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年末に向けて忙しくなるぞ

自分を見失わないよう

常にゼロから始めよう





2014年10月31日(金)

LUCK


LUCK
三鷹の実家にいるオレの弟

生後1年頃のLUCK



そして14歳の今のLUCK



オヤジお袋と一緒に暮らしてる


2014年10月25日(土)

わかってきたw


小学校の幼なじみ達と出会えてるからか
大好きだった小学校の時の先生に
もうじき会えるからか
最近、ちょっとオレおかしい(笑)

懐古的では全くないのだが
昔をよく振り返る

オレ、何やってきたんだろうかって(笑)

古い写真をペラペラめくってたら
ライヴハウスで歌う前のオレがいた(笑)




寝ても覚めても音楽のことばかり
考えていたオレがいた



オレのそばにはいつもギターがあった

そして今も変わらずある

ずっとある

オレが手放さないかぎり

ギターはずっとオレのそばにある

たくさん恥ずかしい思いをしてきた

これかも恥ずかしい思いをしまくるだろう

でも、不思議と恐れなくなってる自分がいる

これから先、またどうなるかわからないけど

過去を振り返り、自分を見つめ、ギターばかり弾いていたオレがいて

今、自分の事がすこしわかってきた(笑)


眉毛剃った24歳まるで別人のオレがいる(笑)




ただいま〜って家に帰ったら
お袋がゲラゲラわらってた




21歳の頃
藤原さんが撮ってくれたお気に入り写真

藤原さんと出会って間もない頃(笑)


2014年10月24日(金)

奇跡に近い日


28年間、探し求めていた
僕の、僕たちの小学校の時の
担任の先生に今度、再会できる

なんて夢のような奇跡的な出来事なんだ

でもこれは夢じゃなく今ここにある
本当のことなんだ

本当に本当にここにあることなんだ

言葉では言い表せない

涙が出る

会いたい会いたい思っていた先生に会える

わけもなく涙が出る


オレ、高校生の時、本気で思っていたことがある

プロのミュージシャンになって

夜のヒットスタジオに出て

古舘伊知郎にカメラの前の皆さんに一言!と言われたら

「◯◯先生!元気ですか=!田村です!会いたいです!」

って言うと決めていたんだ(笑)

なんだろう

なんなんだろう

会いたくて会いたくてたまらない気持ち

オレだけじゃなく

同級生みんな同じ気持ち

もうじき

やっとやっとやっと

再会できる日が来る!




2014年10月21日(火)

作文


長男ヨシタロウはオレのことをいろんな呼び方をしてくれます。

「ウンコまゆげ」とか「ちんゴリラ」とか「よ〜!アンポンタン」とか
「ネオンタールジンヅラのおっさん」とか、ま〜色々言ってきます。

そんなヨシタロウですが、今日、小学校の宿題で家のことを書く作文が
出たようで、何やら書いてたようですわ。

ちなみにヨシタロウはとっても字が汚く、小学校の先生にも
「宿題、お母さんもみてくださいね。字が丁寧にかけてるかどうか。」と
言われているようで(苦笑)
藤原さんはその作文を見ることが出来ました。

それを写メで藤原さんが撮っていてくれました。
仕事帰り、見て泣きそうになりましたわ

【親バカ】





2014年10月20日(月)

回想


自分が小学校5,6年の時、既に4つ上のアネキはロックンロールを
やっており、The Street Sliders



が大好きで髪の毛をおっ立てて
茶髪にして、エレキギターを弾いており、家に帰ってくると
親父、お袋に怒られており
(当時はまだ、茶髪や、エレキギターはイコール不良の風潮があったかな?)
自分は幼心に「あ〜ギターっていけないんだな〜」って思ってました。

中学1年生になったばかりの時
自分が「ぴーぴーぴー ぴーぴーぴー」と鼻唄を唄っていたら
家にいたアネキが
「あれ〜?!ヤス、長渕なんか好きなの〜?」と言ってきました。
自分は「誰それ?」と言いました。

アネキは
「その唄、唄ってる人だよ。ろくなもんじゃねぇって唄だよ」と
言ってきました。



「へぇ=!そうなんだ!!」と言うと
アネキが
「これから、駅前の友&愛(レンタルレコード屋)に行くんだけどヤスも来なよ」
と言ってきました。

「沢山アルバムだしてるから」と言って、僕をアネキは連れ出しました。
アルバムの意味もわからず、僕はアネキと一緒に自転車に乗り、アネキのあとを
ついて行きました。

そして、夜の坂道を下り
三鷹台の駅前のレンタルレコード屋「友&愛」に着きました。
「ほら、ここだよ、10枚ぐらいアルバムあるじゃん。全部借りちゃいなよ」
と、アネキが言い、あれよあれよと「友&愛」の会員になり、
帰りの自分の自転車の前のカゴの中には、
そのアルバム10枚がどさっと入っており
即日、翌日にかけ全部、レコードをカセットにダビングし
その日から、一気に自分の音楽人生が始まりました(笑)

中学3年生の時、ギターを買い、その日からというもの
とりつかれたように弾きまくりました(笑)

曲も作るようになり、毎日のようにその日あった出来事を
全部、曲にして、唄ってました(笑)

自分が中学生になった頃から親父は単身赴任で家にいなかったので
アネキもあまり、家にいた記憶が無いので(笑)

お袋と二人暮らしの中、今思うと、長渕の唄の世界が
当時の自分にとって、親父がわりでもあり、
あこがれのアニキでもあったのかなと思います(笑)

高校を卒業し、LIVEハウスで唄うようになりました。
忌野清志郎の唄に出会いました!



もう、脳天を打ち破られました!
自分の今までの曲を全部捨てて、もう一度
ゼロから曲作りを始めければいけない事に気付きました。

それまで、ほとんど長渕しか聴いたいなかった自分は
清志郎に出会い、いろ〜な事をやさしく、きびしく
教えてもらいました。

そして、二十歳の頃
BLANKEY JET CITYに出会い。


聴いた瞬間、体に電流が走り、
その時、破裂した脳みそが持っていたエンジンを
搭載したまま今に至ってます。
今は長渕の音楽はほとんど聴きませんが
今でも好きです。
自分の作る曲が自分の子供だとすれば
自分の親父はまぎれもなく長渕剛であり
自分のお母さんは忌野清志郎です。
そして
親戚のおじちゃんがThe Street Slidersのハリーで
センスのいい、いとこのお兄ちゃんが
BLANKEY JET CITYのベンジーです。
なんのこっちゃ〜!(笑)
昨日のLIVEに半年ぶりに
親友が観に来てくれました。
親友は以前、僕に
「長渕のベスト盤をタムラセレクトで作ってよ」
と言っていました。

なので昨日、親友にタムラセレクトを作って渡しました。
なんとCDが4枚になりました。

.侫ーク・ロック期 ▲▲亡 インド期 ぅ爛ム期
この4つのカテゴリーにわけてベスト盤を作りました。

我ながら、アニ期、とムキム期は
うまいな!と思いました(笑)


2014年10月12日(日)

またまたヨッパ


十代の時の自分を振り返ると
(振り返ると怖いけどw)
穴があったら入りたいぐらい恥ずかしいよw

だけどそいつのね
純粋さとか一生懸命さとか
不器用さとかかっこわるさが
今思うと
とても愛おしいのよw

40歳
人生の折り返し地点

ようやく
自分を愛せるようになった(笑)

そのとき
子供達に何を教えたいかというと
自己肯定感なんだよ
そして、友達が大切なんだぞ!って
最後に、familyが大事だよ!って(笑)

男の子は何かになりたがる
足の先から爪の先まで何かになりきる
そしていつか気付く
何にもなれない
なれるのは自分しかないって

いずれにぜよ
旅にでかけるのさ

写真は10代の時
唄い始めた僕です(笑)

【またまたヨッパ】





2014年10月05日(日)

そんなのとっとと終わらせて


結構、時間が経っていた わけがわからなくなるほど
ドキドキワクワクしながら 会いに行ったんだ

一度に全部は話せない 話せるわけないじゃん
何から話そうかなんて 考えるまもなく

笑ってた 笑ってた 会った瞬間

良かった 良かった 元気で良かった
YEAH! 夢のようだよ

朝日が昇っていつもの 電車に乗ったけど
昨日までのオレとは違う 朝日がある

始まった 始まった しおれていられない

また会える その時まで YEAH!

今何をしてるの?

そんなのとっとと終われせて
さぁ飲みに行くよ

そんなのとっとと終わらせて
さぁ飲みに行こう



2014年10月04日(土)

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