ダンディズムスケジュール
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2002年10月30日(水) 改革!

 大層なお題だが俺にとっては大事な改革だ。昨日のクソまず肉カレーのおかげで私のデリケートなお腹は大出糞サービスでもうノンストップの出まくリですよぉ。

 おかげで宿便まできれいにかたずいたようで妙におなかすっきり・・・しかしもうこの肉に対して執着してはいけない、このカレーをなんとか救わなければ・・・肉が憎い・・なんてねっ  はっはっ 凍っちゃいました?冷凍だけにレトウ ルトがっはっはっ。

 そんで完全にクソまず肉に見切りをつけた僕はまず鍋の中にある大量のクソまず肉を箸でとりだしはじめた・・もう匂いを嗅ぐだけでも吐き気を催す肉だ!取り始めること三十分大方の肉を取ることに成功したが細かいのはさすがに取りきれなかった・・ええいままよ以前とくらべたら雲泥の差ではないかぁぁぁぁぁと自分を慰め終了する。

 このラードに染まったカレースープをどうしようかと思案したあげくもう一度カレーを再建することにした。いなげやに行き北海道産ジャガイモを6個とタマネギ一個それに牛豚合挽きひき肉ワンパック、豚ひき肉ワンパックを買い再びいつものカレーに挑戦   なんと言うかやはり基本はタマネギとピーマンがとろける程煮詰めたスープだけに最高の出来となったのだ。

 ちゅうことでさんざんカレーを出し尽くしたこの身でありながら懲りずにひっくり返る程カレーをむさぼり食ってしまったのでした。本日の改革大成功!!!!


2002年10月29日(火) 料理

 今日はカレーを作りました。
 なぜカレーかと言いますと先日三越劇場の公演も無事終了しまして、その際廃棄処分になった床に引くリノリウムを個人で貰う事の許可を得て翌日車を借りて引き取りに行きました。

 その時ヒロアキにお前三越入ったことある?と聞いたら入ったことある訳無いじゃないですか!というのでじゃあ入れてやるよと強引に誘って行きました。なんせ三越劇場に行くのに宝石店売り場を通らなければならない   ハッキリ申しますとやはりいかに厚顔無恥なこの私でも道具を積んだ台車をコロコロ押してあの天下の日本橋三越の宝石店売り場を横切ることなど恥ずかしくて出来なかったのです。

 そこで自分よりも劣る動物を同伴することでなんとか自分のプライドを保とうと思った故の経緯であるのです。やはり一人と一匹とはいえ辛かった・・・俺もヒロアキも背を丸め下にうつむきみじめな見た目がさらに醜くなり宝石売り場のウインドウにあたるものならと考えただけでガクガクに膝はわらい手はブルブルと痙攣し顔はろう人形のように蒼白だったに違いなかったでしょう。

 それでも無事搬出を終えよく考えたら後、十時間はレンタカーの時間が残っているのでドライブしようということになった。そこで一番この世で暇であろうと思われるよした毛に電話をしてやったら・・ブッツ  なんとまあ切れやがった。懲りずにもう一度かけると今度はちゃんとつながる、ホッ・・・

 しかし留守電になってしまう「ゼッテーしかとしてるよ」そう無視されたのだ・・・とりあえず気を取り直し今度は間宮女史に連絡を取ると丁度仕事が終るとのことラッキーあぁよした毛とは違う違う人の電話を切るかねしかし・・・・とカレーの話になるまでだいぶ長くなりそうなことが今わかったのでやむおえず話をハショることにしましょう。

 ホント最近脱線するようなことを書く癖がついてきてしまったと書いてるうちに又外れそうなので話を進めることにする。何故かドライブは中止となりバーベキューをやることになった、何故だろう・・・まぁいいやそんでその時、肉のハナマサで大量に購入したカルビが大量に余ってしまった。

 Becouseとても人間が噛み切れる肉ではなかったのだ!ハッキリ言ってこの人生十九年の中でワーストワンを誇る不味さでありました。こんな貧乏人がこうゆうこと言ってはいけないとは思いますが、この肉は新宿西口のホームレスにただであげたとしても喜ばない代物でしょう!

 しかしそんな肉でも捨てるにはしのびない、やはり貧乏根性は否めない・・・そこで考案したのがカレーである!いや〜しかし長かったなぁここまで説明するのは、まぁまぁそれで今日早速その肉を解凍しタマネギ、ピーマンを刻んで炒めて(おいおいそれだけ?と思ったあなた・・その通りです)ズンドウにぶち込み肉を入れルーを入れかき回し、さぁ出来上がりです。
 
 しかし・・   不味いこの肉のせいでいかに神頼み的なカレーであろうとこの肉の不味さは隠せなかった・・・
俺は心底この肉とカレーをよした毛に食べさせてあげたかった、というよりあいつの餌にして俺は解放されたいのだ!しかし奴は先程人並みに予定があるとの理由でこの究極の晩餐を辞退して来た・・・。

 こんなカレーなかなか食べれませんよ、よした毛君!


2002年10月28日(月) 普通である事・・・その2

 とは言え五体満足に生まれぬくぬくと生きている俺は産んで育ててくれた両親に感謝している・・・それゆえこの次に書く事件は起きたのだ・・・つまり人が犯罪を犯すのではなく、五体満足が犯罪をもたらすのだ・・・なんとも傲慢な格言だがここ何年かで起きている少年犯罪はいずれも偽善者から生まれた五体満足なのだ・・・・本当に普通の人間で普通に暮らし普通に生きている人達なのだが・・・・・・退屈が人を狂気へと変貌させるのかもしれない・・・

 とだいぶ話が脱線した感じだが話を戻す事にして、ん〜とっ夏休みの最後ねっ・・・その日はご近所の(これヤバいな地元の人が見たら分るからな、匿名にしておこう)一つ上の登校拒否児で魚屋の倅Kと同級生のK、そして俺達の中でも悪経験の多いSでバイクの回収を始める(当時はキーを付けたまま放置してあるスクーターやカブを先輩や後輩、同級生達からだいたいの情報が入っていたので、農家はほとんどだね、それと公道が走れないモトクロスバイクはキーなしだからね)全部で何台かを回収した後みんなで爆走する・・・
 
 この時魚屋のK以外は全員坊主頭・・カッコ悪ぅ〜そんでもってバイク初挑戦のおいらはギアチェンジが解らない・・・今思うと可笑しくてしょうがないがどんなに説明を聞いてもやり方を見せてもらっても本当に解らないし・・・出来ない・・・みんなからバカにされつつしかたなし終始ローギアのみで走る・・・

 当時飛ばせロー 飛ばせセカンドー 飛ばせサード と歌う曲が横浜銀蠅の下の奴ら嶋大輔かジョニ−だったかなその曲が流行っていたのでこの事件の後も随分長い事何かある度に一人が 飛ばせロー と唱うと一人二人加わり 飛ばせロー またまた人は増え 飛ばせロー 飛ばせロー 飛ばせロー 飛ばせロー教室中で飛ばせロー
 
 はぁ〜また寄り道したけど乗っている僕は必死だった・・・なんせクラッチを切ってギアを入れてるつもりなのにどういった状態なのか全然把握出来ず頭の中はパニクりそれでもローで誰よりも高回転の騒音をふりまきながら一心不乱で皆についていく・・・風を受け迫り来る景色を無我夢中で追いこし更に迫り来る恐怖へと突入していく・・・

 今思えば五〜六十キロのスピードなどたいしたこともないが・・・その時の僕にはなんとも言えない、そう大気圏を破って宇宙に旅立つ宇宙飛行士になった気分であった・・やってはいけない事にたいする世間の壁、学校のがんじがらめの校則、乗ってはいけない物に乗ると言う罪悪感・・・その全てを突き破ってしまった開放感を身体の全部で感じていた・・・・あぁーあーーーーーああああああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 完全に僕は解き放たれていた・・・・そう言えばこれも後日談だが尾崎豊の「十五の夜」を初めて聞いた時「あぁこれ俺だぁ」などと呑気に思いました。夢中になって走るうち目的地に着いたようだ、とうとうトップギアに入れる事無くローギアのまま走りとおしてしまった・・バイクの潜在能力もなにもあったもんじゃねえなホントいまじゃローで町中走るなんてバイクに申し訳なくて出来ませんよまったく・・・何も知らないとは恐いねマジに・・しかもこの後起こる事も普通に生きて来たよっちゃんには更なる事件であった・・・・                  

                                続く


2002年10月26日(土) 普通ということ・・・

 今思えば普通に義務教育うけ、成績も普通・・・よって高校も県立の地元の高校へ・・・普通の王道だね、へっへっ。

 んっでっ普通ってなんだろう?と考える訳・・・すると俺の考えるとこでは世の中の見た目、態度、そして成績がある時点まであれば普通・・・なのかな。まぁそれでも時代に抑圧があったのでこの普通からはなんとか抜け出したいと思っていた。

 まず中学校だ!全員坊主頭・・・白い靴、白い靴下、色の決まった学年別のジャージととにかく普通である規律が多いのは確かだった。中学の時兄貴を訪ねて東京に行った時は女みたいな男が沢山いる。しかしオカマではなくちゃんとした男の学生であるのよ(当時のファッションであるのだが田舎者のよっちゃんは腑抜けた男に見えたのだ)そんな感じで北朝鮮育ちのような感覚を持った少年は次々と衝撃を受ける・・・

 同じ年頃の男や女が様々な髪型、洋服、靴、ウォークマンを聞きながらの登校・・・正直日本人も終だなっと思ったものだ・・・・なんせ家の親父さんはもと自衛隊、日本人教育には徹底していた・・・(今の私からは想像もつかないですけどね、と言うより影も形もあったもんじゃない)

 それと東京は水が果てしなく限り無く不味い、田舎のわき水育ちのよっちゃんには毒にさえ思えたものだ。こんな水飲んでたら犯罪も増えるはずだよなどと思いつつ飲んでました。

 話は変るけどその後こんなエピソードがあった・・・東京でネズミ構の浄水器販売の仕事を始めた次男が田舎の両親に売りに来た(まぁ身内から売ると言うネズミ構の基本だね)その時のうんちくで『いい水は体をよくする!健康にしてくれるんだよ、間違った水の飲み方をしていると身体の内側から悪くしてしまうんだよ』

 ・・・とここまでは一般的には正しい事を言ってるし確かに東京には必要だわなぁ・・などと思いつつ聞いていると『水道水がどんなに危険かみせてやるよ』と次男がリトマス試験紙のようなものをごそごそと取り出し家の水道から汲んだ水の中にそれを入れた・・『これが青くなると・・・・あれっ・・これが・・・』『きれいじゃない!家の水』『でもね・・・これを使う事によって全然違うんだってxxxxxxxxxxxxxx』

 最後に親父が『わかった・・・買ってやる・・・・お前はこれを売らなきゃなんねんだろう・・・』と家族の話で申し訳ないがそれだけ家の田舎の水は上手いのだ。結局浄水器は買わなかったが時代も変り浄水器はほとんどの家庭で見られるものにはなったね。話が随分と脱線してしまったが・・・

 ええっと〜そんなこんなで東京のカルチャーショックを受け東京から買って来たRCサクセションのレコードを(そうこんときゃまだLP盤だったのよ)聞きまくったね!〜授業中 欠伸してたら〜 口がでっかくなっちまったぁ・・まぁ実際はやらなかったけどね、先公に殴られるからねっ(当時は当たり前のようにひっぱたかれたからね)

 ・・・いつも考えてた・・・どっかに飛んで行きたいって・・・こんな田舎から飛び出したいって・・・普通の中学生が夏休みの最後、とんだ冒険をする事になる・・・・
                            続く


2002年10月23日(水) ほど程・・・・

 最近飲み過ぎる事に危機感を感じているのでといっても自分のからだにではなく誰かに殺されるという意味です。毎日さまざまな出来事の中体調と胃に痛みを覚えつつ今日飲みに出かけた・・・いつものようには飲まない・・・不思議だ・・・いつもは人をデリカシーのない野獣のような扱いをしている人々がこわごわと訪ねて来る・・・まったくよっ・・飲めば酒しか飲めない痴呆の扱いしかしないくせに飲まなければ時間の狂った時計のように従来のピエロの俺に戻したがる・・・・だからッ俺だって飲みたくない時はあるのよっわかってよぉ〜っ   しかしほど程というものはいいもんだねぇっ意識がハッキリしたままかえれるもんね!人間関係も悪くならないし・・そう考えると酒も程々が一番いいのかもね・・・と思うのだが・・・世の中なかなか上手く行きませんねぇ。つい何時も酒に飲まれる毎日なのです・・・だめだよね・・これじゃ・・・程々で行きましょう


2002年10月22日(火) 田村対高田戦

 プライド24で決まった因縁の試合である。その昔Uインターで試合を申し込んでいた田村をことごとくかわして実現しなかった試合でもうやる事はあり得ないと思っていたが・・・ついに、ついに実現するのである!俺は田村に勝って欲しい・・・勝って頂きたい。桜庭よりも田村が強いという証明をこの機会に作るのだ。高田に勝てば次は桜庭戦だぁよぉ−しゃぁーっ!フレーフレー田村ぁ〜


2002年10月21日(月) やってもうた・・・

 神田で三人でボトルを三本空けたとこまでは記憶がある・・・その後新宿に移り舞台裏へ・・・・ヤバっかった・・・かなりのハイテンションと泥酔で隣の客と揉めたような記憶が・・・さらに一緒に行った音響の兵頭君を忘れて帰って来たようだ・・・覚えてない・・・恐い・・・やだぁ〜    どうしてどうして帰って来たのか・・・わからない・・・・手が手首が何故か痛い・・・う〜ん確かに椅子からひっくり返った記憶が・・・・断片的に思い出されるが・・・・わからん 明日兵頭君に聞いてみよう・・・そう言えば奴も怒っていたような・・・あ〜ぁ、やってもうた・・・


2002年10月18日(金) 久しぶりに・・

 バイクに乗った・・・御存じ!?おいらのバイクはカワサキW650最近酒浸りの毎日の為ハンドルを握る事はなかったが今日久しぶりに愛車に跨がる事になった・・・もともと三越にもバイクで通っていたが飲んだら置いて帰っていましたがこともあろうにヘルメットを盗まれかなりブルー・・・だった・・・おいらのメットはショウエイのジェイホースで上野の昭和道りのバイク用品売り場を片っ端リサーチして二万三千円まで値切りスモークシールド四千円を三千円の値段にしてセットでかったかなり苦労して手に入れた代物なのだ・・・それを盗まれたのだ・・・正直立ち直れない日々が続いてはいた・・・しかしそれにもめげず久しぶりに早く仕事が終り帰宅した私は錆はじめたチェーンをCRCをぶちまけ雑巾でゴシゴシこすり綺麗になったところに愛おしくチェーンオイルを柔らかく染み込ませる・・・う〜んいい感じぃ〜そこでキーを差し込みオンにしてチョークを引きセルを回す・・・パッパッパンと心臓が脈を打ちはじめる・・・生きている・・・
バイクのいいところは進みだしたら後には引けないところだ!戻るにしても前進しなくてはならないのだ、つまりバックギアがない・・・車と違い降りるのに決意がいる、つまり面倒臭いのだ・・・ヘルメットを脱ぎグローブをいちいちはずす事を思うとなかなか止まる気にはなれない・・・行く先が必要なのだ・・・気分で決めた行く先が・・・俺は久々に前に進んだ・・・
切っ掛け・・・勇気・・・決断・・・そしてバイク・・・今日の俺には前に進む空間が存在した・・・ありがとうW650・・・おまえにバックギアがなくて・・・


2002年10月15日(火) 毎日・・・

 最近は飲んでいる・・・飲むしかないのだ・・・今も飲んでいる・・・俺は廃人になるかもしれない・・・そんな不安と向かい合う毎日のような気がする。バカな俺・・・アホな俺・・・何もとりえの無い俺・・・飲むしかない俺・・・毎日とは自分の無力を認識する為の時間かもしれない・・・この俺に特別な一日が訪れるのだろうか・・・そう想いながら無力な毎日を過ごすのか・・・飲むしかない・・・飲むしかない・・・そんな毎日です・・・飲むしかないのです・・・


2002年10月12日(土) 来年の四月

 演出の仕事が決まりました。まぁまだどんなものかは蓋を開けてみない事にはわからないが・・・楽しみです。
 選ばれし者の恍惚と不安二つながら我にあり


2002年10月09日(水) ほろ泣き・・・

 今日は二回公演。みどりさん(春子役)が娘役舞ちゃんに実の子ではなく別の親が居るところを告げるシーンで舞ちゃんが「私は、お母さんの娘です。私のお母さんは佐藤春子です!」ボロボロッ・・・人は意志があるとこんなにも輝くものだと改めて思いました。青年よ!意志を抱け、チンコもしごけ!


2002年10月06日(日) 本番三日終えて・・・

 三越劇場もすでに三日目に突入した、主役のみどりさん、沢田さん落ち着いてきて余裕が出て来たようだ。しかし知美ちゃんは面白い!二部のショーの時に必ずマイクを忘れるのですっかり僕は専属のマイク持ちとなった、と言うより進んでなった!あの微笑ましいところが憎めないのだウフフッフゥ
三十一才と言っていたが(芝居中に自ら公言しているので問題はありません)まだまだーぁ現役のアイドル出来るよぉ〜マジ!
 こうして毎日芝居に関わるとやはり芝居を作ってみたくなるね。いつ頃になる事やら・・・


2002年10月01日(火) ヒロアキと言うクズ・・・

 俺の知る限りこの宇宙で宝田に続く人間のクズだ。否人間ではない人間以下虫以上犬猫よりも当然下・・・・ヒロアキ・・・まず言われたことを守れない・・・今日も疲れて帰って来たら部屋中水浸し・・・洗濯機のホースが外れて部屋に浸水していた・・・台風の仕業かと思いきや・・・・畜生ぅぅぅぅぅぅ・・・俺は床を拭きマットを洗い洗濯しエアコンをかけて乾燥させやっと湿気が薄くなって来た頃に帰ってきやがった・・・「お疲れ様です」「・・・なんか気付かんか・・・」「はっ・・・?」(唯一ヒロアキの為に残しておいた段ボールの下を顎で示し)「あっ・・・」「お前インターネットの次は洗濯禁止になりたいか・・・(以前つかえば使いっぱなしだったので再三に渡り今度ちゃんと戻さなかったら使用禁止だからなといっていたのだがそれでも何回かは目をつむりその上しかも今日使いっぱなしであった・・・当然きょうから使用禁止は決定した)「えっ?」インターネットの事だとばかり思っていたクズはよくよく段ボールと音響機材の下を見た
・・・・すいません・・・それからの私は今までの行動を十倍大袈裟に話しいかにお前がクズかと言うことを涎が垂れる程恍惚感に酔って説教し、いい男である代名詞として「おう、これからは気をつけろよな!」と本当に爽やかに終にしてあげました。


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