2002年10月04日(金)
マニーシャー・コイララ騒動



(れん) 晴れ

言わずと知れた演技派女優、日本でも有名なマニーシャー・コイララ。古くは「ボンベイ」、んで「ディルセー」とか最近では「カンパニー」とかとか。まあでもとにかくいっぱい映画でまくってます。おちゃらけお嬢様系の役が多い気がしますが。しかし演技させるとやっぱ凄いっす。有名な話ですが、彼女の実家コイララ家というのは、ネパールの首相級を歴任する超大物政治家一族。

そのマニーシャー、最近騒動の渦中に。彼女の新作、「エーク・チョーティシ・ラブ・ストーリー」が先月より上映されてるんですが、この新作、ちょっとエッチなシーンを入れようってことで、監督が彼女に無断で(ボディ・ダブル)いわゆる代役を使ってそのシーンを撮影、映画に挿入したとのこと。僕はこの映画観てないんで、いったいどういうシーンなのか知りませんが、まあねえ、観客はそれがあると盛り上がるというか、それがないと損した気分というか、インドで映画観たことある方ならお分かりかもしれませんが、そういうシーンって黄色い声、あがるんっすよ、露骨に、口笛とかねえ、まあ僕も一緒に盛り上がってついつい声だしちゃうほうなんっすけど。まあこれもひとつの映画鑑賞の楽しみというかなんというか。

しかし、当のマニーシャーは激怒。彼女曰く、監督は契約違反だ、と。その契約ってのは、彼女の同意のない限り、こういうちょっとエッチなシーンはこの映画に入れない、とのこと。しかも、彼女の無許可はおろか、知らないうちに勝手に替え玉使ってシーン撮っちゃって、てんでもうマニーシャーはブチ切レ。一気に裁判沙汰に。そのシーンのカットを求め、ボンベイ高裁に提訴。しかし問題は、この契約ってのが、いわゆる口約束というか暗黙の了解というか、きちんとした文書、成文の契約じゃなかったということ。8月30日、ボンベイ高裁は、問題のシーンは映画に不可欠なシーンであるとし、この映画にゴーサインを。この判決を受け、配給会社は全国へフィルムを発送。一週間後の9月5日、マニーシャーは判決を不服とし、ボンベイ高裁に再審請求。それを受け高裁は、審議に一定の時間が必要だとし、10月5日までその映画の上映を延期するよう要請。しかし、高裁のこの命令は個々の映画館のマネージメントの差し押さえまではできず、フィルムを受けとった映画館はこの新作を封切、上映開始となりました。

簡単にこの映画の筋を。思春期の男のコが20代のオトナの女性の部屋を覗き見してるうちに、その女性に惚れ込んじゃって、んでその女性もその男のコのことがだんだん好きになってって、んでそこから生まれる愛の物語。勿論ボリウッドの例に洩れずパクリ。元ネタは、国際映画祭などでかなり好評を博した「A Short Film About Love」、ポーランド映画。インドでもお年頃の女性はカーテンもひかずに独り暮らししてんのかあ。しかし、こういうストーリーに惹かれてしまうのは、悲しいかな、どうしようもない男性諸氏の性ですかな。しかもそれがマニーシャーなんて。

さて、このマニーシャーの抗議に賛否両論の嵐。こういう話の筋なんだから、そういうシーンがあることくらい端から分かるだろ、そのうえで出演してんだから。勿論女優だから、個々人のポリシーとかイメージってのが大事なのは分かる。だから自分がそういうシーンを演じたくなければ、代役がやるのはインド映画じゃ常識。でもそのシーンによって自分のイメージが崩れるって言うんであれば、なんで端から出演依頼を断んなかったんだ。

マニーシャー擁護派としては、いくら女優といっても、んでいくら出演依頼を受けて、んで撮影したとしても、それでも個人のイメージや心やプライバシーが傷つけられるようなシーンや宣伝方針に対してノーを突きつけるのは、当然の権利よ、などなど。

じゃあ当のご本人達の主張はというと、先ずマニーシャー。監督のシャシ(シャシラール・ナイール)とは古い付合いだったわ。彼が経済的に困ってることも知ってるわ。でもどうしてもこの映画撮りたいって、だから私は出演料も受け取らずに友人として出演してあげたのよ。このストーリーのもつ、情緒的で繊細な心の機微を大事にしたいから、だから卑猥で露骨なシーンは入れないようにって最初に彼と話してたの。でも彼は勝手にシーン撮って入れたの。私の反対も聞かずに。そして大々的に私を使って宣伝したの。マニーシャーがギリギリまで演じる、て感じで。もうショックで。こんなの許せない。

んでシャシラール・ナイール監督。最近ヒットのないマニーシャーが、出演料要らないから主演させてって言ってきて。んで撮影中、マニーシャーに、カラミのシーンを入れようって。すると彼女、わたし最近太ってきてるから無理よー、て。代役を使うように、彼女はそういう意味でこんな風に返事したんだなって。だからそうしたんだ。そしたら上映間近になっていきなり彼女から、問題のシーンをカットするようにって。そんなの無理だろ。んなむちゃくちゃな。

ここまでは、まあどっちもどっちというか、よう分からんというか、なんとも言いようないっすね。判断のつけようなし。でもこの後の二人の行動は、インド社会の裏の部分を満天下に曝す、かなりな吃驚モノでして。

マニーシャーとナイール監督は正義の審判を求め、なんと白昼堂々とシヴ・セーナーのもとへ。このシヴ・セーナー、まあ簡単にいうと、極右ヒンドゥー至上主義政党で、ムンバイのあるマハーラーシュトラ州で勢力を誇る過激集団。シヴ・セーナーとは、イスラム帝国ムガルと徹底抗戦したヒンドゥー独立国家マラタ王国の英雄シヴァジー王の軍隊の意。反共闘争、他州からの移民排斥運動、マラタ人中心主義運動ですね、んでヒンドゥー教国家建設運動、などなど過激行動で勢力拡大、州政権を獲るまでに。80年代、90年代には、その他のヒンドゥー至上主義集団と一緒に大暴れ。指導者バル・タークレーは、シヴ・セーナーの創設者、個人崇拝の対象、超カリスマ的存在。泣く子も黙るシヴ・セーナー。んでそのボス、バルサヒーブ(バル親分)の前では誰もが跪く。

このシヴ・セーナーとインド映画界の関係は古く、発足当時の60、70年代より、彼らはモラルの監視官と自任し、なにせヒンドゥー至上主義ですんで、ちょっとでもエッチなシーンとか神サマ冒涜系なシーンとかあろうもんなら、猛烈抗議行動とるわ、監督出演者プロデューサー恫喝するわ、おまえらただじゃ済まさんけーのー。とにかく映画界にとって彼らの庇護ってのはすっごく大事なもの。ムンバイ闇社会のボスっすからね。最近の話だと、ディーパ・メータ監督の「Fire」、暗黙裡に虐げられるデリー中流家庭の嫁姑がレズビアンというかたちでお互いの傷を癒しあうといった映画でしたが、これに対しシヴ・セーナーは勿論猛反発。反対デモ行進、全国の上映映画館を襲撃、デリーのリーガル・シネマは焼き討ちされ、監督は勿論、主演の大女優シャバナ・アズミ(現上院議員)や女優ナンディータ・ダスを猛攻撃。メータ監督とこの二人の女優主演で撮影開始された「Water」は、不幸なヒンドゥー教徒寡婦のストーリー、しかし勿論シヴ・セーナー初めヒンドゥー至上主義者たちはヒンドゥー教冒涜じゃあと怒り大爆発。撮影中に襲撃され、キットやセットは破壊され、けっきょく撮影断念に追い込まれました。

さて、マニーシャーは自身の不満を引っさげ、正義の鉄槌を下してもらうべく、そんなシヴ・セーナーのもとへ。白昼堂々とバルサヒーブの自宅前でデモを決行、記者会見まで開催。それに対し、ナイール監督は、もしバルサヒーブがマニーシャーの要求を呑むのであれば、自分は彼の自宅前で死ぬまでハンストをやる、と声明。何度も書いちゃってますが、白昼堂々と、ですよ。裏でヨロシクオネガイ、とかならまだしも、闇社会を牛耳る集団に対して白昼堂々と示威行動ですよ。なんといいますか、闘う女優マニーシャー・コイララといいますか、お嬢様育ちといいますか、常識をはるかに飛び越えちゃってて、かなり吃驚。彼女だからできることなのか。怖いもの知らずというか。ナイール監督も、なにせシヴ・セーナーがかんじゃったんで、身を護るため行方をくらますといった始末。この一連の流れが朝刊一面にでっかく写真付きで掲載されちゃってて、なんというかもう唖然。

いつもはガンガンしゃしゃり出てくるシヴ・セーナーですが、しかし今回はどういうわけか、この件にはクビつっこむなよ、とのバルサヒーブの一言。これで幕引き。まあ、あんま得にもなんない喧嘩買うのもねえ。それじゃ納得いかない闘う女優マニーシャー・コイララ、先ずは全国女性委員会(意訳:National Commission for Women:女性の人権運動や地位向上運動をする団体)に訴えを。次に、情報・報道省(意訳:Information and Broadcasting Ministry)に対しても、映画の上映差し押さえを要求。現在の政権はヒンドゥー主義政党BJPということで、この省なんてのはガチガチのヒンドゥー至上主義者で固めてまして、トップはこちらも激しい女性政治家スシュマー・スワラージ大臣。この凄まじい大臣、一旦は映画の上映許可見直しをほのめかしたものの、その後、態度を明確に表明するのを止め、ついにはうやむやな感じで立ち消え、といったところ。

批判屋達の分析は、どうしてマニーシャーは最初に高裁から要求を却下された時点ではなく、一週間も経ってから上告したのか。それだけあれば、全国に映画を配給するには十分の時間で、そのくらいのこと彼女も知ってるはず。けっきょくこの騒動は、あたってない監督と最近冴えない女優の客集めの茶番劇、相変わらずの常套手段、云々。まあ事実はどうなんっすかねえ。ご本人達のみぞ知る、といったところか。しかしこんな派手に映画界と喧嘩しちゃってるマニーシャーの女優生命、どうなるんっすかねえ。個人的にマニーシャー、好きなんでですねえ、かなり心配です。

ということで長々と書きましたが、しかしなにが今回の騒動で凄いかって、これまで所謂暗黙の了解でしかなかった映画界と裏社会や政治との関係を、白昼の下に曝け出したこと、このことに尽きますね。そのうち、国際テロ集団と映画界の関係とかまで白日下に曝される日が来たりして。まるで映画みたいっすねえ。スターと女優とマフィアと政治家とテロ集団と金と暴力と酒とセックスと・・・。恐ろしい。しかしそんなのにちっともびびらないマニーシャーも恐ろしい、ていうか頼ってみたい闘う美女。

おかげでボンベイ高裁は、もうブチ切レまくり。マニーシャーとナイール監督を侮辱罪で刑事告訴するけのー、とかとか。まあ裁判所に審理請求しときながら、なんと裏社会の権威に白昼堂々と正義の審判を求めるという、そりゃ天下の裁判所も怒るわなあ。バカにすんなよー、と叫びたくなるのも分かるし。でもそれが現実なんで、そんな腹立ててもしょうがないっすよね。

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