バニラへの日々
~「女性は花をプレゼントされると猛烈に喜ぶ」という話がある.猛烈にだ.だが「花はきらいじゃないけどさ,自分がもらってもそこまでは嬉しくないだろうなあ」っていう感覚は,多くの男性に共通する気分だと思う.そんな男性と女性の感覚の違いに違和感を感じ,僕が10代のころ同級生の女の子と交わした会話.
「花束をもらうと嬉しい?」 「そりゃー嬉しいよ」 「好きな人からじゃなかったとしても嬉しいのかな」 「うん! 嬉しい」 「見ず知らずの人からでも?」 「びっくりすると思うけど,嬉しいよ」 「すれ違いざまにいきなり手渡されても嬉しいかなあ?」 「なんだかよくわからないまま,でも嬉しい,って感じだと思う」
とにかく「それなら嬉しくない」という言葉を引き出したかったのだが,失敗に終わった.その後現在に至るまで何度か身近な人に同じ質問をぶつけたことがあるが,この試みは未だ成功していない.
スキーのモーグル競技を見るのが好きだ.もう少し正確に言うと,試合中のモーグル競技者の視点からの映像を観るのが大好きだ.
だいぶ前の話になるが,こないだの冬季オリンピックでは日本女子代表の里谷と上村が大活躍していた.演技がスタートし,こぶを駆け下りるプレーヤーとそれを正面から追うカメラ.この時点では視点は観客からのものだ.だがハイライトであるエアの演技に入ると,突如としてカメラの視点が競技者側からの視点に切り替わることがある.その視界には,下方で待ち受ける満員の観衆と彼らの応援する姿が映っている.
この視点からは,自分が空中にぽっかりと浮かんでいるかのような一瞬の浮遊感,その一瞬に賭けているであろう競技者の思い入れ,そしてそんな競技者に精一杯届けようとする観衆側の熱といったものが感じられ,思わず入り込んでしまう.もちろん疑似体験なんだけど,短い時間に命を燃やすかのような,そんな競技者の視点を得た気分になる.同じ理由で,スキーのジャンプ競技や音楽のライブ映像のステージ側からの視点も僕は大好きだ.
~会話調メル友が欲しい.
「あのさあ」 「ん?」 「最近よく見るCMあるじゃん.チョコのやつ」 「どんなんだったっけ」
こんな感じで進めていく.口語体を意識し,メール一通につき必ず一言にするが,たまに長くしゃべってもOKだ.上の例なら計4通やりとりすることになる.最後にはひとつの文書にまとめて読んでみたいね.ちぐはぐになるのか,それとも意外とスムースに読めるものなのだろうか? やはり自分と相手の相性次第ということになるんだろうね.
でも,なんでこんなことを思いついたのだろう? 例えば「ちょっと話戻るけどさあ」なんて書いたときに,メールをやり取りしている上での実際の時間の流れと,擬似会話の上での時間の流れとの間のギャップ,そんなものが生み出す効果に僕は興味があったのかもしれない.
スキンヘッドにしてから初めて出社した日のこと.会社の人には,あからさまに驚かれたり,ぽかんとされたり,「かっこいいねえ」と言われたり,頭をなでられたり,微妙な表情をされたりした.でも理由を詳しく聞いてくる人はあまりいなかったなあ.いろいろと考えてみたんだけど.
・フラれた ・出家した ・仕事の責任をとった ・罰ゲーム ・毛じらみが発生した ・見ず知らずの若者に襲われて刈られた
最後のひとつはいわゆる「オヤジ刈り」だ.だがそれならばスキンヘッドではなく,角刈りか何かにするべきだったね.
高速道路の集中工事の日程を知らせるポスターを見ていた.ある若い女性タレントがメインで写っているものだが,彼女は僕の好みではなかった.というか世間の水準でみてもかわいいかどうか微妙なところ.彼女には悪いが,彼女よりも「日本道路公団の社内で一番きれいな人」をモデルに使ってほしいと願うね.他の企業もそうだ.ドコモ,資生堂,ソニーなどなんでもいいが,女性社員を多く抱える企業で一番を争うようなきれいな人って見てみたいと思わない? 出演はその一回だけでもいいからさ,女優やタレントもいいけど,たまには新鮮な魅力ある女性を前面に押し出した広告を見てみたいものだよね.
日曜日のマラソン大会当日の朝,気温は4度くらいだろうか? 明け方まで降り続いた雨のため,路面が濡れている.寒い,寒い,肌寒い.特に頭が寒い.僕と友人は準備を整えてスタート地点に向かう.ふたりともランニングシューズにくるぶしまでのソックス,ショートパンツ,長そでのTシャツ,手ぶくろ,サングラス,それに帽子という構成だ.スタート前に記念撮影をしようということになり,近くにいた人にカメラを渡してお願いする.30代後半の男性だっただろうか? 1枚撮ってもらったあと帽子をいきなりはぎ取り,「もう1枚お願いします」と頼んでみたんだが,その人は動揺した様子を微塵も見せることはなかったね.
時間となりレース開始.規模の大きな大会ということもあり,沿道には近所の家族連れや選手の知り合いらしき人たちが大勢応援に出てきてくれている.小さい子供が飛び跳ねながら「がんばれ!,がんばれ!」と旗を振ってくれると,なんともいえずうれしいね.時にはその小さな手のひらに氷砂糖やチョコレートなどを乗せ,ランナーの疲労回復のためにと差し出してくれる.だが僕はそんな子供たちの前を走り過ぎるとき,いきなり帽子を取ってみせていた.けけけ.
レースが終わってしばらくぐったり.炊き出しの豚汁を2杯食べた後に友人と合流し,温泉に向かう.風呂場では当然素っ裸で帽子などはかぶってないのだが,その姿は妙にこの場にハマる気がする.あとハマるのは,冠婚葬祭のときの礼服などだろうか? 浴槽に浸ってのんびりしていると子供が近寄ってきた.見せ方と場の状況で,周囲はひくこともあるし魅力的に映ることもある.そんなことを実感した一日だったね.
| 2002年11月24日(日) |
スキンヘッドの日々2 |
(→続き) バリカンでまず髪全体を10mmの長さにカットしてもらう.鏡を見てみると「今ならまだ戻れるよ.けけけ」という彼の言葉通りの,ごく普通の髪型がそこに映っている.だがもう決心はついているんだ.バリカンの髪の長さを調節するパーツを取り外して彼に手渡す.心なしかすこし嬉しそうに見えるんだが,バリカンを手にしたことで彼の中に眠っていたサド的な部分が刺激されているのだろうか? 「真ん中から豪快にいってくれ」と頼んだものの,ああもう決して後戻りできないんだな,という不安めいた気分がわき上がってくる.うわああ.
ばりばりばり.「けけけけ」.ばりばりばり.
真ん中の1ラインが刈り取られ,いわゆる逆モヒカン状態になった.次はそれと直角に,頭上から見て十字になるように刈ってもらう.
ばりばりばり.
その次は「×」を描くように刈る.さっきの十字と合わせて,上から見るとユニオンジャックになるんだってことは,あとからデジカメの画像を眺めてわかったことだね.
残りの毛も刈り終わり,仕上げに電気シェーバーで全体を剃り上げてもらって僕のスキンヘッドは完成した.「ついでに下の毛も」と頼んでみたら,それはさすがに困るってさ.ああ,OKされなくてよかったなあ.
| 2002年11月23日(土) |
スキンヘッドの日々1 |
僕は今河口湖近くのあるホテルの一室にいる.明日の日曜日,河口湖を一周するマラソン大会に出場するためだ.同行の友人は河口湖を二周するレースにエントリーしている変な奴だ.彼はトライアスロンのレースに年間10試合ほども出場している変な奴であり,トライアスロンとはご存知の通り3kmほども泳ぎ,150kmほども自転車をこいだあとで42.195kmのフルマラソンを走るという,変な人たちの集まる競技だ.他の人たちはどうだか知らないが,まあ彼ははっきり言ってマゾだね. そんな彼とホテルの一室でふたりきり.僕は用意しておいたバリカンセットの入った袋を取り出し,彼にお願いした.
「あのさ」 「ん」 「おれ実はスキンヘッドにしようと思ってて」 「そっかあ」 「一式持ってきたから手伝ってくれないかな」 「おう」
ほとんど驚いたそぶりを見せなかった彼は,やっぱり変な奴だ.(続く→)
最近少しづつ帽子を買いそろえている.今日は都心の大型電気店で電気シェーバーを購入した.PHILIPSのHQ7850というタイプで,値段は15000円.全国の住職たちに愛用されているモデルとの話だ.デジカメを使い,自分で自分の頭部をいろいろな方向から撮りまくる.お別れの記念撮影だ.さあいよいよ明日.途中で決心が鈍らないように,ど真ん中から始めようかな.
誘拐や銀行強盗などの罪が重いのはきっと抑止効果のためであって,こういった犯罪を計画しそうな人たちに「成功率も高くないし,そんなに割りにあわないよ」いうことを伝えるためなんだろうと思う.計画するほうもそれだけ高いリスクを侵すわけだから,要求する金額もものすごい額となる.それに応じて,犯人や犯罪そのものに対する当局の対応も非常に厳しいものとなる.だがこの構図は一種のバブルではないのだろうか?
たとえば誘拐の場合,犯人にとって一番いいのは警察に知られることなく相手の支払い能力ぎりぎりの金額を得ることだ.だがこの駆け引きはとても難しく,要求が高すぎたり相手をじらせ過ぎたりすると,被害者が警察に駆け込む可能性が高くなる.
「もしもし.たった今お宅の娘さんを誘拐した」 「はあ」 「いくらなら出せる?」 「いくらでもいいんですか」 「いくらなら出せると訊いているんだ」 「じゃあ,1万円で」
1万円払えば人質が無事に帰ってくるのであれば,被害者の家族が警察に連絡する可能性は低いだろう.犯人のリスクは低く被害者のお得感は高く,場合によっては感謝すらされるのかもしれない.問題は「私って1万円の価値しかないの」とショックを受けるであろう,人質となった娘に対するその後のフォローだね.
レゲエは多くの人に認知されている音楽だと思うのだけれど,その象徴はドレッドヘアであったり,ボブ・マーリィであったり,ジャマイカの国旗である赤と黄色と緑の原色の色使いであったりする.このレゲエのルーツである「スカ」という音楽をご存知だろうか? ごくおおざっぱにいって両者の違いはそのリズムの速さだ.レゲエが「ン チャ,ン チャ,ン チャ」とゆっくりしたテンポなのに対し,スカはやや性急な「ンチャ ンチャ ンチャ」というリズムを刻んでいる. スカはもともとジャマイカ都市部のちょっとおしゃれなダンスミュージックとして生まれたらしいが,一度あまりに暑い夏があり「こんな速いビートじゃ踊れねー」「演奏する気にならねー」となって,テンポが遅くなってレゲエが誕生したとの話だ.本当なのだろうか? 一方で「ロックステディ」というジャンルもある.これはごくおおざっぱに言ってスカとレゲエの中間くらいの速さ,「ンチャ・ンチャ・ンチャ」といったテンポの音楽だ.
スカ/ロックステディ/レゲエ,興味のない人にとっては「ただリズムの速さが違うだけ」の音楽でしかないのかもしれないが,好きな人たちにとっては単なるビートの速さにとどまらない豊かな音楽性の違いをそこに見出す.例えば麺類を愛してやまず,うどん/ひやむぎ/そうめんの違いを力説する僕の親父のように.
あなたの最高のお気に入りであるミュージシャン,作家,お笑い芸人,俳優など,もしくは大切な友人やパートナーについてでもかまわない.その人のキャラや芸風が変わって,自分が求めているものと違うスタイルになったとしよう.
たいていの場合「変わっちまったなあ」という言葉とともに少し残念な気分になり,それでもしばらく追い続けたり元に戻ることを願ってみたりするのかもしれない.だがそんな状態が長く続くと興味も薄れ,あるいは裏切られたような気分に支配され,やがてはその人から離れていくこともあるのだろう.
だがその人は,かつてあなたをその声,リズム,しぐさ,言葉,ちょっと素敵なアイデアなどで,素晴らしい気分にさせてくれたその人なのだ.今のその人のモードが以前と違ってあなたを満足させないものであったとしても,その人から生まれてくるものを受け止め,理解し,しばらく見守っていくことはできないだろうか? アルバム5枚分くらいの時間なら,僕はつきあっていきたいと思う.
| 2002年11月18日(月) |
プライマルなスクリーム |
会社の同僚に音楽好きがいる.彼は年間50本以上,つまり週イチを超えるペースでライブに行くとの話だ.そんな彼に「今日はプライマル・スクリームのライブを観に行く」と伝えたところ,「そんな奴らは知らん」との返事.彼の好みは弾き語り系女性シンガーで,僕とはアンテナの張る方向が違っている.僕も彼の好きなミュージシャンはほとんど知らなかったし,お互い音楽が趣味であってもそんなもんか.つまり僕と彼は同じ「音楽好き」という世界の中に住んではいるものの,それぞれ細分化されたどこかの島宇宙的小部屋の一員であって,それぞれの部屋の間の見通しはとても利きにくいというのが現状なのかもしれない.
さてプライマル・スクリームとはキャリア10年ほどのイギリスのバンドなんだが,知らない人にどんな感じの音楽なのかをとても伝えにくい連中だ.アルバムごとに確信犯的にスタイルを変えているような印象で,ジャンルに分けるとするとロックでもありダンスでもありハウスでもありパンクでもあり…,といった調子.だが僕が聴いた何枚かのアルバムはどれも素晴らしかった.そしてこの夜のライブもとても楽しめるものだった.曲や演奏はもちろんのこと,特にバンドのボーカルの立ち振る舞いが理屈抜きのカッコよさで,僕も連れも「ボビー!!」と彼の名を何度も叫んでいた. ライブ終了後は居酒屋へ.スタイルを次々と変える彼らにちなんで「アルバム5枚分」という話をしたような気がする.うろ覚えながら,明日の日記に書くつもりだ.
映画館に行かない人がいる.別に映画を憎んだり嫌ったりしてるわけではなく,テレビで以前気になっていた映画が放送されれば観ることもあるし,たまにはレンタルビデオを借りることもある.同じように,美術館に行かない人,ゲームセンターに行かない人,コンサートやライブに行かない人などがいる.風俗に遊びに行かない男の理由も多くの場合そんなもんで,たとえあなたの好きな男性がそうだったとしても,多くの場合決してカッコいい理由があるわけじゃない.強引に連れていってくれるような素敵な先輩とかがいなくて「ただなんとなく行く機会がなかった」だけ.僕がそうであるようにね.
テレビの討論番組を観ていたんだが,印象に残った話をひとつ.ある男子高校生が「悩みを解決するには誰かに話して助言をあおぐことも必要だ.選択肢がふえてそのほうが合理的だから」と発言していた.だがこの意見にある20代後半男性の出演者が猛反発.「おまえは合理的に生きていきたいんか!!」「そんな生き方ちっともかっこよくないわっ!!」となかばキレ気味なかばあきれ気味に返答していた.
たぶんかっこよく生きるためのひとつの合理的な方法は,どこまでも不合理を押し通すことなんだろう.徹底した不合理は,それが徹底しているという一点において,どこまでも合理的だといえる.
<とにかく悩み事は,どんなことがあろうとも,自分で徹底的に悩み抜いて解決するんだ>というスタイルを持ち,場のヌルい意見を罵倒し続けていたその出演者のアンタ,確かにかっこよかったぜ.
| 2002年11月15日(金) |
ビールを注文するもうひとつの方法 |
~ひとけが多く大きな声が飛び交っているところでは,少々変なことをしても目立つことはない.店員の威勢の良さがウリの居酒屋で呑んでいて,「生ビール注文いただきましたあっ!!」と僕が叫ぶと,近くの店員さんたちが一斉に「ありがとうございまあーっす!!」と反応する.まあ,結構酔っていないとやりにくい行動だ.だからその後本当に生ビールを持ってきてくれたのかどうかは,ちょっと覚えていないんだ.
来年用の年賀状が発売されて,今年もどんなデザインにするか検討し始める時期に入った.ここ数年の僕の年賀状はその年の干支にちなんだものばかりだ.3年前のうさぎ年にはスーパーでにんじんとレタスを買い求め,さらにそのそばに小さなうさぎのぬいぐるみを4つ並べて写真を撮ったものを使った.2年前のたつ年ではポケモンに登場するカイリューという名のモンスターを主人公として,彼が自宅でくつろいでいる風景を撮影した.
去年はへび年だったのだがネタに困り,東急ハンズで見つけたなんだかよくわからないへび型のものを並べてごまかした.そして今年のうま年では,知人に頼み首から上のみの馬のぬいぐるみを被った写真を撮ってもらったのだった.さあ,来年のひつじ年は何で行くか.ひとつ考えているネタはあるのだが,多分それは口に出すのも恥ずかしい最低のアイデア.もしボツになったとしたらこの日記に書くことにしよう.
(→続き) 久しぶりに会った新郎の親父さんの髪にはすっかり白いものが混じっていた.この人は,以前僕がその新郎である友人の実家の部屋に昼間遊びに行ったとき,酔いながら登場し「サラリーマンってなあ,つらいんだよ〜」とのボヤきをかましていった人だ.だがその実家は都内のある高級住宅地.「車? ああ,そのへんに停めといてください」というほどの広さの敷地を持っている.親父さんが部屋を出ていった後の,その友人の「ウチの親父サラリーマンじゃないっすよ〜.あはは」との言葉を待つまでもなく,とってもイカした人だということが伝わってきたね.ああ,僕はあなたのファンでした.おめでとうございます.
そしておとといの日曜は後輩の友人の結婚式だった.結婚式にはもう何度も出席しているので,式や披露宴そのものには新鮮な魅力を感じない.最初の1,2回のころは二人の誓いの言葉や新婦から両親に宛てた手紙などに結構心を揺さぶられたりしたんだが,慣れてくると心の中で足を組んで鼻をほじり「あ〜面倒くさ〜」などと思うこともあって,果たしてこんなこと書いていいのだろうか?
だが今回は少し違って,結婚式のセレモニーとしての魅力をあらためて実感したね.都心にほど近い住宅街の中にたたずむ小さな式場と教会,出席者全員の見通しがきく程度の多くなり過ぎない人数,美味い料理と酒,青く澄んだ空と日だまりの心地よさなど,脇を固める条件も完璧だ.新婦の幸せそうな笑顔も新郎の軽い緊張もとても愛すべきもので,それは列席者の表情からも感じ取ることができた.(続く→)
(→続き) つまり「自分はこの場にふさわしい存在として登場してきているんです」という態度を「外見でも」アピールすることが大事なんだろうと思う.結婚式の正装は「自分は二人を祝福するためにここに来ているんだよ」という態度を表すためのものだし,職探し面接でのスーツは「自分は仕事の上でも人間関係の面でも一緒にやっていける存在なんです」という意思の表れであるべきで,決して「みっともないから,とりあえず」のものではない.そしてこの外見の効果を意識することは,実際の発言や態度などにもいい効果をもたらしていくはずだ.そう,そうなんだよ.このことに気づいていればもっと早くに仕事が決まったかも知れないなあ,なんてね?
以下おまけ.ゴミ捨て場やコンビニに行くためだけにパリッとした格好をする人を見かけたときに違和感を感じる人は多いと思うんだが,たぶんそれは,その格好が普段着じゃあ「みっともないから,とりあえず」選んだものだから.その服装を選び取った理由に内発的な意志が感じられるとき,その人はカッコよく見えることが多いと思う.
今日は友人の結婚式.結婚式はといえば,男性ならいわゆるスーツに白いネクタイのような正装で行くべきだ,って認識があると思う.「ジーパンで行く!!」と言い出す人がいたら,周囲は「それはさすがにまずいよ」とたしなめるだろう.「みんなスーツだし」「みっともないし」とかいろいろ理由はある.
でも「なんでいけないの?」と小さい子供に訊ねられたとして「みっともないから」とは答えにくいのも事実だ.結婚式に限らずそれなりの格好をして臨む場といえば,葬式,職探しの面接,大切な商談,むこうの実家に挨拶などがあると思うんだが,こういった場ではいくら内容が素晴らしかったとしても外見が伴っていなければなかなか認めてもらえない.人間性,経済力,容姿などが完璧であっても「お嬢さんとの結婚を認めてください」とブーメランパンツ一丁で挨拶するような男は「出て行け」と父親に一喝されるわけであり,それでも向こうのお母さんはパンツにお金を挟んでくれるのかもしれないが,結果としてそれは失敗であるわけだ.(続く→)
僕は小さい頃ちょっと変わった箸の持ち方をしていた.それは非常にお行儀悪く見えるような持ち方で,初対面の人と食事をするときは皆の視線が必ずそこに集まってしまうようなものだった.よく「なんでそんな持ち方でものが挟めるの?」などと言われたが,本人にとってはそれが一番使いやすいのだから当然だ.というか,それ以外の持ち方を知らなかっただけ.それでも両親に強烈にプッシュされたこともあり,小学校を卒業する前には標準といわれる持ちかたに変えた.
自分の性格や行動,外見などなんでもいいが,良くないと感じる部分を変えることは,箸の持ち方を変えるようなことなのかもしれない.本気で取り組めば多分可能なんだが,ついつい流されてしまって元に戻る.あるいは「この持ち方だってゴハンが食べられるわけだから,自分はこれでいいや」と,取り組むことを放棄してしまっている場合もあるかもしれない.
僕はボールペンの持ち方も標準とは少し違っていて,それは小さい頃から今に至るまで変わっていない.そのせいか長時間字を書いていると指や腕が疲れるんだが,この持ちかたを直そうとは思っていない.
電車に乗っていると,ときどき奇行に走る人をみかける.特に終電まぎわになると酒の酔いも手伝ってか,その手の人を見かける機会が多くなる.そんな人のことを「ジロジロ見るのも悪いなと思いながらどこか気になってしまう」と感じる人は多いと思うのだが,その本人よりもむしろ周囲にいる「ジロジロ見ている人」「見て見ないフリをする人」「どこか緊張している人」「まるで気にしていない人」などのさまざまな振る舞いを見ているほうがおもしろい場合が多い.だが今日気づいたのだが,ひょっとして僕は「奇行に走る人の周囲の人を観察してる人」として誰かに観察されていたのだろうか? この話の登場人物の中で,僕が一番バカなような気がする.まったく油断もスキもあったもんじゃないぜ.
就職してから生活リズムが変わって,毎日朝の情報番組を見てから家を出るようになった.占いのコーナーも必ずチェックしている.そういえば以前は占いとか血液型性格判断などに対して「うさんくさ〜」というイメージを持っていて,あまり好きではなかった.
何年か前僕は,以前の職場の自分の机の横に,目立たぬように「運勢判断 見料50円」と書いた紙を貼っておいたことがある.するとぽつりぽつりとやってきますなあ.「○○さん占いできるんですかあ?」とおバカな人たちが. でも料金をいただくわけだしもちろん真剣に占った.その人の手を取り,心の背筋を伸ばし,心に浮かんだその人の将来のイメージを相手に伝える.自然とこちらの口調も真摯なものになるし,相手の受け止め方もそれに呼応したものとなる.「10年後海外にいる」「まだ結婚はしていないね」などと何人かに占ったが,多かれ少なかれいずれの場合も相手は考え込むような表情を見せていた.
今思えば「占いなんてうさんくさ〜」という自分の考えを確かめるために,占い師をやってみたのかもしれない.そのかいあってか,今では野暮なことを考えずに占い事を楽しめるようになった.占いとは自分の現状や行動スタイルを見つめなおす機会を得る手段であり,決して未来を完全に予測するためのものではない.その言葉を軸にして,日常をいくらか豊かに過ごすためのヒントを与えてくれるものだ,などと今では感じている.
何か問題を抱えてヘコんでいるときに救われた気分になるのは多くの場合錯覚であって,本当の意味での問題解決に達することはめったにないような気がする.もちろん癒されるだけでもOKなんだけど,元気を取り戻してしばらく経つといつのまにか問題意識が頭のすみに追いやられ,拡散し,日常に取り込まれていく.そしてまた何かのきっかけでヘコみ「また同じことを繰り返してるよ〜」などと思う.ヘコむ→癒される→すっきりする …… ヘコむ→癒される→すっきりする …… ヘコむ→癒される→すっきりする …… という無限ループに陥っていないか?
精神的な体力が復活したら問題解決に向けるべきなんだろうけど,それはなんて難しいことなんだろう.
| 2002年11月05日(火) |
恋愛ヘッドハンティング |
大学時代の後輩の恋愛話を聞いていた.恋愛というか,まだ気持ちを伝える前の段階で,「なかなか告白に踏み切れないんです」という内容のものだった.相手の感触は悪くないものの,それは「ただ悪くない」というだけらしい.こういうときは,むしろそれが悪い状態だってこともあり得るよね. どうやら彼には「断られるのが怖い」「断られることで今の関係を壊したくない」という考えが強く働いているようだ.うん…わかるよ.
「でもさ,気持ちを伝えてからがスタートだよ」僕は当事者じゃないので気楽にいろいろ言える.「ヘッドハンティングするような気分で行くってのはどう? 『あなたを僕の彼女にヘッドハンティング』って感じでさ」「それならむしろ,断られてからが交渉の腕の見せどころ,って心づもりで行けるし」
結局,好きな人へのアプローチとはいわゆる「営業」と同じようなものなのかもしれない.一発でうまくいくこともあるけどなかなかそうはいかない.自分の存在を覚えてもらってからが勝負で,少々うまくいかなくてもヘコたれないことが大事.最後に笑えればいいんだ.商品(自分)の魅力をいかに相手に伝えるか,そしてその気にさせるかだ.
ガンバレよ.
| 2002年11月04日(月) |
ごきげんドライバー3 |
(→続き) 「今度こそは絶対に,絶対に,寝ない」と思い直し,運転を再開する.「意識を途切れさせなければ,眠ってしまうこともないのだ」と.
やがて赤信号となり,前の車が速度を落としていく.それにつれて僕の車も減速する.僕の意識はまだつながっている.大丈夫だ.大丈夫だ.目も開いている,大丈夫だ.大丈夫だ…. だが「ハッ」と気がつくと,前の車との車間距離がみるみる縮まっており衝突寸前.あわやというタイミングだった.目は間違いなく開いているし意識もあったのだが,頭は目の前の映像を処理することをサボっていたのだ.
この夜はそんなことを何度か繰り返したものの,幸運なことに何事もなく家に辿り着くことができた.何かに感謝すべきなんだろうけど,それは何なんだろう? そういえば僕が酒を呑んだ後に運転を控えるようになったのは,この後からだったかもしれない.
| 2002年11月03日(日) |
ごきげんドライバー2 |
(→続き) 話は変わるが酔っぱらい運転で一番やっかいなのは眠気だ.今から何年も前のある日の夜,僕は軽く酒の残った体のままハンドルを握り,家に向かっていた.だが睡眠不足の日々が続いていたこととアルコールとの相乗効果で,凄まじい眠気に襲われていた.こうなると,カーステのボリュームを上げてもそれと一緒に歌っても窓を全開にしてもたいして効果はなく,信号待ちのわずかな時間に寝てしまったりする.
「ハッ」と気が付くと後ろからのクラクションの音.「そういえば信号待ちだったんだ」と,目が覚める.「いかんいかんもう絶対寝ないぞ」と誓って,運転を再開する.
だが「ハッ」と気づくと,停まっている自分の車の前後に全く車がいないではないか.どのくらい寝ていたのか,長い時間じゃないだろうが,後ろにいた車は隣の車線から僕の車を追い越していったようだ.(続く→)
| 2002年11月02日(土) |
ごきげんドライバー1 |
あなたは酒を呑んだ後に車を運転したことがあるだろうか? 白状すれば僕は何年か前までときどきそれをやっていた.とはいってもある程度酔いが醒めるまで休憩し,少なくともまっすぐ歩けるようになってからハンドルを握るようにはしていた.だが酔っていることには変わりがないんだな. 酔っぱらい運転の検問では警官が車の中に顔を突っ込み「ハイ息吐いて下さい」などと言うんだが,その対策として「息を吐くフリをして実は息吐かない」練習などを車の中で行う.これは口を半開きにした状態で,口から息を吐くふりをして鼻から空気を出す,という非常に簡単だが効果的な方法だ.だが友人からは「酒は匂わないがその『プシュー,プシュー」という変な音でバレる」と言われる.(続く→)
(→続き)
・戸籍年齢 生まれた日にちによって決まる.
・主観的精神年齢 <まわりの連中はみんなガキだよな> ・客観的精神年齢 「あいつの考えはまるで年寄りだ」
・主観的肉体年齢 <パッと見20代後半で通るはずよ> ・客観的肉体年齢 「手のしわで年齢がバレちゃってる」
・主観的実年齢 <俺はまだまだ若い.若い奴らと夜遊びもできるし> ・客観的実年齢 「なんであんなオッサンがこんなところに来てるんだ」
このように年齢は7通り存在し,書類上などの公的な場合では戸籍年齢が幅を利かせるものの,実際の社会生活の場面においてはむしろそれ以外の年齢のほうが重要な意味を持ってくると言えるだろう.あなたの年齢はそれぞれいくつだろうか
目次(TOP)|<過去|未来>
■過去日記サンプル
東京タワー/
写真嫌い/
史上最高の尿意/
中身と外見/
ほっぺにチュー/
河原の魅力/
パチもん教授/
16通りの告白/
アナウンサー賞賛/
次回W杯必勝戦術/
チャンネル1995/
緊張のアノミー/
学歴社会という現実/
フジロック'02レポート/
新しいかもしれない口説き文句/
現役モラトリアム生/
ばったりしあう関係/
黒髪という選択/
ゲイ雑誌購入/
ごきげんドライバー/
結婚式に思う/
味覚の手触り/
変拍子の人/
自己プロデュース
管理人: vanilla
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