...ねね

 

 全てフィクションです

【父との秘密】 - 2002年08月30日(金)

「だれ」と声を出すと、その人影はあたしの顔に布団をかぶせた。
なにするの!と声を荒らげる。
しかし被せられた布団によって、あたしの声は低くくぐもっていた。

物凄い力で顔の辺りを押さえ込まれ、息が苦しい。
そして不気味に感じられる手が、あたしの服の中に滑り込んでくる。
大声を出そうにも布団の中に消え行くだけ。
あたしは力いっぱい下半身をねじり、布団から脱出した。

「なにすんだよ!このエロオヤジ!」

飛び起きたあたしがそう叫ぶと、途端に腹部に激痛が走った。
「う・・・ぐ・・」
急に息が出来なくなり、声が出せない。
お腹を抱えてあたしはその場に倒れこんだ。

「生意気言うんじゃねぇぞこのクソガキが」

耳元で父がそう囁いた。
更に襟首を掴んで馬乗りになり、父は続ける。


てめぇなぁ
何の為に女なんか育てたと思ってるんだよ。
女なんか跡継ぎにもならねぇし稼ぎもしねぇ。
どうせどっかの男にヤラれて孕まされて食い扶持増やすだけじゃねぇか。
お前は誰のお陰でここまで育ったんだ?
誰のお陰で飯が食えてたんだ?
お前なんか何の役にも立たねぇんだから
少しは俺の役に立てってんだよ。
どうせどこぞの若造に食われるんだったら俺が食ったっていいじゃねぇか。


そして「生意気言ってると殺すぞ」と低く呟くと
また腹に向かって殴りつけた。
その衝撃であたしは胃の内容物を吐瀉してしまった。
それを見て父は「うわっ汚ねぇ!」と叫び足であたしを転がした。
父はまだ何か言いながらあたしを足蹴にしている。
起き上がれない・・・
たすけて・・・

「たすけて、ママ、ママ、たすけて・・・」




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【父との秘密】誰かいる - 2002年08月29日(木)

家に帰るとやはり弟は居らず
真っ暗な家の中を電気もつけずに歩いた。
窓の外から漏れる薄明かりを頼りに階段をのぼり自分の部屋へ。
あたしはベッドに入り暗闇の中カラダを丸くする。


母は父とまたやり直したいと思っている。
父は反省している・・・と母は言った。
自分が母の立場だったらどうするだろう。

自分以外の女を抱いた男を許せるだろうか。
自分の娘を抱いた男を許せるだろうか。
女を犯した男を許せるだろうか。
・・・長年自分を裏切ってきた男を許せるだろうか。

いくら考えても、あたしには許せない事ばかりだった。
これは、あたしがまだ子供だからだろうか。
あたしには分からない何かが大人にはあるのか。



どれだけの時間そうやって考えていたか。
あたしは仕事の疲れもあっていつの間にか眠ってしまったようだ。
変な時間に目が覚めてしまったのだろう、
まだ部屋の中は真っ暗で、あたしの頭もはっきりとは目覚めていない。
うとうとした状態の頭でぼんやりと暗闇の中を眺めていると


誰かいる

誰かが、息を殺してあたしを見ている

あたしは

「だれ」

と声をあげた。



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【父との秘密】家路 - 2002年08月24日(土)

「やっぱり我慢できない。俺帰るわ。
 姉ちゃんもあんなのに付き合うこと無いって」

弟の目は少し涙目になっていたようだ。

・・・母は本気で、父が反省したから許すと言ったのだろうか。
今日はさすがにあたしも混乱気味だ。
母はあたしの味方というわけでは無いのだろうか。
本当に父の言う事を信用したのだろうか。

それに、父が反省しているというのは本当なんだろうか。


「姉ちゃん、もう帰ろう」

うん、帰ろう。
このまま友達の家に寄ってくる、と言って弟は立ち去った。
納得いかない思いが頭の中を渦巻いているのは
弟も同じだろう。
まっすぐに家に帰りたくない気持ちは良く分かった。
あたしはまた店の方を振り向くと
明るいガラスの中で、母が父に向かって何かしきりに話しているのと
父が寿司を食べている姿が見えた。

母の、父に媚びる姿がなんとも痛かった。
やはり女は、母親である前に女であるのだろうか。
あたしの身に起きた事よりも、父を引き止めておく方が
母にとっては大切な事だと?

そんな事を考えていると涙が溢れてくる。
「あたしも帰ろ」
一人で呟いて、あたしは家路についた。



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【父との秘密】なんでコイツがいるんだよ - 2002年08月23日(金)

店に入ると、父と母がボックス席に並んで座っていた。
あたしは足取りの重い弟を引っ張って、向かい側に座った。

身を乗り出しながら静かな声で弟が母に話しかけた。

「だからなんでコイツがいるんだよ」

父は、今まで自分がいい様に殴ってきた弟に殴られて
少々弟を恐れているのか、まっすぐに弟を見る事は無かった。
弟の睨みつける視線からずっと顔を背けている。
以前なら場所を構わず「なんだと!」と声を荒らげる所だ。

母が弟の勢いに押されながら、おずおずと話しだした。

「パパ…ね、一人でしばらく暮らしてみて、
 やっと家族の大切さが分かったんですって。
 それで、ね、すごく反省したから、家に戻りたいって…」

それを聞いた弟が反論する。

「ママは?ママは何とも思わないのか?
 自分の娘をあんな…あんな目に遭わせた奴だぞ?
 なんでそんなに簡単に許そうとするの?
 姉ちゃんの事ちゃんと考えたの?
 こんな男、帰って来なくていい!」

父も母も黙っていると、弟は突然席を立ち上がった。

「俺は我侭で言ってるわけじゃないんだ。
 あんた達オカシイよ。狂ってるよ。」

そう言い放って早足で出口に向かって行った。
あたしは母が何か言うかと思い一瞬その場に留まったが
父も母も口を開かないのを見て取り、弟の後を追った。
外に出ると、あたしを待っていたのか、
まだ弟は出入り口付近に立っていた。



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【父との秘密】 - 2002年08月22日(木)

あたしは慌てて母に駆け寄ろうとしたが
それより早く弟が父に向かって走り出した。

「・・・こっ…のやろぉ!!」

今にも殴りかかりそうになる弟を追いかける。
「やめなさい!」
押し殺した声で弟を諌め、腕を掴む。
なんで止めるんだよ、という目で弟がこっちを向いた。

「こんな所で暴れたら、お店に迷惑だから」

とあたしは言った。
父と母は既に店の中に入っており、
このまま弟を暴走させれば大騒ぎになる。
母がどういうつもりで父を呼んだのかは問いただしたかったが
こんな場所で注目を浴びるのだけは嫌だった。

「姉ちゃんは平気なのかよ。あんな奴と飯なんか食えるのかよ」

腕を掴まれたままの弟が、まだ息を切らしながら言った。
・・・平気じゃない。
でも母が何を考えているのかが分からない。
「とりあえず、行ってみよう」
と、あたしは弟の手を引いて店に入った。




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【父との秘密】意外な人 - 2002年08月19日(月)



母が車を停めたそこは、家からそんなに遠くない場所にある
回転すし屋だった。
家族で食事に行くのに回転すしかと思う方もいるかもしれないが
うちでは寿司と言えば回転寿司だ。

父が・・・寿司が好きで家族でよく行っていた。

嫌な事を思い出してしまった、と思った。
これから楽しい食事だっていうのに、あんな奴の事を思い出してしまった。
「やだやだ」
小さな声で言ったつもりだったが、弟に聞こえたらしく
「どうしたのさ!寿司だよ寿司!もちょっと楽しい顔しろよー」
とケラケラ笑われた。
ちょっと嫌な事思い出しちゃった〜
とあたしも笑って歩き出したが、店の前に人がいる。

弟とあたしは笑顔が凍りついた。
半分笑った顔のまま、目だけが一点を見ていた。


そこにいたのは・・・父だ。


なぜ、どうして、父がここに?
とっさに母の方を見ると、母はあたしの顔を見ずに
「うん。待ち合わせしてたから」
とだけ言って、父の傍へ歩いて行った。



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【父との秘密】久しぶりの外食 - 2002年08月18日(日)


中卒で働く事は大変だと言われたが
あたしはそれなりに楽しかった。
水商売で適当に稼いで適当に遊んでいた頃もそれなりに楽しかったが
普通に昼間に仕事をする生活が、なんだか自分がまともになった様で
周りの人間と何一つ変わらない自分に満足していた。
今までの自分は一体何だったのかと思うほど、「今」が充実していた。

就職をして1ヶ月くらいたった頃、
母が「みんなでご飯食べに行こう」と言い出した。
珍しい事だった。
弟が「どうしたの?なんかいい事あったの?」と母に質問を浴びせていた。
うちではあまり外食をする事は無かったからだ。
まして、あたしはまだ初任給も貰っていない時だったので
急な収入があったのか、特別な記念日でもあったのか、
様々な憶測で弟とクスクス笑い合った。

「家族で食事なんか久しぶりだね」

とあたしが言うと、母は

「うん・・・ちょっとね」

とだけ言って、車に乗り込んだ。



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【父との秘密】卒業 - 2002年08月17日(土)

それから数ヶ月、何事も無く過ごした。
母に呼び戻されて帰ってから、例の彼に連絡をとり、
家に帰って来れた事、それからは普通に生活をしている事
学校の卒業制作の話や、文集の話などを喋った。

彼は、「やっぱり落ち着いてきたみたいだね。良かった」と言っていた。


あたしの家は平和なまま
いや、平和なフリをしていただけかもしれないが
あたしは卒業を迎え、弟は進級した。
高校進学という考えもあったが、真面目に中学に通っていたわけでもなく
真面目に勉強をした事も無く
入学試験までの数ヶ月、一生懸命受験勉強すれば高校にもいけるだろう
と担任は言っていたが、
普段の中間考査や期末考査でまともな点数を取った事のないあたしは
公立高校へ進学するためのランクが足りなく
受験の時にいくらいい点数を取ったところで
受け入れてくれる公立高校は一つも無かったのだ。

ランクが足りなくても行ける私立高校へ行くには、お金がかかる。
別居をして一人で仕事をしている母に、これ以上お金の苦労はかけたくなかった。

あたしは、中卒で働く事を決めた。


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【父との秘密】帰っておいで - 2002年08月16日(金)

「帰っておいで」

そう言われてあたしと弟は、また荷物をまとめて家に帰った。

父と母が、この10日以上の間、何を思い
何を話し合ったかは知らない。
あたしは何も聞かなかったし、母も何も言わなかった。
ただ、弟はただの別居だと聞いてなぜすぐに離婚しないのかとごねたが
あたしは父と一緒に生活をしなくてもいいというだけで
離婚か別居かという事はたいして問題ではなかった。

あたしと父の事が弟によって発覚してからほんの2週間
急な出来事なので、生活の事情やすぐに離婚するわけには行かない
理由があるのかもしれないし。

おまけに母の顔は疲れていて生気が無く
何かを追求できるような雰囲気でもなかったのだ。


弟と一緒に2階に上がる。

「姉ちゃん、ちゃんと別れてくれって言わなきゃ駄目だよ」

うん。でも、これは夫婦の問題でもあるから。
どうしてもあたしがイヤだって思ったら、
あたしが出て行くよ。

あたしの顔も母のようだったのかもしれない。
弟はそれ以上は何も言わずに部屋に帰って行った。
本気で「夫婦の問題だから」などと達観したフリをしたわけじゃない。
これ以上何を望んでいいのか分からなかっただけだった。
母なりに考えて出した答えだろう。
あたしのことを思っての別居だろう。
母も今までのあたしと同じように、今辛い思いをしているはずなのだ。




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【父との秘密】記憶 - 2002年08月15日(木)

その後数日、母からの連絡は無かったので
あたしは何度か、またあのカウンセラーの元を訪れた。

父親に理不尽な性的虐待を受けている人が他にもいることを知った。
幼女に邪な行為をする事は立派な犯罪で、
あたしには何の責任も無い事、何も悪くない事
自分を責める必要の無い事を知った。

また、自分がいつ、初めてそういう事をされたのか覚えていない
と話すと
「無理に思い出そうとする必要は無いのよ」
と言われた。

稀に、起きた事のショックが大きすぎて、
その部分だけ記憶が無くなる事があるらしい。
小学校中学年の時には犯されている記憶があるので
それ以前から父は事に及んでいたのだろうが
それが一体何の意味がある行為なのかを知らなかった頃なので
多分当時は「怖い思いをした」「痛い思いをした」
という事しか分からなかっただろう、と先生は言った。

自分の体の事だから、時期を把握しておきたい気持ちもあったが
思い出したくないほど怖い思いをしたのなら
あたしも「無理に思い出す必要は無いな」と考えた。

ここに来るたびに気持ちは軽くなった。
自分の事を話し、自分を理解してくれる人がいるというだけで
心が救われる様だった。
段々落ち着きを取り戻して行ったが、まだ一つ心配事は残っている。
母が、どういう結論を出したのか
父とはどういう話し合いをしているのか、だ。
数日間、母からは全く連絡が取れないのでずっとヤキモキしていたが
10日以上たった頃、やっと電話が来た。

「別居する事になった。二人とも帰っておいで」




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【父との秘密】そんな人も大勢いる - 2002年08月08日(木)

「彼女はね、もう乗り越えたのよ」

カウンセラーの先生が横から言った。
でも、なぜあたしにそんな話を?
疑問を口にする前に、彼が申し訳なさそうに頭を掻いた。

「ごめん、先に君の事話しちゃったんだ。そうしたら、彼女が是非
 自分の話も聞かせたいって。
 君だけが苦しんでるわけじゃないって事、
 いつか乗り越えられる事、知って欲しいって。」

そっか。
勝手に喋ってしまった事は、怒るわけには行かないな。
あたしの為になると思ってくれたんだから。

「あの、・・・こういう、事って良くある事なんですか?」

「良くあるわけじゃない。
 だけど、世間の人が思っているよりは、多く存在するの。
 性的虐待で捕まる人なんて、あまり聞かないでしょ?
 家の中は閉鎖的で、その中で彼女の家の様な妙なルールがあったり
 家族の誰にも気付いて貰えないまま耐えていたり
 そうやって陰に隠れているものがいっぱいあるわ。
 当然、簡単に人に言えるものじゃないしね。
 きっと、ここに来ている人や児童相談所で相談されている例は
 その中のほんの一部だと思う。
 ここに来る人たちだって、ものすごい勇気を持って来たはずよ」

そう・・・そうだろう。
あたしだって一人だったら来なかった。
知らない、赤の他人にこんな話信じてもらえるだろうか、
話してしまってもいい物なんだろうか、と
色々考えた末にやっぱり来る事は出来なかっただろう。

「またいつでもいらっしゃい。
 本当のカウンセリングは有料なんだけど。
 ま、今日は特別ってことで。ね」

「はい。話を聞けて良かったです。ありがとうございました」

「話だけならいくらでもするよぉ。
 私ね、先生みたいな仕事したいと思ってるの。
 高校中退だからまずは勉強しないと。
 でも悩んでた頃よりずっと充実してて楽しいんだ。
 すっごいたーいへんだけどねっ」

あたしもいつか、きっと乗り越えられる。
そう思えた。
今はまだ、気持ちの整理がついていないし
両親がどうなるのか、母はどんな結論をだすのか
まだ分からない状態だけど。
明日の身の振り方すら見えない状態だけど。


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【父との秘密】湯たんぽ - 2002年08月07日(水)

彼女は話し続けた。


高校に入ったころかなぁ。
彼氏がね、出来たのよ。
それで、キスしたり、・・・エッチしたりするわよね?
おじいちゃん、その頃には結構いい歳だったんだけど
その時には胸を触るくらいじゃ済まなくなってて。
下着の中に手を入れたりされて・・・
年寄りのくせに、まだやるの!って思ったわ。


ここでちょっとクスッと笑って、
彼女はまた真面目な顔つきで話した。


お母さんは、家の習慣だからって言って取り合ってくれないし
でも、自分には好きな人が居るわけじゃない?
彼以外に触られたくない、とか
彼に悪い、ってずっと思ってて。
隠し事をしてる事も嫌だったし、
ほかの男に触られてる自分も許せなかった。
でも、家に居る間は、逃れられない事だったの。

だから私、家を飛び出しちゃった。
それからずっとバイトして一人暮らししてる。
学校辞めちゃったから、その時の彼とはなんとなく別れちゃったけどさ
でも、今思えばそれで良かったのかも、とも思うのよ。

ああほら、あなたが泣くような事じゃないわよぉ。


気がつくと、あたしは涙を流しながら彼女の話を聴いていた。



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【父との秘密】湯たんぽ - 2002年08月06日(火)

彼女はあたしの質問に答えようと、真面目な顔で座りなおした。



私の家ではね、「湯たんぽ」って習慣があったの。
お母さんも、おばあちゃんも湯たんぽをやったんだって。
この家の女の子は、小学生くらいになるとおじいちゃんと一緒に寝るの。
私も子供の頃、「これからはおじいちゃんと一緒に寝るのよ」
って言われてね。
そしてその時、何があっても大声出したり暴れちゃ駄目、って言われたの。
私おじいちゃんは怖くて好きじゃなかったけど
でも自分のおじいちゃんだし、一緒に寝る位いいかなって思ってたのね。
「湯たんぽ」って言ってたし、きっとお年よりは寒がりだからかな、ってね。


でも、実際に湯たんぽになって
・・・大声だしちゃ駄目って言われた意味が分かった。

おじいちゃん、寝てる間に私の体を触るの。
私のね、パジャマの中に手を入れたり・・・
まだ小さいのに、胸を触ったりするの。
始めの頃は怖かったわぁ。
でも、お母さんに「おじいちゃんが悪戯するの」て訴えても、
うちではそういう決まりになってるから、って
お母さんも皆してきた事だから、って
全然取り合ってくれなかった。
私も、そういうものなのかな・・・って。



そこまで話して彼女は一息ついて、また話し始めた。


「ある日、我慢出来なくなっちゃって。」



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【父との秘密】さっきの言葉の意味は? - 2002年08月05日(月)



先ほどから話しているこの二人の女性
くるくるふわふわしたロングヘアの人は、ここのゲストだそうだ。
そして、眼鏡をかけたキノコみたいな頭の優しそうなおばさんは
カウンセラーだと言った。
普通の家みたいだし、看板も出てなかったけど
ここは病院かなんかなんだろうか。

きょろきょろとしていると、カウンセラーのおばさんが

ここはね、人には言いたくない、言えない事を皆で話し合って
話す事で心が軽くなったり、適切な解決法を見つけたりする所なの。
あんまり難しく考えなくていいわ。
イヤになれば来ない事にしてもいいし
言いたくなった時にはいくらでも。ね。

とそう言って大きなテーブルのある間に通され、
おばさんは「悪いけどお茶ちょうだい!お客さんが来たわ!」と奥に向かって叫んだ。
みんなでテーブルを囲んで座り、
手伝いの人らしき女の人が紅茶を全員の前へ配った。

あたしはさっきの髪の長い女の人に向き直り
先ほどの気になる言葉の意味を聞いてみた。

「あの、さっきの。湯たんぽってどういう意味なんですか?」



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【父との秘密】やだよ - 2002年08月04日(日)



この人たちに話せって言うの?
なんでこんな知らない人に話さなくちゃいけないの

「や、やだよ、帰る。あたし帰る」

こんなわけの分からない人たちに自分が今まで必死で隠してきたことを
どうして言わなければならないのか。
あたしはうんざりしてこんな場所から逃げ出そうとした。
2、3歩あとずさって「それじゃ」と言いクルッと門の方を向くと
彼女たちのうちふわふわと髪の長い方があたしに声をかけた。

「私も同じだった。最初は怖かったなぁ」

同じって何が?

「誰かに聞いてもらいたかった。楽になりたくて、ここに来たの」

何の話を?

「私は・・・湯たんぽだったのよ」

彼女の言ってる意味が分からなかった。
湯たんぽ?なにそれ。
どういう意味なのよ。バカにしてるの?
訝しい顔で彼女を見ていると、彼もあたしの背中に手をあてて引きとめた。

「まずは、彼女の話を聞いてみたらいいんじゃないかな」

3人の真剣な目に、あたしもなんだかほだされて
ふうっと一息ついて「分かった」とぼそっと言った。


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【父との秘密】会わせたい人ってだれだろう - 2002年08月03日(土)

会わせたい人・・・?
誰だろう。

「僕のね、友達・・・って言うか、仲間かな」

「仲間?なんの?」

「まー言ったら分かるよ」

昨日のあたしの話を聞いて、誰かと会わせようとしているのか
それとも単に友達を紹介したいのか
良く分からないまま、彼は「行こうか」と立ち上がった。
15分くらい歩いてバス停に出る。
そこからバスに乗り、あたし達はある停留所で降りた。
またしばらく歩いて、一軒の家の前で彼は立ち止まった。

「ここだよ」

あたしが少し躊躇していると、彼はあたしの手を引いて
その家の門を開けた。
目の前には広い庭が広がり、その奥に大きな家が見える。
庭では木陰に椅子やテーブルもあり、
そこで何かを話し込んでいる誰かの姿もあった。
・・・会わせたい人って、あの人かな。
そう思っていると、話し込んでいた女性の一人がこっちを向き
「あれ?彼女が出来たの?」
と微笑んで、あたし達に気付いたもう一人と一緒に
立ち上がってこちらに近づいてきた。

「それとも、お話しに来たのかな?」
「こんにちは。ゆっくりして行ってね」

代わる代わるに話しかけられたが
あたしは戸惑って彼の後ろに隠れた。
そんなあたしを彼が首をひねって振り向いて言った。

「怖がらなくてもいいよ」

そして彼女たちの方に向き直り

「この子、たくさん悩んでいたのを僕が連れてきたんです。
 一緒に話せたらと思って連れてきたんだけど・・・」

彼の言葉をそこまで聞いて、あたしは手を離した。



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【父との秘密】彼との再会 - 2002年08月02日(金)

次の日、彼と再会するために祖母の家を出た。
学校のある日だったが、彼と会って話す方を優先した。
どうせ、こんな状態で学校に行っても、絶対身に入らない。
自分でそう決めて、昨日彼と約束した場所へ向かった。

地下鉄に乗るのは久しぶりだ。
家から20分ほど歩いた先にある駅から地下鉄に乗り
札幌駅で下車した。
待ち合わせの場所まで歩いて10分程度の所だったが
まだ時間は30分以上あった。
彼が指定した喫茶店に、時間より随分早く到着したのに
彼はもうそこに座ってコーヒーを飲みながら何か食べていた。

「久しぶり!」

彼はあたしの姿を確認すると、店の奥から手を振っていた。
大声で挨拶されてちょっと恥ずかしかった。

「こんにちは。久しぶりだね」

席に座って、あたしも朝食を取る事にして
彼と同じサンドイッチと、アイスコーヒーを頼んだ。
数ヶ月ぶりに会う彼は相変わらず優しい笑顔で
あたしはなんだか癒される気分でいた。
この人になら、なんでも話せる気がする。
あたしの想いを全てぶつけても、この人なら。
この人ならあたしを底なし沼みたいな気持ちから引っ張りあげてくれるかもしれない。

他愛無い世間話と、彼の近況を話して
彼は少し身を乗り出して両肘をつき、あたしを真っ直ぐに見つめて言った。

「今日はね、会わせたい人がいるんだよ」




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【父との秘密】僕のところに来るかい - 2002年08月01日(木)


息も続かないくらい喋った。
途中からは涙のせいで鼻が詰まり呼吸困難になりそうになりながら
それでも、事実とそれに付随する自分の想いを話した。
話が終わる頃には、息切れしていたほどに。

「なんて言葉を書けたらいいのか分からないよ」

彼は、あたしの話の最後にそう言った。
・・・そうだろうな。
いきなりこんな話されても困る・・・ね。
受話器を少し耳から外して、上を向いて溜息をつく。
思い直して受話器を耳にあて、ごめんね、と謝った。


いや、話を聞いて困ってるわけじゃないんだよ
僕にも、似たような経験を持つ友達が、今大勢いるんだ
それに、僕にも性に関する悩みがあってね
だけど・・・
だけど、まさか君が、そんな辛い目に遭ってるとは思わなかったんだ
あんなにいつも明るいいい子だったのに
君はそんな事とは無縁に生きていると思ってた
気付かなかった・・・
僕で良ければ、君の力になりたい


いつもよりも、力強い口調で彼は言った。

「明日、僕のところに来てみるかい」

彼に会おうと誘われるの初めてだ。
強い味方が出来たような気がして、
あたしは「うん」と
彼には見えないのに電話の前で頷いた。



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