バニラへの日々
| 2002年08月31日(土) |
WIRE02体験記1 |
今日はさいたま市で開催された屋内レイヴイベント「WIRE02」に参加してきた.レイヴとはおおざっぱにいって郊外の空き地などでDJがテクノ系の音楽を鳴らし,集まった人たちが徹夜で踊りあかすイベントだ.多くの場合野外で行われるため,クラブを屋外に持ち出したものと言えるかもしれない.…まあ解説してしまったんだが,僕は今日がレイヴ初体験だ.
開演は18時だったが,少し遅れて19時半ごろ会場のさいたまスーパーアリーナに到着する.ドーム球場にも似た構成の施設だ.これから明朝6時までの長丁場.場内に入るとスケッチ・ショウの時間帯だった.スケッチ・ショウとはあのYMOの高橋幸宏と細野晴臣が組んだユニットで,1階のスタンディングエリアは彼らを一目見ておこうとする人たちでかなり混雑していた.しかし今日のセットはやや実験的な踊りにくい構成だったためか,突っ立ったままDJブースを眺める人多数.
続いて人間観察タイムだ.僕が今年参加したフジロックやサマーソニックと比較すると,このWIREの客層は若干異なる.特に男性は,マッチョ系,坊主系,ソフトオタク系の比率が高い.また年配の人をちらほら見かけるという点では一緒だが,マイク真木のような自由人風の渋い魅力を放つ大人の男がとても少なかった.どちらかというとオヤジと呼ばれそうな企業戦士風の人たちだ.一方で女性層にはさほど違いは感じられなかったね.(続く→)
テレビの法律バラエティを観ていたら学校でのいじめに関する賠償問題が取り上げられていた.中学生の女の子が同級生から3ヶ月間過酷ないじめを受けて胃潰瘍になった場合,いじめを看過ごしていた学校側に請求できる金額はおよそ150万円程度だという.
学校でのいじめに関する話題の多くはあちこちで目にするものだけれど,生徒,教師,親などの当事者たちがいじめという現実にどう対処していくか(どう対処していったか)といった視点から描かれているものがとても多いように感じる. いじめにまつわる問題を考えるときにはもちろんこういった視点は必要だろうが,それと比較するとあまりに「どうすればいじめを減らすことができるか?」という考えに基づいた議論が表に出てきていないように感じる.
残念なことにいじめがこの世からなくなることはないだろう.それは交通事故や犯罪がこの世からなくならないのと同じだ.だが事故が多発すれば信号機を設置したり法律を改正するなどの措置が取られるのに,こといじめ問題に関しては,いじめを引き起こしやすいシステムの原因を取り除こうとする動きがなかなか見えてこない. 今の学校はどうやら「いじめが起きにくく,起こった場合でも早期発見が可能で,その後のケアも充分行われる」状態からは遠く離れていそう.対処療法だけではなく根本的な治療に近づくためには,こうしたシステムの面からの議論がもっと活発になってほしい.
ワールドカップの少し前くらいから近所の川沿いの道を週に2回ほど走る日々が続いている.河原には草野球場やゴルフ練習場などが点在し,延々と続く遊歩道では散歩やランニングをする人の姿をよく見かける.僕が走っていたのは主に平日の午前中なのだが,空いていそうなこの時間帯にも案外多くの人が河原に集まってくる. 学生には見えない年齢の人たちが,なぜこんな時間帯にここで昼寝をしているのか? 野球の練習をしているのか? 水浴びをしているのか? ラジコン飛行機を飛ばしているのか? 酒盛りをしているのか? といった状況だ.思うに,肌の露出が高いほど,日焼けしているほど,年齢が高いほど,だめ人間レベルは高くなる.僕も最初はTシャツに短パンという姿で走っていたのだが,しばらくしてからTシャツを脱いで行動するようになり,それに伴ってだいぶ肌も黒くなってきた.中堅クラスに昇格したのだ.以前より食事もうまく感じられるし,お通じも快調.だが残念ながらしばらくこのクラブに参加できそうもない.機会があればまたぜひ顔を出したいね.
昨日のバイト先の帰りにちょっと呑みたい気分になったので,友人の勤め先をいきなり訪ねてみた.彼は僕と同い年だが既に社長なので,僕は社長の友人という気分のいい立場でその社を訪れることができる.入り口で「社長の友人だから会わせろ」という意味のことを告げると,受付の人は「どちら様ですか?」とやや警戒している様子.だがこちらの名前を告げると社長室に通してもらえた.その友人と会うのは半年ぶりだったのだが,彼は独り社長室でインターネットのエロ動画のダウンロードにいそしんでいた.しかもダイアルアップ回線でだ.あなたは本当に社長なのですか? その後は共通の友人も合流して酒盛りに向かう. 僕はこれまで普段スーツを着る仕事に就いたことがなかったし,さらにここ半年のだめ人間暮らしですっかりまともな社会人としてのオーラが抜け落ちている.数年ぶりにあった友人からは「どこかのこだわりショップの店長みたい」と言われた.ここは喜んでおくところだろうか? しかし所詮はにせもの店長だ.この気分をどう表現していいものか,なかなか微妙な感覚をひさしぶりに味わったね.
| 2002年08月27日(火) |
センチメンタル・アノミー |
今日はアルバイトの日.昨日いきなり仕事が決まったため今日が突然アルバイト最後の日となった.バイト先に出社しその旨を告げる.会社の人には驚かれたり祝福されたりして,僕は嬉しかったり感傷的な気分になったりした.何かとっちらかった印象の最終回だ. 内定をもらう予感は少し前からあったのだが,過去2回ほど「仕事が決まりそうなので今月いっぱいかもしれません」と宣言していたため今回はさすがに決まるまで言えなかった.そのことを話すと爆笑される.その後は記念撮影だ.改めて感じたのだが,カメラとはセンチメンタルさのアノミーを吸収する機能を持っている.その場の感傷的な気分をうまくすくい取って記録にも記憶にも残してくれるのだ. 「落ち着いたら様子も聞きたいので呑みましょうね」との言葉をもらいバイト先を後にする.まともなプレゼント(2002/8/20の日記参照)は,その機会にお渡しすることにしよう.
僕が本格的に仕事を探し始めてから5ヶ月ほどが経った.履歴書を送りつけた会社は全部で9社で,そのうち4社から書類審査通過の連絡があった.残りの5社のうち不合格の連絡が入ったのは4社で,1社からは連絡がないままだ.ラブレターを送って返事が返ってこないというのは多分フラれたということなのだろう.結局面接に臨んだ会社は全部で4社ということになる.「半年近く活動してそれだけかよ」と突っ込まれたら笑うしかないんだが,ま,久しぶりの長期休暇ですよ.こんなに休んだのは幼稚園に上がる前以来かもしれない.
面接を受けた4社は,20000人規模の超優良企業,2000人規模の傾きかけている会社,200人規模の独自のポジションを築いている会社,20人規模の将来性があるかもしれないベンチャーといった面々だ.今日このうちの1社から採用内定の連絡が入り,9月の頭から出社することになった.僕の夏休みはもうすぐ終わる.
5年以上前のことだと思うんだけど,カーステから流れてきたラジオの深夜放送のDJの言葉.
「人が人を批判するとき その人のシャドウの部分が出る」
これが強く印象に残っていて今でもときどき思い出すことがある.「シャドウの部分」という表現が絶妙で,単に「悪い部分」「嫌な部分」と言い切ってしまわないところにこの言葉の普遍さが表れているように思う.誰かを批判したくなる感情を無理矢理押さえつけることはないが,必要なのはその感情を客観的に見つめて自分の影の部分を相対化する行為ではなかったか.
僕は今近所の大型書店に来ている.雑誌のジャンルや量は本屋の規模やカラーによってもさまざまに異なるけれど,僕を含めた多くの人にとって普段手に取る雑誌は限られた一部のものであることが多い.今日は自分と一生縁が無さそうな雑誌を眺めてみることにする. しかし例えば俳句や宝塚に興味がないからといって,これらの雑誌と将来に渡って縁がないとは言い切れない.この先どんな上司や義理の母と知り合うことになるかも知れないのだ.そんなことを考えながらウサギ雑誌を手に取る.竹下景子がインタビューされている.気の弱そうなペットショップ店長があいまいに笑いながら写っている.いずれもウサギを抱きかかえての姿だ.初めて知ったのだが,ウサギはジャンプして体をひねりおしっこを半円状にまき散らす技術を持っているそうだ.自分の縄張りを広げるための行為らしい.幼稚園児に見せたら真似する子供が続出しそうだ.
結局,自分にとって一生縁のない雑誌とは意外とエロ関係にあるような気もする.エロにはもちろん興味はあるけれど,その好みは個人個人で相当細分化されているからだ.自分が興味の感じないエロジャンルとは,近くて遠い一生縁のない存在なのかも知れない.しかし興味はなくても好奇心はあるな.てことは逆に手に取る可能性は大なのかな.
気が付けばこの日記を書き始めてから半年が経過していた.毎日文章を書く習慣なんて持っていなかったし,当初はこんなに長続きするとは全く想像していなかった.今でも将来にわたって続いていくようなイメージは持っていない.だがあらためて,いつも読んでくれる人,たまに目にしてくれる人,そして初めての人たちに感謝します. これを読んでいるあなたと同じく,半年の間にいろいろなことがあった.大ざっぱに見積もると半年とは人生の1%分くらいの期間だ.僕のこの1%は後々,職探しの見通しの悪さにかすかな不安を感じながらもワールドカップと夏の音楽イベントを楽しみ,日々の思いを書き綴ってきた半年として思い出すことになるのだろう.書き連ねた文章は受取人不明の手紙としてこの場に投函してきたが,ラッキーなことにあなたという読み手を獲得している. あなたはこの半年間,どんな1%を過ごしていたのだろう.
おとといはサマージャンボ宝くじの抽選日.僕は宝くじにあまり興味はなかったのだが,以前の職場のメンバーに誘われ3年前からグループ買いという形で参加している.年末ジャンボなどの1年に数回の大型宝くじのみを購入するグループだ.
しかしどう考えても大当たりは難しそう.1000万円以上の当たりくじは100万枚中に1枚程度しか存在しないのだ.大ざっぱな例えだが,東京23区の人口は900万人弱.自分が都内のどこかに住んでいたとして,上空から無造作にばらまいた9枚の金貨が自分の頭に当たる可能性を信じられるだろうか? 「しかし当たる人はいる」とはグループの元締めの言葉だ.「買い続けることが大事なんです」とも.僕もまず当たらねえだろうなとは思いつつ,万が一のことを考えると1000円だけでもメンバーとして投資しておかなければという気持ちになる.
だがコインが降ってくる場合もある.2年前の年末ジャンボでは100万円が1本当たり,一同はちょっと日常にないような熱気と興奮に包まれた.その次に購入する機会には「次も行けるはずだ!!」という期待感が膨れ上がり多くの資金が集まったが,当然ながらその期待はまったく根拠のないものだった.おとといの抽選結果を含め,それ以来僕らのグループは高額配当とは縁がないままだ.
~新品のCD-Rのメディアはセロリの匂いがする.ただし書き込むと匂いは落ちる.
僕の向かいに座っている40代前半の女性は明らかにいつもとようすが違っていた.今日はアルバイトの日で,彼女は僕のバイト先の上司にあたる人だ.明るく気さくな人で通りがかる人から話しかけられることが多いのだが,今日は何かプレゼントのようなものも受け取っている.生まれた年の話もしているようだ.ピンときたね.はっきりとした会話の内容は聞き取れないのだけど,今日は彼女の誕生日であることは間違いなさそうだ.
彼女にはふだんからお世話になっているし,ここは素知らぬ顔をしてプレゼントを渡しびっくりさせたいところ.昼休みに会社を飛び出し駅前で物色する.目に付いたのは洒落た感じの食器やうまそうな日本酒だ.だが趣味に合わない場合もあるしな〜などと思っていたら,あるアイデア商品が目に入った.納豆かき混ぜ棒だ.歯ブラシをちょっと太くしたようなサイズで,鬼が持っている棍棒のようなでこぼこした形をしている.箸で混ぜるのに比べて何倍も楽で,何倍もおいしくなるとの宣伝文句だ.商品全体から「私を試してみてください!」というオーラが放たれている.僕はこの誘惑に耐えきれず,レジに持っていってプレゼント用の包装をお願いしてしまった.このとき明らかに冷静さを失っていたように思う.
社に戻り「誕生日おめでとうございます」と彼女に声をかけるとびっくりした表情をしていたが,それは今日が彼女の誕生日ではないためで,僕の一方的な勘違いであった.続けてプレゼントを手渡すと非常に喜んでくれたが,包装を解くと微妙な表情となった.本番の誕生日にはもう少しプレゼントらしいものをお渡しすることにしよう.
フジロックとサマーソニック.ロック系のミュージシャン中心の音楽イベントとして,このふたつは国内で最も名の知られたものかもしれない.実際多くの共通点はあるのだけれど,僕は根っこの部分に大きな違いがあるように思う.まず電車で気軽に行けるサマソニに対して旅行ノリで行くフジ,という違いがある.前者を都市型フェス,後者はキャンプイン型フェスなどと呼ばれている.だが僕の書きたいのはこういった参加形態の違いなどではなく,サマソニの会場で常に感じられたどうしようもない窮屈さのことだ.
サマソニでは各ステージに入るとき常に荷物検査がある.場内にはカメラやビデオの持ち込み禁止,ペットボトル以外の飲食物の持ち込み禁止,そして禁煙となっている.だがこれらはフジでは全てOKとされる行為だ.煙草が吸いたい人は自分の判断で人の迷惑にならないように吸って吸い殻を片づければいいし,飲食物も同じことだろう. 「問題が起こる前に全部禁止してしまえ」というこうした姿勢は,ロック系のミュージシャンが多数参加するフェスとは相容れない精神ではないだろうか? 自分の行動は自分で管理し自分で責任を持つ.何でも禁止禁止と言われたらこちらの気持ちも萎えてしまい,音楽を楽しむ気分が確実に何割か減ってしまう.まあ,僕はカメラを持ち込んで写真を撮りまくっていたのであまり偉そうなことは書けないんだが.
さらにそこかしこに見え隠れする儲け主義も鼻につく.初めに小冊子形式の出演ミュージシャンのタイムテーブルが配布されるんだが,そのほとんどは広告で埋め尽くされている.場内で販売している500mlペットボトルの価格もフジの\200に対してサマソニは\250だ.輸送コストを考えると都会で開催するサマソニのほうが価格を抑えられるはずなのにね.無論興業なのだから利益を出したり問題を起こさないようにするのは当然の目標なのだろうが,そうした姿勢は表に出さないようにうまくやってほしいものだ.
| 2002年08月18日(日) |
サマーソニック'02二日目 |
目覚めると既に電車に乗る予定の時間だった.ひゃー.大急ぎで準備して家を飛び出すと,外は小雨が降っている.今日は昨日に引き続きサマーソニックの二日目だ.寝坊のため朝イチのプレイモというミュージシャンを見逃すことになった.
会場につき,ミリオネアというベルギーの新人バンドをしばらく観る.ボーカルがくねくねと動き回り,妙に達者な言い回しのカタコトの日本語でMCをかます謎のバンドだ.音は悪くないのだが,あまりにくねくねし過ぎているので中座して食事を摂りに行った.食事エリアには10数軒ほどが軒を連ね,見慣れた看板が多いと思ったらその半数以上はフジにも出店していた店だ.店員の兄さんまで同じ.彼らは夏の間日本中の音楽イベントで商売を続けるのだろうか?
今日印象に残ったのは,まずアイスランドのムームというグループ.フロントには若い女性ふたりが配され,チェロ,ギター,アコーディオンなどを次々と持ち替え演奏を続けていく.全体にアコースティックな静謐さといった印象で,さりげなく絡みつくようなエレクトロニカの部分がいい雰囲気.ふたりの女性も魅力的で,彼女たちの写真ばかり撮ってしまった.
次はスコットランドのバンド,レインディア・セクション.ステージ上には10人ほどが登り妙に人数が多いと思っていたら,アラブ・ストラップ,ベルセバ,モグワイなどのメンバーが集まってできたスーパーグループらしい.
しかし最近は音楽ファンの好みもますます細分化されて,誰もが認めるようなスーパーグループは成立しにくくなっているように思う.音楽ファンの中で,このバンドの存在を知っている人や興奮している人はどれほどいるのだろう.こうした状況がダメだってことを言いたいわけじゃない.でも自分の知らない音を聴く機会がもう少し欲しいと潜在的にでも感じている人は結構多いはずだ.どこまで有効かはわからないが,こうした状況に風穴を開ける手法のひとつはやはりこういったフェスの場なのだろう.
そして今日最も楽しみにしていたアヴァランチーズがDJで登場する.オーストラリアのサンプリングおたくたちで,1stアルバムは生楽器を使わず500以上ものネタをつぎはぎして作ったとの話だ.最初はディズニーっぽい音楽を繋いでいくような展開.いまいち楽しめないなと思っていたら,中盤にかけて抑揚をつけながら徐々に盛り上げていく.ポップなレコードもガンガンかける.僕が気づいただけでも,ポリス,ケミカルブラザーズ,アンダーワールド,ボブ・ディラン,ガンズ・アンド・ローゼズ,ビートルズなどがあった.終了後は僕を含め多くの人が満足した顔をしていた.
ここでMさんと合流する.彼は急用が入り,あと1時間ほどで会場を出なければならないそうだ.彼とスタジアムの外の売店前で軽くビールを呑む.酒が体に入ると,自分は意外と疲れていたんだなということに気づく.実は僕も明日会社の面接があって早めに帰ろうか迷っていたのだ.何を話したかあまり記憶が定かじゃないが,「たまにはこういう場に来て楽しまなきゃね」「松浦亜矢はかわいい」ということを確認し合ったような気がする.
結局ノー・ダウトをちょっと観てからふたりで会場を後にした.僕は帰りの電車の中で明日の面接の資料に目を通しながら,売店の兄さんのことを少しだけ考えていた.
| 2002年08月17日(土) |
サマーソニック'02初日 |
今日は千葉の幕張で開催された音楽イベント「サマーソニック」に参加してきた.会場はプロ野球千葉ロッテの本拠地である千葉マリンスタジアムと,そこから500mほど離れた場所にあるイベントスペースの幕張メッセの2箇所.フジロックのような自然の中の開放感や祝祭感といったものは感じにくいが,手ぶらに近い格好で電車で気軽に参加できるのが大きな魅力のひとつだ.
朝に最寄り駅にてMさんと合流.開演を30分ほど過ぎてから場内に入ると,アイスランドのカラシというヒップホップ寄りのヘヴィロック系のバンドが演奏していた.アリーナに入るとMさんは人混みを掻き分けどんどん前列に向かって進んでいく.途中ときどき立ち止まっては大きく飛び跳ねている.場内に入ったばかりなのに,まわりのキッズどもより明らかにテンションが高い.結局演奏中ははぐれてしまったのだが,20分後に合流したときにはMさんは汗びっしょりで,今日1日分のエネルギーをすべて使い果たしたかのような顔をしていた.しかし「あまりいいバンドじゃなかったな〜」とのコメント.気に入った演奏で彼はどうなるのか興味津々だ.
今日印象に残ったのは,まずレリッシュというアイルランドのバンド.スタイルや音は「いわゆるロック」とでも表現されるような古典的なもので,ちょっと古臭くさえ感じる.だがいい曲といいボーカルがあればこんなにも楽しめるのか,とちょっと感動してしまった.
続いてはアンドリューW.K.というカリフォルニアのバンド.かなり聴き易く,楽しさいっぱいのメタルっぽいパンクのような音だ.15分くらいしか観られなかったのだけれど,サービス精神に溢れたとってもイカしたステージで観衆大熱狂.僕もMさんも大満足.もっとしっかり観たかったな.
遅めの昼食を済ませた後,レンチという日本のバンドを観る.音はヘヴィロック系か.だがほとんどすべての曲でボーカルに大きなディレィがかけられていて,これが独特のトランシーな空気を生んでいる.良い良い.だがもっと良いのはボーカルが演奏中どんどん着ているものを脱ぎだし最後には全裸になったことだ.もちろん撮影させてもらったが,彼が正面を向いているショットを撮り逃したのは非常に残念だった.
そして今日の僕のベストかもしれない,フレイミング・リップスを観る.ボーカルはジャケットを着ており普通の格好だが,他のメンバーは全員着ぐるみで演奏.ステージ上には他に着ぐるみダンサーが3,4人飛び跳ねているし,観衆の上には常にビーチボールが飛び回るし,ボーカルはときどき発泡スチロール?でできた白い粒状のものを観客に向かって笑顔でまき散らす.僕は彼らの音を聴くのもライブを観るのも初めてだったのだけれど,少年時代に見た夢のような感触というのかな.ちょっとどろどろしたような部分もある,独特のファンタジックでサイケっぽい世界にすっかりヤラれてしまった.CDでじっくり聴いてみたいと思ったね.
そしてなんといっても今日のトリのガンズ・アンド・ローゼズだ.たまに活動再開のうわさを聞くことはあってもなかなか実現しないし,このまま自然消滅するのだろうなと思っていたら突然の復活だ.これを逃すと一生観られないような気がするので,フレイミング・リップスを早めに切り上げ駆けつける.スタジアムは既に2階席までほとんど埋まっている.観客のガンズTシャツ率も異様に高い.ステージは50分近くも遅れて"Welcome to the Jungle"で始まった.
僕の周囲は早くも大合唱で大盛り上がりだ.だがアクセルの声はかき消されほとんど聞こえないので人の少ないエリアに移動.歌うのもいいけど彼のボーカルも聴こうよ? 前半は誰もが知っているヒット曲中心だが,後半は新曲らしきものも混ぜながら進んでいく.新曲も含めアレンジやスタイルなどはほぼ当時のままだと思う.だが新曲のほうが伸びやかに歌っているなあというのが強く印象に残った.いま彼らのスタイルが受け入れられるかどうかはよくわからないけど,アクセルのボーカルはやっぱりスゲエや,ということを再確認した夜だった.
スタジアムの外,会場から出てくる人の流れのわきでMさんを待つ.その人の渦の中で遠くからでもひときわ目立ち,かくかくしながら近づいてくる人がいる.Mさんだ.ガンズで踊りまくってすっかり足腰を痛めてしまった,とガラガラの声で話してくれた.明日の彼がちょっと心配だ.
| 2002年08月16日(金) |
近視矯正手術への道(7) |
これまでの流れを簡単におさらいしておく.まず僕はド近眼.しばらく前から話題になっているレーザーを使った近視矯正手術を受けることを決意し,病院でまず検査を受けた.ところが僕の角膜は通常よりもだいぶ薄いことが判明した.この手術はLASIKと呼ばれ,角膜(眼の表面に近い黒目の部分)をレーザーで削り取って屈折の度合いを変え近視を矯正するというもの.近視が強いほど多くの角膜を削らなければならないのだ.僕の場合,手術可能な限界まで削っても完全な矯正までほど遠いと言う.
ところが,このLASIKに変わるLASEKという新しい術式が広まりつつあることを知った.その手法は従来のLASIKとほとんど変わらないのだが,LASIKより多くの角膜を残すことが可能なため,僕のような患者にも向く術式とされている.1999年生まれのまだ対応する病院も少ない新しい技術だ.あくまで僕が調べた範囲の話だが,やや痛みがあることを除けば安全であり角膜の強度も保たれるなど,LASIKに比べて本質的に優れた手法のようだ.
で,前回の日記にも書いた僕の角膜の厚みなどのデータを添えて,インターネットで見つけた5つの病院に「LASEKで手術受けたらどーなりますか?」とメールにて問い合わせを行ってみた.結果として4病院から返事をもらったのだが,みな言うことがバラバラ.
「LASEKなら矯正できそう」 「LASEKはダメだ.LASIKで我慢しとけ」 「どっちもやめとけ」 「3年待て」
といった回答.誠実さを感じるメールが2通,あまり誠実さを感じないメールが2通だったが,内容にはそれぞれ納得させられる.だが僕は最後の「3年待て」のアドバイスを参考にさせてもらうことにしたよ.LASIKにせよLASEKにせよ,レーザーを使った近視矯正手術は医者の腕よりも検査や手術に使う装置によって決まる部分がとても大きいのだそうだ.まだ世に出て数年の新しい技術であるLASEKの装置は今まさに伸び盛り.現在開発中の次世代機が世に出て一定の評価を得るまでの「3年待て」というアドバイス,いま手術に興味がある多くの人に必要な言葉ではないかと思う.
前日に引き続き,小学校2年生のときに実際に体験した話をご紹介する.ある日の放課後,僕がトイレに入っていたときのことだ.小学校や中学校では男子は個室に入りづらいもの.普通の休み時間だと間違いなくイタズラの標的だし,授業中ならクラス全員に「大きいの行ってきました」というのを宣伝することになる.そのときはやや人っ気が少なくなった放課後を狙って僕は個室に入ったのだった.
誰もトイレにいないことを確かめてから個室に入りカギをかける.ズボンを下げてしゃがみこみ「波」が押し寄せてくるのを待っていたら,突然数人がトイレに駆け込んでくる音が騒々しく響き渡り,僕の入っている個室のドアを激しくノックし始めた.
「出てきなさいよー!!」 「ここにいるのはわかってるのよーっ!!」
女子の集団だった.
彼女たちは「×××!!」と誰かの名前を叫びながらドアを激しく叩き続ける.知ってる声じゃなかったし,声の雰囲気からして上級生だ.全く心当たりは無いし,何よりも下半身むき出しで和式の便所にしゃがんでいるという状況が僕のパニック感を加速させる.
「ちがいます人ちがいですボクは○○○っていいます」 「ウソつけーっ!!」 「水かけろ水」 「ほんとですしんじてください○○○っていいますホントなんです2年6組です」 「じゃあ証拠見せて見ろよ」
僕は胸についている名札をはずし,床とドアの間の隙間から彼女たちに差し出した.
「ふーん…」
僕の名札を見た後の彼女たちは特に言葉を残すことなく,来たときと同じ騒々しさでトイレの外に駆けだしていった.そのあと自分がどうやってトイレから出てどんな気分で家路についたか,はたまた結局用を足したのかどうかさえ全く覚えていない.ひょっとすると僕がちょい年上の女性を苦手と感じることがあるのは,この一件以来のことなのかもしれない.
| 2002年08月14日(水) |
怖いかもしれない話2 |
(→続き) 3人とも揃って酒好きなメンバーだったけれども「今日は早く寝るか」という話になり,確か夜の9時ごろに床についたように思う.その部屋はやや横に長く,僕らは川の字に布団を並べていた.3人の足側には出入り口のためのふすまがあり,左手側には窓があった.僕は窓から見て一番奥の布団で,頭の先には客の上着などを収納するための観音開きの衣装ケースがあった. 友人と旅行に行ったとき,部屋の照明を落としてから交わす会話も楽しいものだけど,この日は皆無言.で,そのまま消灯から20分ほど経ったころ,突然僕の頭の先にある衣装ケースが「ドーン」と鳴ったのだ.その衣装ケースは木製だったのだけれど,かなりの力で叩いたかのような音.しかし誰も何も言わないまま時間が過ぎる.僕は怖いのとトイレに行きたい気持ちをこらえるのとで大変だったが,いつのまにか眠りに落ちて朝を迎えた. 宿泊費の会計を済ませ,車に乗り込む.そこで初めて3人の間にほっとした空気が流れ,堰をきったように会話が始まった.「昨日確かに鳴ったよな,あの音」「あの部屋に入ったときから嫌な感じがしていた」などなど,3人ともほぼ同じ事を感じ同じ体験をしていたのだ.例の音も3人とも聴いていたのだけど,恐怖と驚きで3人とも固まっていたらしい.数週間後の本番の旅行で僕らがその街をコースから外したのは言うまでもない.
| 2002年08月13日(火) |
怖いかもしれない話1 |
今日ひさしぶりに稲川淳二をテレビで視た.そういえばそういう季節なので,僕が学生時代に実際に体験した話をひとつご紹介する.サークルの先輩と同期と僕の3人で小旅行に出かけたときの話.この3人はもっと大勢が参加する旅行の幹事スタッフで,いわば下見旅行といったものだ.実際の旅行のルートを想定しながら行き当たりばったりに行動していたら,日がほとんど落ちかけていることに気づいた.地方の小都市といった風情の街だったように思う. 当然宿は予約していなかったので,街中で適当に目に付いた民宿に飛び込みで入る.突然のことで宿の人もあまりいい顔をしてくれなかったが,ともかくある和室に案内された.僕はいわゆる霊感は強くなく,というか全くといっていいほど何かを感じたことはないのだが,このときは違った.何かイヤ〜な感じの部屋だな,という意識が拭い去れない.特に天井のある一角には何かを感じる.窓からは沈む寸前の夕日が差し込んでいて,光の量は充分であるはずなんだけど,なぜか薄暗い部屋だと強く感じる.3人とも会話が極端に少なくなっていた.(続く→)
~8年くらい前の夏の日,夜中に窓の外から猫がみゃあみゃあ泣く声が聞こえてきた.「鳴く」ではなく,まさに心細くて「泣く」かのような声.様子を見に行くと,1匹の子猫が道路のすみにうずくまって泣いている.反則ものの可愛いさだ.こちらが近づいても逃げる気配はないのでそのまま拉致する. 部屋に上げようと思ったが,体がだいぶ汚れていたのでまず台所の金だらいに水を張ってその中で洗うことにした.当然子猫はすさまじい抵抗を見せる.般若の形相とはあのような顔のことを言うのだろう.自分の中にサド的な要素もあることを確認しつつ,たんねんに洗っていく. 体を拭いた子猫を部屋へと案内し,しばらく遊ぶ.部屋にはガラス戸のついた本棚があるのだけど,本のないスペースに猫をしまい,そのガラス戸を閉じてみたりした.内側からさびしそうにガラスをひっかく子猫がとてもシュールな光景だ.その後はミルクを飲ませたりテニスボールで遊んだりしていた. やがて僕も子猫も遊ぶのに飽きてしまいその夜は眠りについたのだが,翌朝気づいてみると当然のように子猫はおもらしを実行していた.結局子猫は路上に帰したのだけれど,部屋の絨毯には今でもその跡が残っている.
(→続き) 確かに縮小された画像で見る限りほとんどが紺系統のワンピースで,基準として選んだ画像とかなり近いものばかりだ.次に花柄のスカートで試してみる.しかし今度は確かに似た商品も出てくるのだが,単色やチェックの模様でも色の雰囲気が近ければヒットしてしまった.でも補助的に使うのであれば充分実用になりそうな手応えだし,何より結構楽しいよ,これ.ここまで可能なら人間の顔の検索も充分期待できる.
ここで新しいかもしれないアミューズメントの提案.いい名前が思いつかないので仮に「似ている人検索倶楽部」としておく.外見のイメージとしてはプリクラの機械だ.それぞれの箱はネットワークに繋がれて共通のデータベースを持っている.お金を入れて自分の顔を撮影すると,データベースの中からそれに似ている顔を検索して表示する,というもの.結果はプリクラにして出力可能.結果が似ているにせよそれほど似ていないにせよ,何人かで遊べば結構楽しめそう. 自分の顔をデータベースに登録すると200円,登録しないと300円で遊べる,なんて料金設定にしておけば,母体となるデータも増えていくだろう.肖像権の問題もあるだろうけど,有名人の顔を対象とした検索が可能になればさらに楽しさ倍増だ.どうだろう,これ? 成功のカギは,いかに検索結果にうまく味付けできるかどうかにかかってるような気がする.
Yahoo!JAPANを見ていたら,トップページに気になる言葉を発見した.「Yahoo!オークション.画像検索で似た商品を探そう」というものだ.これはもしかして,画像そのものを検索の手がかりとして使う画像検索のことなのだろうか? しばらく前に検索サイトのGoogleが「イメージ検索」のサービスを開始していたけれど,これはあくまで言葉を手がかりに,その言葉に関連した画像を検索するというものだった.当時はこれを何かに応用できないかと思い「久本雅美」「そっくり」などと入力してみたが,「史上最強のイメージ検索!」と謳っているわりには久本のそっくりさんの画像は全く検索にかからなかった.
さっそくYahoo!オークションに接続して説明を読む.どうやらその通りの,画像を頼りにした画像検索のようだ.Yahoo!オークションに出品されている商品を説明するために「掲載されている膨大な画像データの中から、テキストではなくお好みの画像から、その画像の配色や模様などの特徴をもとに、類似した画像を高速に自動検索する画像検索のサービス」なのだそうだ. 現在のところYahoo!オークションにおけるこのサービスは女性用のスカートやシャツなどの一部商品に限られている.デニムのワンピースの画像をひとつ選び,検索を実行.出てくる出てくる.100点くらいぞろぞろ出てきた.(続く→)
日本には「春」「夏」「秋」「冬」の四季があるという.今は誰が見ても「夏」なわけだが,とても1年の4分の1,3ヶ月を占めるほどの長さがあるとは感じられない.無理矢理3ヶ月を配分するとすると,僕が住んでいる東京近郊の場合,6月15日〜9月15日ごろとなるかもしれない.ところで日本人の僕にはかえってよくわからないが,「配分するとするとすると突然彼の口元は大きく裂け始め…」というような文章構成は日本語を学習する際の難しいポイントなのだろうか? 話を戻すと,いくら7月に入ったからといって梅雨の最中に「夏だ!!」という気分にはなれっこない.さらに9月に入り変わらぬ残暑が続いていたとしても,どこか休日の終わりのようなセンチメンタルな気分に支配されてしまって,そうした気分は「夏」とは相容れないものだ.僕の感覚では,「夏」とは7月15日〜9月10日までの約55日間かな.そしてこの定義によると,今年の夏はまもなく半分が経過する.例えるならばそれは休日の午後2時半を迎えようとする頃であり,高校生活では2年次の文化祭のシーズンであり,人生では30代後半に相当するものだ.
残り半分の今年の夏,何をして過ごそうかにゃー.
何年か前,以前の職場での話.そこにはいくつかの建物があったのだが,部屋の番号は建物の番号とそのフロアの高さを使って定義されていた.4号館の2階の部屋なら「42XX」というようにね.1号館の5階には「1545」という部屋があってミーティングなどで使う機会が多かったのだが,入り口に付けられたその部屋番号のプレートを見るたびになんともいえないもやもやした気分が湧き上がってくるのを当時不思議に感じていた.
ところがある日ふとその謎が氷解.当時は消費税3%の時代だった.100円のものを買うと税込みで103円,1500円だと税込みで1545円.「1545」とは買い物でイメージしやすい数字だったのだ.値札を見てから無意識のうちに税込価格を考える癖は多くの人が持っているのだろうけど,僕も知らず知らずのうちにそれに侵されていたのだ.しかし今は消費税5%の時代.「1545」という数字にはかつてほどの輝きは感じられなくなった.スポットライトを浴びる数字も時代とともに変化していくってことかもね.
以下ひとりごと.この「バニラへの日々」という日記は原則としてノンフィクション.だがある程度の演出というか脚色はされていて,3%分くらいかなと思ってる.徴収した分は僕や読者のあなたが楽しむために使われているが,税率引き上げは当分なしの予定だ.
| 2002年08月07日(水) |
近視矯正手術への道(6) |
日本中探せば限界よりもう少しは削ってくれるお医者さんを見つけることはできるかもしれない.そうすれば0.4くらいの視力は期待できそうなので,それに賭けようかな,と病院からの帰り道に考えていた.特に海外ならそうしたヤミ系の医者が容易に見つかるかもしれないしね.「金さえもらえればいくらでも削りますよ.けけけけけけ」,ということだ. 角膜の薄い人に何か道は残されていないのだろうか? と思い,家に帰ってきてからネットでいろいろと検索していた.そこで,LASIKに変わるLASEKという術式が広まりつつあることを知った.1999年生まれの新しい手法だ.従来のLASIKとほとんど変わらないのだが,レーザーを当てる直前に削ぎ切りにする角膜の表面の厚みがだいぶ薄いのが特徴だ.そのため角膜が薄くLASIKに適さなかった人でも手術を受けられる可能性があるという.他にもいくつか進歩した点があるようだ. さあ,どうするか.医療は進歩し続けている.新しいLASEKなら0.5〜0.6程度まで回復するかもしれないが,少しもの足りない.もう何年か待てばさらに優れた治療法が開発される可能性もある.まあ,もう少し考えてみよう.
以下おまけ.角膜の厚みに関するデータを記しておく.厚みが500μm(1μmは1mmの1000分の1)を下回る人はあまりいないらしいのだが,僕はおよそ480μmだった.残しておくべき厚みは410μmだが,ここまで削ったとしても0.02だった視力は0.2までしか回復しない.でも400μmまでなら頼めば削ってくれそうだった.しかし完全矯正するためには350μmまで削ることが必要とのことだ.400μmも350μmも大して変わらねえよ,と思うんだがね.
| 2002年08月06日(火) |
近視矯正手術への道(5) |
今日は手術前の検査を受けに病院へ行ってきた.視力や角膜の厚みを測定される.いくつかある検査のうち半分程度は若い看護婦さんにひとりでやってもらったのだが,明らかに不慣れな様子だ.何度もやり直した測定もあった.「ぶっちゃけ慣れてないですか?」と訊ねたら,ちょっと困ったようにはにかみながら「すいません,でも大丈夫です」と答えていた.OKOKOK.僕はヤな患者ですか?
何度か書いているように,このLASIKという術式はレーザーにより角膜(眼の黒目の部分)を削ってその厚みを変化させ,視力を回復させるものだ.ところが検査により,僕の角膜の厚みが普通の人よりもだいぶ薄いことが判明した.近視の度が強いほど多くの角膜を削り取らなければならないのだが,僕の現在の視力を完全に矯正するにはかなりの量の角膜を削らなければならず,最低残しておくべき厚みの限界をはるかに超えてしまうとのこと.限界まで削った場合では視力はせいぜい0.2までしか回復しないらしい.
「自分で責任持つからもっと削ってください」と頼んでみたのだが,医者の立場からそれはできないと言われた.「0.2ならなんとかメガネなしで日常生活がおくれます.手術しますか?」と聞かれたが,やめておいた.検査費用の\14000を払い病院を後にする.久しぶりに本格的にヘコんだね.企業に採用のための応募書類を送り続け,書類審査で落ちまくっていた時期より何倍もヘコんだよ.今年のヘコみランキングの上位は確定的だ.
またテレビの討論番組の話.今回のテーマは「何を目標に生きたらいいの?」というものだった.提案者は大学を中退した19歳男性.彼は数年前から始めた写真を志し大学も写真学科に入学したものの,その写真という目標が「本当に」自分のやりたいものかどうか確信が持てず,退学してしまう.その後何にも踏み出せない状態が続き,現在は新たにやりたいことを見つけることもせずバイトもしていないそうだ.彼は,自分を本当に賭けていくことができるものか「確信」が持てないことには前に進めない,と語っていた. しかしこの彼の話を聞いていた他の出演者たちからは当然のように厳しい意見が続出.「言い訳してるだけに聞こえる」「あれこれ考える前に何でもいいからやってみようよ」「ビビってるだけじゃないの」といったものだ.
しかし足を痛めている人間に対して「とにかくがんばって走れ」という激励がまったく的はずれなものであるのと同様に,こうした助言は彼のような悩みを抱える人間にとって少しも心に響くものではない.いわゆるモラトリアム人間の全てがそうではないだろうが,彼らの多くは単にサボっているわけではなく,相当なキツさを抱えて日常を送っているはずだ.そのことは既に多くの人に直感されている.力強く歩いていきたいという思いは強いにもかかわらず,進むべき手がかりもない荒野の真ん中で茫然と立ちつくしているような姿.だが彼らにとって即効性のある一般的な処方箋が知られていないのもまた事実だ.最後に彼に対する僕の意見.
「目標を見つけるための試行錯誤はしなくてもいいが,なぜ自分がこうしたキツい状態にあるのかきちんと認識するための試行錯誤は続けろ」
~僕の通っていた高校は男女共学だったんだが,女子のスカートの長さは当時としてはとても短かかった.近隣の高校と比べても明らかに短い.学校が都心にあったことを考えると,おそらく当時の日本最短レベルかもしれない.今なら珍しくない短さだけどね.当時の生徒会長(♂)はその状況をさらに推し進めようと「女子のスカートをひざ上30cm以上に定める校則」を生徒総会の審議にかけようとしていたが,先生たちにより潰されてしまったと聞く.どこまで本気だったかはわからないが本当の話だ.
で,何が書きたいかっていうと,当時の僕はそんな状況に全然ピンとこなかったのだ.その高校にはとても急な傾斜を持った階段があって軽く見上げただけで女子のスカートの中が簡単に覗けそうだったのだけれど,見えた見えないと騒ぐ友人たちの横で何がいいのかよくわからんと感じていた.なぜかと言えば,別にそうした行為を軽蔑していたわけでもカッコつけていたわけでもなく,単に発育がおそかっただけ.中学校の修学旅行で友人と脇の下や局部を見せ合ったときも,僕だけ頼りない毛が2本程度というレベルだった.第2次性徴期が遅かったのだ.
これまでを振り返ると,中学生のときは小学生に見られ,高校生のときは中学生に間違われ,大学生のときは高校生料金でゴマかす.そんなことをずっと繰り返してきていた.音楽に興味を持ち始めたのは20歳のときだし,バイクの免許を取ったのは27歳だし,いわゆる青くさい10代20代の悩み事もここ数年で初めてじっくり考えるようになったと思う.要は考え方や行動パターンが実年齢の平均より5〜10年程度遅れているみたいだ.これがいいことなのか悪いことなのかよくわからないが,自分の性格形成に大きな影響を及ぼしていることは間違いなさそう.これまで身近にそうした存在を見かけることはなかったのだけれど,男性でも女性でもいいから誰かどこかにいないものかな.
| 2002年08月03日(土) |
新しいかもしれない口説き文句 |
特に気になる人も好きな人もいないのだが,口説き文句を考えていた.男性から女性への告白で,すでにある程度仲良くなっている場合を想定している.その骨格のみを書くと,
「君のことを『友達』として好きだし,『人間』としても好きだし,何より『女性』として大好きだ」
というもの.この例では『』の中の言葉を友達,人間,女性の順としたが,どの順番で入れるのが効果的だろうか? 組み合わせは6通り.上の例が一番しっくりくるような気もするけど,「君のことを『友達』として好きだった.でも今は『女性』として大好きだ.そして『人間』としても尊敬している」ってのもアリなような気がする.初めて気持ちを伝えるときとプロポーズするときでも異なるだろう.これを読んだ男性の人,誰か試して結果を教えてください.女性の人,誰か試されて感想を聞かせてください.
~以前の職場の話.僕の元上司は50代だが甘いものが大好きで,特にモンブランのケーキが大好物だった.彼の誕生日の数日前にはケーキ屋に走り,直径15cm程度のデカモンブランを注文しておくのが恒例になっていた.だが,出来上がってくるものは高さが圧倒的に足りない.僕のイメージは普通サイズのモンブランの形状をそのままに,体積を10倍程度にスケールアップしたものだ.ところがケーキ屋さんの作るものは通常の平べったいデコレーションケーキのスポンジを使い,生クリームのホイップをモンブランの茶色のホイップに変えただけ.全然「山」に見えない.高くすると重さで崩れる可能性があるからだろうか? さらに,ホイップのとぐろの太さも普通サイズのモンブランと変わりがない細いもので,迫力に欠ける.
去年の上司の誕生日の前には,地元でも評判のケーキ屋を新たに探し,イメージ通りのデカモンブランを作ってもらうべく店に出向いて店員さんとじっくりと話をしてきた.高さに関しては「なんとかなるだろう」という意見だったが,ホイップを太くしてくれというと「見栄えが悪くなるのでは……」と言われた.彼はやや伏し目がちだった.茶色の太く高いとぐろ.食事中の人ゴメンナサイ,ということなのだろうか?
「とにかく可能な限り高く太く」とお願いして出来上がったものは,それまでのケーキ屋に注文したものよりは確かに「リアリティ」が増していたが,ケーキを持ち帰った上司の家庭でどのような評判だったかは謎のままだ.
| 2002年08月01日(木) |
出会い系サイトにまつわる話 |
テレビの討論番組ネタ.今回は「メールによるコミュニケーションはアリか?」というお題だ.予想通りというか,概して年代高めの人は否定的だが10代や20代には「当然アリだろう」という意見が多い.しかし最近メールやインターネットの話が出てくると必ずやり玉に挙げられるのが出会い系サイトの問題だ.番組でも「犯罪に巻き込まれる」「オタクだらけ」「出会い系はモテない男女のたまり場」などの声があちこちからあがっていた.カップルが「知り合ったきっかけは出会い系です」と公言しにくい現状が,これらの意見が世の代表的なものであることを示している. しかしおもしろいのは出会い系を一度も利用したことのないような人間がそれを激しく非難し,実際に利用経験の豊富な人間がこれを擁護する立場に回ることが多いという事実だ.否定派の陰には,出会い系そのもののネガティブな側面の大きさよりも,むしろ出会い系という未知のものに対する不安の大きさが存在するように感じる.例えば日常生活で交通事故に遭う可能性と,出会い系で犯罪に巻き込まれる可能性とどちらが高いかはわからない.だが現代の交通状況は多くの人にとって見通しの利く問題である分,それに対するヒステリックな非難はとても少ないものだ.未知のものに対する恐れは誰にでも生じるものだろうけど,抱えきれなくなったからといってそれを他人にぶつけるのはやめようぜ.
目次(TOP)|<過去|未来>
■過去日記サンプル
東京タワー/
写真嫌い/
史上最高の尿意/
中身と外見/
ほっぺにチュー/
河原の魅力/
パチもん教授/
16通りの告白/
アナウンサー賞賛/
次回W杯必勝戦術/
チャンネル1995/
緊張のアノミー/
学歴社会という現実/
フジロック'02レポート/
新しいかもしれない口説き文句/
現役モラトリアム生/
ばったりしあう関係/
黒髪という選択/
ゲイ雑誌購入/
ごきげんドライバー/
結婚式に思う/
味覚の手触り/
変拍子の人/
自己プロデュース
管理人: vanilla
|