あまおと、あまあし
あまおと、あまあし
 ぐるぐる。 2002年01月30日(水)

認められたい
認められたい
私の存在を誰かに認められたい

けれど傷つけられるのは嫌

愛されたい
愛されたい
理解されたい
理解されたい

でも人の心は変わってしまう

今日誉められたけれど
明日けなされたらどうしよう
私はその人を
撃ち殺しにいかなきゃいけない
誉められて賞賛される私を
ずっと維持していけるのか自信が無い
だったら誰にも気づかれない場所で
ひっそりしていればいいのに
でも
認められたい
気づかれたい
誉められたい
愛されたい
私という素晴らしい存在が
ここにこうしていることを



 曙 2002年01月29日(火)

明日はどんな色で訪れるのだろう

夕暮れの茜色ばかりを慕って

僕は振り向けずにいる


昨日として

目の前につまびらかにされた日を

幸せな思い出だとか

自分のためになる経験だったとか

そんな風に

色付けすることは容易い

記憶はいくらでも

書き換えることができるのだ



僕の背中を叩く明日の手は

どんな色をしているのだろう


僕は振り向けない

昨日を見つめたまま

後ろ向きに歩いている







 枝の上の天 2002年01月26日(土)

ふと気づけば
娘も七歳になって
教えてやらなければならないだろう
なぜ<まいまい>などという
名前を与えたのか

美しい名前なら
いくらでもあった
「美代」「さくら」「弘美」
お前の未来が美しさと優しさで
満たされるようにと願う
祖母や祖父の反対を押し切って
私はお前に与えたのだ
小さく無力な生き物の名を

娘よ

昔、偉大な詩人がうたった
雲雀が空を舞い
蝸牛が枝を這う
平安なる世界の様を
そうだ
娘よ
世界はそのような物で
雲雀は大地に安らぐことはなく
蝸牛は馬の速さで駆けることはない
神はただ御座の上に座して
世界の成り行きを眺めているだけで
お前を守るために
その手を動かすことはないのだ

そして私も
お前を守るための
家になることは出来ない
お前は蝸牛の背負う家を
自分で見つけなければならない
それは
たった六畳の小さな部屋なのかもしれない
誰かの書いた他愛の無い詩なのかもしれない
とにかく
お前が安らうことの出来る世界を
一つでいいから見つけなさい

冷たい雨粒がお前を打った時
太陽がお前の心を渇かした時
乱暴な鳥がお前をついばもうとした時
恥じることは無い
その家の中に逃げ込みなさい
いつかお前の心が
立ち向かおうと奮い立つまで
傷つきやすい粘膜が
乗り越えてゆけると確信するまで
臆病なことは欠点ではない
卑小な生き物が
世界を歩くための大事な力なのだから

娘よ
蝸牛は歩いていく
柔らかな土の上も
冷たい石の上も
鋭い薔薇の刺の上も
全てをあの柔らかな皮膚に包み込んで
そして
私は願うのだ
お前もまた
刺だらけの世界を
柔らかな心にくるみこんで乗り越え
いつか頂きにある
花の上へと辿り着くようにと

娘よ









 夢現 2002年01月20日(日)

窓の外に広がるのは、どこまでも続く銀の海だ。
 それは、風にうねる薄の穂。
 月の光を孕んで、優しく鮮やかに。
 今宵も私は窓を抜け出し、薄野へと歩み出た。
 彼が待っている。私の拙い曲を聴きたいと。

 クラリネットは繊細な楽器で、野原を濡らす露の湿気で音が下がったりもする。
 今宵の風は柔らかいから、少しばかり口元を締めなければならないだろう。
 リードを湿らせながら、今宵はどんな曲を奏でようかと思案しつついると、
 萩の花を揺らして赤茶の頭がひょいと現れた。

 やあ、こんばんは。
 今宵はどんな曲がお望みだい。
 私が聞けば、彼はなぜか思案げに月を見上げる。

 俺は、ただ萩と戯れ、お前の奏でる楽を聴くばかりでよいのだろうか。
 こうして儚い楽しみを追いかけているうちに、忘れているものがあるのではない だろうか。

 さて。私には、お前の事情などわからぬ。
 私がここに迷い込んだときから、お前はこの地で、
 萩を飛び越え薄をかき分け、遊びつづけていたのではないか。
 月は常に天頂に。
 風は強く弱くあるいは冷たく吹けど、雨の降らぬこの場所は、
 いつでも秋の最中のまま。
 現ではありえぬこの場所は、お前の望んだ夢の地なのではないのかい。

 ああ。確かに俺は望んだのかもしれぬ。
 美しきものと楽しきものばかりを追いかけていたいと。
 なれば夢は適ったのか。
 しかし何故、心が乱れる。
 葉先の露に月映るたび、心の焦がれる思いするのか。

 忘れたものはなんであろう。
 彼の言葉に私もまた、もと来た道を振り返る。
 ただ楽しく奏でるばかりに、私も忘れたものがあるのだろうか。
 現と夢の狭間に落とした、本当の望みがあるのだろうか。


 魚 2002年01月13日(日)


         ああ
        おねがい
       てをはなさないで
      おねがい
    このままずっと押さえていて
   逃げてしまう
 
    魚
       が

     白い胸郭をはずませて
      女があえぐ
       赤い舌の上で
         ひらりと揺れたのは

        魚
       の
        ひれ
         泳ぎだそうと
          懸命に
           動く

           誰もが魚を飼っているのだ
            湾曲した一対の骨の間
             僅かにくぼんだ
              薄い皮膚の下に
               それは絶え間なく
                泳ぎつづけている

                 海を目指して
                 人を歩かせる

                   力

                   だけどわたしの魚は
                 きを抜くとすぐににげようとするの
               女は私の手首をつかみ
             胸元へと押し付ける
           薄い皮膚のしたで
         暴れている

      魚の律動

    死ぬまで人の胸を動かしつづける
      魚が
       どうして逃げようとするのか
         問い詰めれば女は
          また赤い口を開いてあえぐ
     
           だってこれはわたしの魚だから
            およぎたくてしょうがないのよ
             こんなちっぽけな身体じゃ
               まんぞくできないんでしょう

                 だから押さえていて

                   さかな
      
                    を
                   わたしの

                    うみ

                     を

                あふれないように






 小さきもの 2002年01月10日(木)

どんなに抱きしめたって
 どうせ一つにはなれないのだ
 愛がどれほどの熱を生み出そうと
 この粗雑な元素は融合など起こさない

 だから君を切り刻みたいと
 猛る武器を振り上げて
 切り刻む
 突き崩す
 君の僅かに開いた口からは
 嬌声が一つ二つ
 もっと と
 君も望むのだろう
 感情を説明するための回りくどく
 煩雑な言葉の連なりを乗り越えて
 イイ
 のか
 ヨクナイ
 のか
 それだけの世界に没してしまうことを

 等身大のままでは
 まるで見渡すことも出来ないくらい君は巨大なので
 とりあえず切り刻んで
 手に取れる小さなパーツだけを
 選んで
 自分のものにする  
 そう
 これくらい
 両手のひらに受けられるくらいが
 きっと愛するにはちょうどイイ




 note「マリア」 2002年01月05日(土)

もうすぐ、マリア試験が来てしまう。
あたしは暦を見て少しだけあせり、それから鏡の前で自分の顔を確かめる。
髪の毛は、綺麗なストレートで肩までの長さ。
華美な化粧はだめ。
笑うときは上品に、白い歯を少しだけ見せるように。
隣人を含めて全ての人間に対する慈愛が、最大のポイント。
──闇で売られている教本の内容が、頭の中をぐるぐるする。
だけど、それが本当にあてになるのか、あたしには解らない。

マリア試験の実態は、合格したごく少数の「貴種」にしか解らない。
不合格になった人間は、皆試験の内容すら覚えていないという。
ああ。
あたしは自分の身体を抱きしめ、嘆息した。
マリア試験を受ける資格を得ただけでも、本当なら行幸なのだ。
普通は申請すら受理されず、工場や農場での労働者になるために、
この未成年ゾーンを追い出されてしまう。
試験資格を得たあたしは、たとえ不合格になっても、
少なくとも管理局の受付くらいの仕事に就くことが出来るのだ。
でも
マリアじゃなきゃ駄目。
マリアになって、タワーのてっぺんにある楽園に行くのよ。
白いドレスを許されて、一切の労働から開放されて。
感謝祭の日には、パレードの中心に華々しく並ぶの。
あたしは合格した自分の姿を、一生懸命思い浮かべた。
イメージトレーニングも重要だと、教本にあったから。

もうすぐ、マリア試験が来る。
合格するのは、身も心も清いと認められた少女だけ。
あたしなら、なれるはず。
鏡の中で少しだけ不安そうにしている自分に、あたしはそう囁いた。

 冬の朝 2002年01月01日(火)

凍った空気を

 肺の奥に詰め込みながら

 僕らは川べりを歩く

 白く白く

 世界はただ白く

 凍り付いて

 僕らの足音も

 世界の静寂には勝てない


 吐き出す息の白さ

 空にある太陽の白さ

 彼方にそびえる山だけが

 白を蒼に変える力を与えられて

  
 静寂に導かれ

 りんりんと尖る山の頂きに

 ゆうゆうと広がる平野の縁に  

 僕は世界の輪郭を探し

 やがて辿り着く

 君の体温に震える


 どうして

 こんなにも確かに

 君はそこにいるのだろう

 世界は硝子細工のように

 沈黙を守り続けているのに

 繋いだ指を通して

 僕を目覚めさせる君の音

 零下の空気を解かす

 君のくちびる

 ああ

 冬だ

 君がここにいる

 確かな冬だ


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