ったもので近くの本屋に有ったものを買ってみました。のうちの1冊。…実は「チョコレート工場の秘密」と間違えて買ったのでした。結果オーライな感じでしたが。
児童書。なので筋はわりとあっさりしてます。でも構成はしっかりしてます。悪人もいない。これくらいのものが私的には好み。 拗れさせて貶めてどん底に落してから苦難を乗り越え勝ち得るパタンの話はもう疲れて読めないですよ。それで出来が良いならともかく、構成とか文章はしっちゃかめっちゃかな物が多いしねー。
ご多聞に漏れず私も金泉堂のエクレアが食べてみたくなりました。
| 2002年09月19日(木) |
「素子の読書あらかると」 |
「素子の読書あらかると」(新井素子著,中央公論新社)
内容:新井素子の本についてのエッセイ。読書して思った徒然を綴ったもの。非書評。
がはっ。文体のダメージでかい〜。素子さんってエッセイではこうだっけ?エッセイもの読んだの久々だったので衝撃でかいよ〜。 素子さんが悪いんじゃないんです。実はこの文体、最近まで時々読んでいた大嫌いな書き手さんの文体そっくりなんですわ。>逆、逆。その書き手さんの価値観と姿勢と行動が嫌いで嫌いで、一時期結構不快な日々過ごしていたんですけど(区切り良い所でその人の文を読むのを止めたのでもう平穏ですけど)、それ思い出して暫く不快でした。 不本意だよ〜。素子さんの文体は昔からちょっと合わないと思う時も有ったのですが、価値観とか考え方とか好きなので、本末転倒的に不快を感じるのは嫌〜。 …まあ、最後まで読むうちに「この文体=素子さん」という差し替えと言うか回帰が出来たので良かったですが。素子さんの方がずっとお上手なので、その作業はすんなりと行きました。(笑)
えー、新井素子と言う作家は、少女時代の私にとって(というか「私らのようなものにとって」。←分かる人は言いたいこと分かるよね)、カリスマでした。ちなみに、私が他にカリスマ視した人はマルチナ・ナブラチロワと乙田基。乙田基を知っている人は凄いね。15年ほど前の同人作家だ。…おいといて。 多感な少女時代の私は素子さんが右と言ったら最初は左だと思っていても、左だと思っていたことすら忘れて右だと言い張るくらい心酔していた気がします。その時代にこの本を読んでいたら、参照されている本全て買って多少合わなくても私の読解が不味いんだろうと自分を責めていたことでしょう。 今はそんなことないです。素子さんの考え方には共感出来ますが、本の趣味はかなり違う。「その本でその感想か!」と驚くものも割と、有ります。でもやっぱり考え方は好き。想像力についてとか、頷く場所多々有り。エッセイとして楽しかったです。
今では素子さんをカリスマ視していませんが、この間「チグリスとユーフラテス」を読んで、「ああ、素子さんは私たちのような者にとって、本当にカリスマだったんだなぁ」としみじみと思いました。もう戻れない過去の美しかった時代を淡く鮮明に(はい?)思い出させてくれたというか。あの時代が有って今の私が在るんだなと言うか。新井素子節バリバリで、万人にはお勧め出来ませんが、少女時代にこの作家に出会えて良かったなぁ、と本当に思っています。
所でこの本、今年アマゾンで価格調整の為に買ったんですが、2000年発行で初版ってどーよ?在庫としてずっと取ってあった?確かにこれは流行るような本ではない。でも素子さんファンなら半分の人は買うんじゃないかな。でも私、この本出ていたこと知らなかったぞ。広報が不味いのか、現在の出版流通の弊害か。本が売れないのって、潜在読者の取り込みに失敗している所が大きいと思うぞ、っと。
| 2002年09月18日(水) |
「せんせいになれません 2」,「月刊フリップ編集日記 2」 |
「せんせいになれません 2」(小坂俊史著,竹書房)
内容:借金まみれでバイトに精を出す池田,天然でどす黒い良い加減な河田、二人の代理小学校教員を主人公に繰り広げられる4コマ。
「月刊フリップ編集日記 2」(小坂俊史著,竹書房)
内容:月刊フリップという弱小まんが雑誌の編集部と周りの漫画家とで織り成す4コマ。
感想は一緒にします。
雑誌連載で全部見ているのに(若干の書き下ろしはありましたが)発売日に手に入れたくて昼休み自転車走らせてゲット。 ネタの着眼点もそれを4コマに収める時の技量、絵柄、キャラの性格付け、全てにおいて文句ナシ。今私のイチ押し4コマ作家です。 デビュー当時からおっかけてて、どんどん人気が出て行って、嬉しいと言えば嬉しいのですが、4コマ作家にありがちですが、連載を持ちすぎて段々ネタが薄くなることが心配です。「それで終わる漫画家ならそれまで」と言う人がいるかもしれませんが、じっくり描けば良いモノを20年でも書きつづけられる人が、急かされて5年で寿命を終えるとか言う事になると勿体無いと思うのですよ。(小坂さんがそうなると言うわけではありません。) 寡作の作家や寡作の漫画家って市民権あるのに寡作の4コマ漫画家って許されてないよね。それで消える人がいるかと思うと残念。今の4コマ漫画家の売れる条件の1つは間違いなく、漫画を乱発出来る事だしなぁ。
「せんせいに〜」のあとがきで小坂さんが「今は気付かないかもしれないけど河田も池田も良い教師だと思う」というような事を書いて有ったのが心に残った。こういう教師にもたれた子供たちは強く生きると思うよ、うんうん。
| 2002年09月08日(日) |
[未来少年コナン 全7巻](DVD) |
[未来少年コナン 全7巻](バンダイビジュアル)
内容:2008年、戦争により人類は壊滅に近い打撃を受けた。20年後、一大機械帝国インダストリアは残された原子炉エネルギーに代わるものとして太陽エネルギーの獲得をもくろみ、その分野の第一人者であるラオ博士の協力を取り付けようと躍起になる。ラオは太陽エネルギーを悪用しようとするレプカの陰謀に気付き身を隠す。てな所から始まるラオの孫娘ラナと、ひょんな事から彼女を救った野生児コナンたちとの冒険物語。DVD。
テーマはシンプルな方が良いよね。そして伏線拾い含めてしっかり終わっている話がさ。 全28話?かけて1つ事を丹念に書いて行った印象を受けました。シナリオもアニメも声も良いアニメでした。 今のはちゃめちゃ、てきとー、ぐちゃぐちゃOVAは見習って欲しい感じ。と言うか昔は皆ちゃんと描いていたよね。 思うに、昔はアニメの認知度が低く、制作する側も一苦労で、だから、丁寧に作ったし、能力のある人が作ったし、洗練されていたんだと思う。今はアニメの認知度が高くなっちゃって、「アニメ?よっし作れ!」てな感じに金出す所も多くなったし技術の進歩、低コスト化からまさに誰にでも手が出せる、素人くずれが作品作れるようになっちゃって。しかも需要より「オレが作りたいものを作るんじゃーーっ。」って、人から金貰ってるくせに自己中な話ばかり増えちゃって。それやって良いのは才能ある人だけだってーの。失敗しても次があるさと駄作の連続。そんな作り方じゃ駄作が数多く出来るだけだってーの。アニメ人口の増加がアニメの質を落している、そんな感じ。
…でも寂しいよね。本当は好悪ってその後に来るものじゃん?つまり、一定以上の出来は当たり前で、その上でストーリィとかキャラクターの好き嫌いを語れるのが本当と言うか。ぶっちゃけて言うと実は「コナン」はあまり私の好きな話でもキャラでもない。でも、ストーリィに破綻が無く、キャラが立っていると言うだけで褒めてしまえる。そこに現在のアニメ界を憂えてしまうと言うか。
好みの話でなかったので放映時は見てませんでした。何故かモンスリーと船長の結婚式のシーンだけは見ていて憶えていて、だから1巻目から「一体この二人、どうやってくっ付くんだ?」と見ていてそれが楽しみでした。 何でそんなDVD持っているかと言うと、去年の誕生日に友人に「何かアニメのDVD見繕って」って言ったら1,2巻だけ寄越しやがったのでその後は自分で集めたからです。
所でテナの声を聞いて「できるかな」が見たくなりました。幻の最終回、ビデオで持っている人が周りにいないものか。
| 2002年09月07日(土) |
「三十路のうなじ 1」 |
「三十路のうなじ 1」(浜口乃里子著,芳文社)
内容:20歳のさくらと28歳(だっけか?)の麗子の、OL年の差ギャップ4コマ。
雑誌で読んでいるので定価で買うつもりはなかったのですが、古本屋で安く売っていたのでゲット。
そんなに面白いわけではないんですが、麗子さんが(と言うか多分作者が)同年代で身に覚えがあるネタが多くてそれなりに楽しめます。
| 2002年09月06日(金) |
「マイセン : 秘法に憑かれた男たち」 |
「マイセン : 秘法に憑かれた男たち」(ジャネット・グリーソン著 ; 南條竹則訳,集英社)
内容:西洋で初めて磁器の制作を成功させた男たちの話。ノンフィクション。
図書館より借り物。 内容だけ聞くと「プロジェクトX」みたいなものを想像するかもしれませんが、読後感は非常に悪かったです。あの美しい磁器の誕生にこんな腹黒い連中ばかりしか携わっていなかったのかと思うと幻滅。書き方が悪いだけかもしれませんが。ノンフィクションとは言え視点や角度を変えて書く事によってはもっと違ったものが出来たかも。 「小説のように面白い」とどなたかが評したそうですが、私的定義の小説とは当てはまりませぬ。事実が小説のようだっただけで(てーか、小説は結局事実として起こりうることをベースにしているわけですからむしろ当然と言うか逆と言うか)、作者の創造性や虚飾の見えない話を小説として良いものか。ノンフィクションと小説の違いってそこじゃん?それともこの評者にとってノンフィクションか否かの線引きは「面白い」か「面白くない」かでするのでしょうか。そういう意味だったら「ノンティクションのように面白くない小説」って結構あるよね。(笑)
ま、なんだ。今回一つ思ったのが「衣食足りて礼節を知る」って事かな。生活に困窮していりゃ、心も貧しくなるよねと。 国の最大の富豪であるアウグスト王や、マイセンで暴利をむさぼったヘロルト等を思うと衣食が足りようが礼節を知らないものは知らないんでしょうが、ちょっと贅沢に生きるだけの収入があれば襟を正して生きただろう人も沢山居て、そういうのを考えると何だかなと。 並行して宮城谷さんの儒教色バリバリのしっかりした中国モノ読んでいるものだから余計嫌な気分に。
しかしそれでも美は生まれる。技術は成る。そう考えると生み出されるものの不思議と言うか、生み出す人の不思議と言うか。
私、東尾が野球賭博で捕まった時も「それでも彼のピッチングは素晴らしい事に変わりはない」と言いきる、人格と技術は分けて考える方ですが、例えば殺人とか婦女暴行とかしたら「素晴らしいけどねぇ…」とやっぱり嫌な気になると思います。マイセン(波の戯れホワイト)のビーカーでコーヒーを飲みつつ、それに近い感情を今回おぼえました。 昔の事ですし、やっぱり好きなのでマイセンは集めていきますけど。
関係ありませんが、マイセンの柿右衛門柄はあまり好きではない。柿右衛門柄なら有田の方が好き。←と、言っても柿右衛門と区別出来るかはあまり自信がない。ただ、マイセンなら柿右衛門を模すものより好きな柄があると言う程度。実は、ブルーオニオンやブルーオーキットも、それなら中国青磁の方が良いと思ってます。(今ではどっちもそれなりに好きです。)西洋人の、東洋取り込みセンスが性に合わないのかな。ドラゴンも、中国風だけどどっちかってーと嫌い。(1つ持っているくせに…。)同じ龍でもマイセンがするなら西洋ドラゴンの方が良いのに。は、私見。
マイセンはウェッジウッドなんかと違って手書きで一つ一つ柄が違うから、同じシリーズでも2客以上集めて見比べて楽しまないとね〜、なんて言ってましたが、良く考えれば陶器ってそうじゃん。プリント柄もあるのでしょうが、うちに普通にある安物陶器でも大概「世界に一個」だったわ、そう言えば。
あ、私マイセン食器を分不相応なくらい買ってますが、コレクターではありません。高いものでも(私が持っているのはたかが知れてますが)ちゃんと 使ってます。使われない器は存在価値がないと思っております。 …ん?途中から読書感想とは違うものに…?
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