あまおと、あまあし
あまおと、あまあし
 雑記 2002年07月30日(火)


眼が痛い、です。
眩しい光が嫌いなのに、その下で仕事をしなくちゃいけないなんて。なんて不幸なんだ(涙)
……って、冗談じゃなくて本当に私、光に対して抵抗力がないのですよ。
夏の眩しい光も、雪の日の照り返しも駄目。
目が差し込まれるように痛くて、涙ぼろぼろになります。
帰ってきてディスプレイ見ると、追い討ちをかけられた目が反乱をおこして、頭まで痛くなる状態なのです。

早く冬になって欲しい。雪さえ降らなければすごく楽だから。
そういえば、東京は紫外線が少ないから楽(笑)
いま住んでる場所は、高地で空気が薄いから紫外線が強い。辛い。
やっぱり、夜の生き物なんだな。

† † †

いろいろな事に対して、最近立て続けに幻滅した。
そして、幻滅する自分は、なんと幼いことだろうとまた幻滅する。
外界に対して、自分の理想を押し付けてそれが適わないと嘆くのは、子供のする事だ。
泣いても、叫んでも、地球の自転は方向を変えたりはしないのだし、夜が永遠に続くことはない。
世界の形をしって、その中で自分の形を護りながら歩けるようになることが、必要なのだと思う。
もっと上手く、世界を歩くことができるようになりたい。

と、思いつつ。
実年齢から遥かに下の精神を、上手く御することが出来ずにいる。
世界の眩しさを、受け入れられないで駄々をこねている。

おさない、というのはある意味で罪だ。

地を這う小さな虫。
その卑小な存在を放棄することなく、巨大な岩山を越えて行く。
そんなふうに。




 雑記/近況 2002年07月27日(土)


 あめつちを縫い閉じてゆだち駆け抜ける

 今週はずっと奈良井宿で仕事をしておりました。
 宿場町の風情をそのまま残す、千本格子の街並みはなかなか美しいのですが。
なんでしょう。伝統的な建物をそのまま保存しつつ生活を営むってのはイロイロ苦労があるのだな、と思ったり。
 歴史的な街並みを売りにするなら、完全に車の乗り入れを禁止して、アスファルト剥がして石畳にして、側溝もコンクリ製品じゃなくて石で作って……なんて自分が工事車両乗り入れて、道端に迷惑駐車しておいてを考えてみたり。
 いわゆる町屋の作りなので、工事一つするにも大変。
 玄関から細い土間を通って奥の坪庭まで、えっちらおっちら材料や道具を手で運び込まなくちゃいけないので。
 
 個人的にはああいう木と土の家って好き。
 特に古びた木の黒と白壁のコントラストは、桜とか紫陽花とか、花が映える。
 なんていうのか、「色気」があると思う。建物全体に。
 でも「好き」なだけであって、実際に暮らせるかと言うとNO。
 手を入れつづけないと、すぐ駄目になる事が仕事上よく解っているから。
 100年もつ家は、100年ほったらかしで持つ家ではない。のだよ。
 
 ええと。
 その奈良井宿では、月遅れの七夕飾りが家の軒に飾られだしました。
 これがまた、古びた格子や猿頭の庇によく映えて美しいです。
 某○ルコンとか○サワとかの家だと、ここまで映えないだろうと痛感する光景でした。 
 どうしてこう、メーカー系の建物って色気がないんでしょうねえ。

 ※   ※    ※
  
 と、久しぶりの更新なのにお茶濁しですいません。
 HPのほうも、ようやくプロフィールらしきものを作成。
 でもアップした途端に、「あ、あれも好きだった」とか思い出す。
 内田善美の「星の時計のLiddle」入れ忘れました。
 とほほ。
 


 note-夏の葬列 2002年07月22日(月)


ヒグラシは、梅雨の頃からずっと鳴きつづけている。
なのに、その弦楽にも似た悲しげな音に気づくのは、夏の暑さと陽光の激しさに打ちのめされた、その後だ。

耳を閉じているのだろうか。
私は聞いてなどいない。
聞かぬものは、存在しないものだ。
ヒグラシは夏の終わりの生き物で、夏も始まらぬ鬱屈した気分など知るはずもないと。
紫陽花を摘みながら、音を捨てている。

男は穴を掘っていた。
薄い筋肉しかついていない背中が、木漏れ日を背負い動いていた。
金貨の形をした光が、汗で貼りついたシャツの上を生き物のように動くのを、どんな気持ちで見ていたのか。
自分のことであるのに、思い出せない。
湿気に満ちた空気と森のざわめきだけは鮮やかに、それはアルバムに閉じられた誰かの写真のようだ。

ヒグラシの声がする。
夕暮れの迫る森を震わせ、夜を呼ぶように声がする。
夏はまだ始まらぬのにと、足元を見つめて。
穴を掘り終えてしまったのだから、もう夏は来はしないのだ。


 ※ ※ ※ ※

実は流星群に投稿しようと思っていたネタ。
結局未だに形にならず。
いいかげんそろそろ、エンジン始動させねばいけません。



 夏嵐 2002年07月20日(土)


夏の木陰の暗がりを
彩る白の名前を
いつか貴方は教えてくれた
緑色の闇を歩くときは
息を潜めて
追いつかれぬように
決して振り返ってはならないのだ

またたびの葉が花を偽るように
白を纏いたいと願う
せめて貴方の前だけでは
何も知らぬ子供のままで


 (ざれ歌) 2002年07月19日(金)


天秤をどちらへも傾けぬために。

子供達は屠るのだ
夜の闇に棲む生物を
ホホル、ホホイ、ホホラ
それは言葉を知らぬ故に
ホホル。ホホイ。ホホラ。
輝く
燃える
灯る者
ホホル ホホイ ホホラ
闇の濃さがどれほどであろうとも
伝わるものを知ってしまえば
諦めの意味は失せてしまう
ホホル、ホホイ……
噤め、噤め、噤め。
屠れ、屠れ、屠れ。
目を閉じよ。
目を閉じよ。





 雑記 2002年07月16日(火)


カタログ届きました〜♪
うふふー。これで一週間は暇をつぶせる(謎)
これが届くと、夏休みがもうすぐなのね、と嬉しくなるのです。
年に二回、旦那からも解放された本当のオフ。
それを祭典だけに費やす私も私よね……(遠い目)

しかし今回は、会場ではなくて秋葉。のほうで散財してしまいそうな予感(笑)


 吐いておきます。 2002年07月15日(月)


正直言って、未だにむかむかが収まらない。
私は他人に投げつけられた悪意とか、悪口とかを、翌日くらいにようやく理解して怒り出すような鈍い人間なので、その分長引いたりするのだ。
以下は本当に個人的な愚痴です。
相当不愉快な内容なので、すいません、嫌な人は即バックでお願いします。





本当に、未だに吐き気がおさまらない。
その人の事を考えると。
なんでそこまで私の身内にソックリな思考回路をしてるんだろう。
ことごとくを、他人のせいにする。
自分の言葉の責任、行為の責任、思考の責任、そんなものかけらも考えない。
自分の欲求と、他人の欲求は必ずしも一致しないことを学習しない。
その身内はネットしない人だし、奴も私のこの場所をしらないはず、なので。
というか、自分自身でもう私の文章を見たりしないと、そう発言していたので。
書き捨てておく。
私は他に、鬱憤のやり場所を持っていないので。
とりあえずごめんなさい、とだけは言っておこう。<誰へよ?(笑)

そもそも、最初に掲示板へ挨拶(とも言えない失礼な文章)を書き込んでおいて、その後に「実は自殺未遂をして、廃人寸前でした。迷惑なら放って置いてください…云々」などというメールを送りつける。
この順番ってどうよ?
確信犯的に、卑怯じゃないのか?
自分の掲示板にカキコがあって、放置できる管理人がいるか?
自殺未遂などという過去を押し付けられ、じゃあ私には関係ありませんなんて冷たく言葉を返せるか?
小心者の私には、少なくとも無理だ。
そんなヤバイ精神状態の人を無視して、例えばまた自殺未遂でも起こされて、それが私のせいだとでも言われたら、寝覚めが悪すぎるじゃないか。
それで、当たり障りのないつきあいならいいだろう、と。
そんな気持ちを抱いた私が、馬鹿だったのだ。



自殺未遂、なんて過去を振りかざすな。
そんなもの、自慢にもならない、本来なら隠すべき過去じゃないのか。
それを振りかざして、相手から同情をもぎ取って、それで対等な人間関係が築けるわけ、ないじゃないか。
一度や二度、死にたくなった経験を持つ人なんて、それこそ掃いて捨てるほどいるんだ。そんなもの、めずらしくもなんともないんだ。

絶望の深さが、他人よりも大きかっただなどと思い込むな。
それは、自分自身のためだけの絶望じゃなかったのか?
他人のための、絶望だったのか?
誰か他人を救うことが出来ない、そのことへの絶望なんかじゃなかったんだろう?
なら、恥じろ。
自分自身を、自分の力だけで支えることの出来なかった自分を恥じろ。
そして、自分独りでは立つことの出来ない自分の弱さを、認めろ。
そこから、じゃないのか。
誰か他人と、時に支えあい、時に縋り、時には突き放され、そうして生きていくのは。

理想ばかりを語る人間は、自分の弱さを見失いがちだ。
自分の醜さを見失いがちだ。
理想なんて、破り捨てて踏みにじって、どろどろとあがいて生きろ。

あんたが今回やったことを、奇麗ごとの言葉で飾り立てるな。
その溢れる悪意から目をそらすな。
つか。
君の根底にあるのは、他人に対する悪意、だよ。
自分自身を認めてくれない、世界への悪意、だよ。
その悪意を隠すために、君は綺麗な言葉で過去を語って、自分の記憶さえも書き換えてしまっているんじゃないか。
そうやって、自分を偽って、偽って、限界がくるまで偽って、結局自分自身に食い尽くされて、鬱になったり自殺未遂に走ったりしたんじゃないのか?
同じ過ちを、繰り返すな。
私が駄目なら他の人、その人が駄目なら次の人、そうやって何人にも縋って、縋って、縋る限り、終わらないだろう。
その場所で、もう一度、考え直せ。

………。
はー。すっきり。
しかし。……精神構造が似た相手、てのは嫌ね。
身内のその人を相手にしてても、すごく嫌なんだけど。
というわけで。
今回は自分自身への反省、でもあるのでした。

 (断片) 2002年07月14日(日)


 つたない君の指先が
 打ち放つ千の弾丸は
 瞬き一つで撃ち落される
 はかない羽虫の営み

 きっと
 真空を渡るために
 音は光に姿を変えたのだ
 僕と君の間に横たわる虚空を越える
 小さな命たち
 自らの形で証明する
 光の質量を
 
 
   
 

 2002年07月13日(土)


  おとうさん

  こわいね
  ひまわりは
  こわいね
  ぎらぎらのまんなかに
  おおきなくちが
  まっくらが
  あるよ

  おとうさん
  なつが
  たべられてる

  まっくらが
  いくつもいくつもくちを
  あけて
  そらを






 六月の音階 2002年07月08日(月)


雨を招く蛙の声と
紫陽花の秘め事に溺れながら
六月は薄れていった
陽が、熟れてゆく。天頂で。

思い出す
何度でも思い出すだろう
蛙の喉の薄い皮膚の
張り詰めるたびに透ける
白さ
見えそうで見えない
その向こう側の秘密
思い出すだろう
きっと思い出すだろう
指を繋ぐたびに
湿り気がはりついて
一つに溶ける日々を
いつだって

紫陽花を枯らす
白い光に目を灼かれても
鼻先に残る湿り気を辿って
いつか
冷たい水を共に浴びよう
あなたと
あの空の下で


 蛙、跳ねずとも 2002年07月05日(金)


どうして蛙……と思いつつ。
最近のヒット蛙。

  「オレオフリネラ(Oreophrynella)」
   ギアナ高地に生息する蛙。
   水かきを持たない、原始的な形態の蛙。
   跳ねることがなく、泳ぐのも下手。
   泳ぎつかれるとそのまま流されたり、風が吹くと転がったりする。

愛しいじゃねえか。
愛しすぎる。
蛙は、跳ねてこそ蛙  ではないのだ。
泳いでこそ蛙  でもないのだ。
なんて素敵。
私も風に吹かれるまま転がったりしてみたい。
それは人としてどうか、と言われてみたい。

ここのところ毎晩、寝室の窓にETみたいな変な顔をした虫が来ます。
六本足だから昆虫だろう。
お尻は長くて、羽はトンボみたいに半透明。
なにもの。と毎晩奴を眺めながら思う。



 怖いっす 2002年07月04日(木)

夏川りみのアルバムをようやく入手。
ちゃんと取り寄せすればいいのに、どうせ人気が出て近所の本屋でも入荷するだろうとか余裕で構えていた私。狙いどおりでありました。
中学生の頃に映画鑑賞で無理やり見せられた「ひめゆりの塔」で、女学生が歌っていた歌がようやく判明(笑)
沖縄語、さっぱりわかりましぇん。
でも歌声とか節廻しが好きなので、エンドレスでかけてまったり癒されてます。

例の方からその後干渉はありませんが、私の気分は未だ回復せず。
つーか。
度重なるメールと私の全然知らない人の掲示板での悪口雑言に、悩みに悩んで前のサイト閉じて日記も替えて、すげえ嫌な思いを私はしたのに。
それを「面白かった」だと?
私の文章が好きだのなんだのってセリフ、やっぱ嘘だったんだろ。
もうどつきまわしたいですよ。
某大型掲示板の幕府に直訴したいですよ。
つか、某ゲームの某教官の顔を見ただけで殺してやりたくなりましたよ。
嫌いだって言葉も、もったいない。
最初に掲示板に挨拶を書き込んでおいて、その後で「実は自殺未遂して廃人になってました。もし係わりたくないなら無視してください」ってメールを送りつける、
その順番はどうなんだ。
と。今ごろはたと思いつく鈍い私。
自分の傷を振りかざすような奴に、同情なんかするんじゃなかった。

で。今でも少し怖いです。
勘違いされるほどの文章を書いているつもりもなかったのに。
詩、みたいなものを、今まで好きで書き付けてきたんですけど。
考えただけで気持ち悪くなります。
いや本当に。


 note-蒼屋2 2002年07月02日(火)

 都会では今、蛇を飾り立てる事が流行っている。
 鱗の一枚一枚を磨き上げ、硝子玉を貼り付け、あるいは二股に分かれた舌を盆栽を剪定するように切り詰め切り裂き整える。
 私はその最先端の蛇屋に勤めていた。
 沼の底に押し込められたような、生家での暮らしに飽いて。高校を卒業すると同時に故郷を飛び出した。
 蛙にとっては迷惑な事だったろう。その証拠に蛙は日々生気を失い、鳴くこともなく目を閉じて、乾いていくばかりだった。
 蛙など、どうでも良かった。
 祖父に与えられたその時こそ、誇らしくもあったのだが。
 跳びもしない、跳ねもしない蛙にどんな喜びがあるだろう。
 蛙など。
 死んでしまえばいいと。そう思っていたのだ。

 蛇屋での私の評判は、悪くはなかった。
 蛙のことを必死に隠していても、蛇は何かの器官で感じ取るのだろう。私と相対した途端に口を開き威嚇音を発し、尾を振りたててぐねぐねと動き出すのだ。
 蛇が蛇らしくなると。
 殆どの客は喜んだ。
 技術はまるで拙い私を、指名する客は日に日に増えた。
 私の勤めた蛇屋は繁盛し、しかし私の居場所は日に日になくなっていった。
 私より早く勤めはじめた、優秀な技術を持つ先輩が幾人も店を辞め、それでも訪れる客の数は減らず、私はますます追い込まれていった。
 気づけば、蛙は叩いても鳴き声一つあげず、渇ききったミイラのように小さな塊になっていた。
 捨ててしまおうと決意した私を止めたのは、常連となった私の客の一人だった。

 
 深い谷間の入り口の駅で電車を降り、両側に迫る深い山の間を徒歩で抜けていく。
 車など通ることの出来ない谷の奥深くに、私の生家、祖父の蛙屋はある。
 都会生活ですっかりなまった身体に鞭打って、ようやく見覚えのある沢筋にたどり着いた頃には、夕暮れの空気があたりに満ちていた。
 蛙屋特有の青塗りの格子戸が、まるでたった今まで誰かが住んでいたかのような佇まいで私を迎える。
 拍子抜けするほど軽い扉をからからと開けると、湿った空気が暗い部屋の中からどっと溢れ出てきた。
 幼い頃から慣れ親しんだ湿気と、青臭い匂いに身体の力が抜ける。
 と同時に、全身の皮膚が貪欲に湿り気を吸い込むのが解った。
 私の身体は、こんなにも乾いていたのか。
 暗い部屋を抜けて庭に面した雨戸を開ける。鬱蒼と茂る緑が日光を遮り、池の底のような密やかな空間を作り出している。
 蛙が、再びけろと鳴いた。
 今度は幻聴ではなかった。
 掌で、もぞもぞと動く感触に慌てて見れば、固く閉じられていた小さな眼がきりりと開いている。
 黒い眼には、幾重にも重なる緑の葉が移りこんでいるのだろう。あるいは、その向こう側の空をまた、睨み始めているのだろうか。

 けろ、と蛙が掌で続けざまになく。
 と、静かさばかりが満ちていた庭のどこかで、答えるようにけろ、と声がした。
 けろ、けろ、けろ。
 声は庭の緑陰のいたるところから、絶えることなく沸き起こり満ちて溢れた。
 沼の底に帰り着いた私は、その夜、ようやく夢すら見ない眠りへと落ちることが出来たのだった。
 

 note-蒼屋(1) 2002年07月01日(月)


「蛇屋や魚屋なんてのは、あれは本当の職業とは言えないんだ」

 祖父は生きているころ、何度も私にそう言い聞かせた。
「蛇なんてものは、石垣の裏に限らずそこらじゅうに棲んでるもんだ。その気になれば冷蔵庫の裏からだって、引っ張り出してこれるぞ。お前だって明日には蛇を手に入れてるかもしれん。そんな生き物なんだ。魚だって一緒だ。あんな、生まれたときから手に入れてるものを、どうしてわざわざ他人の手に委ねようとするんだか。いいか、鱗屋なんてな、あんな鱗のある生き物を扱う商売なんてのはな、本物じゃないんだ」

 あの頃、まだ私が小さくて蛙の色の見分けもつかなかった頃、祖父は郷里でただ一軒の蛙屋だった。
 いや、あの頃から、蛙屋なんて商売を知る人は殆どいなかった。人が望むのは蛇屋の黒々とした扉、それから病んだ魚を治療するための魚屋の冷たい扉。
 蛙、なんて。
 蛙など。
 誰が、どうして欲しがるのか。
 幼い頃の私には到底想像がつかず、店の裏の池に放たれた百匹の蛙のなかから、たった一匹を選び出そうと真剣に吟味する祖父と客の表情だけが、ただ恐ろしいものとして記憶に残っていた。

 蛙は扱いずらい。蛇よりも、魚よりもはるかにずっと。
 皮は薄く、少しでも乱暴に扱えば破れて死んでしまう。
 水を与えるのを怠れば、干からびてミイラになり、与えすぎれば溺れてやはり死んでしまう。
 その上、蛙は持ち主を選ぶ。
 万人に最上な蛙の指標はない。
 よく跳ねる蛙が良いかといえばそうでもなく、日ごろはじっと身体を縮めるばかりで、持ち主もいっそ捨ててしまおうかというほど動かぬものが、ある日突然、天高く跳躍することもある。
 あるいは、跳ねつづけ、跳ねつづけ、頂までも跳ねつづけ一時も休むことのない蛙もいる。
 蛙の望みと、持ち主の望み。それが一致するかどうかを見極めるのが、蛙屋の真髄だと。
 祖父は、そうも言っていたかもしれない。

 全ては幼い記憶の中のことで、定かではない。
 何故祖父が死んでしまう前に、私はきちんと聞いておかなかったのだろう。
 この右手の手のひらで、身動き一つせず空を睨みつづけるこの蛙のことを。
 渇きに耐えかねてひくひくする蛙を、私は隣席の客を憚りながらそっと舐めた。
 電車は長いトンネルを抜けて、もうまもなく郷里の谷へ到着する。
 病んでしまった私の蛙を治す、僅かな希望を探しに。
 祖父が死んで無人となったままの、あの蛙屋の建物は、まだ残っているだろうか。不安が胸中を暗くする。と、蛙も疲れたように小さく縮こまる。
 私の、蛙。
 祖父に与えられたあの日から、一つも飛び跳ねもしなかった蛙は、死ぬ前に一度だけでも地を蹴るだろうか。

 電車が、緩いカーブを曲がるためにぐっと傾いた。
 窓から、湿った土の匂いが流れ込む。
 けろ、と小さな声が、掌から聞こえた。

 

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