くじら日誌
温かい、紅茶を傍らに。
穏やかで何もない日々だけれど。
せいいっぱい、生きよう。

2009年10月29日(木) 普通の話

ずっと放置したままのサイトをどうにかしようと思って、とりあえず日記以外取り払ってみた。しかし今のわたしは何かお見せできるような趣味や記録がなく、どういう方向性にするのか未だに決まらない。写真かなあ。

わたしは仕事から趣味を見つける人のようで、紅茶屋のときだって最初はダージリンとアールグレイの違いさえわからない、一般人以下の知識だったし(何せ家で飲むのはティーバッグか粉で、きちんと茶葉で淹れる習慣なんてなかった)。写真屋のときも、カメラの知識が皆無だったし(これは今でも大して変わらないけど)。
今さら「美味しい紅茶の淹れ方」とか作っても滑稽だからやめておこう。お気に入りのカフェくらいは一覧にしておこうか。


紅茶屋を辞めてもう何年も経つけど、一緒に仕事をしていた人(今も現役)から「『前の店長さんは丁寧で親切に色々教えてくれた』とお客様に言われた」なんて事を聞いたりして、思わず顔を綻ばせちゃったりする。過去の栄光(?)にすがるわけじゃないけど、わたしのしていた仕事はちゃんと人の心に残っているのだなあ、認められていたのだなあ、と今さら思う。



2009年10月26日(月) 家族

「家族ってなに?」とうすいさんに聞かれてしまった。
全てが悲しくて「ひとりで頑張る」とわたしが言ったから。


どうでもいい存在だったら迷惑を掛けようが自分だけ楽しようが、そんなのお構いなしだけど。大切な人だからこそ、迷惑を掛けたくないし、家にいるときくらい休んでいて欲しい。わたしが逆の立場なら、一生懸命仕事して帰ってきたのだから家でくらい休みたい、と思うよ。

すぐ傍にいるのに、自分の大切な人が疲弊しているのに、自分は何もできなくて「ひとりで頑張る」なんて言われてしまうのは、男としては情けないし腹立たしいし、ショックなことなのかもしれない。でも甘えすぎて頼りにしすぎて、その期待を裏切られるのはもう疲れてしまった。「○○してほしい」とは言いたくないし言えない(休んで欲しいから)。だから自発的に「○○しようか?」と言ってくれるのを待つだけ。でも待ちぼうけ。で、ひとりであれこれ考えた末の「ひとりで頑張る」。

確かにこれじゃ家族じゃないね。でも夫婦ってもともとは他人なのだし、「家族だから」って安心しきっていてはうまくいかない気がする。お互いを尊敬して尊重して労わり合う努力が必要だと思う。


なんていうか、「ひとりで頑張る」の発言もきっと甘えてる。うすいさんの優しさに甘えようとしていた。「もう十分頑張ってる。もっと頼っていいんだよ。」と言って欲しかっただけなんだ。あああ。バカだね。うすいさんはきっと静かに怒っている。凍てついた炎のように。



2009年10月25日(日) ふと

ふと気付くと、「幸せとはなんなのだろう」と考え込んでいるし、何故だか「どこかに帰りたい」と思っている。(実家の事を切り離して考えれば)今の生活はたぶん人生の中で一番穏やかで幸せな日々であろうに。



2009年10月23日(金) ブレない心

人の言葉に惑わされない。人の言葉に囚われない。自分の言葉を信じる。
ブレない心を持つのは難しい。少なくともわたしには至難の業だな。

何があっても貫き通す信念、ひとつくらい持っていても損はないのにね。


いつからなのだろうな。自分に自信が持てなくて、いつも自分が間違っているような気がして、言いたい事も言えずにいる。そもそも自分の言いたい事ってなんだ。頭にあるのは輪郭さえぼんやりとした曖昧な想いだけで、それをどうやって言葉に変換して伝えればよいのかよくわからない。考えているうちに終わってしまう。

自分の考えを即座に的確に言葉を通して伝えられる人たちはすごいね。その速度についていけない。「あなたはどう思う?」と聞かれるのが怖い。何も感じないわけじゃないのに、うまく答えられなくて、考えている間に「何もないの?」と冷たい目で見られるのが怖い。

ああ。わたしはやっぱり欠陥品なのかな。



2009年10月21日(水) 羨望

未だに家(実家)のことを考えると、どうしようもなく不安になって心がざわざわするし、冷や汗が吹き出てくる。全てを失い、再びあの家に戻される日が来るのではないかと思うと、眠れなくなる。


親と買い物に行くとき、大人になっても何か買ってもらえたり食事代を出してもらえたりする事はそんなに珍しい事ではない。よく聞く話。
わたしは一度もない。結婚のときも何も持たされず、出産しても何もなかった。むしろ里帰り期間に「お世話になります」とお金を渡したくらい。(里帰りしたとき、家のごはんが驚くほど美味しくなくて、みるみるうちに痩せてしまったのにね。喉を通っていかないくらい美味しくなかった。)

まあ、自己破産だ何だとすったもんだしている家なのだから、当然と言えば当然なのだけどね。寧ろ「お金を貸して欲しい」と連絡があるくらいだし、逆に何か貰ったり用立ててもらうなんて、後が怖い。

でも羨ましいな、と思う。素直に親に甘えてみたいと思ったりもする。どうしてウチは普通の家じゃないんだろう。どうしてうすいさんに迷惑ばかり掛ける親なんだろう。他人を羨んだところで何も変わらないんだけれど、行き場のない思いが常にある。義両親がとても良くしてくれるだけに、実の両親の駄目さが際立つ。

だからいつの日か、うすいさんに愛想を尽かされ、親権も奪われ、実家に戻され、親には稼ぎ手としか見てもらえないような、そんな時が来るのではないかと思ってしまう。今ある平穏な幸せはもしかしたら全部夢で、目覚めたら実家の自分の部屋で、家の為に馬車馬のように働くだけの存在というのが真実なんじゃないか、とさえ思うときがある。

とは言え、一番怖いのは、うすいさんや自分の子に火の粉が降りかかる日が来るのではないか、という事。そういう事態になったときは、きっと全てを捨ててわたしは実家に戻るのだろうな。自ら。
でもそんな考えはうすいさんにはお見通しで、「どんな事になろうとも、絶対に別れないからね!」と言われている・・・。うすいさんは人が良すぎるよね。損な人。もっと普通の家庭に育った性格の良いお嬢さんなんていくらでもいるのにね。

せめて自分は両親のようにならないように努めたいと思うよ。両親を反面教師にして。



2009年10月15日(木) ふつう

普通って漠然としてるけれども。

普通の両親のもとで普通に暮らす、普通の家庭の子でありたかったな。
と最近よく思う。


うすいさんと話していると「あ、わたしは普通の幸せな子供ではなかったのだな」
と思うことがよくある。
何も知らなかった子供の頃のわたしを可哀想だと思う今のわたし。



伯父と叔父(父方の)がそれぞれ会社を立ち上げ自己破産。
母にも黙って連帯保証人になった挙句に自分も自己破産の父。

兄弟のつながり、というのもわかるけど、
他にも守るべきものがあったのでは?と今のわたしは思うよ。


「わたしは生涯幸せにはなれない」と思っていたわたし。
うすいさんのプロポーズを一度断ったわたし。
父はうすいさんに「(何もできない)この子と結婚しても苦労する」と言ったけれど。



実際にわたしたちが今持ち得る苦悩・苦痛・苦労のほとんどは、
あなたがもたらしたものですよ、お父さん。


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