2009年01月27日(火)  血と汗の 夫の金で ママ茶会


未だに咳が治らない。私の。もう冬はイヤだ。

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まなティのプレスクールは1週間に1度だけ、しかもたったの1時間なのだが、その間ママたちは近くの喫茶店でママ茶(ママ茶とは、子供を幼稚園に送ったママたちが喫茶店などでお茶をすることを言う)。そして、子供を迎えに行ったらちょうどお昼なので、子供込みでランチに行く。

私はママ茶へは忙しいときは行かないので出席率は30%、ランチは仕事で無理なので0%である。休みでない限りみんな100%出席しているようなので、自分ではよくわからないが、私はちょっと浮いているかもしれないと思う。

どうもこの幼稚園のママ茶やランチの文化になじめない。何がイヤかと言うと、夫が働いている時間に喫茶店やレストランでダラダラとどうでもいい話をしているのがイヤなのである。しかも大人数で占拠、というのもイヤだ。

幼稚園に子供を通わせる家の母親はほとんど専業主婦だ。それは一向に構わないのだが、夫が働いている間は、子供の世話や家事や自分の勉強などにあてるべきではないか、と思うのだ。

家族を経済的に支えるということは並大抵のことではない。働く夫の大変さを思えば、昼間の大事な時間をどうでもいい話や愚痴で無駄に過ごそうとは思わないはずである。ましてや、育児や家事が大変だの、夫がぜんぜん手伝ってくれないだの、言ってはいけない。

昼間、特に午前中のカフェやファミレスはママたちでいっぱいだ。それを見るにつけ、不景気と言えども日本は平和なのだなあと思う。


つづく。


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>>「匿名メールフォーム」へのレス

・お返事遅くなってスマン。
 なんだか難しい仕事してるんだね〜。ステキだわ。
 あのY嬢が建築士になるとはね!
 旦那さんも同業者さん?
 お互い、自由業というか自営業というか、
 不安な部分も多いけど、頑張ろうぜ!

2009年01月21日(水)  家庭内 パンデミックが 到来し


恐るべし、インフルエンザ……。予防接種は受けなきゃいけません。絶対。

年始早々私以外の家族全員がインフルエンザになってもた。まなティに至っては、意識障害が出て、脳炎が疑われたので即入院になり、その翌日にこうティが高熱を出し始め検査で陽性、その翌日にはまなティの見舞いを1日中していた相方がダウンで陽性。もう、家庭内パンデミック。

その翌日の朝私も9度の熱が出たので、とうとう来たかと思いながら病院に行って検査したら、なぜか陰性だった。まだ検査に出ないだけかもしれないのでまたきて下さい的なことを医者に言われて退散したが、熱は9度でも体は軽く動けるので、こりゃ違うなと。結局9度の前後の熱がずっと出ていたがインフルエンザではなかった。ウイルスに一日中さらされているだろうに、なぜ私だけ……。


それはさておき、地獄絵図でしたよ。インフルエンザで唸るこうティを、インフルエンザで唸る相方に託して、まなティの見舞いに行く私も9度の熱。さらに1週間後には原稿の締め切りとセンター試験が待ち構えていて、まなティを母にお願いして、うなる2人を家に置いて仕事に行き、原稿を書き……。家の中はむちゃくちゃ、私もボロボロ。

しかし、原稿は無事出せて、センター試験対策もできうる限りやって、家族もそれぞれ無事生還し、私たち家族始まって以来の大災難は過ぎ去って行った。年始早々、悪運総決算という感じだ。


まなティの脳炎の疑いは、髄液検査などして、大丈夫と判断されたんだが、熱にうなされているときは、本当にまずいことになったと思った。それまで寝ているのと意識を失っているのの差はどこにあるんだろうと思っていたが、これが意識不明ということかとありありとわかるような状態で、意識が戻ったら「どうして壁がこんな色なの?」とか「グミはどこ?」とか心配なことばかり口走って目の焦点は定まらず、またすぐに意識を失うという感じだった。

救急病院に行って、即入院が決まり、運ばれていく我が娘を見て、娘の人生をむちゃくちゃにしてしまったかもしれない後悔と、娘を失う恐怖で、もう頭の中はパニック。まなティのあのときの姿は私の目に焼きついて一生忘れないだろうと思う。

入院中は家族は一緒に泊まることができないので、いろんな管に繋がれて熱にうなされるまなティを置いて泣く泣く帰ったんだが、翌朝行くと、まなティは涙と鼻水でグチャグチャな途方に暮れた顔で病室のベッドにちょこんと腰掛けていた。それが小さくて小さくて頼りなくて、泣けた。こんな状態にしてごめんよごめんよと心の中でたくさん謝った。


一方、こうティはインフルエンザが治ったあとも、子犬のような変な咳が残っていたので、かかりつけの病院に行ったら、クループとかいう病気(?)で、気道が腫れていてこれで赤ちゃんは窒息死することもあるという。薬と吸入用の機械を貸し出され、2日以内に改善が見られなかったら入院、と言われてしまった。まさかそんな深刻な状態だったとは……。もう私は親失格である。

幸い2日以内に改善し、今は咳もほとんどしていないが、1日2回くらいする咳がまだ子犬で、完治はしていない様子。私もまだ喉の痛みとダルさと咳が治らない。今までは病院なんてほとんど行ったことがなかったが、子供を持った今、病院とうまく付き合って、初期の段階で治療を受け、残る症状も徹底的にたたいていかないと、大変な結果が待っているということを頭に入れておこうと思う。


つづく。


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2009年01月01日(木)  ぶり返し リアル寝たきり お正月


風邪を完全にぶり返し、昨日は39℃の熱で一日寝たきり。掃除の仕上げと買出しに行くつもりだったのに、そのまま何もせず年越し。床にはホコリ、冷蔵庫は空っぽ。実は去年の年越しもヒドイ風邪でリアル寝たきり年越しだったのだ。今日は熱も下がったが、のどの痛みと咳がひどく声が出ない。明日から仕事なのに。

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ということで、明けましておめでとうございます。(つぶれた声で)

年越しはひどかったけど、去年はいい年だった。というか、日本に帰ってきて2年半、どんどん足元が固まってきているというか、心の不安定さがなくなってきたと思う。何もかも家族のおかげだなぁと。去年は福の神のこうティが仲間入りしたので、もう最強だ。


とりあえず毎年恒例、去年の抱負の振り返りと今年の抱負を。

<去年の抱負の振り返り>
 
ゞ戯爐1冊書く
 教材を書くための準備は結構進んだんだけど、まだ教材の形にはなっていない。でもこれは、入試が終わる2月末になったら3年生が卒業して結構時間ができるので、4月に向けて仕上げて行こうかと思っている。
 それと、自分の教材は書けていないけど、思いがけず執筆の依頼が舞い込んできたので、ヨシとしようかと。

 
入試問題を500校分解く
 これも達成できず。去年1年で解いたのは、340校くらいだと思う。途中の出産でずいぶんサボったつけが回ってきた感じだ。そもそも500校という目標設定も厳しすぎた気もする。


H麈タ瓜の体重に戻す
 恥ずかしながらこれも達成できず。産後どんどん減って、秋頃から停滞期に突入してたんだが、冬に入ってまた減りだして、結局今、出産直前の体重から17kg減くらいだ。2人目妊娠の分は減ったんだが、1人目妊娠の前の体重まであと5kg。


結局どれも達成できてないじゃないか! でも、1年間この3つの抱負を意識しながら生活してきたので、抱負を立てたのは無駄じゃなかったかと。ということで、今年の抱負はこれ。

<2009年の抱負>

 ゞ戯爐1冊仕上げる
 体重をあと5kg減
 5時起き
 TOEIC990点(満点)

教材は今年のできるだけ早いうちに。体重は引き続き意識して、1年に5kgなら無理もないかと。「5時起き」は実際に今やっていてかなりいい感じなので、このまま続けていこうと思う。TOEICは、今まで英語の検定系を受けたことがほとんどないので、自分の力を測るためにも受けてみようかと。もちろん狙うは潔く満点のみで。

あとは、もう少し日記を更新できるといいなと思っています。


つづく。


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