いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2002年12月31日(火) THANK YOU FOR EVRYTHING

ついに、2002年平成14年が暮れていく。私、個人にとっては激動の1年だった。そして、また、我が国にとっては、国家を考えるに、実に意義ある1年だったと思う。ワールドカップで、国家や国旗などを学校でお坐らなかった若人が、日の丸を振り、日本選手の活躍に、母国ニッポンを感じたことだろう。あの競技場で、日教組の先生が”日の丸は、戦争のシンボルだ!やめろ”と叫んだら、なんと滑稽だったろう。さらには、朝日新聞や社民党、共産党が褒め称えた”地上の楽園”が、実は、やっぱり極悪非道の犯罪国家だったことが、白日のもとにさらされた。小泉さんの言動を云々する輩がいるが、すくなくとも、25年間、何もしなかった政府与党や、拉致すら否定していたエセ文化人よりも、よっぽど偉い。国民の生命財産を守れない国家の体たらくをみせつけたいい機会だった。しかし、それでも学校では”拉致”にはふれずに”イラク問題”ばかり教えているらしいから、困ったもんだ。イージス艦の派遣は,今さら何いってんの、と思うが、ワイドショー内閣らしく、なんとなく国民合意ができたから、だしちまった、という感じがする。そもそも、自衛隊は軍隊である。軍隊が海外の、それも戦争の危険がある地域にでかけるのに、”戦うな”といって出す、ボケ政治家と官僚の頭を疑う。戦うには、シビリアンコントロールが適切に働くよう、有事の法制が必要になる。現在の法律では、せいぜい、緊急避難か正当防衛くらいしか規定がない。そんな、あやふやな中、軍隊を”雰囲気”で派遣してはいけない。まいてや、派遣にあたって、現地にいる1600名の海上自衛官の安全の確保が議論されず、中国や韓国への配慮のみが検討されたとは、あきれてしまう。だから、北朝鮮のミサイル武装工作船を、漁業法違反で、県警が現場検証する、なんて、バカゲタことができるんだ。
と、文句はこれぐらいで、この1年のご愛読に心から感謝!いつのまにか、延べ1万人もの方に読んでいただいた。労組や共産党、教員など、どちらかというと反対勢力の皆さんも、随分読んでいただいているようだ。また、区管理職、地域の皆さんにも愛読者がいるのには恐れ入る。昨日は、ある学校関係者から”ヒドイ、言い過ぎだ”とのご指摘もいただいた。確かに、辛口で書いているが、どれもこれも、私の飾らない本音である。その、本音の露呈から議論や、問題の解決を図ろう、との意図をご理解いただきたい。従来形の身内だけで話し合って、内内で解決、という手法になれているお役所には、とんでもないヤツと写るだろうが、お許しいただきたい。当然、相手のことを書くのだから、自分自身にとってのデメリット表示も、できる限りしたつもりだ。(支援者からは、そこまで公開するか、とおこられた)また、特定の個人を中傷する記述はしていない。(公務員の官職により個人が特定できるのは、公職であるのでいたしかたない)掲示板についても、個人の中傷誹謗(犬伏の中傷は削除しない)は削除しましたが、それ以外は、犬伏への賛否すべてを削除せず掲示している。それこそが、言論の自由の姿だと信じているからだ。これからも、臆せず、怯まず、弛まず書いていきます。すべての読者の皆さんに、SPECIAL THANKS! & GOOD BYE 2002



2002年12月30日(月) 銀行最後の営業日〜頑張れ中小企業の社長さん

今日は、今年最後の銀行営業日だ。昨年の今日は、23年間経営した旅行会社の存亡をかけ、大手旅行会社と最後の攻防に負け、寒空の夜道を傷心で帰ってきたっけ。23年間、6店舗年間売上12億円まで育てた会社が、崩れ去る瞬間だった。交渉は、取引で優位にたつ大手主導ですすめられ、当方の顧問弁護士はその状況を”犬伏社長は、これ以上、人としての尊厳を傷つけられてまで会社の存亡を望まなかった。それほどまでに、大手の金に対する執着は凄かった”と、、他の債権者への説明文で述べている。まあ、海外テロの影響による売上減であり、23年間に100億円もこの大手旅行社に支払ったという関係のわりには、随分と言いたい放題いってくれたもんだ。残った債権の額から、弁護士からは、自己破産で再出発をすすめられたが、なんとしても返済することにした。昨年の今頃は、そうであっても、毎日、怖いお兄さんが、自宅に借金とりにくるのでは、と、内心ビクビクしていたもんだ。しかしながら、借りていたのは、まともな金融機関と、リース会社だったので、”怖いお兄さん”はこなかった。12社あった債権者とは、裁判での和解、任意整理なでで、すでに10社と返済についての協議が終わり、返済しており、残り2社も、もう少しで決着する。今日は、小さくなっていまったわが社の支払日。給料、仕入れ、その他を払ったら、1000円余りが残った。千円しか、と思うべきか、いまどき千円も黒字と、喜ぶべきか。経営者は、すべからく後者であるべきだ、と、この1年の経験で思った。多分、この月末、金繰りで必死の経営者も多いだろう。そうなると、顔も暗くなり、家族や従業員とも喧嘩が絶えなくなり、状況はよりいっそう悪くなる。いらいらしても、ほがらかでも借金の額が変わらないのなら、ほがらかでいよう、と、昨年の今日決めた。会社を閉めたのに、やけに明るいもんだから、周囲からは、”計画倒産では”といわれた。まあ、本人は結構、内心心配していたのだが…ほがらかだから、幸せなのか、幸せだから、ほがらかなのか。こいつは、絶対に前者だ。この1年、助けてくださった多くの友人、知人、各機間の皆さん、そして、嫌味でなく、こんな機会を与えてくれた大手旅行社支店長以下管理職の皆さん、ありがとう!おかげで、元気です。日本中の中小企業の社長さん!頑張れ!悩んだり、苦しんだら、その倍、明るくすると、解決の糸口が見えるかも。それでもダメならメールください。一緒に考えましょ!
(ちなみに、上述の大手旅行社とは、東京地方裁判所において和解が成立し、6000万円の債務を大幅減額のうえ、15年間で弁済することになった。)



2002年12月29日(日) 21日間の願掛けが終りました

6月に、新たな事業を開始することにしたが、古い恩人から、”この先生に見てもらえ”と勧められた。占いとか、気とかは、ついつい気にしてしまうので、あまり好きではないが、世話になっている人でもあり、従うことにした。川崎のご自宅の一室で、この美人祈祷師は、すらすらと私の過去を当て、”12月9日から21日間自宅近くの神社に通うように言われた。そもそも神社は宗教ではなく、日本人の伝統文化である、と主張している私としては異論はない。21日間、地元の六郷神社に通った。ただ、あまりにも近く、日常的な景色なので、”あれ、今日は行ったかな?”と、不確かで、多分2回お参りした日もあったと思う。まあ、兎に角、本日、21日終了した。何を祈っていたか。それは内緒だ。が、参拝をはじめて3日目に、タマゲタことがあった。何度も書いているが、昨年来、自分が23年間経営していた債務整理にあたっているのだが、横浜に持っている貸家も売却して、借金を減らすことにした。ところが、第三者に賃貸しており、これがネックで売れない。賃借人に”買わないか?”と確認したが、その意志はない、との返事。約1年そんな状態が続いたのだが、参拝3日目に、この賃借人から依頼されたという不動産業者から電話があり、売買契約が成立したのだ。”そんなの偶然だ”と、おっしゃる方は多いだろうが、修羅場を数々潜り抜けてきた経験からいうと、偶然ではない。この世に神がいるかどうかは知らない。が、”偉大な力(自然?)”が在ることは認めざるを得ない。そんなことはない、と、おっしゃるあなたは、可哀想に、人生の機微が、おわかりでない。ありがたいな〜そう思ったほうが、人生、楽しい



2002年12月28日(土) 地域活動と、マンション族〜火の用心

今週は、年末防犯、防火パトロールをどこの町会でも実施している。町会により、方法は色々だが、だいたいは、昔ながらに、提灯をもち、拍子木で”火の用心!”とやる。さすがに”マッチ一本〜”は、時代遅れだからやらない。寒空のもと、”拍子木の音が聞こえると安心する”と、わざわざ出てくるお年よりもいる。差し入れを下さる商店主もいる。ところが、うさん臭い目で、通り過ぎる若者もいる。我関せずとばかり、目前で、くわえタバコを捨てる者もいる。パトロール終了後の反省会では”新しいマンションが、町会に入ってくれない”という意見が出た。たしかに、寝に返るだけなら、町会は関係ないかもしれない。しかし、防犯灯の交換、公園の清掃、防犯パトロール、交通安全運動など、地域で少なからず生活するには、町会とかかわっているのだ。無関心は許されない。そして、多分、このような人々は、区議会選挙なんかいかない。子供が学校に入学すると、PTA役員を選ぶ日だけは、絶対学校にいかない。そのくせ、運動会では、朝一番に登校。人の迷惑顧みず、ビデオ撮影に、絶叫での応援…
いや、それでいいんでしょう。自由ですから。民主主義はかくして、”無責任勝手主義”と変わりつつある。



2002年12月27日(金) 横田滋、早紀江夫妻、蓮池透さん大田区で講演

昨日、新しい歴史教科書を作る会主催の、拉致家族から話を聞く会が、大田区民ホールアプリコで開催された。1400名を超える人が、家族の訴えにシーンと聞き入った。特に、横田めぐみちゃんの母、早紀江さんの娘を思う訴えには、ついつい涙腺がゆるんでしまった。さらには、家族それぞれが、日本政府、政治家の24年にもわたる不作為に怒りを表明された。また、あの親北朝鮮、中国の売国的新聞、朝日新聞の報道の偏向と豹変についても、実例をあげ証言され、そんな新聞だとはおもっていたが、”やっぱり”と、恐ろしい気がした。また、教科書採択で、おおもめにもめた、扶桑社の歴史教科書だけが、拉致の記載があるにもかかわらず、全国の”有識者であろう”教育委員諸氏が”事実無根”などとの理由で、この教科書を採択しなかったもとが、田園調布在住の執筆者、八木高崎経済大学助教授より発表された。いったい、この国は、どうなっているんだろう。国民の安全や、国家としての誇りよりも、他国の顔色と、省益と、自己の保身昇進だけが行動指針の外務官僚。昭和20年12月10日の、連合国総司令部の”日本を骨抜きにしろ報道”命令を、いまだに守っている、朝日新聞。もっともまともであろう、教科書の採択を、暴力、脅迫、デマなど、ありとあらゆる言論弾圧を加え阻止する、左翼、それに迎合するフェミニストたち。公務員でありながら、国旗に礼を尽くさず、国歌を歌わない教員。あんたたち、いったい、この国をどうしたいんだい?世界中で物笑いの、非常識国家にしたうえで、崩壊させるつもりかい。
横田早紀江さんは、最後に、外務省の役人には”人の心”がない、と泣きながら断言された。”めぐみさんは亡くなっていました。詳細は、その用紙に書いてあります”と、外務省飯倉公館で通告されたときのことである。役人にもっとも求められることではないだろうか。そして、議員にも…



2002年12月26日(木) 区議会文教委員会にて、生徒は軽傷と答弁〜言葉はこわい

昨日、区議会文教委員会(私は委員ではない)が開催され、区内中学校の暴力事件について、教育委員会指導室長が説明したという。共産党議員の”傷の程度はどうか”との質問に、指導室長は”軽傷であり、登校を指導している”と答えている。なに!頭蓋骨骨折、脳内出血の疑いあり、眼科、脳外科、整形外科に受診したリンチが、”軽傷”とは、恐るべし、教育現場の”常識”。そういえば、昨日の保護者説明会でも、学校長は”2週間以上の傷害”と表現していた。少しでも事件を小さなものにしたいのだろうか。文句をつけに指導室長に面談を求めると”休暇”だそうです。もうすぐ冬休み。子供が逮捕され、テレビに放映されるのに、休暇とは、リッパ!いや、自己の危機管理に優れていると、言うべきか。このように、議会での役人の答弁は、色めがねできかねば、本質が見えてこない。恐るべし、隠蔽体質。ことなかれ主義。
大袈裟に言えば、大化の改新以来、我が国では、役人だけが情報をもち、”民”は、”お上”に従う、という構図があたりまえだった。これからは、変えていかんとね。ついでながら言っちゃうと、荒れた学校で、生徒が教員に従わない。そりゃそうだろうて。教員が模範を見せているのだから。入学式、卒業式には、学校長の指示に従わず国歌たる”君が代”を歌わない。大田区支給の名札をつけるという規則には、”管理強化はんた〜い”それで、子供に規則を守れ、は通じない。まあ、今回の学校では、そんなことはないと思うけれど…隗より始めよ!



2002年12月25日(水) 暴力事件の保護者集会が開かれた

本日、学校で暴力事件についての保護者集会が開催された。実は、この日に、犬伏は余計なお世話で、加害者と被害者を、ある会場に集め、二度と暴力事件を起こさないという、話し合いの場を設定していた。ところが、昨日の今日、急遽、説明会が開かれることになったので、やむなく、時間を遅くして、話し合いを持つことにした。会合には、青少年対策委員会会長、民生委員会長の臨席をお願いし、会場費も支払ったが、直前になって、当該生徒4名が、警察に拘束されてしまったので、中止せざるを得なくなった。学校の説明会も、事件の本質や、教員のかかわりについては、明言をさけ、特段、先鋭的な質問もでず、なんだかわからないうちに終わってしまった。保護者は、子供を学校に”人質”にとられているから、はっきりものを言えない。いずこの教員や校長も、そんなことはない、というが、保護者の意識はそうだ。”センセイに文句いって、内申書に変なこと書かれたら大変”との思いがある。学校が異常なまでの”結果の平等”を標榜しても、受験は平等ではない。”平等、平等”の共産主義社会から突然、”競争”の資本主義社会に飛び込む生徒には、”内申書”という、教員の”結果平等”からは、かけはなれた競争社会が存在するのだ。保護者も、学校も、問題児の排他ではなく、問題の本質を見極め、再発防止に努力してほしい。さらには、加害者の家庭の多くが、離婚、死別、親が病気がち、放任などであることも、事実である。家庭における問題生徒達の寂しさが、問題行動の根底にあることは、法務省の非行生徒の調査でも明らかである。私自身も、両親が3歳で離婚し、父と暮らし、10歳で父を亡くした経験をもっているので、片親の家庭の寂しさは、よくわかる。が、だからいって、片親=非行の原因だとは言わない。片親だろうが、親が子供に対し、真剣に立ち向かい、溺愛せず、家庭に温かさと子供の居場所を与えれば、きっと問題行動はなくなるはずだ。(非行生徒の70%が幼児期に母親に溺愛されているという統計がある)どうか、今、警察にいる子供達は、本質的には、みんないい子であるはずだ。甘やかすことではなく、今回の問題を転機に、家庭の問題を顧みて頂きたい。余計なお世話と言われても、絶対そうだ、と言い張りたい。みんなで、問題生徒を助けよう!



2002年12月24日(火) 区立中学校で、重大傷害事件発生!

大田区立のある中学校では、以前より問題行動を起こす女子生徒が10名近くいた。そして、ついに、重大傷害事件を起こしてしまったのだ。うわさが地元に流れているが、わかっている事実だけを示す。事件は、12月5日におこった。3年生の女子生徒3名が、2年生の女子生徒10名に対し、今後、暴力事件をおこさないよう依頼をした。この3年生に対し逆上した2年生女子のうち6名が、3年生2名に対し、約1時間、殴るケルの暴行を加え、1名に頭蓋骨折全治2ケ月の重症、もう1名に脳内出血全治2週間のケガを負わせたのだ。治療をした病院からの通報で、警察ザタになり、本日、うち1名が、蒲田警察署に逮捕された。また、被害者の身内を名乗るそのすじらしき人間が、加害者宅や学校に何回か苦情を言いに訪れている。さらに、私が不信感をもつのは、この事実の公開を再三学校に求めたにもかかわらず、学校長は、来年事態が沈静化した段階で説明するとかたくなに拒んだことだ。学校や役所だけが情報を持ち、区民や、保護者に公開しないことは、時代遅れである。情報は、出来る限り公開し、保護者と地域、学校が一体となった、改善策を模索すべきである。アカウンタビリテイ(説明責任)は、時代の要請でもある。そこで、いたしかたなく、教育長に直訴した。その結果かどうかは、わからないが、夕方、明25日に、『生活指導に関する緊急保護者集会』が開催されることになった。午前中まで、かたくなだった校長が、突然、翌日に開催を決定した原因は何なのか。本心を聞いてみたいものだ。まあ、結果オーライである。また、”生活指導に関して”、などといわずに、暴力事件について、と言えないところが、あまりに悲しい。毅然とした態度が、必ず学校を変える。どうしようもなかった羽田高校を変えた、校長の本は、誠に感動的だ。ぜひとも、学校長が強力な学校運営のリーダーシップを発揮され、問題の解決にあたられるよう、心より望むものだ。



2002年12月22日(日) 小沢党首が大田区で忘年会。でも、犬伏は呼ばれない!

今日、大田区内で小沢党首、衆議院議員も参加した忘年会が開かれたらしい。らしい、というのは、又聞きであるからだ。主催したのは、区内で自由党を熱烈に支持してくださるボランテイア団体である。普段は、この団体から私あてに、機関紙がおくられてくるが、今回の忘年会の案内はこなかった。参加者から、なんでこなかったんだ?とのクレームがあって、初めてこの会があったことを知った。会社の社長(党首)が、くるのに、地元の営業所長(地元の区議、犬伏)が知らなかった、という話だ。主催者に、”わざと呼ばない、いじめですか?”と確認したところ、”バザーなどの協力者だけを呼んだ”とのこと。選挙では、熱烈な支持者ほど、嫌われると、愛憎が深くなり、熱烈な反対者になる可能性がある。へこへこ頭を下げていくことが、いい議員ののだろうか。大田区の区議会議員のうち、任期中4回も新聞で取り上げられた議員がいただろうか。3年で、2億の区民の税金を削減した議員が、いただろうか。そんなことは、関係ない。挨拶にこないことが、問題なのだろうか。この方々に、心からお願いしたい。本当に、小沢党首と日本一新を目指すのなら、犬伏が気にいらない、などと小さなことを言わずに、党勢拡大のために協力しましょう。一人一人の地方議員の活動が、結果として、自由党国会議員を増やすことになるはずです。でなければ、世のため、人のため、との皆さんのボランテイア活動の大儀が薄れてしまいます。次の会合には、きっと呼んでくださいね。皆さんが思っているほど、悪いヤツじゃないつもりです。犬伏は…
そして、排他主義は、決して国民運動になっていきません。犬伏も、頑張っていますので、ともに、国家百年の計のため、がんばりましょう。



2002年12月21日(土) 久しぶりに選挙のお手伝いに行った〜西東京市

西東京市では、合併後初めての議員選挙が行われている。わが自由党からも一名、6期目になるベテランを公認している。なにかと世話になっている先輩なので、お手伝いに出かけた。36名の当選に、39名立候補。泡沫候補もいそうなので、そんなに厳しい戦いではにようで、選挙事務所も、落ち着いた感じだった。さっそく街宣車(業界では、せんしゃ=戦車にかけている)に、ウグイスさんと同乗する。ウグイスさんに毛布をかけてもらう。(窓を開けて手をふるので、えらい寒いのだ)そうか、大阪の知事さんは、この毛布でいたずらをしたのか、と、妙な感心をしながら街へでた。どうも、街も師走ということもあり、選挙というムードではない。畑の広がるこの地で、ウグイスさんの”お願いしま〜す”は、どうも効果がないように思われた。そこで、マイクを奪って、住宅街に入り、一軒一軒、表札を見て”○○さん、お願いします”。たまに、人がいれば”○○さんの、ご主人よろしく”とやった。小学生が歩いていれば、”父さん母さんに、よろしくな!△△(候補者名)の、おじちゃんだよ”とやった。まあ、名前の連呼は、陣営の自己満足と、支持者への誇示活動だというのが、業界の常識だから、これで1票にでもなればラッキーだ。(ちなみに、同乗者は、とんでもないヤツに手伝わせた、との顔をしていた)あ〜あ、4ケ月後には、同じことをしなければいけないのか。こいつは憂鬱だな〜



2002年12月20日(金) 少しづつ変わるな、日本も!ある市長さんと赤坂で一献

変わったご縁で、ある市長さんと、赤坂の料亭(!)で、酒を飲む機会に恵まれた。市議会議員2期、県会議員2期を務められた後、市長に当選されたとのこと。
”今までは、厳しく追及する側だったが、今度は反対になった。追及されるまえに、全部かえてしまおう”といわれた。”まったく、公務員の隠蔽意識、ウラ金意識にはあきれるよ。ふつうの市民の感覚がないんだ”とも。この市長さんが県会議員だった昨年の決算委員会で、ある部局の出張旅費の伝票が多いので調べたそうだ。120名の職員に対し、出張旅費の伝票が3万枚。10年分かと聞けば、なんと、1年分だという。かなりの額が、カラだったそうだ。議員だったころには、職員組合、教職員組合から”天敵”とも言われていたそうだ。なんじゃ、どこぞの区議会議員と、ニックネームが一緒だな。とても気さくな市長さん。高級料亭で車座になって、しばし政治談義に華が咲いた。海があり、空港もある、ちょっと大田区とにている、このステキな市長さんがいる街。もし、来年”賞味期限ギレ”にならなければ、お訪ねする約束をした。こんな、”フツーの感覚”を持った首長(知事、区市町村長)が、最近増えてきた。東京都も、その好例である。構造改革、国においては反対勢力は”族議員”たち。地方では、多分”公務員”だろうな。いやいや、心ある公務員の皆さんのほうが多いんですけど、ついつい言ってしまいます。



2002年12月18日(水) まいったな!ゴミおばさんテレビ収録顛末記

区内のゴミ屋敷を、先週の土曜日にテレビ朝日の番組が撤去した。そこまでは、よかった。(但し、区の筋書きを台無しにした、と、区幹部からは,お役所の理論でブーイングだったが…)ところが、昨日、ゴミおばさんから、テレビ局にクレームがあったらしい。曰く”大切なものまで捨てられた”というのだ。そして、地元警察にも訴えているらしい、とのこと。騒動の原因を作った者としては、見過ごせない。さっそく、地元の和菓子屋さんで、だんごを買って、かの元ゴミ屋敷に向かった。以前に比べれば格段にキレイになった敷地には、またまた新しいゴミが増えていた。おばさんの姿はない。うろうろしていると、ご近所の方が、”近所の郵便局で預金している”と、教えてくれた。さっそく、郵便局に出かけると、なにやら札束を預金している姿があった。きっと、ゴミの下にでもかくしてあったものを、預金にきたのだろう。車で、かの家まで戻り、詳しく話しを聞いた。彼女の言い分によると、大切なものは捨てない、との約束をテレビ局が破った、というのだ。なくなったものは、高い人形、電子レンジ、ワイン、日本酒、お米、つぼ、などだそうだ。興奮しているので、話すたびに、物が変わってくる。当日、現場にいたが、多分、この”大切なもの”はウソだと思う。しかし、この問題を解決しないと、家の中のゴミも処分させる、との約束はなし、だという。いやはや、そうきたか。このおばさん、結構計算高いな〜寒さに凍えて、だんごを食べながら、妥協案を話していると、大田区の幹部がとおりかかった。きっと、”そら見たことか”と思っているんだろうな。いやいや、大丈夫。46年間、どれくらい修羅場をくぐってきたことか。うまいこと解決してみせましょう!



2002年12月17日(火) 出始めたゾ!街の中傷ネタ

区議会、都議会、国会と、選挙の洗礼を受けなければいけない者には、多かれ少なかれ、中傷ネタが街を飛び交う。もちろん私も例外ではない。例外ではないどころか、今、この日誌を読んで頂いている”反対勢力”からは、なんとか葬りたい、と期待されているのだ。前回の選挙でながされていた代表的なものは、”いぬぶしの店にいって票がある、というとハンバーガーの中に1万円が入ってくる(ハンバーガーショップを経営していた)””いぬぶしが、京浜蒲田でビール券を配っていた””ああ、そのビール券は、うちの女房ももらったらしい”といったものだ。あきれてしまう。そんなことが、あると思う神経を疑うが、まあムラの選挙は、邪魔者を排除したがるから仕方ない。選挙が終わって数日後、所轄署の刑事さんが、缶コーヒー1本を差し入れて、訪ねてくれた。曰く”センセイは、新人だから、何か違反するかと思ったけれど、キレイな選挙でしたね”と。嬉しいお褒めの言葉であった。ビール券配るくらいなら、自分で飲んじゃうよ。さて、次の選挙まで4ケ月となると、またまた、出てきた。”いぬぶしのオヤジは金持ちだから、会社いくつ潰しても、どうってことはない”オイオイ、オヤジは、昭和42年8月1日に癌でしんじまったよ。オフクロは、中学3年で別れて以来絶縁状態だ。どこが、金持ちだ。次のバージョン。”いぬぶしが一生懸命に取り組んでいる、町会会館新築について、区長がA議員(有力与党議員)に頼め、と町会長に言ったところ、会長は、いぬぶし支持から、A議員支持に変わり、他の町会役員が怒っている”確かに、一年以上前から、ある町会の会館新築のために、その作戦から、ある団体の補助金さがし(担当の職員も知らなかった)まで、頑張った自負はある。しかし、A議員と会長の件、会長と他役員の件は、真赤なウソである。いやはや、”人気者”辛いね。そうか、中傷ネタを流す皆さん、もうすこし信憑性のあるネタをお願いします。



2002年12月16日(月) 家を売ったが、銀行が担保をはずさない!

何度も書いているように、同時多発テロと、取引業者の横暴により、会社を廃業し、借金だけが残った私は、その債務処理に、この1年間あたってきた。そして、そのほとんどの処理が終わったが、地元の信用金庫から借りている住宅ローンと、いくらかの借り入れが未処理で残っている。信用金庫の前任の担当からは、”住宅ローンの返せる金額で売却してください”と指示があったので、そのとおりに行動していたところ、貸している方(現在、第三者に賃貸している)から、買いたい旨の申し出があって、本日、手付金を受領した。ところが、新しい信用金庫の担当者は、”不動産鑑定をしないと…”、”本店に稟議をかけなくては…”従って、年内の処理は難しいと、おっしゃる。おう、上等じゃねいか!だったら、競売して、安い値段で、処理しなよ、と言いたくなってしまう。不良債権処理が叫ばれているが、その多くは大企業のもので、破綻した経営者は、個人的に何ら返済義務を負わない。これは、上場企業には、金融機関が代表者からの、個人保証を要求しないからだ。ところが、中小企業は、コピーのリースから、借り入れにいたるまで、会社のお金に関する契約には、間違いなく、代表者の個人保証を要求される。その意味では、”株式会社”として、有限責任であるはずが、合資会社と同じ、無限責任となっているのだ。そこで、大多数の破綻経営者は、自己の個人財産を金融機関に取り上げられ、預金を押さえられ、税務署からも取り立てにあることになる。ヤミ金融などから借り入れをしていると、夜逃げや、最悪の場合は、命すら落とすことになるのだ。会社を経営していたころは、”社長、社長”と寄ってきた金融機関も、廃業し、債権処理の段階になると、ころっと態度を変える。この豹変に、気のいい中小企業のオヤジは、ビックリし、返済すべき倫理観を失っていく。不良債権処理、特に、中小企業のそれは、法的処理ではなく、情実処理にしたほうが、早くすすむのではないか、と、自らの経験から痛感した。この信用金庫とは、20年以上の取引だが、子々孫々、取引しないよう遺言しておこう。



2002年12月14日(土) 黄金伝説(テレビ朝日)が、ゴミ屋敷解決!

今日は、いよいよ、区内のゴミ屋敷をテレビ朝日の”黄金伝説”という番組が、解決してくれる。先月の委員会に、なんとかしてほしい、との陳情が出され、議会でも採択された。しかし、行政(大田区)が強制撤去するには、条例に基づき、環境美化審議会を立ち上げ、その答申を待って、強制代執行になる。テレビ局は、直接交渉して、費用も負担して、撤去の同意を取り付けた。現場には、テレビ局のスタッフ、警備員、そして、大田区の部長、課長以下10名以上の区職員(不測の事態に備えてとの説明あり…)、警察より交通課長および私服2名、地元の議員さん2名、連合町会長と、大変な人数が集まった。現場では、私服の警察官が”これでばあさん、警察の言うことを聞かなくなるぞ”と、私に聞こえよがしにつぶやく。いかにも”余計なことしやがって”といいたげだ。しかし、さすが、この二人の上司であろう制服の交通課長はにこやかで如才がなかった。大田区の部長は”行政の立場”と、”今までの努力が水の泡”を、テレビにも私にも力説しておられた。そして、連合町会長(このゴミ周辺にお住まいではない)も、”行政の立場”を訴えておられた。ところが、このゴミ屋敷のお隣りに住む、女性の方からは”行政は遅い。これでいいのだ。おかげで、きれいな正月が迎えられる”と、喜んでいただいた。つまり、行政側には、極めて”不愉快”な行動が、周辺の区民にとっては”福音”なのだ。確かにテレビ側にも、”絵”にするための演出があることも拒めない。しかし、それにしても、結果オーライでいいじゃないか。この、役所の理論と、区民の思いの溝を埋めるのが議員の努めだと思っている。嗚呼、また、役人に嫌われちゃったな。でも、このお屋敷の住人の、おばあちゃんとは、益々仲良くなってしまった。来週は、おはぎを持ってお訪ねすることになった。再発防止に協力しましょ!余計なお世話かもしれないけれど…



2002年12月13日(金) やっぱり無理か!公務員に理解してもらうのは…

親しくしている区議会議員が、忘年会の会場で、大田区の学校職員に次のように言われた、と報告をしてくれた。『いぬぶしというとんでもない議員を知っているか。彼は、私達が長年利用して積み立ててきた職場助成費を、たった1日でなくしてしまった。なんていうことだ。』とのこと。これは、以前に書いたが、区職員の団体である、大田区職員文化会(職員が年会費12000円、区から会員一人あたり28,000円の補助)から、毎年9月に職員一人あたり8,000円の職場助成費が所属長宛支給される。これは、現金での支給は禁じられており、飲み屋の領収書でもいいから、とにかく領収書の添付が原則であり、所属長宛の文書には、”現金支給厳禁”と書かれている。ところが、学校職員だけは、過去から現金で支給されていたのだ。何故かは、教育委員会でもわからず、とりあえず、現金支給の禁止のお達しと、領収書添付を義務付けたのだ。結果、この職員がいうように、現金がもらえなくなってしまったのだ。私は、必要な福利厚生制度は職員の勤労意欲を増進する意味から重要であると考えている。しかし、本人負担分12、000円のうち、8,000円を職場助成費として返し、5,000円分は、図書券かハイウエイカードという、いつでも、金券ショップで換金できるもので還付し、いかにも職員からも会費を取っていますよ、というエキュスキューズ(いい訳)をつくり、その実、全額返金し、実態は税金だけで運用するような仕組みに問題を提起しているのだ。現金支給するのであれば、所得となり、源泉所得税を納付しなければ所得税法違反になる。それを、『そんでもない』という感覚。これこそ、日本全国で税金を蝕んでいる、公務員の意識である。ここを変えるだけで、我が国の地方公共団体、国の歳出は10%削減できるとふんでいる。さらには、この友人の議員曰く『他の会合でも、同様の文句を2〜3人から聞きましたよ』と。権利を主張してもいいからさ。その分、働こうよ!



2002年12月12日(木) 問題生徒と公立学校教育の限界

12月の木曜日なのに、忘年会が一つもない。めずらしく早く帰宅して休んでいると、知らない男性から電話がかかってきた。自宅の電話は公開していないので、誰だろう、と出たところ、ある公立中学校の父兄(おっと、保護者と書かないと、フェミニストに怒られるな)だった。娘さんが、中学校でイジメにあって、その学校で今大変な事件がおきている、もうこれ以上、大田区立の中学校に娘を通わせられない。なんとかしてほしい。クラスには、イジメが原因で不登校の生徒が何人もいる。との趣旨だった。具体的な生徒名を告げ、必死に訴える自営業の父親の姿には、またまた戦慄を覚えた。数年前には、生活指導主任が卒業式の日にボコボコに”お礼参り”でやつけられた(事実は未確認)、との言葉には、もはや学校というよりは、ヤクザや暴力団の世界に近く、教育の限界を超えていると思った。学校や教育委員会の対応は、”加害者の人権”に配慮するあまり、後手後手になり、結果、問題生徒たち、または、その保護者からもバカにされてしまう、という悪循環をたどってしまう。例が悪く、自分の家庭を棚にあげて、子供が悪いのは学校のせい、と言っているような親には、怒られるだろうが、犯罪国家北朝鮮相手と同じ対応が必要である。毅然とした対応、我が国は法治国家であり、国民は、安心して暮らす権利を有することを、問題生徒にも、普通の生徒にも、学校は示す必要がある。。この娘さんは、今でも、学校で一人でトイレに行けないそうである。こんな心の傷を放置している学校、大田区、そして我々大人の責任は極めて重大である。明日から、必死で、この子らを助けよう。
また、何もしないなら、マスコミの力も借りよう。頼みますよ!



2002年12月11日(水) ゴミ屋敷のおばあちゃんと、ドラ焼きを食べる!

11月29日、12月9日の日記で書いた、区内のゴミ屋敷の問題解決に活動している。午前中に、経営している飲食店の買出しに近所のスーパーに出かけたところ、旨そうなドラ焼きが安かった!そうだ、あのおばあちゃんと食べよう、と、2個買って、現場に出かけた。昨日までの寒さとはうって変わって、紺碧の青空の暖かい日差しの中、老婆はゴミの中作業をしていた。”こんにちわ!どらやき食べませんか”と声をかけると、すでに面識もあり、快く応じてくれた。コーヒーが好きだといわれ、自動販売機で缶コーヒーを2本購入して、歩道に座って、二人でドラ焼きを食べた。傍らには、先ほどまで漁っていたであろう、弁当の残飯がちらかっていた。1時間くらいであろうか、双方の生い立ちなどを語りあった。42歳でご主人をなくして以来一人で暮らしていること、クリスチャンであること、何事にも感謝すべきこと、など怒涛のように、しかし、優しい言葉で語ってくれた。私の、幼少時代の不幸には、身内のような目で悲しんでくれた。とてもキレイな目をした美人のおばあちゃんだ。なぜ、この人が、周囲の人に迷惑をかけてまで、こんな凄い量のゴミを集め出したのだろう。私は、”淋しさ”ではないか、と思った。一人で毎日毎日暮らしていると、生きがいやら、人の温かみから遠のいてしまう。その淋しさを消してくれる”生きがい””語り手たる友人”が、この大量のゴミなおだろう。会話では、絶対”ごみ”という言葉は使わないようにした。彼女にとっては、”大切な友人”であり、宝物であるからだ。いよいよ、土曜日には、大切な友人とお別れだ。大丈夫だろうか。またくるね、そういってわかれた。さっきまで、”とんでもない婆さんだ”と、思っていた気持ちが大きく揺らいだ。また、明日も、あの、優しい目に会いに来たい、と本当に思った。夜、さすがに12月。寒さが身にしみる。あのおばあちゃんの家には暖を取るものはあるのだろうか。宝の山の中で、温かい夜を過ごされていることを祈らずにはいられない。



2002年12月10日(火) 大御心(おおみごころ)に則した活動を〜西村眞悟代議士講演

今日は、西村慎悟代議士と学ぶ、西村塾東京支部1周年記念講演会”日本人論”西村眞悟VS小林よしのり に参加した。西村代議士は、尖閣諸島に上陸したり、”核について議論せよ”発言で防衛政務次官を辞任したりと、行動する国会議員として有名であり、その国家観、政治信条に共鳴し、私も塾生の一人である。政治の、国家のもっとも重要な責務である”国民の生命財産を守る”こと、そして、正しい歴史認識に基づいた国家観を基準に政治活動をされている稀有な政治家の1人である。キレイゴトだ、青臭い、といわれるかもしれないが、選挙区に予算を獲得して何票、企業にお仕事まわして何票、おじぎが深くて何票の政治屋さんとは、同じバッチを着けているが志が違う。しかし、残念ながら、このように”国民の要求”を役人に取り次がない議員は選挙に弱い。(それだけ、有権者の意識が低いことの現れでもあろうが…)前回の選挙では、小選挙区で惜敗、比例で当選であった。政治が三流とマスコミとともに嘆いていながら、自らの投票行動が三流であることに気づいていない有権者、そして、投票にすらいかずに”政策不況”に喘いでいる有権者、この国には制度としての民主主義はあるが、それは機能していない。西村代議士が、最後に”大御心(おおみごころ)に則して政治活動を行っていく”と決意を述べられた。その奥深い意味に、心から感動し、私も、そのようになりたい、また、そのような心で政治活動を行っていこう、と決意を新たにした。大御心とは、ご本人は詳しく述べられなかったが、神の心、大宇宙、自然界の心、そして、天皇陛下を象徴そしていただく、我が国の国家国民の心、と理解した。とは、いえ、忘年会では、お酌もせねばならない、お辞儀も深くしてしまう”いぬぶし”、一流の国会議員と、三流の区議会議員の差を感じてしまう。いいや、心は一流です!



2002年12月09日(月) ゴミ屋敷解消にテレビ朝日が協力を

先月区議会都市整備委員会に、大田区北千束にあるAさん宅のゴミを撤去してほしい旨の陳情が出され現場を視察した。(11月29日参照)委員会のなかで、今後の大田区の対応を正すと、年内に環境美化審議会をたちあげ、そこに区長が諮問したうえで、強制代執行にうつるとのこと。年内は到底無理と思われ、周辺の皆さんに、快適な正月を迎えて頂くために何とかしたい、と考えた。すると、テレビ朝日の黄金伝説という番組で、全国のゴミ屋敷を解消している”ふかわ”さんというタレントがいることを知った。さっそく、メールで実情を報告したところ、すぐさま連絡があった。Aさんと接触して、撤去の合意を取り付けた、というのだ。いやはや、大田区が随分と努力して交渉していたらしいが、マスコミの威力は凄いもんだ。しかし、お役人は、心中穏やかではない。加害者の人権と法手続きに”厳正”に添った行動が、テレビという”大量破壊兵器”により、全国の注目を受け、結果としては”大田区は何をやっているんだ”との声にさらされる危険があるからだ。お役所と、民間の感覚のもっとも大きな違いは、前者が過程(プロセス)重視であるのに、民間は結果に重きをおいている。今回のケースでは、処理の過程を重視するお役所に、ドカーンと、結果オーライのマスコミが殴りこんできた、構図だ。そこに情報を流した”いぬぶし”なんぞは、大田区役所の”天敵”くらいに思われているかもしれない。しかし、区議会の委員会でも発言したが、私のモットーは、”区民の常識を区役所へ!””今やる、すぐやる、できるまでやる”である。”だ。
法令を無視してまで、問題解決をせよ、とは言わないが、お役所の問題解決プロセスは、あまりにも、工夫がなく、区民の時間感覚とは乖離している。



2002年12月08日(日) 政治家?町会会員?どちらでも呼ばない町会忘年会

昨日は、住んでいる町会の役員忘年会。参加したい旨、幹事役に申し入れると”議員は呼ばない”との返事。”町会会員ですよ”というと、”役員じゃないからダメ”と。結局、町会長に聞くことになった。町会長は、即OKをくれた。ところが、かの幹事さん、それでもダメ。誰かの代理ならいい、と、おっしゃる。別に、そこまでして出たい訳ではなかったが、こうなりゃなんとしても、だ。たまたま、同じマンションの町会役員さんが、お通夜で欠席とのこと。この方の代理で出席することにした。忘年会では、議員バッチをはずし、”○○さんの代理です”と言って歩いた。すると、会長以下、役員の方々が”なんで、代理なんだ。いいじゃないか”そして、”じゃあ役員に今日からなれ”と、その場で防犯部役員に任命された。
町会の内輪の忘年会には議員を呼ばない、まあ、これも見識かもしれない。一部のTPOをわきまえない議員や候補者が、宴席中に名刺やパンフレットを配る姿は、感じのよいものではない。反面、仲間として、その場で役員にしてくださった一部役員(他の現職区議の応援団もいた)の温かさにも感謝。地域活動には、行政との橋渡しとして議員は便利な存在だと思うが、中立を旨とする公益団体としては線引きが難しい問題でもある。その次は、完全に議員を意識した忘年会だった。遅参していくと、すぐ上座に案内され、参加者に紹介のうえ、挨拶。地元の国会議員も、ほんの3分ほど滞在(?)していた。そして最後は、まったく個人的な知人の自宅での忘年会。ついつい、ここでは飲みすぎてしまった。かくして、区議会議員の師走は、肝臓と感情の勝負である。



2002年12月07日(土) しまった!北朝鮮製のスーツを2着も買っちまった

昼間は、特に行事もないので、本当に久しぶりに、大手スーパーにスーツを買いに出かけた。な、なんと、1着1万円、2着だと、16,000円だという。こいつは、なにがなんでも、サイズを見つけて買うぞ!気に入った柄のものを2着見つけて、支払いをすませ、ふっと正札をみて愕然!朝鮮民主主義人民共和国製、とあるではないか。なんと、私のなけなしの16,000円が、かの犯罪集団の活動資金になってしまった。さて、どうする、犬伏!一瞬迷ったが、市場経済の原則に基づき(なんのこっちゃ)購入を決意した。ちなみに、その時、このスーパーの原価表がレジにおいてあった。何か、7900円の衣料商品である。なんと、原価3555円と書いてあった。利益率55%である。この安値で55%とはたまげる。すると、私のスーツは、原価3600円か。商社の取り分と、運賃を差し引くと、金正日には、6000円位いくことになる。え〜い、悔しいな。そして、そのスーツに、ブルーリボンをつける、なんとも複雑な思いである。まあ、このような、本来必要である、民間商取引を通じ、かの国が少しでも豊かになり、”将軍さま”にたよらなくても食べていけるようになることを期待しよう。



2002年12月06日(金) いやはや公務員様様だな〜子の看護休暇新設

今日は、第4回定例会の最終日である。前回の本会議で上程され、各委員会で審査された議案や、陳情、請願の審査結果(採否)が各委員長から報告される。各委員会で決定した結果については、まず本会議でひっくり返ることはない。なぜなら、各委員会には、大会派(自民、公明)の委員が必ずおり、その委員が出した結論は、その会派内の結論でもあるからだ。すなわち、自民15名、公明12名で、議員(46名)の過半数を超えてしまうのだ。今回は、最終日なのに、新たな議案が理事者(区役所側)から提出された。それは、職員の給料を平均1.6%引き下げる条例改正案と、就学前の子供を看護するために特別休暇5日間を新設する条例改正案である。急遽、本会議は休憩となり、総務財政委員会と、こども文教委員会(幼稚園教諭の給与、休暇が所管)が開かれた。まずは、この会期ぎりぎりの、それも午後に、新規議案をだしてくることは、審議をさせまい、との思いを感じざるをえない。各委員会は、小一時間で終了。原案通り決定した。給与削減案については、共産党のみ反対したことは言うまでもないが…本会議では、子の看護休暇について、私以外の全議員が賛成した。そこで、反対討論をおこなった。区職員には、すでに、有給休暇20日、介護休暇6ケ月、病気休暇180日、リフレッシュ休暇2〜3日、ボランテイア休暇7日、夏季休暇5日など、これでもか、というくらい休暇が認められている。民間では、労働基準法により、入社一年後に、有給休暇10日間、以降勤続一年ごとに1日ふえ、区職員と同じ20日になるには、12年もかかるのだ。今回の特別区人事委員会の勧告に、給与削減とともに、子の看護休暇を導入すべき、と明記されているものだが、どうも、削減の見返りとしか思えない。我が国の政治の得意な、”たして二で割る”解決方法だ。同時に、夏季休暇も、3日から5日へと2日間増やされた。(有給休暇とは別枠)給与削減により、年間6億8千万円が節約できるが、反面、夏季休暇2日増加により、職員一人当たり28,408円(平均給与の2日分)の人件費が余計にかかり、5400人の職員全体では、1億5千300万円余の金額となる。また、子の看護休暇を対象者全員が取得したとすれば(まあ、そんなことはありえないだろうが)、推計1億4200万円の人件費が、余計にかかる。結果、6億8千万円の削減効果は、半減するのだ。有給休暇の完全取得がされていない現状では、子の看護には、有給休暇を取得すべきであるし、遅刻したら、電話して有給休暇1時間でチャラ、なんぞという制度(?)を温存しての、新規休暇は、とうてい区民の理解を得られない。きっと、次の区報には、”職員給与削減!”と、でかでかと掲載され、夏休みを増やしたこと、子の看護休暇を新設したことなど、これっぽちも載らないのだろう。嗚呼、公務員様様!いや、言うまい。我が愚息も、陸上自衛官の採用通知を拝受したのだから…



2002年12月05日(木) 街のウワサ〜次期区長候補者

来年の統一地方選挙は、4月20日告示、4月27日投票で決定された。区議船はもちろんだが、区長選挙も同時に行われる。現区長は、すでに4期。次に当選すると5期20年も区長の座にあることになる。18歳で入庁して以来大田区役所に勤務されているから、行政には実に詳しい。いきおい、トップダウンが増え、昇任を望む管理職は、区長の方を向き、区民の方から顔がそれてしまうとの声が聞こえる。区役所の役人と話していると、親指を立て”うちのボスが…”と言われることがよくある。つまり、その問題は区長がどう思うか、との意味だ。このようにトップが優秀だと、なかなか権限の委譲が難しく、ワンマン経営になる恐れがあるのは、企業も同じだ。さて、そこで、現職の去就が注目されているが、まだ態度を明らかにされていない。共産党は、現職女性都議を候補に考えているらしい。自民党の区議でも、区長候補を一時ではあるが公言していた方が複数いる。さらには、中選挙区最後の選挙に20歳台で当選した元衆議院議員も、出方をうかがっているらしい。現職は圧倒的な知名度と組織力を誇っているが、横浜市の例もあり、おもしろい選挙になりそうだ。まあ、保守系の票が候補者が多く割れて、共産党が漁夫の利をさらうことだけはやめていただきたいが…



2002年12月04日(水) 羽田空港対策特別委員会〜共産党ほえる

今日は、羽田空港対策特別委員会である。いままで、広域斎場特別委員会、防災対策特別委員会と、経験してきたが、広域斎場と、この羽田空港は、どうもおもしろくない。なぜかというと、いずれも、参加している役人が当事者ではないからである。広域斎場は、大田区に、近隣の5区で火葬場を建設しているもので、広域斎場一部事務組合という、特別地方公共団体を設立して建設にあたっている。そして、この組合には、5区の議長が議員を務める、組合議会もあるのだ。したがって、大田区が建設費用を一番負担しているのだが、所詮”よその団体”のことで、大田区の役人の答弁も、結局”組合に伝えておきます”となってしまう。この羽田空港対策も同様で、話すべき相手は国土交通省なのだが、もちろん国の役人は大田区議会にはこない。説明、答弁するのは大田区の役人で、これまた、又聞きの話になってしまう。どうも、つまらない。殴っても、縄のれんのように、殴りがいがない。
今日は、共産党の委員が、跡地が小さくなったことにつき、国土交通省には文書で抗議したのか、だとすれば、なぜ議会にその文書を提出しないのか、と激怒してはじまった。役人も言葉不足で、”メモ書き”の文章をみながら、発言をしたメモをもって、文書といってしまったようだ。同じ共産党の委員長が”休憩”を宣言して、この文書を提出させようとし、与党委員も同意をしたが、私は、”そんなメモなんぞ、どうでもいいじゃないか。本質的な議論をしよう”と、休憩を阻止した。どうも、言ったとか、言わなかったとか、誰が言ったなど、本来の問題から乖離していく議論は許しがたい。それとも、今日は取材がいたからかな…



2002年12月02日(月) 今日は46歳の誕生日。バースデーは、党本部にて

本人がどう思おうととも、確実に年齢はとっていく。今日は、私の46回目の誕生日である。本人は20歳くらいのつもりでいるが、間違いなく46歳の中年オヤジである。朝は、9時30分から、都市整備委員会、昼食を取る間もなく、1時30分から、再開発予定地区の各戸を区役所職員と説明にまわる。5時からは、自由党本部において、新人候補者の勉強会。司会進行を予定していた区議が、議会のため現れず、結局、私が司会兼基調講演(?)をすることになった。1回目の落選の自己分析、2回目の当選前の活動など、新人に参考になるであろうことを話した。とくに、新人が陥りやすい点、”公認なのだから、党の支持票が入るし、党も何かしてくれるだろう”。これは甘い!と指摘しておいた。確かに、国政選挙では、区議10人くらい当選できる票が各区で出る。ところが、都議選では、誰一人当選できなかったし、区議も、23区全体で5人しかいない。選挙が小さくなればなるほど、政党色(特に、保守系政党)は薄まってしまう。党は、といえば、地方選挙まで人を出したり、宣伝カーを出すわけにはいかない。結局、自己責任で戦うしかないのだ。さらには、どうしても”政策”をぶちたくなるのだが、これまた実際の投票行動には結びつきにくい。結局、”いい人””頑張っている””知り合いからたのまれた”などが、区議、市議選挙の投票原因だろう。当選した結果、政策はその活動のなかから自然と生まれてくる。とにかく、新人は、(現職もかもしれないが)歩く、歩く、歩く、であろう。さて、約2時間の勉強会だったが、その受講態度から、絶対に当選してほしくない、と思った候補予定者もいた。イスにふんぞり返ったままの受講、何度も携帯片手に離席する、など、候補者以前に、社会人としてのマナーに問題がある。ご本人の将来のためにも、その地域のためにも、一度”落選”の苦汁が必要だ、と、隣りの現職区議と、メモ交換した。勉強会の後、近くで国会議員などを交えて懇親会。かくして、46歳の夜は、赤坂で戦友とともにふけていく。


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