...ねね

 

 全てフィクションです

【DRESS】 - 2003年03月25日(火)

家にはいつもより少し早めに帰り着いた。
黙って洋服を脱ぐ僕に、瑤子は心配そうな声を掛けてきた。

「兄ちゃん・・・」

そんな瑤子の心配を他所に、僕は自分の事で頭がいっぱいで
妹たちに何かを答えてやる事すら出来ずにいた。

これから学校へ登校しなくてはいけない。
木戸はクラスの皆に何か言うだろうか。
何も言わないでいてくれるといいけど・・・
言わないわけが無い。
どうしよう。
女装する変態野郎だって事は自分でも分かっているんだ。
分かっているからこそ今までコッソリとやってきたのに。
よりによってあんな男に見られてただで済むはずも無い。

今朝の話は登校した朝にはクラス中に広まっているだろう。
それどころか学年中かも・・・
いやもしかしたら学校中?

とにかく急速に欝が襲う。


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【DRESS】 - 2003年03月24日(月)

木戸はニヤニヤしながら僕の姿を足元から頭の先まで
舐め回す様に見て言った。

「で、なんでお前は女の格好なんかしてんだ?」

絶望を感じながら、僕は何も答えられない。
棒の様に突っ立ったまま動けずにいた。
瑤子と由希は身の危険を感じたのか
いつの間にか少し離れた場所に移動していて
遠巻きにこちらの様子を窺っていた。
・・・正しい選択だ。
何をされるか分かったものじゃないからな。

「おい藤沢、なんか言えよ」

木戸は僕が何も喋らない事に苛立ちを覚えたようだ。
なんだよ、気持ちワリィ!と言い残して立ち去って行った。
意外にあっさりいなくなった事に僕は拍子抜けしたが
それと同時にもの凄くほっとしていた。
不良と言えども部活に遅刻はして行きたくないのかも知れない。
おでこに剃りこみは入っていてもそういう事には真面目なのだろうか。

彼がこっちを時々振り返りながらも僕の傍を離れていくと
陰に隠れていた妹たちが駆け寄ってきた。
そして口々に「兄ちゃん大丈夫?」とか「誰だったの?」
とか喋り出したが僕は、なんでもない、とだけ言って
今来た道を引き返した。


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【DRESS】 - 2003年03月22日(土)

いつもと同じ様に早朝の散歩に出た時だ。
普段人目を避けて歩いていた僕達だったが
その時は・・・どうして見つかってしまったのか。
しかも、よりによってあんな奴にだ。
前から走ってきた男に、僕は気付かなかった。

「藤沢、おい藤沢じゃね?」

すれ違いざまに声を掛けてきた男にびっくりしてそちらを向いた。
誰だ。僕の名前を呼ぶのは。

「お前藤沢だろ?なんでそんな格好して歩いてんの?」

そいつはずかずかと僕たちの傍に近寄ってきた。
そしてマジマジと僕の顔を覗き見る。
僕はおずおずとそいつの顔を窺った。
木戸。
よりによってクラスの奴だ。
しかもあまり仲が良くない・・・というか嫌がらせを
受けた事くらいしか接点の無い奴だった。
いわゆる「不良」の類の男でクラスの中には彼と同類が数人いたが
僕の様などちらかと言えば社交的じゃない人間は
彼らのからかいの種になる事はあったが
所詮学校から出れば何の関係も無くなる程度の関係だ。

要するに、学校の外で会うには一番都合の悪い奴に
会ってしまったという訳だ。

「俺、週に2回はサッカーの朝練があんだよ。
 お前毎日こんな格好して歩いてんの?
 いやー今日はいいもの見ちゃったなー」


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【DRESS】 - 2003年03月17日(月)

「どうだった?兄ちゃん」
「最高っ!」

まだ両親が起きないうちに僕たちは部屋に戻った。
そして興奮ぎみに今の感想を並べ立てていた。
でも今の気持ちにピッタリくる言葉なんか無い。
自分でも何をどう表現したらいいのか分からない。

「ありがとう、瑤子。ありがとう、由希。
 お陰で外に出られたよ。ほんとありがとう」

まるで数年ぶりに娑婆に出たみたいだ。
なんとなく自分が開放された感覚だった。

しばらく日にちが経つと、
またあの感覚に酔いしれたいと思うようになり
何度か妹たちに付き合って貰ってスカートでの外出をした。
早朝の散歩のみならず
大きなバッグに洋服を詰め、どこかのトイレで着替えよう
という計画も練ったりした。
(結局女装したままトイレから出られない事に気付き中止したが)
この時期が僕のそれまでの生活が
飛躍的に楽しくなっていった時期だった。


そう。木戸が現れるまでは。



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【DRESS】 - 2003年03月15日(土)

外に出た僕たちは少し身震いした。
6月ももう終わるという季節だというのに意外に寒い。
やっぱり上着も着ないで早朝から外出するのはまずかったかな。
それともこの心地よい緊張感からの震えだったのか。

スカートの裾を気にしながら僕は家の前の階段を駆け下りた。
足にまとわり付く風が気持ちいい。
こんな感覚は初めてだ。
僕のはいたスカートが柔らかい風になびいていた。

「あはは!兄ちゃん、何回ってるの」
「凄いよ瑤子!足がスースーするんだ!」
「変な感じ?」
「癖になりそー!」

僕はスカートが風に翻る感覚が面白くて
何度もクルクル回ったり駆け回ったりした。
すごい、すごいよ!
小さい頃に味わったきりのこの感覚。
可愛らしい服を着るのが当たり前だった頃には
こんなにスカートが嬉しいものだとは分からなかった。
ただスカートをはいて外に出るだけの事がこんなに嬉しいなんて!


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【DRESS】 - 2003年03月12日(水)

そうと決まれば早速その夜準備に取り掛かった。
瑤子が用意してくれたカチューシャ
そして前日着ようと用意していたスカートを。

一度ガッカリした後だった事もあり
不安と喜びの入り混じった思いは前日以上だった。
布団に入ってもウキウキ気分は覚めやらず
暗闇の中、明日の自分を想像して一人でニヤついたり・・・
傍から見ればかなり気持ち悪い光景だったと思う。

それでもいつしか眠っていた僕は
アラームの音も無しに目が覚めた。
それでも目を瞑ったまま毛布の中でもぞもぞしていると
目覚まし時計がジリンッ!と一回だけ鳴って止まった。
ハッとして飛び起きると、ベッドの上の時計のスイッチを
止めている瑤子がそこにいた。

「兄ちゃん、行くよ」
「由希は?」
「今服着てる」

囁くような声で会話しながら、僕は服を着て準備を整えた。
由希も瑤子も出掛ける仕度は出来ている。
さあ、外へ!


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【DRESS】 - 2003年03月10日(月)

次の日
もっと良く話し合う必要があると感じた僕達は
改めて計画を練り直す事にした。
まず、夜じゃ駄目だ。
瑤子も由希も起きていられないし…僕も今眠い。

夕べ、僕は布団に入ってからも結局充分に眠れなかった。
興奮してしまった脳はいつまで経っても覚醒したままで。
断片的に浅く眠りはしたが充分な休息にはならない。
学校でも居眠りしてしまった。

そこで瑤子が
「朝、早起きして出掛ける事にしない?」
と言い出した。
いい考えだ。早朝ならあまり人も歩いていないし
前の日に早く寝ておけば日中うたた寝する事も無いだろう。
それに夜中に出掛けて両親に見つかって怒られる事も無い。
急に朝に出掛けるなんて不信がられるだろうか。
いや、散歩と言う事で誤魔化せるかもしれない。

「よし、じゃあ夜のうちに準備して朝にお出掛けだね!」

早朝に家の外に出る事だって子供には充分冒険だ。
由希は躍り上がって喜んだ。


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【DRESS】 - 2003年03月03日(月)

そうと決めたその日
両親が寝静まる深夜を待った。
楽しみで楽しみで仕方なかった。
気持ちが逸って寝ようと思っても眠れない程。
今夜着て行く洋服も選んである。
風になびいてフワフワした裾を体験したかったので
膝丈のギャザーがたくさん入ったスカートを選んだ。
髪が短いのでかつらが必要じゃないか・・・と考えた。が、
瑤子が
「ショートカットの女の子って感じでもイケるよ」
と言ってカチューシャを貸してくれたので
母の鏡台からウィッグを持ち出す必要もなくなった。
耳の後ろに髪をかけ、カチューシャをした自分の顔を
鏡で確認したりしながら作戦決行までの時間を過ごした。

深夜になり、妹達が自分の部屋に来るのを待っていたが
いつまで経っても彼女らは来ない。
痺れを切らして部屋を覗きに行くと・・・
布団を蹴って斜めに寝ている由希と瑤子がそこにいた。

僕は夜中まで起きている事が可能だが
さすがに由希は小5、瑤子は小6なのだ。
両親が寝るまで、そしてそれから外出出来るほど
起きてはいられなかった。
少し考えれば当然の事なんだが
僕は一人悶々とした気持ちを抱えながら
その日は床に就くことにした。


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【DRESS】 - 2003年03月01日(土)

「外に出てみよう」

瑤子のその言葉を、僕は待っていたのだ。
「ええー・・・?」
と困った顔を作って見せたが、口元が笑っているのが
自分でも良く分かる。
本当はそうしたいと思っている。

人間、秘密を持てばその秘密を周りに知らしめたいという
欲求も同時に存在するという。
僕が少女の格好をして外に出たくなるのも当然だったのだろう。

深くは考えなかった。
ただ外に出てみたかった。
男の姿では毎日外に出てはいるが
「少女の僕」は常に幽閉された人間と同じだ。
その気になればドアの外に広がる世界に飛び出していける。
「その気」が中々持てなかっただけだ。

女装という行為が世間的に常識に反する事だとは分かっている。
だから僕は心の中で色々言い訳をしながら
自分の正当性を脳内で主張していた。

気持ちは決まっている。

さぁ、外へ。



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